コロニー(4)
10以内とは文字の通り、01から10までの兵士を指す言葉だ。
コロニーの外で活動することが多い他兵士と異なり、10以内はコロニーに常駐し、コロニーの運用管理を行っている。
運営管理と一口に言っても、その役割は多岐に渡る。
コロニーの設備メンテナンスや物資の管理、常駐兵の報告を精査し、必要とあればスケジュールを調整して戦闘兵を派遣する、など様々だ。
10以内が方針を定め、11以上がそれを行動に移す。
これがコロニーの基本運用だ。
仮にコロニーを一つの生命体に例えるなら、11以上はその生命体の動かす手足であり、10以内は生命体の頭脳と言える。
そして、女王とはその生命体にとって――
意志そのものと言えた。
10以内の執務室は、コロニーの地上四階から五階に割り振られている。
27は丁度正午に、芯柱の螺旋階段を上り、06の執務室がある五階へと向かった。
27が執務室に入ると、事務机を前にして椅子に腰掛けた女性が、ぎろりと27を睨みつけてきた。
黒髪をポニーテールでまとめた長身の女性で、縁のないメガネを掛けている。
10以内の06だ。
机に肘を付けた06が、組んでいた指先を一度組み替えた。
扉の前に立つ27を睨め上げると、06は赤いルージュが引かれたその唇を、そっと開いた。
「遅刻ね」
06が怒りを滲ませた声で、そう言った。
27はきょとんと目を瞬かせると、こめかみをポリポリ掻きながら、首を傾げた。
「……いや、ジャスト正午だ」
「……そうね……あーあ、つまんない」
06の厳しく引き締められていた表情が、気の抜けた風船のように弛緩した。
バンザイするように両手を上げ、彼女が唇を尖らせて不満を口にする。
「たまにはさ、こう管理職っぽく、部下に激しい叱咤を的なものをやりたいのよね。
なのに、みんながみんな本当に真面目ちゃんで面白みに欠けるんだもの。
嫌になっちゃうわ」
「そう言われてもな。
ミスの許されない依頼ばかりこなしていれば、自然と細かいところにまで気を配るようになるだろ」
「それって、私の仕事がミスの許される甘っちょろいもんだって皮肉ってる?」
「そうは言っていない。
言ってはいないが、こういうのを以心伝心と言うんだろうな」
「酷いわね」
言葉に反して、06は楽しそうに笑顔を見せた。
そして27に向け、優しい口調で言う。
「良かった。
思ったほど落ち込んではいないようね」
06の軽薄な言動は、仲間を目の前で失った27に対する、彼女なりの気遣いなのだろう。
戯けた装いをすることで、27の心持ちを軽くしようとしてくれたのだ。
その06の考えは、27もすぐに気付いた。
だからこそ敢えて、06の軽口に27も乗っかった。
10以内である06の業務が、甘っちょろいものなどと、本当は27も考えていない。
百名弱ものコロニーの兵士を管理し、適切に運用することは、並大抵の苦労ではないだろう。
高い能力は勿論、全兵士の命を預かるという重圧とも、戦わなければならない。
今回の任務で、コロニーは45と16、そして83という、三名もの貴重な戦闘兵を失った。
直接指示を下した10以内が、06ではなかったにせよ、その責任を彼女は重く受け止めているはずだった。
だが06は、そんな自身の苦い心境などおくびにも出さず、落ち着いた声音で言う。
「何なら、謁見をしばらく待ってもらえるよう、私から女王様に進言してもいいのよ?」
「そんなことをすれば、女王様の言葉を軽視していると、また他の10以内から嫌味を言われかねないぞ」
「気にすることないわ。
そんなもの、言われ慣れているから」
そう言って、06は肩をすくめた。
10以内の中でも彼女は特殊な存在だ。
コロニー存続のためなら、兵士を駒のように扱う他の10以内と異なり、彼女だけは兵士を駒ではなく、仲間として扱ってくれる。
それだけに、彼女は他の10以内と意見が対立することも多く、露骨に煙たがわれていた。
ただでさえ、十六歳でまだ若輩な06の意見は、軽視されがちなのだ。
27にとって、10以内で唯一信頼できる06の、その立場をこれ以上悪化させるのは、忍びなかった。
27は頭を振ると、06に応える。
「私達は女王様に逆らえない。
そうだろ?
こんなことで女王様が気分を害するとは思えないが、あまり波風を立てるのも得策じゃない。
私なら大丈夫だ。
気を遣ってくれて感謝する」
06は暫く黙った後、諦めたように一つ息を吐いた。
そして机の引き出しから何かを取り出し、それを27に放り投げる。
27は、06が放り投げたモノを右手で掴むと、視線を落としてそれを確認した。
27の右手に握られていたのは、複雑な文様が刻まれた、銀色の鍵だった。
「苛ついて、女王様にあたるような真似だけは止めてよね?」
そう言って、06はウィンクした。
女王の間はコロニーの最上階、六階にある。
その階だけは、芯柱の螺旋階段から上ることはできず、10以内が管理する通路からのみ、行き来することができる。
先程06から受け取った銀色の鍵は、その通路に続く扉を開けるためのものだ。
27は通路を抜け、女王の間の扉に辿り着いた。
左右開きの重厚な扉を両手で押し開け、部屋に身体を滑り込ませる。
そこは、不思議な空間だった。
直径は二十メートル、高さ五メートルほどのドーム状の部屋。
窓の類は一つも見当たらない。
床や壁は白で統一されており、それ自体が淡く発光している。
床と壁には繋ぎ目一つ見当たらない。
それらの境界すら、ひどく曖昧で判然としない。
まるで自分という存在が、無限に広がる白い空間に浮かび上がった泡であるかのような、そんな奇妙な錯覚に陥る。
27は無言のまま、前を見据える。
白で満たされた彼女の視界。
その中心に――
さらに白い影を見つけた。
27は慎重に足を踏み出し、その白い影に近づいていく。
そして、27が白い影の前に立つと、その白い影は動きを見せた。
その白い影は、幼い少女の姿をしていた。
花弁のように華やかな白いドレスに身を包み、足を畳んで床に座っている。
ウェーブした純白の髪は床の上で花咲くように広がり、肌は雪のように白く赤子のようにきめ細かい。
目尻が少し垂れた大きな目。
そこには、ルビーのような赤い瞳が輝いていた。
人間というより人形に近い。
生物というより無生物に近い。
存在自体を見紛う。
そんな、異質な少女だった。
少女がピンク色の小さな唇を開き、その隙間から白い歯を覗かせた。
少女の声が、消毒したように澄み切った部屋の空気を、くすぐるように震わせる。
「久しぶりだね。
27」
少女の声は、その外見に違わず、可愛らしいものだった。
明朗で淀みなく、濁りのない甘い声。
その声を聞いているだけで、頭がとろけてしまいそうだった。
それは、快楽を刺激する愛撫のようであり、内に秘めた渇望を呼び起こす媚薬のようである。
遺伝子に念入りに刷り込まれた本能が、少女のすべてを欲している。
中毒性を伴った少女の声に、27は気を引き締めた。
呑まれてはいけないと、自己を強く確立する。
27は少女を睨み、言う。
「私は忙しい。
用があるなら手早く済ませてもらえないか?
女王様」
27に女王様と呼ばれた少女は、くすりと笑った。
「ぼくにそんな口の利き方をするのは、27ぐらいなものだよね」
「用がないなら帰るぞ」
少女――女王はやれやれと頭を振ると、床に座ったまま27を見上げる。
「まず、ねぎらいの言葉を言っておこうかな。
ご苦労様、27。
君が持ち帰った機械兵のコアのおかげで、暫くの間は、コロニーは電力不足に悩まされることはなくなった」
「そんなことか?」
「そんなことはないだろ?
機械兵のコアは、コロニーの維持管理だけでなく、農作物や家畜の設備にも欠かせない、重要なエネルギー源なんだ。
コロニーを生かす餌と言い換えてもいい。
それを採取してくれる戦闘兵の君達には、いつも感謝しているのさ」
「それはどうも。
それで、ねぎらいの言葉以外の言葉は、何なんだ?」
女王が悪戯っぽく笑う。
「……失態だったね」
「10以内から報告を受けていたのか?」
27の問いに、女王は再び頭を振る。
「昨日、生まれたから分かったんだ。
地下にいるからさ、会いたければ会いに行くといいよ。
10以内には口利きしておくからさ」
「処分前の、最後の情けってやつか?」
27の言葉が面白かったのか、女王はクツクツと肩を揺らした。
「そんなつもりはないよ。
君を今日呼んだのは、処分のためじゃない。
一年にも満たない間に、戦闘兵として数々の武勲を立ててきた君が、初めて味わった敗北。
その感想を聞きたいと思っただけさ」
「暇なやつだな」
「暇なやつだよ」
27は思わず舌打ちしそうになる。
だがそれはぐっと堪えて、何食わぬ顔で言う。
「別に、感想なんてないな」
「夜も眠れないほど悔しかった?」
「生憎と快眠だった」
それは事実だった。
女王がつまらなさそうに眉を曲げる。
「図太いね。
27は」
「かもな」
「恋愛小説なんて女々しいもの読んでいるくせに」
女王の言葉に、今度は27が眉を曲げる。
「なんでそんなこと知っているんだ?」
「有名だよ。
当然だよね。
おかしな話だもん。
君達は、恋愛感情なんて理解できないはずなのに」
27は内心の動揺を押し隠し、飄々とした表情で言う。
「私にもそんなもの理解できないよ。
ただ話自体が面白いから読んでいるだけさ」
「ホント?
なら今度ぼくも読んでみようかな?
ねえ、暇な時に持ってきてよ」
「考えとくよ」
いつの間にか、話が脱線していた。
27は話を切り上げるつもりで、女王の言葉に適当に相槌を打ち、さっと踵を返す。
部屋の出口に向かって歩く27。
その彼女の背中に、女王の声が掛けられる。
「もしかして体調悪い?」
先程までの、27をからかうような女王の口調が、僅かに変化していた。
27は足を止めると、女王に振り返る。
女王の表情には、相変わらず微笑みが浮かんでいる。
だが27にはその笑みが、先程までとは異質な表情に見えた。
27は怪訝に眉をひそめ訊き返す。
「体調が悪い?」
「だから、失敗したんじゃない?」
女王がどのような答えを期待しているのか、27には判別することができなかった。
そのため、彼女は女王の問いに正直に答えた。
「別に……」
「……」
僅かな沈黙を挟んだ後、女王はにっこりと笑った。
「そっか。
ならいいんだ」
どうやら27の答えは、女王の望んだものではなかったようだ。
だが27は特に気することもなく、女王の間を後にした。
コロニーの地下二階。
そこには、10以内の許可なく立ち入ることができない、コロニーでも重要な施設があった。
27は女王の謁見後、地下二階の入室の許可を、06に申請した。
女王からの口利きもあってか、許可はあっさりと下りた。
地下二階は、仕切りのない円形状の部屋が一つだけある。
その部屋は、常に一定の温度と湿度に保たれており、フィルタを通して換気された清潔な空気――ほのかに消毒液の匂いが混じっている――に満たされている。
チリ一つない床は、高さ二メートルの天井に吊るされた照明を反射し、鏡面のように輝いていた。
その部屋には、一辺が一メートルほどの立方体のカプセルが、並べられていた。
一定の間隔ごとに、縦に十個、横に十個と、寸分の狂いなく配置されたカプセル。
それらは上部が透明なガラスで造られており、そこからカプセルの中を覗き見ることができる。
27はカプセルの隙間を縫うように、歩き始めた。
通り過ぎるカプセルのその大半は、中身が空のものだ。
その点については予想通りのため、27は特に気に留めることもなく、目的のカプセルに向けて歩を進めた。
カプセルは、その外見だけでは区別がつかない。
だが個々のカプセルには、一意となる番号を記載した、名札が貼られている。
その番号に従って、カプセルは整列されているため、27は迷うことなく、最短距離で目的のカプセルに辿り着いた。
目的のカプセルの前に立ち止まる。
そして視線を落とし、カプセルの中を覗き込んだ。
そのカプセルの中には――
青い髪の女の子が眠っていた。
まだ生まれたばかりと思しき赤ん坊だ。
瞼を閉じて、その小さな胸を静かに上下させている。
当たり前のことだが、女の子は生きていた。
柔らかく握られた、女の子の小さな掌。
27は、その女の子の掌と自分の掌を、ガラス越しに合わせた。
眠り続ける女の子に、27は決意を込めて言う。
「今度こそ、君を守ってやるからな」
27が見つめるカプセル。
その縁に張られた名札には、二桁の番号が振られていた。
『83』




