処分(1)
コロニーは一人の女王と九十九人の兵士によって構成されている。
女王は全ての兵士にとっての母であり、女王の意向により兵士の行動は決定される。
兵士の役割は、大きく二つに分類される。
10以内と11以上だ。
10以内とは01から10の番号を割り振られた兵士であり、主な役割はコロニーの運用管理となっている。
そして、10以内が定めた計画を実行に移すのが、11から99の番号を割り振られた、11以上の役割となる。
11以上の作業は様々あるが、それらはたった一つの目的に集約して説明できる。
それは、エネルギーの採取である。
コロニーが活動するためには多くのエネルギーが必要となる。
照明や空調管理などの設備を動かすためにはもちろん、兵士が口にする食事の調理、そしてその食材を育てるための施設の維持などにも、日々多くのエネルギーを消費している。
当然ながら、エネルギーは無からは生成されない。
コロニーが存続するためには、どこからかエネルギーを採取する必要がある。
そしてその採取の対象となるのが――
機械兵のコアだ。
機械兵とは、コロニーの周辺に潜んでいる、鋼鉄の身体を持った生命体だ。
彼らは自身の活動エネルギーを、身体の中に持つ、直径十センチほどの球状のコアから得ている。
コロニーはそのコアを機械兵から奪い、自身の活動エネルギーとして活用しているのだ。
だがそれは、簡単なことではなかった。
コアを持つ機械兵は、高い戦闘能力を持っている。
人間を遥かに凌駕する膂力と、身体に内蔵された各種武器。
銃弾や刃物を跳ね返す頑丈な身体と、暗視カメラを含む鋭敏な知覚機能。
そして、それらを有効に活用する高い知能と、人間に対する凶暴な敵意。
機械兵からコアを奪うためには、彼らを破壊する必要がある。
だが、人間と機械兵とでは、単純な戦闘能力に大きな差があった。
何かでその差を埋める必要がある。
幸いにも、コロニーの兵士はその何かを獲得していた。
それが念動力だ。
術者によって空間に投射された意志は、物理力を帯び、攻撃と防御を兼ね備える、強力な兵器となる。
機械兵の銃弾や刃物を止める壁であり、鋼鉄の身体を引き裂く刃でもある。
それは脆弱な人間を、強靭な機械兵と渡り合える、超人へと進化させた。
しかし、そこにもやはり問題はあった。
コロニーの兵士である誰もが、生まれながらに扱えた念動力の能力。
だがその才能は、個体によって大きく差があり、機械兵とまともに戦えるほどに強力な念動力を扱える兵士は、ごく少数に限られていた。
コロニーは、念動力の才能に恵まれた兵士を戦闘兵、才能に恵まれなかった兵士を非戦闘兵として、それぞれ役割を分担させた。
戦闘兵は主にコロニーで待機し、機械兵の目撃証言に従って各地域に出向、機械兵の殲滅を行う。
非戦闘兵は主に各地域の常駐兵として担当地域を監視し、機械兵の目撃証言を含むあらゆる情報を、10以内に報告する。
このような役割分担により、効率良く機械兵のコアを集め、さらに機械兵との戦闘で命を落とす兵士の数を、減らすことに成功した。
だが、戦死者の数をゼロにすることだけは、不可能だ。
どれだけ注意を払おうと、策を巡らそうと、戦闘において想定外の事態は必ず発生し、死者が出る。
先述したが、コロニーは一人の女王と九十九人の兵士によって構成されている。
それは決して変わることがない。
コロニーというシステムが成す、仕様とも言える。
では、戦死などにより兵士が欠落した場合、コロニーはどのようにして、兵士の補填を行うのか。
その答えは簡潔だ。
そしてそれが、女王の存在意義でもある。
つまり――
女王が新しい兵士を産み落とすのだ。
兵士が欠落すると、女王は自動的に新しい兵士を産み落とす。
一人の兵士が欠落すれば一人の兵士を――
二人の兵士が欠落すれば二人の兵士を――
九十九人の兵士が欠落すれば九十九人の兵士を――
女王は産み落とす。
決して増えず。
決して減らず。
そこに例外は存在しない。
新しく産み落とされた兵士は、欠落した兵士と同じ番号が割り振られる。
また番号だけでなく、新しい兵士は欠落した兵士の特徴を、多く備えて生まれてくる。
それは、同一人物とまではいかずとも、生まれ変わりとするには十分すぎる類似だった。
女王により維持される、コロニーの転生システム。
固定された個体数。
有限であり無限の兵士。
それはあまりにも異質な、種の保存法と言えた。
圧迫された肺に痛みが走る。
額に滲んだ汗が大粒の玉を作り、流れて眼球を湿らせた。
衝動的に、目が閉じ掛ける。
だが彼女はその欲求をぐっと堪えた。
今は、目をつぶるわけにはいかない。
それがほんの僅かな時間であっても、一度目を閉じれば二度と開かれることがない。
そんな脅迫にも似た予感が、彼女の心を叩いていた。
(一瞬だって気が抜けない……これが実戦)
月明かりを遮断する薄雲が浮ぶ夜空。
その漆黒の空を覆い隠すように、頭上に枝葉を伸ばした森の樹々。
その樹々の捻れた幹と幹の隙間から覗く不気味な闇が、息を潜めて彼女を見据えている。
気配は感じない。
それが余計に、彼女の恐怖心を掻き立てた。
まるで凍える真空に投げ出されたように、空気が冷たくて息苦しい。
彼女は慎重に唾を飲み込んだ。
その小さな音さえも切っ掛けにして、闇から現れた怪物が彼女の喉元に食らい付く。
そんな妄想が頭をよぎる。
彼女はそれを振り払うために、努めて冷静に思考を巡らす。
(敵は……一体。
まともに戦えば、勝てない相手じゃない)
だが、まともに戦えなかったからこそ、今このような状況に追い込まれている。
暗闇での戦闘は、敵にアドバンテージがある。
というよりは、独壇場と言っていいだろう。
足元で弱々しく揺れるランプの明かり。
そんなものに頼らなければ、一寸先すらも見通せない彼女とは異なり、敵は何百メートル先からでも、彼女の瞬きさえ見落とさない。
コロニーのエネルギーを補うために、破壊しなければならない対象。
機械兵。
油断していたわけではなかった。
しかし、単純に経験が不足していた。
焦りもあったのかも知れない。
コロニーを出て五日目。
これほど時間を掛ける任務でもなかったはずだ。
コロニーから派遣された戦闘兵は、彼女を含めて二人。
明らかな人員不足であるが、パートナーは練達の先輩であったため、彼女に不安はなかった。
報告を受けていた機械兵の出没地。
だがそこを幾ら捜索しても、敵の姿を見つけることができなかった。
明日には一度、常駐キャンプに戻ろうと、先輩とも話をしていた。
だがその夜、テントを張り休んでいるところに、一体の機械兵が姿を現した。
その機械兵を見つけたのは、見張りを担当していた彼女だけだった。
彼女はすぐに、テントで休んでいる先輩に向け、合図を送った。
そこまでは良かった。
しかし、踵を返し森の奥に逃げ込む機械兵を見て、彼女は咄嗟にランプと刀を持って、機械兵の後を追い掛けてしまったのだ。
深追いするつもりはなかった。
だが、五日間の捜索による疲労と苛立ちで、引き際を誤った。
結果こうして、機械兵の影に怯え、闇の中で一人震える事態となっている。
すでに刀は抜刀済みだった。
鈍色の刃が、ランプに灯る橙色の炎を写して、輝いている。
質の良い刀ではないが、力場をまとわせることで、鋼鉄の機械兵をも斬り裂ける。
「来るなら来い……ぶった斬ってやる」
神様は意地悪だ。
そんなヤケクソで言い放った願いばかり、律儀に叶えてくれる。
樹々の隙間に蠢く影を捉えた。
彼女は呼吸を止め、注意深く闇を見据える。
闇から影が踊りだす。
その影の正体は――
三体の機械兵だった。
(あ……駄目だ)
彼女は即座に悟った。
一体ならばまだしも、三体の機械兵を一度に相手することなど不可能だ。
一体の機械兵を斬る間に、残り二体の機械兵に、身体をバラバラにされる。
彼女は咄嗟に力場を展開し、三体の機械兵を捕まえた。
三体の機械兵の動きが僅かに鈍る。
だがそれだけだった。
彼女の展開した力場を強引に押し退け、三体の機械兵が突き進んでくる。
彼女の念動力では、三体の機械兵を押さえるのに、圧倒的に出力不足だった。
彼女は死を覚悟した。
兵士にあるまじきことだが、恐怖から目を閉じた。
彼女はそのことを後々後悔する。
何故なら、彼女は目を閉じていたせいで、見逃してしまったからだ。
三体の機械兵が同時に捻じ切れる、その衝撃的な瞬間を。
機械兵の残骸が、地面に音を立てて落ちる。
その音を聞いて、彼女はゆっくりと目を開けた。
眼前に転がる機械兵の残骸。
それを、彼女は目を丸くして見つめる。
そして――
「大丈夫だった?
39」
背後から声が掛けられた。
聞き覚えのある声に、彼女はゆっくりと振り返る。
そこには、一人の女性が立っていた。
セミショートにした金色の髪に、きめの細かい透き通った肌。
引き締められた目と、それを縁取る長い睫毛。
輝く碧い瞳。
女性の格好はノースリーブに短パンという、ラフなものだった。
任務中は戦闘服の着用が義務付けられているのだが、女性が暑苦しいという理由で、戦闘服を脱いで休憩していたことを、彼女は思い出した。
女性は、戦闘服に着替える手間さえ惜しんで、彼女を探しにきてくれたのだろう。
女性の優しさと、死の恐怖から解放された安堵から、彼女は相好を崩し、涙を流した。
「ありがとうございます……27先輩」
大粒の涙を流す彼女に、女性はきょとんと目を丸くした。
「本当にすごいですね!
27先輩は!
三体の機械兵を力場だけで捻じ伏せるなんて、前代未聞ですよ!
昔からそんなに念動力が強かったんですか!?」
「まあ……比較的……最近はさらに力を増してきたようだが……」
「確かに歳を重ねるごとに念動力はその力を増していくと言われていますからね。
ですが、それでも先輩ほどの力場を作れる戦闘兵はいませんよ!
私達若い戦闘兵は、みんな27先輩に憧れているんですから!
もちろん、私もその一人でしたが、もう噂以上の能力で感動しました!
ああ!
先輩に助けられたなんて、帰ったら友達に自慢できますよ!
写真取っておけば良かった!
カメラ持っていますか!?」
「あるわけないだろ。
あと何気に私が若くないと言われているようで、傷付いているぞ」
「え?
でも十八歳って言えば、一般的にもうベテランですよね?」
「まあそうなんだが、私にも乙女心というやつが……」
「よくは分かりませんが、さすが27先輩です!
拍手!
パチパチパチ」
腰まで伸びた栗色の髪を振り乱して、激しく拍手を始める39。
何やら馬鹿にされているような気分だが、彼女に悪気はないのだろう。
無理矢理そう納得し、27は39に分からないよう、小さく溜息を吐く。
三体の機械兵を破壊した後、27と39は機械兵の残骸からコアを抜き取り、テントまで持ち帰った。
機械兵が恐ろしかったのか――確か彼女にとって今日が初めての実戦だったはずだ――、39は言葉数少なく、暫くの間、涙をぽろぽろと流していた。
そんな39の心を落ち着かせようと、27はカップにコーヒーを注いで、彼女に手渡した。
だが今にして思えば、そのまま、めそめそと泣いてくれていたほうが、気が楽だった。
コーヒーによって徐々に落ち着きを取り戻した39。
だが彼女はそれだけに留まらなかった。
抑圧していたゴムが弾けるように、彼女の情緒はマイナスから急激にプラスに転じた。
つまり、彼女は強い興奮状態となってしまったのだ。
もしかしたら、コーヒーに含まれるカフェインの作用があったのかも知れない。
だが何にせよ、興奮した39は、27に対して怒涛の質問攻めを開始した。
あれやこれやと、根掘り葉掘り訊いてくる39。
そんな彼女に、27は気が滅入っていた。
(ただでさえ、最近風邪気味なのか、体調が優れないというのに)
そんな27の陰鬱な思いに、毛ほども気付かない39。
彼女は頬を紅潮させつつ、27に無意味な質問を繰り返した。
「やはり、日頃から秘密の特訓とかして、鍛えているんですか?」
「何だ、その秘密の特訓って……そんなことしてないさ」
「では、普段は何をされているのですか?」
「もっぱら本を読んでいる」
「ああ。
地下一階の図書室ですね。
私はあまり利用したことがないのですが、どういった種類の本を読まれるのですか?
やはり、先輩らしく解剖学とか帝王学とか?」
「どうしてそれが私らしいんだ?
君には興味のないジャンルだよ」
「そんなことありません!
先輩が好きなら私も好きになります!」
「気色悪いから止めてくれ。
本当に君に興味のないものだ」
「何ですか?」
「……恋愛小説」
目を丸くし硬直する39。
27にとって、彼女のその反応は想定内のものだった。
そのため、27は言葉を補足しようともせず、黙って焚き火の揺れる炎を見つめていた。
39が一度視線を上げ、また27に戻す。
そして彼女は怪訝に眉をひそめた。
「恋愛……ですか?」
「ああ……興味ないだろ?」
「……すみません。
ないですね」
39は存外あっさりとそれを認めた。
もっとも、彼女が嘘を吐く必要などないのだが。
39は少し首を傾げ、27に言う。
「というよりも、コロニーで恋愛に興味がある人なんていませんよ」
「そうかな?」
「そうですよ。
だってコロニーには女性しかいませんし、何より私達は――」
39が可笑しそうに笑った。
「恋する意味がない身体じゃないですか?」
39が無邪気に放った言葉。
それは真に的を射た発言だった。
反論の予知もない正論。
そんな彼女の言葉に対し――
27はただ「そうだな」と頷いた。