繋がる命(4)
身体の痛みは暫くすると消えた。
39と別れた27は、再びコロニーを目指した。
コロニーに着く前に、数人の戦闘兵と戦闘になった。
やはり39のように27の話を聞き入れてくれる者は居らず、やむを得ず27は彼女達を殺した。
コロニーに着くと、戦闘兵との戦いは意外にも少なくなった。
どうやら、腕の立つベテランは、先行して27の処分に向かっていたようで、もうその殆どを27は殺してしまっていたらしい。
コロニーに残っているのは、戦闘訓練を終えたばかりの新人か、非戦闘兵の者達ばかりだった。
彼女達の中には、27の指示に従う者も出てきた。
それは39のように、27を信頼してのモノではなく、殺されたくない一心でのモノだったのだろう。
だが、27はそれでも構わなかった。
女王に傾倒し命を投げ出すよりも、そちらのほうが余程人間らしい。
(死ななくて済むなら、死なないほうがいいに決まっている)
もっとも、それが自身に当てはまらないことを、27は知っていた。
ノックはしなかった。
どちらにしろ、彼女は27の来訪に気付いていたはずだ。
部屋に入ると、彼女は普段通り、机に肘を付いて椅子に座っていた。
その目線は、部屋に唯一ある扉の方角、つまり、27に向けられている。
10以内の06。
彼女が27を見て、眉をしかめた。
「ひどい有様ね……あと臭いも……」
「デスクワークが主体の10以内には、少し刺激が強すぎたかな?」
27が戯けて肩をすくめる。
06は「確かに強烈ね」と溜息を吐くと、微笑した。
「可愛がっていた後輩が、仲間の血を全身に浴びて登場するんだから。
怒るべきなのか、哀しむべきなのか、よく分からないわ」
「悪いが、怒るのも哀しむのも後にしてくれ。
06に頼みがある」
06が目を細め、表情を引き締めた。
27は口早に用件を告げる。
「コロニーの子供達や生き残りを連れて、シティに避難してほしい」
「シティに?」
06の反応を見て、27は確信する。
「やはり、10以内にはシティの存在を知らされていたんだな」
「……詳しくは何も。
ただコロニーを監視している存在と聞いていただけよ。
行ったことは勿論、どこにあるのかさえ曖昧だわ」
「コロニーから北東に二十キロ先にある。
そこには、何万という人が集団で暮らしていて、商業が盛んなとても平和な場所だ」
「なるほど。
それは魅力的なところね。
でも、私達がそこに避難するとして、コロニーや女王様はどうするつもりなの?」
「コロニーと女王の心配をする必要はない。
私が破壊するからだ」
部屋の温度が一段下がった気がした。
27が初めて見る、06の警戒心に満ちた瞳。
彼女はその瞳を、一度瞼の内に隠して、再び覗かせた。
そしてゆっくりと口を開く。
「どういうことなの?」
27は大きく息を吸い込んで、ゆっくりと吐き出した。
06にだけは、真実を伝えておかなければならない。
彼女はこれからコロニーの子供達を導く、存在なのだから。
27は、頭の中で話の筋道を立てながら、口を開く。
「シティには議会という組織がある。
コロニーにおける10以内みたいな存在だ。
詳しい話はこの際省略するが、要するにその連中が、コロニーを潰そうとしている」
27が自分の胸を指し示し、言う。
「私のことは、もう女王から知らされているんだろ?
私もその議会に造られた。
コロニーと女王を破壊するための爆弾だ」
27の言葉に、06は特に反応を示さなかった。
やはり、女王から事前に話を聞かされていたのだろう。
27は胸に当てていた手を脇におろし、話を続ける。
「議会は私を使って、コロニーを破壊しようと目論んだが、それは失敗した。
だが議会はとある理由から、コロニーの破壊を決して諦めない。
いずれコロニーは議会によって必ず破壊される。
そしてその時は、女王を守るために、多くの兵士も殺される」
「だから……そうなる前に、あなたがコロニーの仲間を皆殺しにしたと?」
27の背筋が粟立った。
自分の行動がおぞましいものであることは、理解していた。
理解した上で、覚悟して行動していたはずだった。
だがそれでも、他人の口からそれを客観的に聞かされると、身体の内から嫌悪感が湧き上がり、吐き気を覚える。
(勝手な話だ……しかし――)
一度大きく深呼吸して、27は話を続ける。
「向かってくる以上、手加減はできない。
だが少なくとも、議会と違い私なら、コロニーの子供達だけは守ってやることができる。
多くの仲間の犠牲の上でだが……」
「……議会とやらは、まだ動きを見せていないのね?」
「動いてからでは遅い。
奴らが決定を下す前に、こちらから提案を持っていく」
「提案?」
「シティに、コロニーの人間を受け入れてもらう」
06の片眉がピクリと動く。
06が顔の前で指を組み、何度かそれを組み替える。
何かを思案する時に見せる、彼女の癖だ。
三十秒ほどの時間が経過した後、06が口を開く。
「さっきもシティに避難と言っていたわね。
でも、コロニーを破壊しようとしている連中が、コロニーの人間を受け入れてくれるなんてことが、あり得るの?」
「議会の狙いはあくまでコロニーと女王だ。
コロニーの人間はおまけのようなものさ。
それに、議会は公に動いて、シティの住民にコロニーの存在を知られることを畏れている。
議会が本格的に動き出す前なら、交渉の余地があるはずだ」
「その交渉は誰がやるの?
もしかして私達10以内に期待しているつもり?」
27は頭を振り、06の言葉を訂正する。
「いいや。
06。
あんた一人にやってもらおうと思っている。
何故なら、残りの10以内である02と03はもう、私が殺してしまったからだ」
06が大きく溜息を吐いた。
「そうじゃないかとは思っていたけど……幾らなんでも私一人なんて無茶よ。
私は連中と何のコネクションも持ってないんだから。
話なんて聞いてもらえないわ」
「その点は問題ない。
議会の一人に知り合いがいる。
クリフという男なんだが、コロニーを救おうと動いてくれている、信頼できる人間だ。
彼と協力して交渉に当たって欲しい」
「議会の人間?」
「ああ。
議会と交渉してほしいとは言ったが、実際の交渉はクリフに任せ、06にはその支援を頼みたい。
彼は心意気こそあるが、まだ未熟だ。
そんな彼の力になってほしい」
「交渉のことはその彼に伝えてあるの?」
「直接会話したわけじゃない。
だが、手紙を書いて、使用人に預けておいた。
今晩にでも読むだろうが、心配はいらない。
彼はきっとコロニーの味方になってくれる」
06は顔の前で組んだ指を、再び何度も組み替え始めた。
今度は一分ほどそれが続く。
彼女は小さく溜息を吐くと、不承不承といった体で、27に言う。
「それなら……やる価値はあるかもね。
それで、そのクリフって人の居場所は?」
「いや……実はシティの構造は複雑で、私自身把握しきれなかった。
悪いがシティに着いたら自力で捜してもらえないか?」
「……まあいいわ。
ただしこれだけは、はっきりさせてもらうわよ」
27を鋭く睨みつけて、06が言う。
「コロニーと女王様を失えば、私達コロニーの人間は繁殖能力を失う。
私ならあと一年、子供達でも十年と少しで寿命を迎え、コロニーは全滅することになる。
そのぐらいのこと、あなただって分かっているはずよね?
あなたはそれを、構わないと思っているの?」
コロニーの人間は、女王によって命を継続してきた。
コロニーと女王を失えば、遅かれ早かれコロニーの人間は全滅する。
06のこの指摘は正しい。
少なくとも、昨日までの27なら同じことを考えたことだろう。
だが――
「私達コロニーの人間は消えないさ」
今の27には、その確信があった。
何故なら――
「私達には子供達がいる」
27の言葉に、06の目が大きく見開かれる。
彼女も気付いたのだろう。
27の抱いた希望に。
女王を失ったコロニーの人間が、その命を繋いでいく方法に。
06は見開いた目を一旦閉じ、再び開く。
鋭い瞳に温かい眼光を湛え、彼女が言う。
「出産……ね」
27が頷く。
「コロニーの人間は、成人になる十二歳で、避妊手術を受ける。
だから、多くの兵士は子を身ごもることはできない。
だが子供達は違う。
避妊手術を受ける前の、養護施設にいる彼女達なら、新たな命を生み出す能力を失っていない。
彼女達なら――」
27は一度言葉を区切ると、06の瞳を見据える。
06の美しい瞳。
その瞳に語り掛けるように、27は言葉を続けた。
「コロニーの命を繋ぐことができる」
出産による命の継承。
それは女王による繁殖とは意味がまるで異なる。
女王の繁殖は、クローン技術による同一個体の複製だ。
それは、多少の遺伝子操作がなされているとは言え、遺伝情報の継続という意味ならば、言葉通り永遠が約束されている。
だが、そこに繋がりはない。
転生した固体は、転生前の固体と同一の遺伝情報を持っていたとしても、それは単なる複製に過ぎない。
ぶつ切りにされた人生を繰り返すように、どこへとも繋がらない閉鎖された道を回り続けるように、徒労に満ちた永遠だ。
対して、出産は女王の繁殖とは違う。
生まれる子供は、親と同一個体ではありえない。
遺伝子の継承はなされても、それは長い時を掛けて、徐々に変質してゆく。
だが繋がりは失われない。
遺伝情報という物理的根拠は失われてしまっても、親と子の関係は失われることなく、永遠に続いていく。
親の想いが子へと引き継がれ、子の想いが孫へと引き継がれる。
それは幾度も繰り返され――
私達の命が繋がっていく。
その繋がりは、非常に脆弱なモノかも知れない。
ひどく抽象的で危ういものかも知れない。
それでも、女王の繁殖という袋小路を抜け出し、新しい可能性を見出してくれる。
それは27にとって、言葉にして伝えられるほど明確な形を成していない、曖昧な想いだ。
ゆえに、それを06へ正確に伝えることは、どんな言葉を用いても難しいだろう。
だがそれでも、06は27を理解しようと努力してくれた。
安易に否定をせず、27の言葉を咀嚼し、そこにある27の想いを汲み取ろうと、真摯に向き合ってくれた。
だから27も、06に向けて想いを全て吐き出す。
「コロニーの子供達が成長すれば、彼女達はいずれ誰かに恋をするだろう。
そして時間を掛けて、その愛を育み、いずれ、その者の子供を身籠る」
感情が昂ぶる。
だが、それを無理に抑え込もうとせず、想いのままに言葉を連ねる。
「彼女達の寿命はたった二十年だ。
あまりにも短い時間だ。
だがそれまでに、人に恋をし、彼女達は子供を出産することができる。
人を愛し、命を繋ぐことができる」
喋るほどに目元が熱くなる。
想いが熱を帯び、どうしようもなく溢れ出す。
「そしてそれは――」
いつの間にか、瞳から涙がこぼれていた。
「彼女達をきっと幸せにしてくれる」
27の脳裏に、一人の少女が浮かび上がる。
三年前に機械兵に殺された、親友の転生体。
無邪気に笑う幼い83。
(そうだ……私は彼女が生まれた時……)
この子を守ると心に決めた。
この子を幸せにすると心に決めた。
だが、27には分かっていた。
それが口先だけで終わることを。
それが不可能であるということを。
コロニーと機械兵との戦いは、決して終わることがない。
83もいずれ戦闘兵として、再び機械兵と戦うことになるだろう。
その時に、自分は存在しない。
当時にして十五歳だった自分は、83が成人する頃には、もうこの世を去っている。
幾ら祈ろうと――
幾ら望もうと――
幾ら願おうと――
死人が83を幸せにしてやることなどできない。
本当に彼女を幸せしたいと思うなら、この百年と続いている、コロニーと戦闘兵との戦いの歴史に、終止符を打たなければならない。
だがそれはあまりにも、現実味を欠いていた。
妄言にも似た絵空事でしかなかった。
そんなことできるはずもない。
27でさえ、そう思っていた。
しかし今は――
その絵空事が現実になるかも知れない。
ならば、死力を尽くそう。
例え、多くの仲間を犠牲にしたとしても、彼女達の血を全身に浴びたとしても、その絵空事を実現するためならば――
悪魔にだってなってやる。
「27……あなたの考えは……一定の筋が通っていると思う……仮に、それができるのならば、私も素晴らしいことだとは思う」
そこまで言うと、06は「だけど……」と表情を曇らせた。
沈痛な面持ちで、06が自問するように言葉を続ける。
「私達が……人に恋することなんてできるかしら?
もう何十年も人を愛さず、愛する意味すらも忘れてしまった私達に、誰かを本当に愛することが……できると思う?」
歪な繁殖を続けてきたコロニー。
子を出産できる身体だったとしても、もう誰かを愛する心など失われているのではないか。
そう06は言いたいのだろう。
だが――
「大丈夫だ」
そう27は軽く請け負った。
涙で濡れた頬を上げ、06に笑い掛ける。
06が小さく首を傾げ「どうしてそう言い切れるの?」と、27に問う。
27は笑みを浮かべたまま、自身の胸に手を当てる。
そして、06の問いに一言で答える。
「私が……そうだから」
27の答えを聞いて、06の表情がふっと緩んだ。
そして――
「それなら、安心ね」
06はニッコリと笑った。