繋がる命(5)
27から養護施設の保護を頼まれた39は、数人の仲間を口説き落とし、施設に向かった。
施設に着くと、39はすぐさま子供達の様子を確認する。
施設の子供達は、事前に伝えられていたコロニーの指示に従い、全員が施設でおとなしく待機していた。
ただ一人を除いては――
「いやだ!
はなちて!」
「駄目だったら!
今コロニーは危険なの!
ここでおとなしくしていなさい!」
「いいいやあああだあああ!」
39の掴む手を振り解こうと、少女が腕をブンブンと振り回す。
少女がいくら暴れようと手を離すことなどないが、その少女の異常な剣幕に、39は気圧されていた。
少女の瞳から大粒の涙がこぼれる。
少女は泣きながらも、39の手を必死に振り解こうとする。
どうやらこの少女は、ただの我儘で騒いでいるわけではないらしい。
39は少女の前に回り込んで、その肩を掴んだ。
膝を曲げて屈み込み、少女と目線の高さを合わせる。
そして、興奮している少女を宥めるようにして、話し掛ける。
「どうして、コロニーに行きたいの?
その理由を、お姉さんに教えてくれない?」
涙で濡れた少女の瞳は、瞳孔が開き細かく震えていた。
それを見て、39は気が付く。
少女は怯えている。
多くの死者が出ているこの現状に、恐怖している。
それは当然のことと言える。
まだ幼い彼女達にとって、この惨状はあまりにも酷だ。
周りでおとなしくしている少女達も、同様の恐怖が瞳の中に浮かんでいる。
だが目の前で涙を流す少女は、その恐怖を押し殺してでも、コロニーに行かなければならない理由がある。
それは一体何なのか。
少女が口を開く。
「ツーセンを……まもんなきゃ」
「ツーセン?」
「ツーセンは……あたちが……まもるの!」
途切れ途切れに、だが力強く放たれ少女の言葉。
39は、その少女が話す言葉の意味をすぐに理解した。
「27……のこと。
コロニーの地下にいる、27の赤ん坊を守りに行くの?」
少女がこくりと頷き、言葉を続ける。
「ツーセンはあたちの、ともだちだもん!
あかちゃんのツーセンは、あたちがまもるの!
まもらなきゃだめなの!」
27には三年前に亡くした幼馴染がおり、その転生した子供の様子を見に、頻繁に養護施設を訪れていたと聞いている。
39は記憶を探りながら、少女に名前を尋ねる。
「あたちのなまえ……83……」
間違いない。
27が見守り続けてきた子供は、この少女だ。
そして今度は、この少女が赤ん坊になった27を、守ろうとしている。
39には、83の気持ちが痛いほど分かった。
彼女は27に命を救われている。
だから今度は自分が――
(27先輩を守ってあげたい)
39が憧れる27は、厳密には27の偽物だ。
転生した27と関連があるかは分からない。
だがそれでも、彼女は構わなかった。
例え自己満足でも、自分の中で納得したいのだ。
39は周囲を見回し、近くに立っていた91に声を掛ける。
「施設の保護はお願い。
私は、コロニーに残された赤ん坊を連れ出してくるから」
まだコロニーは、戦場の真只中かも知れない。
それでも39は決心した。
いざという時には、仲間と戦うことさえも覚悟して。
27を守る。
そして――
「私と一緒にコロニー行こう。
83。
大丈夫。
あなたのことも――」
27が守ろうとしたこの少女も――
「私が守ってみせる」
クリフに恋をして――
クリフと愛し合い――
クリフの子を感じた。
だからこそ、27はこの可能性を強く信じることができた。
だからこそ、27はこの先に子供達の幸せがあると、夢見ることができた。
だからこそ、27は――
自身の命を懸けようと思った。
白い空間に浮かび上がる女王の間。
前後左右どころか、上下の感覚すらも曖昧になるその空間で、唯一の基準となる存在が女王だ。
女王がいるからこそ、天井ではなく床に立っていることを認識し、後ではなく前に歩いていることを理解できる。
まさにそれは、コロニーに於ける女王の存在と同義と言えた。
女王を基点にして重ねられたコロニーの歴史。
それが今、一人の兵士によって幕を下ろされようとしている。
27が女王の目の前に立つ。
女王は床に座ったまま、27を見上げる。
床にまで広がった長い白髪。
それを右手で撫で付けながら、女王が唇を開いた。
「どうして……ぼくが女王と呼ばれているか知っているかい?」
「……いや」
27は小さく頭を振る。
女王は「ふふ」と笑い、人差し指を一本立て物知り顔で話す。
「一人の少女から造られる九十九体のクローン。
当然、それは全て女性になるよね。
そして、その女性はコロニーの永続のために、コロニーの外に出て、機械兵からコアを奪ってくる。
どうだい?
一人の女性――つまりぼくだけど――が子を生み、労働力となるその他大勢の雌で構成される集団。
ここまで言えば分かるよね?
ぼく達のコロニーは、蜂の生態とよく似ている。
特にスズメバチなんか、瓜二つじゃないかな?
巣を保つために、獲物を残虐に狩るところなんてさ。
そういう理由でぼくは、女王と命名された」
女王は、立てた人差し指をくるくると回しながら「それでね……」と、無邪気な笑顔――まるで覚えたての知識を親に教える子供のような――を浮かべ、会話を続ける。
「スズメバチにはね、変わった習性を持つ種がいるんだ。
社会寄生性スズメバチって言ってね、なんとそのスズメバチは、他のスズメバチの巣に単身で乗り込んで、その巣の女王を殺してしまうんだ。
そして自分が新しい女王になって、巣を乗っ取ってしまう。
恐いよね。
君はそのことについてどう思うかな?」
「……私が、寄生なんちゃらスズメバチだと、そう言いたいのか?」
女王が「ふふ」と可笑しそうに笑う。
「少なくとも、仲間に成りすまして侵入する辺り、そっくりだと思うけど。
巣を乗っ取るというのも、ぼくから子供達を奪っていくという意味で、同義だ。
ただし――」
女王の赤い瞳が、僅かに揺れる。
「君が、コロニーやぼくと心中しようとしているのは、それとは少し違うかな?」
27が静かに瞼を閉じる。
議会にとってコロニーは、その痕跡すらも存在することが許されない。
コロニーの人間をシティに受け入れさせる。
その交渉を議会と有利に進めるためには、コロニーと女王は一片の破片も残さず、消滅させる必要がある。
だが27の念動力では、破壊はできても、消し去ることまではできない。
ならばどうするのか。
27は考え、ある現象を思い出した。
それは、75が起こした暴走だ。
暴走による無作為な念動力の解放。
その展開された力場は、コロニーを覆い尽くすほどに巨大に膨れ上がり、力場内部の物体を、粉々に分解した。
あの力を使えば、コロニーを完全に消滅させることができる。
27はそれを確信した。
だからこそ、06に全ての事情を話し、コロニーの仲間を彼女に託した。
自分が――
暴走して消えてしまう前に。
「コロニーの生き残りの中には、君を恨む者も出てくるだろうね」
「……そうだな」
「君は命懸けで彼女達を守ろうとしたというのに、それで良いのかい?」
「構わないさ。
むしろ、そうなってくれることを祈るよ」
怪訝な表情をする女王に、27は皮肉な笑みを浮かべて言う。
「恨みの対象が、死んでしまう私に向けられるなら問題ない。
問題なのは、全ての真実を知り、シティに対して彼女達が敵対心を持ってしまうことだ。
そうなれば、折角交渉してシティに住めたとしても、それを彼女達が放棄してしまうかも知れないだろ」
女王が呆れるように肩をすくめる。
「やれやれ。
君はコロニーの人間じゃないんだろ?
どうして、彼女達のためにそこまでする必要がある?
シティに隠れて、余生を過ごしていれば良かったものの」
「それも良いんだが……仕方ないだろ」
自身に呆れて、27も肩をすくめる。
「生まれがどうでも、やはり私にとってコロニーは故郷で、そこの人間は仲間なんだ」
女王が大きく溜息を吐いた。
彼女は小さく頭を振り、ひどく残念そうに言う。
「なら……ぼくのことも少し配慮して欲しかったね。
ぼくだって、君達の仲間だろ?」
思いがけない女王の言葉に、27はきょとんと目を丸くした。
そして、「ぷっ」と吹き出すと、声を殺して笑った。
27の反応に、頬を膨らませる女王。
27は深呼吸をして笑いを堪えると、「ごめんごめん」と拗ねる女王に謝罪する。
「君の言う通りだな。
確かに私は、君への配慮に欠けていた。
いや何というか、これは言い訳じゃないんだが、君は少し超常的だからな。
そんなの気にしないと思っていた」
「……別にいいけどね。
ぼくも君を処分するように命令していたわけだし」
「じゃあ、それでおあいことしよう」
「そう?
じゃあさ、一つぼくのお願いを聞いてくれるかな?」
あっさりと機嫌を直したのか、女王が再び無邪気な笑みを浮かべる。
27が促すと、女王は薄っすら頬を赤らめ、こう言った。
「シティについて話してよ。
ぼくは議会に造られたけど、シティのデータは記録されてないんだ。
最後に、自分の生まれ故郷がどんなところか知りたいんだよ」
両拳を握って力説する女王。
そんな彼女に、27は微笑み掛ける。
女王の赤い瞳を見つめながら、27はゆっくりと腰を下ろした。
「暴走がいつ起こるのか、私にも正確には分からない。
その時間で話せる範囲で良ければ、話しをしよう……」
瞳を輝かせて頷く女王に、27はシティでの思い出を語り始めた。
それから約二時間後――
コロニーは消滅した。