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スズメバチの恋  作者: 管澤捻
繋がる命
22/26

繋がる命(5)

 27から養護施設の保護を頼まれた39は、数人の仲間を口説き落とし、施設に向かった。

 施設に着くと、39はすぐさま子供達の様子を確認する。

 施設の子供達は、事前に伝えられていたコロニーの指示に従い、全員が施設でおとなしく待機していた。


 ただ一人を除いては――


「いやだ!

 はなちて!」


「駄目だったら!

 今コロニーは危険なの!

 ここでおとなしくしていなさい!」


「いいいやあああだあああ!」


 39の掴む手を振り解こうと、少女が腕をブンブンと振り回す。

 少女がいくら暴れようと手を離すことなどないが、その少女の異常な剣幕に、39は気圧されていた。


 少女の瞳から大粒の涙がこぼれる。

 少女は泣きながらも、39の手を必死に振り解こうとする。

 どうやらこの少女は、ただの我儘で騒いでいるわけではないらしい。


 39は少女の前に回り込んで、その肩を掴んだ。

 膝を曲げて屈み込み、少女と目線の高さを合わせる。

 そして、興奮している少女を宥めるようにして、話し掛ける。


「どうして、コロニーに行きたいの?

 その理由を、お姉さんに教えてくれない?」


 涙で濡れた少女の瞳は、瞳孔が開き細かく震えていた。

 それを見て、39は気が付く。


 少女は怯えている。

 多くの死者が出ているこの現状に、恐怖している。


 それは当然のことと言える。

 まだ幼い彼女達にとって、この惨状はあまりにも酷だ。

 周りでおとなしくしている少女達も、同様の恐怖が瞳の中に浮かんでいる。


 だが目の前で涙を流す少女は、その恐怖を押し殺してでも、コロニーに行かなければならない理由がある。

 それは一体何なのか。

 少女が口を開く。


「ツーセンを……まもんなきゃ」


「ツーセン?」


「ツーセンは……あたちが……まもるの!」


 途切れ途切れに、だが力強く放たれ少女の言葉。

 39は、その少女が話す言葉の意味をすぐに理解した。


「27……のこと。

 コロニーの地下にいる、27の赤ん坊を守りに行くの?」


 少女がこくりと頷き、言葉を続ける。


「ツーセンはあたちの、ともだちだもん!

 あかちゃんのツーセンは、あたちがまもるの!

 まもらなきゃだめなの!」


 27には三年前に亡くした幼馴染がおり、その転生した子供の様子を見に、頻繁に養護施設を訪れていたと聞いている。

 39は記憶を探りながら、少女に名前を尋ねる。


「あたちのなまえ……83(エイトチュリー)……」


 間違いない。

 27が見守り続けてきた子供は、この少女だ。

 そして今度は、この少女が赤ん坊になった27を、守ろうとしている。


 39には、83の気持ちが痛いほど分かった。

 彼女は27に命を救われている。

 だから今度は自分が――


(27先輩を守ってあげたい)


 39が憧れる27は、厳密には27の偽物だ。

 転生した27と関連があるかは分からない。

 だがそれでも、彼女は構わなかった。

 例え自己満足でも、自分の中で納得したいのだ。


 39は周囲を見回し、近くに立っていた91に声を掛ける。


「施設の保護はお願い。

 私は、コロニーに残された赤ん坊を連れ出してくるから」


 まだコロニーは、戦場の真只中かも知れない。

 それでも39は決心した。

 いざという時には、仲間と戦うことさえも覚悟して。


 27を守る。

 そして――


「私と一緒にコロニー行こう。

 83。

 大丈夫。

 あなたのことも――」


 27が守ろうとしたこの少女も――


「私が守ってみせる」




 クリフに恋をして――


 クリフと愛し合い――


 クリフの子を感じた。


 だからこそ、27はこの可能性を強く信じることができた。

 だからこそ、27はこの先に子供達の幸せがあると、夢見ることができた。

 だからこそ、27は――


 自身の命を懸けようと思った。




 白い空間に浮かび上がる女王の間。

 前後左右どころか、上下の感覚すらも曖昧になるその空間で、唯一の基準となる存在が女王だ。

 女王がいるからこそ、天井ではなく床に立っていることを認識し、後ではなく前に歩いていることを理解できる。


 まさにそれは、コロニーに於ける女王の存在と同義と言えた。

 女王を基点にして重ねられたコロニーの歴史。

 それが今、一人の兵士によって幕を下ろされようとしている。


 27が女王の目の前に立つ。


 女王は床に座ったまま、27を見上げる。

 床にまで広がった長い白髪。

 それを右手で撫で付けながら、女王が唇を開いた。


「どうして……ぼくが女王と呼ばれているか知っているかい?」


「……いや」


 27は小さく頭を振る。

 女王は「ふふ」と笑い、人差し指を一本立て物知り顔で話す。


「一人の少女から造られる九十九体のクローン。

 当然、それは全て女性になるよね。

 そして、その女性はコロニーの永続のために、コロニーの外に出て、機械兵からコアを奪ってくる。

 どうだい?

 一人の女性――つまりぼくだけど――が子を生み、労働力となるその他大勢の雌で構成される集団。

 ここまで言えば分かるよね?

 ぼく達のコロニーは、蜂の生態とよく似ている。

 特にスズメバチなんか、瓜二つじゃないかな?

 (コロニー)を保つために、獲物を残虐に狩るところなんてさ。

 そういう理由でぼくは、女王と命名された」


 女王は、立てた人差し指をくるくると回しながら「それでね……」と、無邪気な笑顔――まるで覚えたての知識を親に教える子供のような――を浮かべ、会話を続ける。


「スズメバチにはね、変わった習性を持つ種がいるんだ。

 社会寄生性スズメバチって言ってね、なんとそのスズメバチは、他のスズメバチの巣に単身で乗り込んで、その巣の女王を殺してしまうんだ。

 そして自分が新しい女王になって、巣を乗っ取ってしまう。

 恐いよね。

 君はそのことについてどう思うかな?」


「……私が、寄生なんちゃらスズメバチだと、そう言いたいのか?」


 女王が「ふふ」と可笑しそうに笑う。


「少なくとも、仲間に成りすまして侵入する辺り、そっくりだと思うけど。

 巣を乗っ取るというのも、ぼくから子供達を奪っていくという意味で、同義だ。

 ただし――」


 女王の赤い瞳が、僅かに揺れる。


「君が、コロニーやぼくと心中しようとしているのは、それとは少し違うかな?」


 27が静かに瞼を閉じる。


 議会にとってコロニーは、その痕跡すらも存在することが許されない。

 コロニーの人間をシティに受け入れさせる。

 その交渉を議会と有利に進めるためには、コロニーと女王は一片の破片も残さず、消滅させる必要がある。


 だが27の念動力(サイコキネシス)では、破壊はできても、消し去ることまではできない。

 ならばどうするのか。

 27は考え、ある現象を思い出した。


 それは、75が起こした暴走だ。


 暴走による無作為な念動力(サイコキネシス)の解放。

 その展開された力場は、コロニーを覆い尽くすほどに巨大に膨れ上がり、力場内部の物体を、()()()()()した。


 あの力を使えば、コロニーを完全に消滅させることができる。

 27はそれを確信した。

 だからこそ、06に全ての事情を話し、コロニーの仲間を彼女に託した。

 自分が――


 暴走して消えてしまう前に。


「コロニーの生き残りの中には、君を恨む者も出てくるだろうね」


「……そうだな」


「君は命懸けで彼女達を守ろうとしたというのに、それで良いのかい?」


「構わないさ。

 むしろ、そうなってくれることを祈るよ」


 怪訝な表情をする女王に、27は皮肉な笑みを浮かべて言う。


「恨みの対象が、死んでしまう私に向けられるなら問題ない。

 問題なのは、全ての真実を知り、シティに対して彼女達が敵対心を持ってしまうことだ。

 そうなれば、折角交渉してシティに住めたとしても、それを彼女達が放棄してしまうかも知れないだろ」


 女王が呆れるように肩をすくめる。


「やれやれ。

 君はコロニーの人間じゃないんだろ?

 どうして、彼女達のためにそこまでする必要がある?

 シティに隠れて、余生を過ごしていれば良かったものの」


「それも良いんだが……仕方ないだろ」


 自身に呆れて、27も肩をすくめる。


「生まれがどうでも、やはり私にとってコロニーは故郷で、そこの人間は仲間なんだ」


 女王が大きく溜息を吐いた。

 彼女は小さく頭を振り、ひどく残念そうに言う。


「なら……ぼくのことも少し配慮して欲しかったね。

 ぼくだって、君達の仲間だろ?」


 思いがけない女王の言葉に、27はきょとんと目を丸くした。

 そして、「ぷっ」と吹き出すと、声を殺して笑った。


 27の反応に、頬を膨らませる女王。

 27は深呼吸をして笑いを堪えると、「ごめんごめん」と拗ねる女王に謝罪する。


「君の言う通りだな。

 確かに私は、君への配慮に欠けていた。

 いや何というか、これは言い訳じゃないんだが、君は少し超常的だからな。

 そんなの気にしないと思っていた」


「……別にいいけどね。

 ぼくも君を処分するように命令していたわけだし」


「じゃあ、それでおあいことしよう」


「そう?

 じゃあさ、一つぼくのお願いを聞いてくれるかな?」


 あっさりと機嫌を直したのか、女王が再び無邪気な笑みを浮かべる。

 27が促すと、女王は薄っすら頬を赤らめ、こう言った。


「シティについて話してよ。

 ぼくは議会に造られたけど、シティのデータは記録されてないんだ。

 最後に、自分の生まれ故郷がどんなところか知りたいんだよ」


 両拳を握って力説する女王。

 そんな彼女に、27は微笑み掛ける。

 女王の赤い瞳を見つめながら、27はゆっくりと腰を下ろした。


「暴走がいつ起こるのか、私にも正確には分からない。

 その時間で話せる範囲で良ければ、話しをしよう……」


 瞳を輝かせて頷く女王に、27はシティでの思い出を語り始めた。




 それから約二時間後――


 コロニーは消滅した。

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