繋がる命(3)
「27先輩が?」
「う……うん……」
コロニー近辺を警護していた39は、91から話を聞き、驚愕した。
急速に乾いた喉を唾で湿らし、口元を手で押さえて呟く。
「本当に……生きていたんだ」
旧世代の27は偽物であり、コロニーに害する存在である。
そういった情報は事前に聞いていた。
だがにわかには信じられず、39は悶々と頭を悩ませていた。
「それで……いま27先輩は?」
「60さんが戦っている……と思う」
大きく息を切らす91。
27を発見後、10以内に報告するために、大急ぎでコロニー戻ってきたのだろう。
彼女は、荒い呼吸の合間を縫い、途切れ途切れに言葉を紡ぐ。
「27さん……何しにコロニーに……戻ってきたんだろう?」
「……分かんないよ」
91の自問とも思える言葉に、39は力なく頭を振る。
91は顔を俯けると、怯えるように瞳を震わせた。
「コロニーに害を……もしかして……私達を殺しに?」
「そんなわけないでしょ!?」
39は感情的になって、91の言葉を否定した。
その怒鳴り声に驚いたのか、91が肩をビクンと震わす。
だがそれでも、彼女はしどろもどろに言う。
「でも……コロニーが警戒するってことは……そういうことじゃないの?」
「それは……そうなんだけど……でも……それは違うよ」
勢いをなくし、39は尻窄みにそう言った。
そして口を閉ざし、黙り込む。
91も暫く沈黙していたが、「あの……あたしコロニーに報告しなきゃいけないから……」と、コロニーに向かって走っていった。
39は、91が走ってきた――27がいると思われる――方角に、目を向ける。
「27先輩……」
39は、27に一度命を助けられている。
彼女は暗い森の中で、三体もの機械兵に襲われた。
自分の念動力では三体の機械兵と戦うことはできない。
彼女はそれを悟り、死を覚悟した。
だが、そこに現れたのが27だった。
27が展開した力場は、三体の機械兵を一瞬にして、ぐしゃりと潰してみせた。
その時の27の姿が、まだ瞳に焼き付いている。
彼女は凛々しくて、格好良くて、とても美しかった。
39にとって、27は一番憧れていた先輩だった。
だから――
「私は……どうすればいいんですか?」
39の瞳から、涙が落ちた。
「分かったわ。
報告してくれてありがとう」
「あの……あたしはどうすれば?」
91が不安を滲ませた声で、そう質問してきた。
06は、彼女が期待しているであろう答えを、そのまま口にする。
「コロニーで待機していなさい」
「27さんが来たら……戦うんですよね?」
「それは自己の判断に任せるわ。
勝てないと分かっているなら、無闇に死ぬ必要はない」
91はホッとしたように、強張っていた表情を少し緩めた。
そしてお辞儀をして、そそくさと06の執務室から退出する。
部屋で一人きりになると、06は溜息を吐いて、そっと瞼を閉じた。
(彼女は……兵士には向いていない……いいえ……そもそも――)
兵士に向いている人間などいない。
どんなに兵士として優秀でも、それはただ優秀というだけに過ぎない。
自身の命を懸けなければならない環境。
そこから逃れられなかった者が、足掻くように力を付けた。
それだけだ。
だが――
(27……あなたはその環境から一度は逃れることができたんでしょ?
それなのに、どうしてまた戻ってきたの?)
暴走の危険性がある27を、75と引き合わせて、その命を救う。
それはあまりにも、分の悪い賭けだった。
06と27が親しい関係にあることは、コロニーでも知られている。
ゆえに06は、27に余計な入れ知恵をしないよう、他の10以内より監視を受けていた。
そのため彼女は詳細な説明もできぬまま、27を75の下に向かわせてしまった。
75には、暴走の危険性がある兵士については、二年前に話をしていた。
だが、75がその話を覚えているかも分からず、仮に覚えていたとしても、広い森の中で27が75を見つけられるかも分からない。
そもそも、75が暴走をしていないとは言え、27の暴走を彼女が止められるのかも、未知数だ。
27の命を助ける。
それはまるで、灰色の鉱山で金脈を掘り当てるかのごとく、望みの薄い願いだった。
だがその願いは――
奇跡的に成就した。
コロニーという戦場から逃れることができた、最強の兵士27。
その彼女が、再び戦場に戻ってきた。
コロニーの復讐のためか、それとも、別の目的があるのか――
「あなたは今、何と戦っているの?」
06は、その呟きの答えを持つ者が部屋を訪れるのを、ただひたすらに待った。
果たして、何人の仲間を斬り殺したことだろうか。
十人。
二十人。
或いは、それ以上。
27の全身は、仲間から浴びた返り血で、真っ赤に染まっていた。
彼女の整えられた金髪は乾いた血液で固まり、艶やかな赤のワンピースは、どす黒く変色している。
27は荒い呼吸を繰り返しながら、コロニーに向かって歩を進めていく。
極度の疲労からか、身体が異常に重く感じられる。
腿が上がらず、爪先を引き摺るようにして歩く。
目の前に、コロニーの戦闘兵が一人現れた。
27はその戦闘兵に、自分が女王を殺す旨を伝え、生きるか死ぬかの選択を求めた。
戦闘兵の回答は、今まで出会った者と同じだった。
刀を構え、27に斬り掛かってくる。
27は力場を展開して、その戦闘兵を両断した。
戦闘兵から噴き出した血液を、全身に浴びる。
すると、また一段身体が重くなるのを、27は感じた。
まるで無機質な血液に、殺した兵士の命の重さが、宿っているように。
何十人と殺した兵士。
その一人ひとりの命の重さを全身にまといながら、27は歩く。
27は前方を見上げた。
生い茂る樹々の枝葉。
その更に上に、コロニーの丸い屋根が見える。
コロニーまであと少しだ。
そう思い、27は重い足を前に踏み出す。
と――
全身を激しい痛みが襲った。
「がっ――!」
27の膝が折れ、地面に倒れ込んだ。
全身の細胞が念入りにすり潰されていくような鋭い痛み。
身体が破裂してしまいそうな、強烈な圧迫感。
これは――
暴走の予兆。
「く…そ……、あと少しなのに……」
身体を丸めて、痛みが過ぎ去るのを待つ。
藻掻くように地面を掻きむしり、パキンと爪が割れた。
だがその痛みさえも、全身を奔流する激痛の波に、揉まれて消える。
27は焦燥に駆られた。
痛みで念動力に集中することができない。
もしも今、コロニーの兵士に出くわすようなことがあれば、抗いようもなく殺される。
そう思った。
だが、その時はあっさりと訪れた。
地面を転がり痛みに喘ぐ27。
その彼女の視界に、戦闘兵の革靴が写り込んだ。
(しまった……)
27は立ち上がり、その戦闘兵から距離を取ろうとした。
だが身体の自由が全く効かず、立ち上がることは疎か、戦闘兵の顔を見上げることすらできなかった。
戦闘兵から力場が展開される。
痛みで念動力に集中できない27は、自身の力場を展開して、その戦闘兵の力場を相殺することもできない。
戦闘兵の力場に身体が捕まった。
27は死を覚悟した。
だが――
27の身体を包んだ力場は、割れ物でも扱うように彼女を優しく持ち上げると、森の茂みの中に、彼女の身体を移動させた。
27は戦闘兵の意図が分からず、怪訝に眉をひそめた。
痛みで身動きできない27の身体を、力場がゆっくりと地面に置く。
そして、力場が消失する。
茂みに足を踏み入れ、27に戦闘兵が近づいてくる。
地面に横たわる27の前に膝を付き、戦闘兵が声を潜めて話し掛けてくる。
「あの……大丈夫ですか?
27先輩」
「……君は……39……か?」
27の視界に現れた39が、こくんと頷いた。
彼女はキョロキョロと視線を左右に振ると、身を屈めて27の耳元で囁く。
「取り敢えず、ここなら簡単には見つかりません。
ああでも、大きな声はNGですよ」
「都合のいいことに……大きな声なんて……出したくても出せない状況でね……」
顔中に脂汗を浮かべつつ、27が皮肉げに笑ってみせる。
39は笑い返すような真似はしなかったものの、27の態度に少し安心したのか、頬の筋肉を僅かに緩めた。
だが39は、すぐに表情を引き締め直し、小声で言う。
「ひどい汗です。
熱も。
27先輩。
一体コレは何なんですか?」
「君との任務の後に……色々あってね……」
「……その色々の中に、27先輩が仲間の皆を殺す理由もあるんですか?」
39の言葉に、27は軽口を引っ込めた。
39の沈んだ口調からは、27を責めるような響きはなく、ただ強い戸惑いと悲しさだけが滲み出ていた。
27は痺れる舌先を丁寧に動かし、39に言う。
「私は……女王を殺すつもりだ」
39の息を呑む音が聞こえた。
表情を硬直させる39に、27は構わず続ける。
「それを邪魔するなら……みんな殺す。
だが……女王のいない世界を生きる覚悟があるなら……何も聞かずに私の指示に従ってくれ」
それは27にとって、非常に危険な行動であった。
39は、コロニーの仲間を欺いてまで、27を救ってくれた。
だがそんな彼女でも、女王を殺すと宣言されれば、気が変わって27を始末しようとするかも知れない。
だがそれを理解した上で、27は39に選択を迫った。
どちらにしろ27の命は今、39に握られている。
下手に誤魔化すよりも、彼女の立場を明確にしておきたかった。
顔を蒼白にして沈黙する39。
彼女は何度か瞬きをした後、小声で言う。
「私は……女王様から生まれた、コロニーの子供なんです」
「……ああ」
27が頷く。
それからまた、暫く沈黙が続いた。
沈痛な表情を浮かべる39。
彼女は、声が喉につっかえているかのように、口を開いては閉じてを繰り返した。
39の口から「でも……」と、掠れたような声が聞こえてくる。
「私が今生きているのは……27先輩のおかげなんです……だから……私は27先輩とは……戦うことができません。
それに27先輩は……私の憧れの人なんです……」
39が27の目を見つめて、言う。
「私は27先輩を信じます。
27先輩がただ仲間を闇雲に殺している訳じゃないって」
39の言葉に、27は精一杯の気持ちを込めて、お礼を告げた。
「……ありがとう。
39」
39の気持ちの切り替えは早かった。
彼女は警戒するように周囲を一度見回した後、27に顔を近づけ、口早に問い掛ける。
「私は何をすればいいです?」
「まずは……養護施設にいる子供達の状況を教えてくれ」
「子供達ですか?
確か施設から外に出ないよう命令が出されていると聞きました」
「ならば、そこに行って子供達を保護してくれ。
戦況次第で女王は、子供達も戦場に立たせようとするかも知れない。
その時には、コロニーから子供達を守ってやって欲しい」
「……分かりました」
「あと、コロニーの地下で眠っている赤ん坊の保護も頼む。
だがコロニーは戦場になっている可能性が高く危険だ。
この騒動に一旦の終息が見られたらで構わない」
「はい……了解です」
「ただし今から一時間後以降は、どんな理由があろうとコロニーには決して近づかないでくれ。
絶対だ。
これを約束してくれ」
一時間という制約に39は少し眉をひそめるも、彼女は約束通り何も訊き返すことなく、力強く頷いてくれた。
そんな彼女に、27が念押しの言葉を重ねる。
「子供達がコロニーの新しい希望になる。
大変だと思うが、頼む」
「任せてください。
何人か声を掛けて、手伝ってもらえるよう頼んでみます」
39の言葉に、27が「しかし……」と戸惑いを見せる。
だが39は自信に満ちた声でこう続けた。
「大丈夫です。
前にも言いましたけど、27先輩は後輩にとって憧れの人なんですよ。
きっと、力になってくれる人がいます」
そう言って、39は小さく笑った。