コロニー(3)
機械兵との戦闘を終えた27は、近くの常駐キャンプに救難信号を送った。
恐らく翌日には、数人の常駐兵が現場に駆け付けてくれることだろう。
救難信号を送った後、27は83と45、16の遺体――45に関しては頭部だけだが――を集めた。
そして、簡易的ながらも墓を掘り、そこに彼女達の遺体を埋めてやる。
非戦闘兵の女性は、テントの下から、全身が炭化した状態で見つかった。
彼女の身体には数発の銃痕があり、炎に焼かれる前に、すでに彼女が絶命していたであろうことを、物語っていた。
非戦闘兵の女性の遺体は、全身を布で覆うだけに留めた。
この女性は先程救難信号を送った常駐キャンプの人間だ。
埋葬するならば、彼らの手で行われるのが、望ましいだろう。
そして翌日。
救難信号を受け、三人の常駐兵が現場に現れた。
27は彼らに、非戦闘兵の女性が死亡した旨を伝え、遺体を引き渡した。
彼らは取り乱すようなことはなかったが、仲間の死を深く悲しんでいることは、その蒼白の顔を見れば、一目で知れた。
応援に来た三人の内、一人が非戦闘兵の女性の遺体を彼らのキャンプまで運び、それ以外の二人が、機械兵から取り出したコアを運ぶことに決まった。
それから三日掛けて、27はコロニーへと戻った。
行きに掛かった時間が二日だったこと考えると、自身が思っている以上に、27は体力も精神も消耗していたらしい。
コロニーに着くと、27は帰還手続きを手早く済ませる。
報告書の作成は後日にしてもらい、コロニーにある自室へと戻った。
自室に入ると、27は一目散にベッドに近寄り、バタンと倒れ込むようにして横たわる。
そして泥のように眠った。
目覚めは快適なものだった。
身体に溜まっていた疲労が、溶けて流れ落ちたように、身体が軽く感じられた。
(夢を見なかったせいか……)
だとすれば、そのことに感謝する。
今見る夢は、悪夢にしかなりそうもない。
27は瞼をゆっくりと押し広げる。
視界に写るのは、見慣れた天井だった。
コロニーにある、27の自室。
疲労で朦朧としていたが、どうやら自分の部屋を間違えるようなヘマはしなかったらしい。
そのことに、少し安堵する。
ベッドの上で上体を起こす。
身体に掛けていたシーツが、27の上半身から滑り落ちる。
彼女は自身の格好を見下ろして、安堵から一転、自身の失態を強く後悔した。
27の格好は、任務時に着用していた革のジャケットとズボン――機械兵との戦闘後、常駐兵が応援に来る前に着替えておいた――であった。
五日間、森を歩き続けたその服は、泥や汗によってひどく汚れており、鼻を突く異臭を漂わせていた。
そんな格好のまま、ベッドの上で眠ってしまった。
当然、ベッドのシーツには服の汚れや臭いがしっかりと染み付いていた。
27は寝癖の付いた金髪を指で梳かしながら、思う。
(いっそのこと、部屋を間違えてしまえばよかった)
そうすれば、几帳面に洗濯し清潔さを保っていたこのベッドを、汚すこともなかったのに。
そんな勝手なことを、27は考える。
27は溜息を吐くと、ベッドから脚だけ下ろして、周囲を見回した。
立方体の簡素な部屋。
薄いグリーンの壁紙。
窓はなく、鍵のない扉が一つだけある。
照明は天井と一体化しており、その光は不自然なほど白い。
任務で自然な光に触れる機会が多い27にとって、この光はどうにも落ち着かなかった。
だが、これらの設備や部屋の構造は、コロニー内の全個室で共通仕様となっているため、仕方なく諦めている。
その点、家具の持ち込みは自由とされているため、それぞれの部屋で個性が表れる。
ちなみに27の部屋は、スチールで造られた事務机と、今彼女が腰掛けているベッドが、無造作に置かれているだけだ。
この部屋を自己評価するならば、その個性は無個性といったところか。
強いて言えば、不必要なものを部屋に置かないことが、拘りと言えなくもない。
ここでようやく彼女は、探していたものを見つけた。
事務机に置かれた小さなサボテン――これは不必要なものではなく、心の癒やしという面で重要な意味を持つ――の鉢植え。
それと並んで置かれている、時計だ。
日付と時間を確認し、眠りに付いた時間との差を、頭の中で算出する。
(約九時間……意外に平凡だな)
眠る直前は、このまま二度と目が覚めないのではないかと、そう思った。
極度の疲労から散り散りになった意識が、もう元に戻らないのではないかと、本気で考えた。
(今思えば、馬鹿げた妄想だ)
或いは、馬鹿げた幻想か。
27は苦笑すると、ベッドから腰を下ろして立ち上がった。
戦闘服を手早く脱ぐと、ベッドの上に放り投げる。
服の汚れがベッドに付くことを、今更気にする必要もないだろう。
戦闘服の下に着込んでいたノースリーブと短パン、そして下着も同様にベッドの上に脱ぎ捨て、全裸となる。
腰を何度か捻りながら、自身の裸体を27は観察する。
標準的な、十五歳になる女性の体型だ。
しかし、その白くきめ細かい肌には、痛々しい古傷が無数に刻まれていた。
彼女が戦闘訓練を始めたのは十二歳の頃だ。
それから三年間を端的に表したものが、身体に付けられた古傷であり、詰まるところ彼女の戦歴と言える。
自身の観察を終えた27は、その場で屈み込み、ベッド下の収納棚から新しい下着と上下黒のジャージを取り出した。
それらに着替えると、再び自身の身体を見下ろす。
「色気も何もないな」
だが構わないだろう。
見せる相手など誰も居ないのだから。
とは言え――
(少し無頓着が過ぎるか?)
そうも思う。
だが特に着替え直すようなことはせず、苦笑するだけに留めた。
27は事務机に近づくと、椅子を引いて座った。
机の引き出しを開けてペンと書類を取り出し、報告書の作成を始める。
だが、名前と任務概要を書いたところで、27のペンはピタリと動きを止めてしまった。
そのまま、暫しの時間が流れる。
焦点の合わない瞳で、作成途中の報告書を見つめる27。
彼女は机をペン先で叩きながら、口を閉ざして沈黙を続ける。
27は作成途中の報告書とペンを、机の引き出しにしまうと、椅子を引いて立ち上がる。
そして、一度ぐるりと部屋を見回した後、部屋の出口へと足を向けた。
コロニーは、幅が百メートル、高さが二十メートルの巨大なドーム状の銀色の建物であり、全六階からなる地上階――地下は二階まで存在する――は、一階から三階までが各兵士の個室として割り振られている。
各部屋の割り振りは単純で、名前の番号に従い、一階が1から50、二階が51から85、三階が86から99の個室となる。
各兵士の個室は、コロニーの球面に沿って存在し、球体の中心部は一階から五階までの吹き抜け構造となっている。
各階の行き来には、芯柱に取り付けられた螺旋階段を使用する。
芯柱とはコロニーの中心に立てられた、直径十メートルほどの巨大な円柱のことを指す。
芯柱の螺旋階段を登ると、各階毎に芯柱から球面に向かって、等間隔に四本の橋が架けられている。
その橋を渡って目的の部屋へ移動できる仕組みだ。
27の自室はコロニーの一階にある。
彼女は自室を出ると、まずは芯柱に向かって歩きだした。
共有スペースとなっている一階のフロアには、十数人の兵士が、二人から四人のグループを作り、雑談をしている。
任務と訓練がない時であれば、基本的にコロニー内での行動は自由とされていた。
27は、横切る面々に軽い挨拶を交わしながら、芯柱に辿り着くと、螺旋階段を登って二階へと移動する。
芯柱から球面に架けられた橋を伝い、渡り廊下を歩きながら部屋番号を確認する。
目的の部屋はすぐに見つかった。
部屋番号83。
番号が書かれた名札を暫く眺めた後、27は右手を伸ばして部屋のドアノブを掴んだ。
手首をひねると、ドアノブは抵抗なく回る。
27は扉を開いた。
部屋の中から、鼻腔をくすぐる甘い香りが漂う。
27にとって慣れ親しんだ、83の匂いだ。
香水では決して作り出せない、長い親交によって培われた、優しい匂い。
27は部屋に入ると、見慣れた83の部屋を改めて見回した。
ベッドと事務机があることは27の部屋と変わりない。
だが所々に小物を配置して、飾り気のない家具を可愛らしくアレンジしている。
部屋の隅にある鏡台には、僅かばかりの化粧品が置かれている。
83は普段――任務中は当然例外として――から、化粧をして過ごすことを好んでいた。
殺伐とした任務が多い27や83などの戦闘兵にとって、自身に合ったストレス解消法を見つけることは、重要なことだ。
83にとってのそれが、化粧をすることだった。
ベッドの脇には、大きなクマのぬいぐるみが、足を前に出して座っていた。
そのクマは所々がほつれ、首元には縫ったような痕まである。
83はそのぬいぐるみを、幼少の頃より名前を付けて可愛がっていた。
確か、キンタロウと言ったか。
とある童話に出てくる、登場人物の名前らしい。
壁紙や部屋の構造は、27の部屋と同じだ。
しかし83の部屋はどこか華やかで、温かみがあった。
それが居心地良く、27は時間があれば83の部屋を、よく訪れていた。
このように部屋の主が不在の時に、勝手に部屋でくつろいでいたこともある。
だがその時と今とでは、決定的なところが違っていた。
この部屋の主は、もう二度と戻ってくることはない。
27の胸が締め付けられる。
この部屋を訪れれば、83が何食わぬ顔で出迎えてくれる。
そんなことを期待していたわけではない。
83は死亡した。
それが夢でも幻でもないことは、承知している。
変えようのない現実だと、認めていた。
だがどこか実感がなかった。
頭では分かっても感情が追い付かなかった。
理解ができても共感ができなかった。
83の部屋を訪れたのは、無根拠な予感でしかなかった。
判然としないこの想いに、終止符が打たれる予感。
矛盾した曖昧な確信。
だがそれは、正しかった。
あんなにも温かかったこの部屋が、冷たく乾いている。
物の配置や部屋の構造が変わったわけではない。
しかし主の生死によって、部屋がまとう雰囲気は、これほどまでに変質する。
それだけ、人の死というのは重い。
83の死が、部屋の空気を通じて、27の身体に染み込んでいく。
27は溜息を吐いた。
事実を事実として確認した。
ならば次に取るべき行動は、その事実に沿って、行動を起こすことだ。
まずやるべきことは――
「彼女達の遺品の整理……かな」
任務で殉職した兵士の遺品整理は、当該任務を共にした者で行うことが、慣例となっている。
先日の任務では、83の他に、45、16がなくなっているため、三人の遺品整理を、27が一人でやらなければならない。
「まずは荷造りか……事務室からダンボールを借りて……いや、その前に一通り部屋を見て回って、大筋の計画を立てないと……」
ここで、扉をノックする音が聞こえた。
27が怪訝に眉をひそめる。
暫く動かずにいると、再び扉がノックされる。
27は扉に近づくと、僅かな逡巡の後、扉を開いた。
扉の前には一人の女性が立っていた。
銀色の髪を腰まで伸ばした、切れ長の瞳を持つ女性。
27のよく知る女性だ。
名前は75。
年齢は一九歳。
27の戦闘訓練の教官を務めたこともある、熟達した戦闘兵だ。
「やっぱりこの部屋にいたか」
75が曖昧な笑みを浮かべて言う。
27は目を瞬かせると、首を傾げて彼女に問うた。
「私を捜していたのか?
75」
「ああ。
最初はお前の部屋に行ったんだが、留守みてえだから、ここにきた。
お前と83は、仲が良かっただろ?」
「なるほど……どうも私の行動は至極単純なものだな」
27は苦笑して、そう言った。
それが強がっているように見えたのか、75が顔を伏せて、躊躇いがちに言う。
「83のことは話に聞いた。
残念だったな。
俺にとっても可愛い後輩の一人だったが」
「……亡くなったのは83だけじゃない。
45も16も死んでしまった。
二人共優秀で……素晴らしい人格者だった」
最後の言葉が、若干淀んでしまった。
75は27の言葉を受け、「ああ」と首肯する。
「二人とも、実力のある戦闘兵だった。
だが、お前と83はガキの頃からの付き合いだろ?
他のやつとは、やっぱり……よ」
「お互い戦闘兵である以上、83も私も、ある程度の覚悟はしていたよ」
「無理するな。
お前が、簡単に物事を割り切れる器用な奴なら、そんな面してねえだろ」
27は苦笑した。
普段通り振る舞っているつもりだったが、どうやら上手くはいっていなかったらしい。
或いは、75の洞察力がずば抜けているだけなのか。
口の悪い――人のことは言えないが――75だが、仲間に対する彼女の優しさは本物だ。
27は、後輩を気遣う75に「ありがとう」と礼を述べた後、小さく頭を振る。
「だが本当に大丈夫だ。
それより、私を捜していたんだろ?
要件を教えてくれ?」
「そうか……それじゃあ遠慮なく、言わせてもらうぜ」
75は背筋を伸ばすと、声の調子を一段上げて言う。
「10以内の06から、お前へ伝達を預かっている。
本日の正午、06の執務室を訪ねるようにだとよ」
75の伝言に、27は目を瞬かせる。
「06が?
任務明けに一体何の用だ。
報告書の催促なら、まだ書いてないが……」
「いや……どうも、そういうことでもないらしいぜ……」
75は一度唇を舐めた後、慎重にその言葉を口にした。
「女王様がお前を呼んでるんだとよ」