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スズメバチの恋  作者: 管澤捻
偽物
16/26

偽物(3)

 施設の中に入り、幾つかの階段を下ると、白い廊下に出た。

 窓のない廊下を進んでいると、クリフが独り言のように呟いた。


「今から百年以上前に、シティに特殊な能力を持った少女が生まれたんだ」


 クリフの話は脈絡なく、唐突に始まった。

 だが27は訊き返すようなことはせず、彼の話に黙って耳を傾ける。

 彼女の無言の相槌に応えるように、クリフが淀みなく話を続ける。


「当時の世界情勢は、とても穏やかなんて呼べるものではなくてね。

 世界の各地域には、このシティのような街が点在しているんだけど、その近隣地域と冷戦の状態にあったんだ。

 いつ寝首を掻かれるか分からない状況で、議会は特殊能力を持った少女を、兵器利用することに決めた」


 前方から、この施設の職員と思われる男性が、27とクリフに向かって歩いてきた。

 クリフが一度話を中断する。

 その男性はすれ違いざまに27をちらりと一瞥するも、何も言うことなく彼女から離れていく。


 クリフは通路の角を曲がり、人気がなくなったことを確認すると、話を再開した。


「だが、その少女の特殊能力は、まだ軍事利用できるほど強力なものではなかった。

 それに、少女一人だけが特殊能力を持っていたところで、その運用は非常に困難だ。

 議会はその問題を解消するために、とある施設を森の奥地に建設した。

 その施設というのが――」


「コロニー」


 黙って話を聞くつもりだったのだが、思わず27の口を突いて、その言葉が出た。

 クリフは27を一瞥すると、小さく頷く。


「そう、コロニーだ。

 コロニーとは少女の特殊能力――つまり念動力(サイコキネシス)を成長させることと、その能力を保有する固体の増産を目的に作られたんだ。

 コロニーを建設すると、議会は少女をコロニーに隔離し、その目的に向けてコロニーの運用を始めた。

 そしてその運用管理は、コロニー専用にカスタマイズされた、人工知能を用いて行われたんだ」


 クリフが一つ息を吐く。

 そしてそのまま、暫く沈黙する。

 話がまだ終わっていないことは、クリフの気配から知れた。

 恐らく、頭の中で話の筋道を立てているのだろう。

 27は黙して、クリフが再び口を開くのを待った。


 約十秒後。

 クリフが口を開く。


「人工知能の役割は、それほど複雑なものじゃない。

 特殊能力を持った少女の、その遺伝子を基準(ベース)として、少女のクローンを造り続けることが、人工知能の主な役割だ。

 そしてそのクローンというのが、75を含むコロニーの兵士達なんだよ」


 クリフの話に、27は違和感を覚えた。


 クリフが話すコロニーの成り立ち。

 その真偽を27に判断することはできないが、それが事実であるならば、驚くべきことだ。


 クローン技術については、素人程度の知識なら27にもある。

 SF小説などではもはや陳腐と化した技術だが、よもや現実で利用されていたなど、にわかには信じ難い。


 だが、27が感じた違和感の正体は、それではない。


 特殊能力を持った少女。

 その少女から造られたクローン。

 そのクローンの例として、クリフは()()()()()()()()を上げた。


 そのことが奇妙であると同時に、27の不安を掻き立てた。


 だが、27はその違和感を口にせず、クリフの話を黙して聞いた。


「クローンは常に一定の数、九十九体が造られる。

 過剰に増えることはなく、損失すれば補われる。

 そうやって人工知能は、コロニーが発展も衰退もしないよう、日々調整をしている。

 それと同時に、人工知能はその九十九体のクローンに、異なる遺伝子操作を施して差別化を図り、クローンの多様性を生み出すと同時に、強力な念動力(サイコキネシス)を発現する遺伝子の塩基配列を見つけようとしたんだ。

 少女の能力向上と増産。

 コロニーの建設目的は、人工知能によって見事に果たされたと言っていい。

 その優秀な人工知能というのが――」


 クリフが27を一瞥し、言う。


「君達が女王と呼んでいる()()だよ」


 その事実は、27にとって驚くほどのことではなかった。

 話の序盤で、すでに人工知能の正体について、ある程度の予測が付いていたからだ。

 それに――


(もともとあの女王は、生物と呼ぶには違和感があった)


 コロニーの最上階から動けず、飲食も排泄も行わない。

 歳を取ることもなく、コロニーの兵士を生み続ける。

 そんな存在が、生物たり得るはずがない。


(女王を神格化する一部の兵士(れんちゅう)は、そんな当然の疑問すら抱いたことはないだろうが)


 何にしろ、いけ好かない女王についてはその正体が判明した。

 だがまだ、27にはその存在に疑問が残る連中がいる。


 27は、再び横を通り過ぎた職員――今度は女性だった――を尻目に、その疑問が残る存在の一つ、機械兵についてクリフに尋ねる。

 彼は一瞬躊躇いを見せるも、観念したように27の質問に答えた。


「女王を稼働し続けるには、それを動かす電力が必要になる。

 つまり、電池(バッテリー)を定期的に交換しなきゃいけないんだけど、人が運ぶには森の中は危険だし、何より、議会の人間がコロニーに接触するのは、情報漏洩の観点から推奨されなかったんだ。

 だから簡易な人工知能を搭載した機械兵を送り、そのコアを電池(バッテリー)としても使用できるようにした」


「ちょ……ちょっと待ってくれ」


 クリフの説明を聞き咎め、初めて27は彼の話を遮って、訊き返した。


「じゃあ、機械兵はコロニーに電池(コア)を運ぶための、ただの入れ物だったってことか?」


「そういうことだね」


 クリフが気まずそうに頷く。

 27は強く頭を振ると、彼の言葉を否定した。


「あり得ない。

 だったら何故奴らは私達を攻撃してくるんだ?

 奴らに殺された同胞は何人もいる。

 それをどう説明するんだ?」


「それは……その……コロニーは兵器利用のために造られたって話しただろ?

 つまり、念動力(サイコキネシス)が実戦でどれほど役に立つのか、サンプルをついでに取ろうとしたらしい」


「ついでに……?」


 声を失う27。

 そんな彼女から視線を逸して、クリフが先を続ける。


「それと、力のない固体を早めに排除して、女王による出産のサイクルを早める意味もあったらしい。

 より強い個体を効率的に生み出すために」


「そんな……そんなことのために……」


 83は殺されたのか。


 クリフが話した内容で、これが最も衝撃的だった。

 三年前に殺された83、45、16。

 彼女達の死は、百年前から決められていた、予定調和でしかなかった。

 その事実に、27は心が灰になるような、強い喪失感に襲われた。

 しかし――


 より残酷な真実は、その直後に待っていた。


「……ここだよ」


 クリフが立ち止まる。

 27から向かって通路の左手に、扉がある。

 クリフがその扉を視線で指し示し、言う。


「ここに、君の知りたいモノがある」


「……」


 27にとって、最も疑問の残る存在。


 自分自身。


 その答えが、この扉の奥にある。


 27は一度唾を飲み込むと、クリフに頷く。

 クリフが右手を伸ばし、扉の取手を掴む。

 僅かな逡巡の後、彼が扉を開いた。


 扉の奥には、小さな部屋があった。


 窓すらない密閉された部屋。

 面積は約二十平方メートル。

 天井の高さは二メートル強。

 白い壁紙が貼られた内壁には、汚れ一つ見当たらない。

 清掃が行き届いているということなのだろうが、それはまるで、凍結された時間の中にその部屋が存在しているような、空虚な印象を27に抱かせた。


 天井に吊るされた照明。

 その不自然なまでに白い明かりに照らされ、27は思う。


 どことなくコロニーの部屋と似ている。


 部屋は伽藍洞としており、余計なオブジェは一切見当たらない。

 机や椅子どころか時計すらない。

 唯一そこにあるのは、床から突然生えてきたように、無造作に置かれた白いベッドと、そのベッドに横たわる――


 石膏のように白い肌をした女性だけだ。


 クリフが部屋に入り、女性が横たわるベッド脇に立つ。

 そして27に振り返ると、無言で手招きをする。


 27はそっと目を閉じた。

 まるで冷水を掛けられたかのように身体の芯が冷えている。

 そのくせ、体表面は火傷しそうなほど熱い。

 その温度差が、27の心を激しく対流させる。


 冷えた不安と、焼けた緊張。


 27は目を開けると、そっと部屋に足を踏み入れた。

 コツンと、27の足音が部屋に響く。

 27はピタリと停止し、ゆっくりと深呼吸をする。

 そして再び歩き出す。

 もう足音はしなかった。


 27がクリフの横に立つ。

 そして、ベッドに横たわる女性を見て――


 彼女は膝から崩れ落ちた。


「そ……んな……どうして……」


 自身の肩を抱いて震える。

 今自分が見た事実(モノ)を、27は信じることができなかった。


 ベッドに横たわる女性。

 上下白の簡易な服装。

 ガリガリにやせ細った、血色の悪い青白い手足。

 竹箒のように末端に広がる、伸ばし放題のボサボサの金髪。

 僅かに開いた瞼から覗く、焦点の合わない虚ろな碧眼。


 それは、27が初めて出会った女性だった。

 しかし、27はその女性のことを、よく知っていた。

 長年放置された人形のように、ひび割れた肌をした、その女性は――


「私……だ……」


 ベッドに横たわる女性は、27と瓜二つの容姿をしていた。


 同一人物とまで言えずとも、あまりにも多くの特徴が類似していた。


 まるで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ようだ。


 眼前に横たわる不可解な女性。

 27は荒い呼吸を繰り返し、混乱する頭を必死に宥めた。

 だが幾ら呼吸を繰り返そうと、思考は全くまとまらず、息苦しさも増すばかりだった。


「これは……どういう……ことなんだ」


 答えを求め、27は喘ぐようにしてクリフに問い掛けた。

 立ち上がるどころか、顔を上げる気力すらない。

 顔を俯けたまま、彼の答えを待つ。


 だがクリフは沈黙したまま、27の問い掛けに答えてはくれなかった。


(いや……そうじゃない)


 27は努めて冷静に、それを否定した。


 クリフは27の問い掛けに、答えようとしていた。

 だが彼が答えるまでの、僅かな躊躇いの時間が、27にはあまりにも長い時間に感じられたのだ。


 稀釈し薄く伸ばされた一秒が、十秒にも一分にも体感される。

 このまま時間が極限にまで薄まり、答えに永遠に辿り着かないのではないか。

 そんな馬鹿げた不安すら抱きつつ、27はその一瞬が訪れるのを、ただひたすらに待った。


 27が不安に押し潰されそうになった時、ようやくクリフの声が彼女の耳に届いた。


「シティは……コロニーを見捨てたんだ」


 クリフの声は、暗く沈んでいた。

 それだけで、27は彼から話される内容が、自身が期待しているものでないことを知る。


 もっとも――


(私は何を期待していると言うんだ……)


 ベッドに横たわる女性を見た時から、彼女がまともな結末を迎えられる可能性などなくなった。

 彼女は絶望するためだけに、クリフから話を聞くことになる。


 クリフの声が、27の鼓膜を揺らす。


「コロニーは兵器利用のために運用されてきた。

 だが実運用に持ち込めるレベルに到達する前に、世界情勢は安定期を迎えた。

 シティが強力な兵器を保有する意味はなくなり、コロニーの存在意義は失われた。

 それどころか、議会にとってコロニーは、邪魔な存在になってしまった。

 旧時代の非人道的な研究施設であるコロニーの存在が、シティの住民や近隣地域に知られるようなことになれば、議会の立場は大きく揺らぐことになる。

 だから議会は、コロニーを処分することに決めたんだ」


 コロニーには九十九名の兵士がいる。

 それを処分の一言で片付ける議会。

 彼らにとってコロニーとは、兵器以外の何物でもなかったのだということが、よく知れた。


「コロニーを処分するにあたって、議会が一番の障害と考えたのは、コロニーの運用を任されている人工知能、女王の存在だった。

 女王は議会によって造られた存在だが、コロニーの存続を最優先にして行動するよう、プログラムされている。

 たとえ議会の決定だろうと、自身とコロニーを守るためなら女王は議会に敵対行動を取ると予想された」


 自身と自身の大切なモノのために、創造主とも戦う。

 それはある意味で、生物らしい考え方とも言える。

 それだけ、女王の人工知能は優れているということだろう。


「女王はコロニーの全兵士を統率し、さらにその戦力はクローンによって無限に増殖する。

 何百という機械兵を導入するにも、そのコストは甚大なものになり、かつ念動力(サイコキネシス)を操る大勢の兵士を相手にして、女王を始末できるかは未知数だった。

 だが本格的に軍を動かせば、コロニーの存在をシティの住民に知られる危険性がある。

 出来る限り隠密に、かつ低コストにコロニーを始末するにはどうすればいいか。

 議会が考え出した結論が――」


 クリフが、ベッドに横たわる女性、そして27と、順番に視線を移す。


()()()()の存在だ」


 君達27。

 クリフはそう言った。

 確かにベッドに横たわる女性は、27と容姿が酷似している。

 だが、ただ似ているというだけでは、クリフのその表現は不適切のはずだ。

 つまり――


「彼女もまた……コロニーで生まれた27だというのか?」


「……いや、違う」


 27の言葉を、クリフが否定する。

 力なく床に座り込む27。

 彼女はその虚ろな瞳を動かして、クリフを見つめた。

 27の無言の問い掛けに、クリフの顔が悲しそうに歪む。


 クリフが口を開く。


()()()()がコロニーで生まれた27だ」


 その言葉の意味が、27には分からなかった。

 彼女こそがコロニーで生まれた27。

 何故そんな言い回しをするのか。

 彼女こそ。

 ならば、今ここにいる――


「私は……?」


 27の呟き。

 クリフは27から目を逸らさずに――だがひどく辛そうに――、言う。


「君はこの27の遺伝子を使い、議会の手によって創られた、クローンなんだよ」


 27の目が見開かれる。

 クリフが目を細め、「いや……」と言葉を補足する。


「正確には、君は旧世代にあたる27のクローンだ。

 ベッドで眠っている新世代の27とは、基準(ベース)となる遺伝子が違う。

 だが、ほぼ同一人物と言って間違いないだろう。

 新世代の27と君は、シティとコロニーで同時期に創られた、双子のようなものなんだ」


「……馬鹿げている……」


 27はクリフの話を否定した。


「議会が私を造る必要がどこにあるんだ?

 そもそも、私はコロニーで育ったんだ。

 シティで造られた偽物であるはずが……」


「27が十二歳になった時に、シティとコロニーの27を入れ替えたんだ。

 機械兵による、養護施設の襲撃と見せ掛けてね」


 六年前に起こった、機械兵による養護施設の襲撃。

 多くのコロニーの子供が犠牲になる中、避妊手術後で身動きが取れなかったはずの27は、奇跡的に生き残ることができた。


 それ自体は、何も疑問視することではない。

 襲撃に生き残った子供は、27だけではないのだから。

 27と幼馴染だった83も、その機械兵の襲撃を幸運にも生き延びている。


 だが27と他の子供達とでは、ある一点において、大きな違いがあった。


 多くの子供達が殺された機械兵による養護施設の襲撃。

 誰もがその悪夢を、記憶に深く刻み込んでいる。

 当時、養護施設で暮らしていた子供達は勿論、そうでない者も、その襲撃のあった日のことを克明に覚えていた。


 だが、27はその襲撃に関する記憶が全くなかった。

 機械兵の襲撃後、ベッドの上で目を覚ます。

 それが、27の最も古いコロニーでの記憶だ。

 機械兵に養護施設を襲われた直後の記憶を含め、それ以前の記憶が27には存在しないのだ。


 機械兵の襲撃。

 その恐怖で記憶が失われたのだろうと、他者からは説明された。

 27も、そういうものなのかと、特に疑問に思うことはなく生きてきた。


 だがもしも、失ったのではないとしたら、どうだろうか?

 元々コロニーで生活した経験がないだけだとすれば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「どうして……そんなことを?」


 27が掠れた声で問う。


 だがすぐに、27はそれを後悔した。

 何故なら、その問いに対するクリフの回答が――


「君を暴走させコロニーを破壊するためだ」


 あまりにも、残酷だったからだ。

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