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スズメバチの恋  作者: 管澤捻
処分
7/26

処分(2)

 コロニーの兵士は、その幼少期を養護施設で育てられる。

 養護施設では、基本的な教養を学ぶ一方、牧場の管理や農作物の収穫、またそれらの調理――出来上がった料理は、コロニーの全兵士に配給される――、さらにコロニーの清掃や洗濯など、生活に必要な知識を叩き込まれる。


 基本的に養護施設では、年長者が年少者の教師となり、知識を継承していく仕組みを取っている。

 特定の年齢層に子供がいない場合は、例外として養護施設を出た兵士が教師役を務めることもある。


 養護施設は、コロニーとは少し離れたところに位置する、平屋の木造建築物だ。

 床面積は約三百平方メートル。

 近くには広大な放牧場と畑、簡易な遊具が設置された公園などがあり、豊かな自然に囲まれて、コロニーの子供達はのびのびと育っていく。


 十二歳を迎えた時、子供達は養護施設を出て、本格的な兵士としての訓練を始める。

 それが、コロニーでの成人を意味する。

 そしてそれと同時期に、子供達は一つの儀式を行うこととなる。


 それが子宮と卵巣の摘出――


 つまり避妊手術だ。


 コロニーの兵士は全て女性であり、男性は一人もいない。

 ゆえに、生殖行為を行うことは不可能であり、何よりコロニーの兵士は女王より生まれるため、個々の兵士が出産する必要性すら存在しない。


 コロニーの兵士達にとって、自身に備わっている出産という機能は、無用の長物だった。

 ゆえに、その機能を手術により取り除き、兵士としてより適切な身体に変えられる。


 それはとても効果的だった。

 周期的に訪れる生理をなくし、常に万全の状態で任務に望めるようになる。

 これだけでも、突発的な任務が多いコロニーの兵士にとって、非常に大きな利点となった。


 稀に、精神の安定性を崩す者もいたが、それは薬を服用することで、ある程度カバーすることができた。

 仮に最悪の事態――手術が原因で死亡するなど――が起こったとしても、女王により転生されるだけだ。


 成人すると行われる儀式――避妊手術は、コロニーに多くの利益をもたらす。

 不利益なことなど何一つとしてないと言える。

 強いて一つ上げるならば――


 彼女達が恋をする意味を、忘れてしまうことぐらいだろうか。




「ねえねえ、ツーセン。

 なによんでるの?」


 27は手に持った小説から視線を上げ、目を瞬いた。

 聞き覚えのある、舌足らずな声。

 27はきょろきょろと首を振り、左右を見回した。


 小高い丘に置かれた二脚のベンチ。

 その一つに27は座っている。

 丁寧に刈り込まれた芝生に覆われた地面。

 そこに、広葉樹から降り注がれた木漏れ日が、温かく揺れていた。


 眼前には広大な放牧場。

 茶色い毛並みをした牛が草を食んでいる様子が、丘の上からよく見えた。

 27は無意識に牛を視線で追い掛け、その数を数え始める。

 だが、十頭まで数えた辺りで切り止めた。

 無意味である上に、今探しているのは牛ではない。


 ここで27は閃いた。

 彼女はくるりと首を回して背後を振り返る。

 するとそこには、27の予想通り、小さな女の子の顔があった。


 少女は27の肩越しに、彼女が読んでいる小説を見つめていた。

 少女は大きな瞳をぱちくりとさせながら、ちょこんと首を傾げた。

 少女の肩まで伸びた()()()がふわりと揺れる。


「ねえ、なによんでるの?

 ツーセン」


 先程と同じ問いを繰り返す少女。

 27は小説を閉じると、小さく頭を振る。


「ここで何しているんだ。

 今は自由時間ではないはずだろ。

 83」


 27からそう言われると、83と呼ばれた少女はにっこりと微笑んだ。

 27に構ってもらえたのが嬉しかったのだろう。

 少女は27を好いている。

 無垢に笑う彼女の笑顔からは、それが容易に見て取れた。

 だが、少女を叱責するつもりだった27としては、そんな無邪気な笑顔を見せられても、正直複雑な気分だ。


 83の笑顔に釣られ、思わずほころぶ表情を気力で引き締め、27は少女を叱責の目で睨み付けた。

 だが、83に浮かぶその太陽のような笑顔は一切の陰りを見せない。

 むしろ、27に見つめられて――睨んでいるのだが――、少女の頬がピンク色に染まった。


 27の頬が引きつる。

 顔が溶けてしまいそうだ。

 この少女の可愛らしい笑顔を前にして、いつまでも仏頂面を続けられるほど、27は朴念仁ではない。


 83が三度、27に問い掛ける。


「なによんでるの?

 ツーセン」


 27は観念して、大きく溜息を吐いた。

 そして、背後にいる83に見えるよう、小説を掲げる。

 もっとも、今年で三歳になる83に、まだ文字は読めないだろう。

 27は表紙に書かれているタイトルを、83に教えてやった。

 27から小説のタイトルを聞いた83が、きょとんと疑問を口にする。


「なあに、それ?」


「この小説のタイトルさ」


「しょうせつ……てなあに?」


 27は内心で苦笑した。

 娯楽の乏しいコロニーでは、小説は非常に人気の高いエンターテイメントの一つだ。

 だがまだ三歳の83には、その意味が理解できなかったらしい。


 27は唇に指を当て、思案しながら83の質問に答える。


「そうだな……前に83に絵本を読んでやっただろ?

 それみたいなものかな」


「えほん?

 あたちもよみたい」


 83はパッと顔を輝かせると、27の背後から小さな腕を伸ばして、27の小説を取ろうとする。

 27は――多少意地の悪い気持ちで――83の腕の届かない、ギリギリの距離まで、小説を彼女から離してやる。

「うーん……」と必死に身体を伸ばす83に、27が笑いながら説明を加える。


「待て待て。

 83が見ても、文字ばかりでつまんないぞ。

 絵本なら今度また読んでやるから。

 ほら、危ないからそう身を乗り出すな」


「ほんと?」


「本当だって。

 だから肩から降りてくれ」


 83が、27の顔と小説とを交互に見やる。

 そして暫くした後、27の背後から伸ばしていた身体を引っ込めた。


 83は27の前に進み出ると、手を後ろに回して、27に尋ねた。


「じゃあさ、よまなくていいから、おはなしだけきかせて?」


「うーん……83には分からないと思うぞ」


「いいからおしえてよお」


 ぷうと頬を膨らませる83。

 27はそんな彼女の頭を撫でてやると、「分かった、分かった」と苦笑した。


「そうだな……エリックという男性とサリナという女性が出てきて……」


「だんせいってなに?」


 83の問い掛けに、27はどう答えたものかと思案する。

 暫く思い悩んだ後、27は眼前に見える放牧場を指差した。

 放牧場でのんびりと草を食む牛を眺めながら、言う。


「目の前に牛さんがいるだろ?

 あの牛さんには二種類いるって教わらなかったか?」


「えっと……わかんない」


「オスとメスがいるって聞いたことない?」


 83がこくりと首肯した。

 聞いたことがあるということなのだろう。


「私達人間にも、同様に二種類の人間がいる。

 オスとメスだな。

 そのオスのことを男性と呼び、メスのことを女性と呼ぶ」


「あたちはどっち?」


 自分の胸に手を当てて、83が首を傾げた。


「83は女性だな。

 いや、83だけじゃない。

 コロニーの人間は、()()()()()なんだ」


 83は「ふーん……」と、大きな目を瞬いた。

 よく分からなかったのかも知れない。

 27はそれ以上の細かい説明はせずに、簡潔に小説の内容を答える。


「その二人の男女、エリックとサリナの恋物語かな」


 その恋が成就するまでに、二人には様々な試練が襲い掛かってくるのだが、そこまで細かく話してやる必要はないだろう。

 どちらにせよ、まだ幼い83には理解できまい。


 83が再び首を傾げ、27に尋ねる。


「こい……てなあに?」


 83のその疑問は、27もすぐ答えてやることができなかった。

 27は頭を掻きながら、ひどく自信なさげに答える。


「つまり……二人がお互いをすごく好きだってこと……かな」


 83は一度視線を上げ、再び27に戻す。

 そして、にっこりと笑う。


「あたちも27がすきだよ。

 こい?」


「それは……少し違うかな」


「どうちて?」


「恋ってのは、異性間で成り立つ関係なんだ。

 私達は同性で……恋ではない」


 83が眉をひそめ、「うーん」と腕を組んで顔を俯けた。

 その大きな目を閉じ、83が暫く沈黙する。

 十秒ほどだろうか。

 83は目を開けると、俯けた顔を上げた。

 一度放牧場の牛に視線をやり、27に視線を戻す。

 唇を尖らせ、非難めいた口調で27に言った。


「よく、わかんないよ」


「……そうか」


 唇をすぼめる83の頭を、27はポンポンと叩いてやった。

 くすぐったそうに目をつむる83。

 その時、27の背後から、83とは別の少女の声が聞こえてきた。


「ああー!

 こんなところにいた!

 おおい!

 エイトチュリー!」


 27が背後を振り返る。

 遠くに二人の少女が見えた。

 27と83に向けて両手をブンブンと振っている、赤髪ロングの少女。

 そして、そんな少女を呆れた目で見ている、黒髪で三つ編みの少女。


 その二人の少女を見て、83が舌を出して笑った。


「みつかっちゃった。

 あのね、いまおひるねのじかんなの」


「やっぱり抜け出してきたんだな。

 まったく……施設にいるお姉さん達の言うことはちゃんと聞かないと駄目じゃないか」


「だって、ねむくないんだもん」


「それでも駄目だ。

 ほら、二人は83を探しにきたんじゃないのか?

 早く行ってやれ」


 83は「うん」と頷いて、パタパタと二人の少女に向かって走っていった。

 83は二人に駆け寄ると、悪びれる様子もなく言う。


「じゃあかえろ。

 フォウチャイブ」


「フォウチャイブじゃない」


 黒髪の少女が、83の言葉を訂正する。


「45でしょ。

 なまえはちゃんといわないとだめだよ」


「ごめんね、ワンチック」


「……あたしは16だよ」


 そんなことを話しながら、三人の少女は施設へと戻っていった。

 27は、離れていく少女達の背中を、暫く眺める。


 83。

 45。

 16。

 三年前の任務で死亡した、同期と先輩。

 同じ日に亡くなった三人は、同じ日に女王により転生された。

 同い年の彼女達は、三人で行動を共にすることが多かった。

 まるで――


 かつての27と83のように。


 三人は将来、戦闘兵になり機械兵と戦うことになるのだろうか。

 女王により転生された彼女達は、旧世代の特徴を受け継いでいる。

 ならば三人は、強力な念動力(サイコキネシス)を操る、優秀な戦闘兵へと成長することだろう。


 だがしかし、決して同一人物とはなりえない。

 83にしても、生真面目で規則を重んじていた旧世代(むかし)83(かのじょ)と、自由奔放な新世代(いま)83(かのじょ)とでは、やはり別人なのだ。


(可能なら……彼女達には幸せに生きてほしい)


 それが叶わぬ願いだということは、27にも分かっていた。

 仮に戦闘兵とならずとも、機械兵の脅威があるこの世界で、幸せに生きることなど不可能だ。


(この小説のように、ハッピーエンドとはいかないよな)


 好きな男性と恋をして、一生を添い遂げる。

 男性すら存在しないコロニーでは、恋物語などもはや、ファンタジーでしかない。

 現実にはあり得ない、妄想の産物だ。


 そもそも、恋という存在それ自体が、曖昧で不明確だ。

 83は恋を理解できないと言ったが、それはこの少女だけに限った話ではない。

 このコロニーで暮らす全ての女性が、恋とは何かを理解していない。

 もちろん――


 27も、その例外ではない。


「エリックとサリナ。

 恋とは……何だ?

 そんなにも、幸せなものなのか?」


 小説の登場人物へ向けた、返されることのない無意味な問い掛け。


 27は苦笑すると、ベンチから腰を上げた。

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