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スズメバチの恋  作者: 管澤捻
繋がる命
20/26

繋がる命(3)

「27先輩が?」


「う……うん……」


 コロニー近辺を警護していた39は、91から話を聞き、驚愕した。

 急速に乾いた喉を唾で湿らし、口元を手で押さえて呟く。


「本当に……生きていたんだ」


 旧世代の27は偽物であり、コロニーに害する存在である。

 そういった情報は事前に聞いていた。

 だがにわかには信じられず、39は悶々と頭を悩ませていた。


「それで……いま27先輩は?」


「60さんが戦っている……と思う」


 大きく息を切らす91。

 27を発見後、10以内(アンダーテン)に報告するために、大急ぎでコロニー戻ってきたのだろう。

 彼女は、荒い呼吸の合間を縫い、途切れ途切れに言葉を紡ぐ。


「27さん……何しにコロニーに……戻ってきたんだろう?」


「……分かんないよ」


 91の自問とも思える言葉に、39は力なく頭を振る。

 91は顔を俯けると、怯えるように瞳を震わせた。


「コロニーに害を……もしかして……私達を殺しに?」


「そんなわけないでしょ!?」


 39は感情的になって、91の言葉を否定した。

 その怒鳴り声に驚いたのか、91が肩をビクンと震わす。

 だがそれでも、彼女はしどろもどろに言う。


「でも……コロニーが警戒するってことは……そういうことじゃないの?」


「それは……そうなんだけど……でも……それは違うよ」


 勢いをなくし、39は尻窄みにそう言った。

 そして口を閉ざし、黙り込む。

 91も暫く沈黙していたが、「あの……あたしコロニーに報告しなきゃいけないから……」と、コロニーに向かって走っていった。


 39は、91が走ってきた――27がいると思われる――方角に、目を向ける。


「27先輩……」


 39は、27に一度命を助けられている。

 彼女は暗い森の中で、三体もの機械兵に襲われた。

 自分の念動力(サイコキネシス)では三体の機械兵と戦うことはできない。

 彼女はそれを悟り、死を覚悟した。

 だが、そこに現れたのが27だった。

 27が展開した力場は、三体の機械兵を一瞬にして、ぐしゃりと潰してみせた。


 その時の27の姿が、まだ瞳に焼き付いている。

 彼女は凛々しくて、格好良くて、とても美しかった。

 39にとって、27は一番憧れていた先輩だった。

 だから――


「私は……どうすればいいんですか?」


 39の瞳から、涙が落ちた。




「分かったわ。

 報告してくれてありがとう」


「あの……あたしはどうすれば?」


 91が不安を滲ませた声で、そう質問してきた。

 06は、彼女が期待しているであろう答えを、そのまま口にする。


「コロニーで待機していなさい」


「27さんが来たら……戦うんですよね?」


「それは自己の判断に任せるわ。

 勝てないと分かっているなら、無闇に死ぬ必要はない」


 91はホッとしたように、強張っていた表情を少し緩めた。

 そしてお辞儀をして、そそくさと06の執務室から退出する。


 部屋で一人きりになると、06は溜息を吐いて、そっと瞼を閉じた。


(彼女は……兵士には向いていない……いいえ……そもそも――)


 兵士に向いている人間などいない。

 どんなに兵士として優秀でも、それはただ優秀というだけに過ぎない。

 自身の命を懸けなければならない環境。

 そこから逃れられなかった者が、足掻くように力を付けた。

 それだけだ。


 だが――


(27……あなたはその環境から一度は逃れることができたんでしょ?

 それなのに、どうしてまた戻ってきたの?)


 暴走の危険性がある27を、75と引き合わせて、その命を救う。

 それはあまりにも、分の悪い賭けだった。


 06と27が親しい関係にあることは、コロニーでも知られている。

 ゆえに06は、27に余計な入れ知恵をしないよう、他の10以内(アンダーテン)より監視を受けていた。

 そのため彼女は詳細な説明もできぬまま、27を75の下に向かわせてしまった。


 75には、暴走の危険性がある兵士については、二年前に話をしていた。

 だが、75がその話を覚えているかも分からず、仮に覚えていたとしても、広い森の中で27が75を見つけられるかも分からない。

 そもそも、75が暴走をしていないとは言え、27の暴走を彼女が止められるのかも、未知数だ。


 27の命を助ける。

 それはまるで、灰色の鉱山で金脈を掘り当てるかのごとく、望みの薄い願いだった。

 だがその願いは――


 奇跡的に成就した。


 コロニーという戦場から逃れることができた、最強の兵士27。

 その彼女が、再び戦場に戻ってきた。

 コロニーの復讐のためか、それとも、別の目的があるのか――


「あなたは今、何と戦っているの?」


 06は、その呟きの答えを持つ者が部屋を訪れるのを、ただひたすらに待った。




 果たして、何人の仲間を斬り殺したことだろうか。

 十人。

 二十人。

 或いは、それ以上。


 27の全身は、仲間から浴びた返り血で、真っ赤に染まっていた。

 彼女の整えられた金髪は乾いた血液で固まり、艶やかな赤のワンピースは、どす黒く変色している。


 27は荒い呼吸を繰り返しながら、コロニーに向かって歩を進めていく。

 極度の疲労からか、身体が異常に重く感じられる。

 腿が上がらず、爪先を引き摺るようにして歩く。


 目の前に、コロニーの戦闘兵が一人現れた。

 27はその戦闘兵に、自分が女王を殺す旨を伝え、生きるか死ぬかの選択を求めた。

 戦闘兵の回答は、今まで出会った者と同じだった。

 刀を構え、27に斬り掛かってくる。

 27は力場を展開して、その戦闘兵を両断した。


 戦闘兵から噴き出した血液を、全身に浴びる。

 すると、また一段身体が重くなるのを、27は感じた。

 まるで無機質な血液に、殺した兵士の命の重さが、宿っているように。


 何十人と殺した兵士。

 その一人ひとりの命の重さを全身にまといながら、27は歩く。


 27は前方を見上げた。

 生い茂る樹々の枝葉。

 その更に上に、コロニーの丸い屋根が見える。

 コロニーまであと少しだ。

 そう思い、27は重い足を前に踏み出す。

 と――


 全身を激しい痛みが襲った。


「がっ――!」


 27の膝が折れ、地面に倒れ込んだ。


 全身の細胞が念入りにすり潰されていくような鋭い痛み。

 身体が破裂してしまいそうな、強烈な圧迫感。

 これは――


 暴走の予兆。


「く…そ……、あと少しなのに……」


 身体を丸めて、痛みが過ぎ去るのを待つ。

 藻掻くように地面を掻きむしり、パキンと爪が割れた。

 だがその痛みさえも、全身を奔流する激痛の波に、揉まれて消える。


 27は焦燥に駆られた。

 痛みで念動力(サイコキネシス)に集中することができない。

 もしも今、コロニーの兵士に出くわすようなことがあれば、抗いようもなく殺される。

 そう思った。


 だが、その時はあっさりと訪れた。


 地面を転がり痛みに喘ぐ27。

 その彼女の視界に、戦闘兵の革靴が写り込んだ。


(しまった……)


 27は立ち上がり、その戦闘兵から距離を取ろうとした。

 だが身体の自由が全く効かず、立ち上がることは疎か、戦闘兵の顔を見上げることすらできなかった。


 戦闘兵から力場が展開される。

 痛みで念動力(サイコキネシス)に集中できない27は、自身の力場を展開して、その戦闘兵の力場を相殺することもできない。


 戦闘兵の力場に身体が捕まった。


 27は死を覚悟した。

 だが――


 27の身体を包んだ力場は、割れ物でも扱うように彼女を優しく持ち上げると、森の茂みの中に、彼女の身体を移動させた。


 27は戦闘兵の意図が分からず、怪訝に眉をひそめた。

 痛みで身動きできない27の身体を、力場がゆっくりと地面に置く。

 そして、力場が消失する。


 茂みに足を踏み入れ、27に戦闘兵が近づいてくる。

 地面に横たわる27の前に膝を付き、戦闘兵が声を潜めて話し掛けてくる。


「あの……大丈夫ですか?

 27先輩」


「……君は……39……か?」


 27の視界に現れた39が、こくんと頷いた。

 彼女はキョロキョロと視線を左右に振ると、身を屈めて27の耳元で囁く。


「取り敢えず、ここなら簡単には見つかりません。

 ああでも、大きな声はNGですよ」


「都合のいいことに……大きな声なんて……出したくても出せない状況でね……」


 顔中に脂汗を浮かべつつ、27が皮肉げに笑ってみせる。

 39は笑い返すような真似はしなかったものの、27の態度に少し安心したのか、頬の筋肉を僅かに緩めた。


 だが39は、すぐに表情を引き締め直し、小声で言う。


「ひどい汗です。

 熱も。

 27先輩。

 一体コレは何なんですか?」


「君との任務の後に……色々あってね……」


「……その色々の中に、27先輩が仲間の皆を殺す理由もあるんですか?」


 39の言葉に、27は軽口を引っ込めた。

 39の沈んだ口調からは、27を責めるような響きはなく、ただ強い戸惑いと悲しさだけが滲み出ていた。


 27は痺れる舌先を丁寧に動かし、39に言う。


「私は……女王を殺すつもりだ」


 39の息を呑む音が聞こえた。

 表情を硬直させる39に、27は構わず続ける。


「それを邪魔するなら……みんな殺す。

 だが……女王のいない世界を生きる覚悟があるなら……何も聞かずに私の指示に従ってくれ」


 それは27にとって、非常に危険な行動であった。

 39は、コロニーの仲間を欺いてまで、27を救ってくれた。

 だがそんな彼女でも、女王を殺すと宣言されれば、気が変わって27を始末しようとするかも知れない。


 だがそれを理解した上で、27は39に選択を迫った。

 どちらにしろ27の命は今、39に握られている。

 下手に誤魔化すよりも、彼女の立場を明確にしておきたかった。


 顔を蒼白にして沈黙する39。

 彼女は何度か瞬きをした後、小声で言う。


「私は……女王様から生まれた、コロニーの子供なんです」


「……ああ」


 27が頷く。

 それからまた、暫く沈黙が続いた。

 沈痛な表情を浮かべる39。

 彼女は、声が喉につっかえているかのように、口を開いては閉じてを繰り返した。


 39の口から「でも……」と、掠れたような声が聞こえてくる。


「私が今生きているのは……27先輩のおかげなんです……だから……私は27先輩とは……戦うことができません。

 それに27先輩は……私の憧れの人なんです……」


 39が27の目を見つめて、言う。


「私は27先輩を信じます。

 27先輩がただ仲間を闇雲に殺している訳じゃないって」


 39の言葉に、27は精一杯の気持ちを込めて、お礼を告げた。


「……ありがとう。

 39」


 39の気持ちの切り替えは早かった。

 彼女は警戒するように周囲を一度見回した後、27に顔を近づけ、口早に問い掛ける。


「私は何をすればいいです?」


「まずは……養護施設にいる子供達の状況を教えてくれ」


「子供達ですか?

 確か施設から外に出ないよう命令が出されていると聞きました」


「ならば、そこに行って子供達を保護してくれ。

 戦況次第で女王は、子供達も戦場に立たせようとするかも知れない。

 その時には、コロニーから子供達を守ってやって欲しい」


「……分かりました」


「あと、コロニーの地下で眠っている赤ん坊の保護も頼む。

 だがコロニーは戦場になっている可能性が高く危険だ。

 この騒動に一旦の終息が見られたらで構わない」


「はい……了解です」


「ただし今から一時間後以降は、どんな理由があろうとコロニーには決して近づかないでくれ。

 絶対だ。

 これを約束してくれ」


 一時間という制約に39は少し眉をひそめるも、彼女は約束通り何も訊き返すことなく、力強く頷いてくれた。

 そんな彼女に、27が念押しの言葉を重ねる。


「子供達がコロニーの新しい希望になる。

 大変だと思うが、頼む」


「任せてください。

 何人か声を掛けて、手伝ってもらえるよう頼んでみます」


 39の言葉に、27が「しかし……」と戸惑いを見せる。

 だが39は自信に満ちた声でこう続けた。


「大丈夫です。

 前にも言いましたけど、27先輩は後輩にとって憧れの人なんですよ。

 きっと、力になってくれる人がいます」


 そう言って、39は小さく笑った。

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