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スズメバチの恋  作者: 管澤捻
処分
6/26

処分(1)

 コロニーは一人の女王と九十九人の兵士によって構成されている。

 女王は全ての兵士にとっての母であり、女王の意向により兵士の行動は決定される。


 兵士の役割は、大きく二つに分類される。

 10以内(アンダーテン)11以上(オーバーテン)だ。

 10以内(アンダーテン)とは01から10の番号を割り振られた兵士であり、主な役割はコロニーの運用管理となっている。

 そして、10以内(アンダーテン)が定めた計画を実行に移すのが、11から99の番号を割り振られた、11以上(オーバーテン)の役割となる。


 11以上(オーバーテン)の作業は様々あるが、それらはたった一つの目的に集約して説明できる。


 それは、エネルギーの採取である。


 コロニーが活動するためには多くのエネルギーが必要となる。

 照明や空調管理などの設備を動かすためにはもちろん、兵士が口にする食事の調理、そしてその食材を育てるための施設の維持などにも、日々多くのエネルギーを消費している。


 当然ながら、エネルギーは無からは生成されない。

 コロニーが存続するためには、()()()()()エネルギーを採取する必要がある。

 そしてその採取の対象となるのが――


 機械兵のコアだ。


 機械兵とは、コロニーの周辺に潜んでいる、鋼鉄の身体を持った生命体だ。

 彼らは自身の活動エネルギーを、身体の中に持つ、直径十センチほどの球状のコアから得ている。

 コロニーはそのコアを機械兵から奪い、自身の活動エネルギーとして活用しているのだ。


 だがそれは、簡単なことではなかった。

 コアを持つ機械兵は、高い戦闘能力を持っている。

 人間を遥かに凌駕する膂力と、身体に内蔵された各種武器。

 銃弾や刃物を跳ね返す頑丈な身体と、暗視カメラを含む鋭敏な知覚機能。

 そして、それらを有効に活用する高い知能と、人間に対する凶暴な敵意。


 機械兵からコアを奪うためには、彼らを破壊する必要がある。

 だが、人間と機械兵とでは、単純な戦闘能力に大きな差があった。

 ()()でその差を埋める必要がある。

 幸いにも、コロニーの兵士はその()()を獲得していた。


 それが念動力(サイコキネシス)だ。


 術者によって空間に投射された意志は、物理力を帯び、攻撃と防御を兼ね備える、強力な兵器となる。

 機械兵の銃弾や刃物を止める壁であり、鋼鉄の身体を引き裂く刃でもある。

 それは脆弱な人間を、強靭な機械兵と渡り合える、超人へと進化させた。


 しかし、そこにもやはり問題はあった。

 コロニーの兵士である誰もが、生まれながらに扱えた念動力(サイコキネシス)の能力。

 だがその才能は、個体によって大きく差があり、機械兵とまともに戦えるほどに強力な念動力(サイコキネシス)を扱える兵士は、ごく少数に限られていた。


 コロニーは、念動力(サイコキネシス)の才能に恵まれた兵士を戦闘兵、才能に恵まれなかった兵士を非戦闘兵として、それぞれ役割を分担させた。

 戦闘兵は主にコロニーで待機し、機械兵の目撃証言に従って各地域に出向、機械兵の殲滅を行う。

 非戦闘兵は主に各地域の常駐兵として担当地域を監視し、機械兵の目撃証言を含むあらゆる情報を、10以内(アンダーテン)に報告する。


 このような役割分担により、効率良く機械兵のコアを集め、さらに機械兵との戦闘で命を落とす兵士の数を、減らすことに成功した。


 だが、戦死者の数をゼロにすることだけは、不可能だ。

 どれだけ注意を払おうと、策を巡らそうと、戦闘において想定外の事態は必ず発生し、死者が出る。


 先述したが、コロニーは一人の女王と九十九人の兵士によって構成されている。

 それは決して変わることがない。

 コロニーというシステムが成す、仕様とも言える。

 では、戦死などにより兵士が欠落した場合、コロニーはどのようにして、兵士の補填を行うのか。


 その答えは簡潔だ。

 そしてそれが、女王の存在意義でもある。

 つまり――


 女王が新しい兵士を産み落とすのだ。


 兵士が欠落すると、女王は自動的に新しい兵士を産み落とす。


 一人の兵士が欠落すれば一人の兵士を――


 二人の兵士が欠落すれば二人の兵士を――


 九十九人の兵士が欠落すれば九十九人の兵士を――


 女王は産み落とす。


 決して増えず。

 決して減らず。

 そこに例外は存在しない。


 新しく産み落とされた兵士は、欠落した兵士と同じ番号が割り振られる。

 また番号だけでなく、新しい兵士は欠落した兵士の特徴を、多く備えて生まれてくる。

 それは、同一人物とまではいかずとも、生まれ変わりとするには十分すぎる類似だった。


 女王により維持される、コロニーの転生システム。

 固定された個体数。

 有限であり無限の兵士。

 それはあまりにも異質な、種の保存法と言えた。




 圧迫された肺に痛みが走る。

 額に滲んだ汗が大粒の玉を作り、流れて眼球を湿らせた。

 衝動的に、目が閉じ掛ける。

 だが彼女はその欲求をぐっと堪えた。

 今は、目をつぶるわけにはいかない。

 それがほんの僅かな時間であっても、一度目を閉じれば二度と開かれることがない。

 そんな脅迫にも似た予感が、彼女の心を叩いていた。


(一瞬だって気が抜けない……これが実戦)


 月明かりを遮断する薄雲が浮ぶ夜空。

 その漆黒の空を覆い隠すように、頭上に枝葉を伸ばした森の樹々。

 その樹々の捻れた幹と幹の隙間から覗く不気味な闇が、息を潜めて彼女を見据えている。

 気配は感じない。

 それが余計に、彼女の恐怖心を掻き立てた。

 まるで凍える真空に投げ出されたように、空気が冷たくて息苦しい。


 彼女は慎重に唾を飲み込んだ。

 その小さな音さえも切っ掛けにして、闇から現れた怪物が彼女の喉元に食らい付く。

 そんな妄想が頭をよぎる。

 彼女はそれを振り払うために、努めて冷静に思考を巡らす。


(敵は……一体。

 まともに戦えば、勝てない相手じゃない)


 だが、まともに戦えなかったからこそ、今このような状況に追い込まれている。

 暗闇での戦闘は、敵にアドバンテージがある。

 というよりは、独壇場と言っていいだろう。

 足元で弱々しく揺れるランプの明かり。

 そんなものに頼らなければ、一寸先すらも見通せない彼女とは異なり、敵は何百メートル先からでも、彼女の瞬きさえ見落とさない。


 コロニーのエネルギーを補うために、破壊しなければならない対象。


 機械兵。


 油断していたわけではなかった。

 しかし、単純に経験が不足していた。

 焦りもあったのかも知れない。

 コロニーを出て五日目。

 これほど時間を掛ける任務でもなかったはずだ。


 コロニーから派遣された戦闘兵は、彼女を含めて二人。

 明らかな人員不足であるが、パートナーは練達の先輩であったため、彼女に不安はなかった。


 報告を受けていた機械兵の出没地。

 だがそこを幾ら捜索しても、敵の姿を見つけることができなかった。

 明日には一度、常駐キャンプに戻ろうと、先輩とも話をしていた。


 だがその夜、テントを張り休んでいるところに、一体の機械兵が姿を現した。

 その機械兵を見つけたのは、見張りを担当していた彼女だけだった。


 彼女はすぐに、テントで休んでいる先輩に向け、合図を送った。

 そこまでは良かった。

 しかし、踵を返し森の奥に逃げ込む機械兵を見て、彼女は咄嗟にランプと刀を持って、機械兵の後を追い掛けてしまったのだ。


 深追いするつもりはなかった。

 だが、五日間の捜索による疲労と苛立ちで、引き際を誤った。

 結果こうして、機械兵の影に怯え、闇の中で一人震える事態となっている。


 すでに刀は抜刀済みだった。

 鈍色の刃が、ランプに灯る橙色の炎を写して、輝いている。

 質の良い刀ではないが、力場をまとわせることで、鋼鉄の機械兵をも斬り裂ける。


「来るなら来い……ぶった斬ってやる」


 神様は意地悪だ。

 そんなヤケクソで言い放った願いばかり、律儀に叶えてくれる。


 樹々の隙間に蠢く影を捉えた。

 彼女は呼吸を止め、注意深く闇を見据える。


 闇から影が踊りだす。


 その影の正体は――


 ()()()機械兵だった。


(あ……駄目だ)


 彼女は即座に悟った。

 一体ならばまだしも、三体の機械兵を一度に相手することなど不可能だ。

 一体の機械兵を斬る間に、残り二体の機械兵に、身体をバラバラにされる。


 彼女は咄嗟に力場を展開し、三体の機械兵を捕まえた。

 三体の機械兵の動きが僅かに鈍る。

 だがそれだけだった。

 彼女の展開した力場を強引に押し退け、三体の機械兵が突き進んでくる。

 彼女の念動力(サイコキネシス)では、三体の機械兵を押さえるのに、圧倒的に出力不足だった。


 彼女は死を覚悟した。

 兵士にあるまじきことだが、恐怖から目を閉じた。

 彼女はそのことを後々後悔する。

 何故なら、彼女は目を閉じていたせいで、見逃してしまったからだ。


 三体の機械兵が同時に捻じ切れる、その衝撃的な瞬間を。


 機械兵の残骸が、地面に音を立てて落ちる。

 その音を聞いて、彼女はゆっくりと目を開けた。

 眼前に転がる機械兵の残骸。

 それを、彼女は目を丸くして見つめる。

 そして――


「大丈夫だった?

 39(スリーナイン)


 背後から声が掛けられた。

 聞き覚えのある声に、彼女はゆっくりと振り返る。


 そこには、一人の女性が立っていた。

 セミショートにした金色の髪に、きめの細かい透き通った肌。

 引き締められた目と、それを縁取る長い睫毛。

 輝く碧い瞳。


 女性の格好はノースリーブに短パンという、ラフなものだった。

 任務中は戦闘服の着用が義務付けられているのだが、女性が暑苦しいという理由で、戦闘服を脱いで休憩していたことを、彼女は思い出した。


 女性は、戦闘服に着替える手間さえ惜しんで、彼女を探しにきてくれたのだろう。

 女性の優しさと、死の恐怖から解放された安堵から、彼女は相好を崩し、涙を流した。


「ありがとうございます……27先輩」


 大粒の涙を流す彼女に、女性はきょとんと目を丸くした。




「本当にすごいですね!

 27先輩は!

 三体の機械兵を力場だけで捻じ伏せるなんて、前代未聞ですよ!

 昔からそんなに念動力(サイコキネシス)が強かったんですか!?」


「まあ……比較的……最近はさらに力を増してきたようだが……」


「確かに歳を重ねるごとに念動力(サイコキネシス)はその力を増していくと言われていますからね。

 ですが、それでも先輩ほどの力場を作れる戦闘兵はいませんよ!

 私達若い戦闘兵は、みんな27先輩に憧れているんですから!

 もちろん、私もその一人でしたが、もう噂以上の能力で感動しました!

 ああ!

 先輩に助けられたなんて、帰ったら友達に自慢できますよ!

 写真取っておけば良かった!

 カメラ持っていますか!?」


「あるわけないだろ。

 あと何気に私が若くないと言われているようで、傷付いているぞ」


「え?

 でも十八歳って言えば、一般的にもうベテランですよね?」


「まあそうなんだが、私にも乙女心というやつが……」


「よくは分かりませんが、さすが27先輩です!

 拍手!

 パチパチパチ」


 腰まで伸びた栗色の髪を振り乱して、激しく拍手を始める39。

 何やら馬鹿にされているような気分だが、彼女に悪気はないのだろう。

 無理矢理そう納得し、27は39に分からないよう、小さく溜息を吐く。


 三体の機械兵を破壊した後、27と39は機械兵の残骸からコアを抜き取り、テントまで持ち帰った。

 機械兵が恐ろしかったのか――確か彼女にとって今日が初めての実戦だったはずだ――、39は言葉数少なく、暫くの間、涙をぽろぽろと流していた。


 そんな39の心を落ち着かせようと、27はカップにコーヒーを注いで、彼女に手渡した。

 だが今にして思えば、そのまま、めそめそと泣いてくれていたほうが、気が楽だった。


 コーヒーによって徐々に落ち着きを取り戻した39。

 だが彼女はそれだけに留まらなかった。

 抑圧していたゴムが弾けるように、彼女の情緒はマイナスから急激にプラスに転じた。

 つまり、彼女は強い興奮状態となってしまったのだ。


 もしかしたら、コーヒーに含まれるカフェインの作用があったのかも知れない。

 だが何にせよ、興奮した39は、27に対して怒涛の質問攻めを開始した。

 あれやこれやと、根掘り葉掘り訊いてくる39。

 そんな彼女に、27は気が滅入っていた。


(ただでさえ、最近風邪気味なのか、体調が優れないというのに)


 そんな27の陰鬱な思いに、毛ほども気付かない39。

 彼女は頬を紅潮させつつ、27に無意味な質問を繰り返した。


「やはり、日頃から秘密の特訓とかして、鍛えているんですか?」


「何だ、その秘密の特訓って……そんなことしてないさ」


「では、普段は何をされているのですか?」


「もっぱら本を読んでいる」


「ああ。

 地下一階の図書室ですね。

 私はあまり利用したことがないのですが、どういった種類の本を読まれるのですか?

 やはり、先輩らしく解剖学とか帝王学とか?」


「どうしてそれが私らしいんだ?

 君には興味のないジャンルだよ」


「そんなことありません!

 先輩が好きなら私も好きになります!」


「気色悪いから止めてくれ。

 本当に君に興味のないものだ」


「何ですか?」


「……恋愛小説」


 目を丸くし硬直する39。

 27にとって、彼女のその反応は想定内のものだった。

 そのため、27は言葉を補足しようともせず、黙って焚き火の揺れる炎を見つめていた。


 39が一度視線を上げ、また27に戻す。

 そして彼女は怪訝に眉をひそめた。


「恋愛……ですか?」


「ああ……興味ないだろ?」


「……すみません。

 ないですね」


 39は存外あっさりとそれを認めた。

 もっとも、彼女が嘘を吐く必要などないのだが。


 39は少し首を傾げ、27に言う。


「というよりも、コロニーで恋愛に興味がある人なんていませんよ」


「そうかな?」


「そうですよ。

 だって()()()()()()()()()()()()()()し、何より私達は――」


 39が可笑しそうに笑った。


()()()()()()()()()()じゃないですか?」


 39が無邪気に放った言葉。

 それは真に的を射た発言だった。

 反論の予知もない正論。

 そんな彼女の言葉に対し――


 27はただ「そうだな」と頷いた。

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