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スズメバチの恋  作者: 管澤捻
繋がる命
21/26

繋がる命(4)

 身体の痛みは暫くすると消えた。

 39と別れた27は、再びコロニーを目指した。


 コロニーに着く前に、数人の戦闘兵と戦闘になった。

 やはり39のように27の話を聞き入れてくれる者は居らず、やむを得ず27は彼女達を殺した。


 コロニーに着くと、戦闘兵との戦いは意外にも少なくなった。

 どうやら、腕の立つベテランは、先行して27の処分に向かっていたようで、もうその殆どを27は殺してしまっていたらしい。

 コロニーに残っているのは、戦闘訓練を終えたばかりの新人か、非戦闘兵の者達ばかりだった。


 彼女達の中には、27の指示に従う者も出てきた。

 それは39のように、27を信頼してのモノではなく、殺されたくない一心でのモノだったのだろう。

 だが、27はそれでも構わなかった。

 女王に傾倒し命を投げ出すよりも、そちらのほうが余程人間らしい。


(死ななくて済むなら、死なないほうがいいに決まっている)


 もっとも、それが自身に当てはまらないことを、27は知っていた。




 ノックはしなかった。

 どちらにしろ、彼女は27の来訪に気付いていたはずだ。


 部屋に入ると、彼女は普段通り、机に肘を付いて椅子に座っていた。

 その目線は、部屋に唯一ある扉の方角、つまり、27に向けられている。


 10以内(アンダーテン)の06。


 彼女が27を見て、眉をしかめた。


「ひどい有様ね……あと臭いも……」


「デスクワークが主体の10以内(アンダーテン)には、少し刺激が強すぎたかな?」


 27が戯けて肩をすくめる。

 06は「確かに強烈ね」と溜息を吐くと、微笑した。


「可愛がっていた後輩が、仲間の血を全身に浴びて登場するんだから。

 怒るべきなのか、哀しむべきなのか、よく分からないわ」


「悪いが、怒るのも哀しむのも後にしてくれ。

 06に頼みがある」


 06が目を細め、表情を引き締めた。

 27は口早に用件を告げる。


「コロニーの子供達や生き残りを連れて、シティに避難してほしい」


「シティに?」


 06の反応を見て、27は確信する。


「やはり、10以内(アンダーテン)にはシティの存在を知らされていたんだな」


「……詳しくは何も。

 ただコロニーを監視している存在と聞いていただけよ。

 行ったことは勿論、どこにあるのかさえ曖昧だわ」


「コロニーから北東に二十キロ先にある。

 そこには、何万という人が集団で暮らしていて、商業が盛んなとても平和な場所だ」


「なるほど。

 それは魅力的なところね。

 でも、私達がそこに避難するとして、コロニーや女王様はどうするつもりなの?」


「コロニーと女王の心配をする必要はない。

 私が破壊するからだ」


 部屋の温度が一段下がった気がした。

 27が初めて見る、06の警戒心に満ちた瞳。

 彼女はその瞳を、一度瞼の内に隠して、再び覗かせた。

 そしてゆっくりと口を開く。


「どういうことなの?」


 27は大きく息を吸い込んで、ゆっくりと吐き出した。

 06にだけは、真実を伝えておかなければならない。

 彼女はこれからコロニーの子供達を導く、存在なのだから。


 27は、頭の中で話の筋道を立てながら、口を開く。


「シティには議会という組織がある。

 コロニーにおける10以内(アンダーテン)みたいな存在だ。

 詳しい話はこの際省略するが、要するにその連中が、コロニーを潰そうとしている」


 27が自分の胸を指し示し、言う。


「私のことは、もう女王から知らされているんだろ?

 私もその議会に造られた。

 コロニーと女王を破壊するための爆弾だ」


 27の言葉に、06は特に反応を示さなかった。

 やはり、女王から事前に話を聞かされていたのだろう。

 27は胸に当てていた手を脇におろし、話を続ける。


「議会は私を使って、コロニーを破壊しようと目論んだが、それは失敗した。

 だが議会はとある理由から、コロニーの破壊を決して諦めない。

 いずれコロニーは議会によって必ず破壊される。

 そしてその時は、女王を守るために、多くの兵士も殺される」


「だから……そうなる前に、あなたがコロニーの仲間を皆殺しにしたと?」


 27の背筋が粟立った。

 自分の行動がおぞましいものであることは、理解していた。

 理解した上で、覚悟して行動していたはずだった。

 だがそれでも、他人の口からそれを客観的に聞かされると、身体の内から嫌悪感が湧き上がり、吐き気を覚える。


(勝手な話だ……しかし――)


 一度大きく深呼吸して、27は話を続ける。


「向かってくる以上、手加減はできない。

 だが少なくとも、議会と違い私なら、コロニーの子供達だけは守ってやることができる。

 多くの仲間の犠牲の上でだが……」


「……議会とやらは、まだ動きを見せていないのね?」


「動いてからでは遅い。

 奴らが決定を下す前に、こちらから提案を持っていく」


「提案?」


「シティに、コロニーの人間を受け入れてもらう」


 06の片眉がピクリと動く。


 06が顔の前で指を組み、何度かそれを組み替える。

 何かを思案する時に見せる、彼女の癖だ。

 三十秒ほどの時間が経過した後、06が口を開く。


「さっきもシティに避難と言っていたわね。

 でも、コロニーを破壊しようとしている連中が、コロニーの人間を受け入れてくれるなんてことが、あり得るの?」


「議会の狙いはあくまでコロニーと女王だ。

 コロニーの人間はおまけのようなものさ。

 それに、議会は公に動いて、シティの住民にコロニーの存在を知られることを畏れている。

 議会が本格的に動き出す前なら、交渉の余地があるはずだ」


「その交渉は誰がやるの?

 もしかして私達10以内(アンダーテン)に期待しているつもり?」


 27は頭を振り、06の言葉を訂正する。


「いいや。

 06。

 あんた一人にやってもらおうと思っている。

 何故なら、残りの10以内(アンダーテン)である02と03はもう、私が殺してしまったからだ」


 06が大きく溜息を吐いた。


「そうじゃないかとは思っていたけど……幾らなんでも私一人なんて無茶よ。

 私は連中と何のコネクションも持ってないんだから。

 話なんて聞いてもらえないわ」


「その点は問題ない。

 議会の一人に知り合いがいる。

 クリフという男なんだが、コロニーを救おうと動いてくれている、信頼できる人間だ。

 彼と協力して交渉に当たって欲しい」


「議会の人間?」


「ああ。

 議会と交渉してほしいとは言ったが、実際の交渉はクリフに任せ、06にはその支援を頼みたい。

 彼は心意気こそあるが、まだ未熟だ。

 そんな彼の力になってほしい」


「交渉のことはその彼に伝えてあるの?」


「直接会話したわけじゃない。

 だが、手紙を書いて、使用人に預けておいた。

 今晩にでも読むだろうが、心配はいらない。

 彼はきっとコロニーの味方になってくれる」


 06は顔の前で組んだ指を、再び何度も組み替え始めた。

 今度は一分ほどそれが続く。

 彼女は小さく溜息を吐くと、不承不承といった体で、27に言う。


「それなら……やる価値はあるかもね。

 それで、そのクリフって人の居場所は?」


「いや……実はシティの構造は複雑で、私自身把握しきれなかった。

 悪いがシティに着いたら自力で捜してもらえないか?」


「……まあいいわ。

 ただしこれだけは、はっきりさせてもらうわよ」


 27を鋭く睨みつけて、06が言う。


「コロニーと女王様を失えば、私達コロニーの人間は繁殖能力を失う。

 私ならあと一年、子供達でも十年と少しで寿命を迎え、コロニーは全滅することになる。

 そのぐらいのこと、あなただって分かっているはずよね?

 あなたはそれを、構わないと思っているの?」


 コロニーの人間は、女王によって命を継続してきた。

 コロニーと女王を失えば、遅かれ早かれコロニーの人間は全滅する。

 06のこの指摘は正しい。

 少なくとも、昨日までの27なら同じことを考えたことだろう。


 だが――


「私達コロニーの人間は消えないさ」


 今の27には、その確信があった。


 何故なら――


「私達には子供達がいる」


 27の言葉に、06の目が大きく見開かれる。

 彼女も気付いたのだろう。

 27の抱いた希望に。

 女王を失ったコロニーの人間が、その命を繋いでいく方法に。


 06は見開いた目を一旦閉じ、再び開く。

 鋭い瞳に温かい眼光を湛え、彼女が言う。


()()……ね」


 27が頷く。


「コロニーの人間は、成人になる十二歳で、避妊手術を受ける。

 だから、多くの兵士は子を身ごもることはできない。

 だが子供達は違う。

 避妊手術を受ける前の、養護施設にいる彼女達なら、新たな命を生み出す能力を失っていない。

 彼女達なら――」


 27は一度言葉を区切ると、06の瞳を見据える。

 06の美しい瞳。

 その瞳に語り掛けるように、27は言葉を続けた。


「コロニーの命を繋ぐことができる」


 出産による命の継承。

 それは女王による繁殖とは意味がまるで異なる。


 女王の繁殖は、クローン技術による同一個体の複製だ。

 それは、多少の遺伝子操作がなされているとは言え、遺伝情報の継続という意味ならば、言葉通り永遠が約束されている。


 だが、そこに繋がりはない。

 転生した固体は、転生前の固体と同一の遺伝情報を持っていたとしても、それは単なる複製に過ぎない。

 ぶつ切りにされた人生を繰り返すように、どこへとも繋がらない閉鎖された道を回り続けるように、徒労に満ちた永遠だ。


 対して、出産は女王の繁殖とは違う。

 生まれる子供は、親と同一個体ではありえない。

 遺伝子の継承はなされても、それは長い時を掛けて、徐々に変質してゆく。


 だが繋がりは失われない。

 遺伝情報という物理的根拠は失われてしまっても、親と子の関係は失われることなく、永遠に続いていく。

 親の想いが子へと引き継がれ、子の想いが孫へと引き継がれる。

 それは幾度も繰り返され――


 私達(コロニー)の命が繋がっていく。


 その繋がりは、非常に脆弱なモノかも知れない。

 ひどく抽象的で危ういものかも知れない。

 それでも、女王の繁殖という袋小路を抜け出し、新しい可能性を見出してくれる。


 それは27にとって、言葉にして伝えられるほど明確な形を成していない、曖昧な想いだ。

 ゆえに、それを06へ正確に伝えることは、どんな言葉を用いても難しいだろう。


 だがそれでも、06は27を理解しようと努力してくれた。

 安易に否定をせず、27の言葉を咀嚼し、そこにある27の想いを汲み取ろうと、真摯に向き合ってくれた。


 だから27も、06に向けて想いを全て吐き出す。


「コロニーの子供達が成長すれば、彼女達はいずれ誰かに恋をするだろう。

 そして時間を掛けて、その愛を育み、いずれ、その者の子供を身籠る」


 感情が昂ぶる。

 だが、それを無理に抑え込もうとせず、想いのままに言葉を連ねる。


「彼女達の寿命はたった二十年だ。

 あまりにも短い時間だ。

 だがそれまでに、人に恋をし、彼女達は子供を出産することができる。

 人を愛し、命を繋ぐことができる」


 喋るほどに目元が熱くなる。

 想いが熱を帯び、どうしようもなく溢れ出す。


「そしてそれは――」


 いつの間にか、瞳から涙がこぼれていた。


「彼女達をきっと幸せにしてくれる」


 27の脳裏に、一人の少女が浮かび上がる。


 三年前に機械兵に殺された、親友の転生体。


 無邪気に笑う幼い83。


(そうだ……私は彼女が生まれた時……)


 この子を守ると心に決めた。


 この子を幸せにすると心に決めた。


 だが、27には分かっていた。


 それが口先だけで終わることを。


 それが不可能であるということを。


 コロニーと機械兵との戦いは、決して終わることがない。

 83もいずれ戦闘兵として、再び機械兵と戦うことになるだろう。

 その時に、自分は存在しない。

 当時にして十五歳だった自分は、83が成人する頃には、もうこの世を去っている。


 幾ら祈ろうと――


 幾ら望もうと――


 幾ら願おうと――


 死人が83を幸せにしてやることなどできない。

 本当に彼女を幸せしたいと思うなら、この百年と続いている、コロニーと戦闘兵との戦いの歴史に、終止符を打たなければならない。

 だがそれはあまりにも、現実味を欠いていた。

 妄言にも似た絵空事でしかなかった。

 そんなことできるはずもない。

 27でさえ、そう思っていた。

 しかし今は――


 その絵空事が現実になるかも知れない。


 ならば、死力を尽くそう。

 例え、多くの仲間を犠牲にしたとしても、彼女達の血を全身に浴びたとしても、その絵空事を実現するためならば――


 悪魔にだってなってやる。


「27……あなたの考えは……一定の筋が通っていると思う……仮に、それができるのならば、私も素晴らしいことだとは思う」


 そこまで言うと、06は「だけど……」と表情を曇らせた。

 沈痛な面持ちで、06が自問するように言葉を続ける。


「私達が……人に恋することなんてできるかしら?

 もう何十年も人を愛さず、愛する意味すらも忘れてしまった私達に、誰かを本当に愛することが……できると思う?」


 歪な繁殖を続けてきたコロニー。

 子を出産できる身体だったとしても、もう誰かを愛する心など失われているのではないか。

 そう06は言いたいのだろう。

 だが――


「大丈夫だ」


 そう27は軽く請け負った。

 涙で濡れた頬を上げ、06に笑い掛ける。

 06が小さく首を傾げ「どうしてそう言い切れるの?」と、27に問う。

 27は笑みを浮かべたまま、自身の胸に手を当てる。

 そして、06の問いに一言で答える。


「私が……そうだから」


 27の答えを聞いて、06の表情がふっと緩んだ。

 そして――


「それなら、安心ね」


 06はニッコリと笑った。


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