自殺願望。
思いつくままに2度目の投稿。
こんなの誰が読むのかとも思うけど、誰かの参考になればと思います。
自殺願望とはもう長い付き合いになります。
まあ、ひどい時期でも実行に移すまでは行かなかったけど。
真剣に考えたのは数え切れないくらいですね。
なので、具体的な手段・方法ならいくつでもあげられる。
ポイントは痛くない事、苦しまずに済むこと。
もしくは如何に短時間で済ませられるか。
これらについて、ほぼ確立できている。
誰から聞いたのでも、ネットや書籍からの情報ではなく、自分で考えたものです。
(多少影響を受けたり参考にしている部分は否定しないけど)
次の段階。
死んだ後どうなるのか?
これについての情報は数多く存在していた。
聖書やら仏教の中にも参考になる話が見受けられた。
死後の世界について書かれた書籍を読んだりもした。
なぜか共通している部分が多くあって、信憑性があるようにも思われた。
幽体離脱や花畑・川・上昇・光といったようなキーワード。
一度死んで蘇った人の体験談。
なかば信じかけた事もあったけど、思い直した。
本当に?
証拠はあるのか?
あれば見せてもらいたい。
臨死体験は死に瀕したのであって死んだわけでは無い。
実際に死んだ者が死んだまま語ったのでなければ信じられない。
私は幽霊を見たことがありません。
写真や動画にしても、その存在を示す証拠にはならないと考えます。
話を戻しましょう。
確証が無い以上、死後の事は不明なのです。
死んでみないと解らない一方通行。
まさに一世一代の大博打。
ギャンブルは嗜まないので、とてもこんな賭けには乗れません。
もう一つ。
私個人の性格というか信念といいますか、他人に迷惑を掛けたくないのです。
病気や不慮の事故で死んだ場合は仕方ない、どうしようもない。
死んだ本人はともかく、残された方には様々な仕事が押し付けられる。
まずは葬式。
キリスト教はまだ少し簡単な様ですが、ほとんどが仏教式でしょう?
死亡届の提出から通夜に告別式・火葬・初七日・四十九日・一周忌。
面倒な事この上ない。
自殺ともなれば検死にも立ち会わなければなりません。
誰がこれらをするのでしょうか?
嫌いな人間にやらせられるのなら構わない。
「ざまあみろ!」と言ってやろう。
でも、実際にするのは一番近しい人なのだ。
最も辛い思いをしているはずの人が行うことになるのです。
仏教式が複雑なのは悲しむ暇を与えない為なのかとも思えるけど。
私はそんなの御免だ。
悲しいのだから泣きたかった。
葬式なんぞ誰かにまかせて踞っていたかった。
(生きていればもう一度これをするのかと思うと気が滅入るわ…)
「自分が死んでも誰も悲しまない」なんて言ってる人。
ホントにそうなの?
親のいない天涯孤独ってヤツなの?
いるのなら少なくとも親は悲しむでしょう。
たとえ今、「いらない」とか「死んでしまえ」などと言っていたとしてもです。
世話を掛けていたのなら、その分だけ反動も大きいと思います。
考えてみてよ。
好きでやっていたわけでもなく、義務感や惰性でやっていたとしても。
10年以上かけて積み上げてきたものが、突然無くなってしまったら。
なんとも思わない?
じゃあ仕方ないかもしれないけど・・・。
私は悲しいし、悲しかった・・・。
そんな理由から、私は自殺することが出来ません。
誰もいないところで「死にたい」「自殺したい」とつぶやいて。
少しだけ溜まった膿を吐き出しながら生きています。