繋がる命(1)
自分は他の兵士と違う。
その違和感は少し前から持っていた。
例えば、念動力の力もその違和感の一つだ。
自分が戦闘兵として本格的に任務に就いたのは、十五歳の頃だった。
年齢とともに念動力の力は高まる傾向にあるため、年嵩の兵士のほうが、その力は強いことが多い。
もちろん、これはあくまで一般論であり、個人の資質によって多少の誤差は生じる。
だがそれを踏まえても、自分の操る念動力の力は、年嵩の戦闘兵を含めてあまりにも、突出していた。
通常の戦闘兵の念動力と比べれば、倍の出力は優にあっただろう。
自分だけが持つ、異常な念動力の力。
その原因について、今まで深く考えたことはなかった。
違和感はあるものの、首を傾げるばかりで、明確な答えを求めたことはない。
だが先日、クリフの話によって、その原因が判明した。
自分の強力な念動力は、二十歳未満で暴走を引き起こすために、議会によって調整されたものだった。
術者が無作為に力場を展開する暴走現象。
この主な原因は、強くなりすぎた念動力を術者が制御できないために起こる。
本来であれば二十歳以降に発生し得るその現象を、二十歳未満で起こすために、意図的に強い念動力を与えられて、自分は造られたのだ。
議会が自分を暴走させようとした理由は、その力でコロニーを破壊するためだった。
だが、事前にコロニーが暴走の兆候に気付いたことで、その計略は失敗に終わった。
自分の力がコロニーを破壊するために与えられたものだった。
その事実を知った時は当然、大きなショックを受けた。
だが今は、それを好意的にも捉えている。
理由はどうあれ、その強力な念動力は、コロニーの任務において大勢の仲間を救ってきた。
それはきっと、誇れるべきもののはずだ。
念動力に関する違和感については、そういった感謝できる面もある。
だが、もう一つの大きな違和感については、感謝どころか恨み節しか湧いてはこなかった。
それは、定期的に訪れる体調不良だ。
下腹辺りを圧迫されているような、身体の芯を刺す激しい痛み。
酷い時には吐き気と目眩まで起こり、立つことすらままならなくなる。
身体は少しだるいものの、発熱があるわけでもなく、その原因は一切不明。
時間が経つと自然に完治するため、特に対策も立てず長年放置し続けてきた。
だが、どうしても我慢ならないことが一つあった。
それは、股からの不気味な出血だ。
痛みや目眩は、強固な意志で耐えればいい。
しかし、この奇妙の出血だけはどうしようもなく、何度下着を汚してしまったか分からない。
全くもって、腹立たしい。
この症状について、親密な仲間に相談したこともあった。
だが自分と同じ症状に悩まされている人間は、誰もいなかった。
仕方なくコロニー地下一階の図書室へ赴き、症状について様々な本を読み、調べてみた。
そして、自分の症状と非常に酷似する、ある現象を見つけることができた。
それは――
月経――生理――だ。
成熟した女性に起こる生理現象で、平均して十二歳前後に初潮を迎える。
子宮壁の最内層である子宮内膜が、約一ヶ月ごとに子宮から剥がれ落ち、血液とともに体外に排出される。
またそれと同時か数日前から身体に不快な症状が現れることが多く、この症状を俗に生理痛と呼ぶ。
本の解説を読む限りでは、自分の身体に起こっている異変の正体は、月経に間違いない。
だがそれは、考え難いことでもあった。
十二歳の時に行われる避妊手術。
これによりコロニーの兵士は、月経による弊害が除去されているはずなのだ。
当然、コロニーの戦闘兵である自分もその手術を受けている。
ゆえに、この体調不良が月経であるはずがない。
コロニーにいた頃は、そう考えていた。
だがこの謎も、クリフの話で解明された。
自分は幼少期をシティで過ごし、十二歳でコロニーに移された。
この時、避妊手術後で昏睡状態にあった本物の27と入れ替えられている。
つまり、偽物の27である自分は、コロニーの避妊手術を受けていなかったのだ。
手術を受けていないおかげで、今まで散々な目に会ってきた。
任務中に激しい腹痛に襲われ、仲間に迷惑を掛けたこともある。
下着に付着した血を洗い落とすことができず、下着を駄目にしてしまったこともある。
手術を受けられなかったことで、損ばかりしてきた。
少なくとも、今まではそうだった。
だが今初めて、手術を受けなかったことを嬉しく思う。
子を宿すことのできる身体に、喜びを感じる。
クリフとした、初めての性の営み。
二人とも勝手が分からず、それはひどくぎこちないものだった。
それでも彼が向けてくれる強い想いを十分に感じることができたし、自分もまた、彼に十分な想いを伝えることができた。
何より、彼と自分の子を宿す、その可能性を強く感じることができた。
命を繋いでくれる子の存在を、強く想うことができた。
だから――
私はこの決断ができたのだと思う。
27はいつも寝泊まりしていた部屋ではなく、クリフの部屋にいた。
クリフのベッドに腰掛ける27。
彼女は今、裸の身体にシーツを適当に巻きつけて、胸や下半身を隠している状態だ。
27としてはシーツなど剥がしてもよいのだが、クリフが恥ずかしがって、それをさせてくれなかった。
「私の裸なんて、昨日散々見ただろ?」
「いや……だって薄暗くしていたから……と……兎に角、君の部屋から部屋着を持ってくるから、そこから動かないでね」
そう言って、クリフは部屋を出ていった。
良く分からないが、それがシティの慣習なのかも知れない。
27はクリフの指示に従い、ベッドに腰掛けたまま、窓から見える景色をぼんやりと眺める。
窓から差し込む朝日を浴び、身体がじんわりと温められる。
昨日、自身の出生を知った時には、血液まで凍りついてしまったのではないかと疑うほど、身体が冷たかった。
だが今は、確かな熱を帯びた血液が、全身をくまなく循環しているのを感じられる。
グシャグシャに混線した思考も、動くことすら億劫な身体も、普段の調子に戻っている。
何と単純な女だろうか。
この世の終わりが来たかのように泣き叫んでいたというのに、今ではその出来事を、平然と思い返している。
そんな調子のいい自分に、27は苦笑する。
もっとも、そう思えるようになったのも、クリフの存在があったからだ。
彼の支えがなければ、今も自分は深い闇の中で、独り苦しんでいたに違いない。
(私は心に余裕をなくしていた)
コロニーから狙われ――
75が自分のために命を落とし――
自身の出生の秘密を知った。
これだけの出来事が、僅か十日もの間に起こったのだ。
このめまぐるしいまでの環境の変化は、27の心を極限まで疲弊させ、彼女から冷静さを損なわせた。
(だが今は、明瞭に考えることができる)
これから何をすべきか。
全てを知った上で、何ができるのか。
ここで、廊下へと続く部屋の扉が開けられた。
27が窓から扉へと視線を移す。
そこには、27のジャージを腕に抱えたクリフが、笑顔で立っていた。
クリフは持ってきたジャージをベッド脇に置くと、再びそそくさと廊下まで出ていった。
彼の不可解な行動に首を傾げる27。
クリフは扉を半分閉めたところで、彼女に言う。
「じゃあ、僕は外で待っているから、着替えたら教えてね」
「何故だ?
ここに居ればいい。
クリフと今後について、色々相談したいのだが」
きょとんと目を丸くして、27がそう訊いた。
クリフの顔が途端に真っ赤に染まる。
彼は首をブンブンと左右に振ると、上擦った声で27に言った。
「だめだめだめ!
じょ……女性の着替えを覗くなんて、男として最低だ!
は……早く着替えて、話はそれからにしよう!」
どうやら、それもシティの慣習らしい。
27は金髪を指先で掻きながら、曖昧に頷いた。
クリフの部屋にある調度品は、全てが非常に高品質のモノだと窺えた。
先程まで27が腰掛けていたベッドは勿論、分厚い本が並べられた本棚や、写真や皿――クリフ曰く何とか焼きという珍しい皿らしい――が天板に飾られたチェスト、そして重厚で趣のある机など、コロニーで支給される簡素な造りのモノとは、一見しただけで質の違いが分かる。
27は、座ってもお尻の痛くならない椅子に感激しつつ、今後のコロニーに対する議会の動きについて、クリフに尋ねた。
ベッドに腰掛けた彼は、あくまで自分の推測であることを念押した上で、27に話を始める。
「暴走によるコロニーの破壊が失敗した以上、もう悠長にことを構えようとは、しないと思う。
最悪、大量の機械兵と軍を導入して、コロニーを襲うかも知れない。
住民や近隣地域に不審に思われることも覚悟してね」
「やはり、議会にとってコロニーは放置できない存在なんだな」
クリフが小さく頷く。
「残念だけど、そうなるね。
クローンは人道的に否定されている技術だからね。
議会としては、クローンで生まれた兵士達は無視できたとしても、それを生み出す設備を持ったコロニーや、全ての秘密を知っている女王は、何としても破壊しようとするだろう」
「だが、コロニーや女王を破壊しようとすれば、コロニーの兵士は黙ってないな」
27の言葉に、クリフは気まずそうに目を伏せた。
「そうなれば、議会は後腐れがないように、コロニーの人達を全滅させようとするだろう。
彼らの念動力の力はあなどれない。
一人でも殺し損ねれば、その者が議会やシティに復讐を企てないとも限らないからね」
「コロニーには通常戦闘兵が三十人ほどはいる。
非戦闘兵は各地域に点在しているからその数は除くとしても、それだけの兵を相手に、議会はコロニーを全滅させられるか?」
「容易ではないにしても、十分可能だろうね。
それだけの軍事力を彼らは保有している」
議会がどの程度の力を持った組織なのか、27は正確に測ることができない。
だが少なくとも、彼らは百年も前に、コロニーを造り上げるだけの技術力は持っていたのだ。
クリフの言う通り、彼らがコロニーを本気で潰しに掛かれば、それは達成されるのだろう。
表情を曇らせる27。
そんな彼女を気遣ってか、クリフがベッドから腰を上げて殊更に明るい口調で言う。
「でも、僕がそんなことさせないよ。
議会にコロニーを攻撃しないよう頼んでみるつもりだ。
彼らの都合だけで人を造り、不要になったから処分するなんて、許されることじゃないんだから」
気負い込んで話すクリフに、27は目を瞬かせた。
クリフは大股で27に近寄ると、彼女の手をぎゅっと両手で握る。
そして、鼻息も荒く言う。
「策はある。
議会はコロニーの存在を隠したがっている。
それなら、それを逆手に取って彼らと交渉すればいい。
コロニーを破壊するつもりなら、その存在を公にすると。
そうすれば、彼らもコロニーに手を出せなくなるはずだ」
「……しかし、そんなことをすればクリフの立場が不味いんじゃないのか?」
27の言葉に、クリフはブンブンと力強く頭を振った。
「そんなもの、どうだっていい。
僕は今まで、コロニーのために何もしてこなかった。
自分の保身のために、見て見ぬふりをしてきたんだ。
もうそんな情けない真似はゴメンだ。
君も、君の仲間も、僕が守ってみせる」
クリフはそう言うと、ポケットに手を入れて何かを取り出した。
27の手を開いて、それを彼女の掌に乗せる。
それは、長方形の銀色のケースだった。
「これは……75が持っていた……」
「うん。
暴走を抑えるための薬だ。
75の様子を見る限り、27もそろそろ抑えていた症状が出てくる頃だと思う。
早めに使用したほうがいい」
そして、ふとクリフが顔を曇らせる。
「……今だから正直に話すけど、75は君の暴走が失敗した時の、保険として生かされていたんだ。
だから彼女をシティに縛り付けておくために、議会は最低限の薬しか、彼女には与えなかったんだ」
「……そうか」
議会が善意だけで、75を助けるわけがない。
その程度のことは予想していたが、つくづく気に食わないことをしてくれる。
27は面にこそ表さなかったものの、75の命を弄ぶような真似をした議会に、改めて強い憤りを覚えた。
「75のことは、本当に済まない。
僕がもっとしっかりしていたら……」
「クリフは一年前に議会に入ったんだろ?
75の処遇を決めたのは君じゃない」
「それでも……彼女が亡くなったのは、僕にも責任がある。
だから――」
クリフは27を見据え、宣言した。
「今度こそ僕が皆を守るから」