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8 第11次十字軍地中海戦 3


 敵艦隊のミサイルや銃器が活動を停止し、敵艦隊も動きを止めた。甲板では戦闘員達が慌ただしく駆けずり回っている。

 それを確認して、リディアは小さく息を吐く。エウリュアレの映像をモニターで見ていた、各艦の指揮官たちは全滅したはず。あの様子を見れば、指揮系統が崩れたのは一目瞭然だ。となれば、あとは地道に敵を殺していくだけ。

 そこまで考えて、やっぱりリディアは溜息を吐くしかない。


(それなら、船を沈めてしまえば簡単なのに)


 ラミア族の魔法があれば、艦隊ごと海に引きずり込める。セイレーン族の歌があれば、戦闘機だって海に落とせた。

 だがそうしなかったのは、アルヴィンが敵艦を攻撃するなと言ったからだ。だが人間を攻撃するなとは言われなかった。だから、人間だけを攻撃する、その方法を取るしかない。

 やれやれともう一度溜息を吐いて、リディアは顔を上げた。甲板上にいる十字軍の戦闘員を排除するために、最後の一仕事だ。


「マーメイド族、友輩を召喚べ!」

「……わかった」


 マーメイド族のメロウを初めとした人魚たちは、胸の前で手を組んで、静かに目を瞑る。


(みんな、聞いて。人間が私達をいじめるの。お願い、助けて)


 人間の耳には聞こえない周波数で、彼女の声は海を渡る。彼女の声を聴きつけた者達が、全速力で地中海に集結する。


 あの声は深海の真珠。

 マーメイドの姫君だ。

 人魚姫が呼んでいる。

 助けに行こう。

 姫君が呼んでいる。

 人間をやっつけよう。

 人魚姫をいじめる奴は許さない。


(私の兄上が、人間に殺されたの。私は悔しい。だからお願い、私に力を貸して)


 王子が殺された。

 人間に殺された。

 人間は悪い奴だ。

 人魚の王子を殺すなんて。

 海の宝石を壊すなんて。

 人間を許すな。


 続々と集まり、人間に対する怨嗟の念が集う地中海。集結した海の意志は、十字軍艦隊を猛然と取り囲んだ。


(船は沈めないで。船は傷つけないで。でも、人間は許さない)


 十字軍の騎士団員たちが目撃したのは、艦の周りを取り囲む、夥しい数の回遊魚。ニシンやサンマが信じられない程の数で、艦を取り囲んでいる。

 蠢く魚影が一瞬遠ざかり、そして次に迫って来た時は、その魚影は海を遡上して空中に巻き上がり、数千数万の集合体が、一挙に甲板に雪崩れ込んだ。

 いくら魚と言えど、その数で甲板に押し寄せられたら、人間もたまった物ではなかった。回遊魚の突進に甲板から弾き飛ばされたり、魚を踏んで甲板上から転落する者が多くいた。

 数を減らした兵士と、ビチビチと甲板上で跳ねる回遊魚に、団員たちは目を白黒とさせた。

 ざぱぁん、と断続的に波が揺れたと同時に、海から人間の悲鳴が響いた。ホオジロザメ、シャチなどの海の殺し屋が、海に落ちた人間たちを海中に引きずり込んでいる。

 凄惨な光景に団員が息を飲んでいたが、気付くと高波が起きて甲板が波にさらわれ、更に団員が艦から転落した。見ると、艦は既に取り囲まれていた。地球上で最大の哺乳類、シロナガスクジラを初めとした、巨大魚の群れ。

 クジラが暴れる度に波が荒れ、尻尾で浴びせかける海水は高波そのものだった。


 徐々に人数を減らしていく中、団員達には何が起きているのか理解が及ばなかった。海の生物たちが攻撃していることはわかる。だが、一体何故そんな事が起きているのか。

 それはただ、メロウが海の友達を呼んだだけ。助けを求めただけ。それに友達が応じてくれただけ。

 物静かなメロウは、彼女にしては珍しく、その表情を歪ませた。


 人間を、嫌いになった。許せないと思った。


(兄上、メロウが必ず仇をとります)


 メロウはマーメイド。人魚の姫。深海生物の珠玉。物静かで大人しい彼女は、ほとんど海底から出たことはなかった。メロウには兄がいた。兄はメロウとは違って快活で、そして自由だった。そして兄にある時言われた。


「アタシ、地上へ行くワ。ちょっと見に行くだけヨ。メロウも来なさいナ」


 そう言って半ば強引に連れ出され、兄と共に地上に上がった。地上は明るかった。最初は歩き慣れなかったけれど、地上には刺激的な物がたくさんあった。毎日楽しかったし、イキイキとしている兄を見るのは嬉しかった。


「ほら、メロウ。この服カワイイわぁ。メロウに似合うワヨ!」

「……兄上、そんなに騒ぐと恥ずかしいわ」

「楽しいんだからいいのヨ! アンタも湿気たツラしてんじゃないわヨ! ホラ笑いなさい!」


 オカマだけど快活で、いつも笑っている兄、ボードレールが大好きだった。兄と一緒に地上で過ごして、その過程で色んな人間に出会って、そしてひょんなことからマルクスに出会って、トワイライトの仲間たちに出会って。

 兄がいたから、今の自分がある。兄が連れ出してくれたから、友達もたくさんできた。兄がいたから、今は友達と笑って過ごせる。全ては、兄のお陰。


 だけど人間は、メロウからボードレールを奪った。兄の死に顔と、血まみれのワンピースを着たセルヴィが、号泣しながらメロウに土下座した、あの日の光景が目について離れない。


(兄上、メロウが仇をとります。兄上の敵は、私の敵。兄上が守ろうとした、セルヴィを、大統領を、この国を。これからは私が守っていきます)


 メロウはその瞳をしっかりと開いて、大海原を見渡した。


「だからその為に、私の復讐に力を貸して!」


 メロウの張り上げた声に呼応するように、海が大きく荒れ狂う。艦隊が不規則に揺れ動きギシギシと傾いて、甲板から人間が放り出される。

 艦は傾いたまま、何かに捕まった。それを察した団員たちの目の前に現れたのは、巨大な羊の眼。


「な、あっ」

「クラーケン……」


 羊の眼をした巨大な烏賊クラーケンが艦にまとわりつき、その触手で艦を揺さぶる。全長200メートルもある巨大な戦艦を、クラーケンはいともたやすく揺さぶって、人間は振り落とされる。

 なんとかしがみつくのが精いっぱいで、攻撃する余力などない。他の艦がクラーケンに攻撃を仕掛けるが、クジラやトビウオたちがそれを邪魔する。


「くそ、何なんだ!」

「化物め!」

「海の悪魔!」


 どう罵られようと構わない。深海の真珠は、その高貴な輝きを絶やさない。


「クラーケン、人間ソレはお土産にあげるわ」


 御意を得たクラーケンは、甲板上の人間に触手を絡みつけ、掴んだ人間を海中に引きずり込む。そしてクラーケンの堅い顎板で噛み千切った。

 イカの口には「カラストンビ」と呼ばれる顎板があり、最初にこの器官で餌となる肉を噛み切る。噛み切られた肉は口球内の、おろし金状の器官で肉をすり潰され、飲み下される。だから烏賊は、自分より体積の大きい食料すらも飲み込める。

 だからクラーケンの巨体では、大きな船に乗った大勢の人間を食べつくすことだって、朝飯前だった。


 海洋生物たちの襲撃とクラーケンの捕食によって、敵艦隊の甲板上にいた戦闘員達は、ほとんど全滅と言っていい状態になった。

 それを見てとったリディアが、幼い声で告げる。


「敵艦隊へ前進、敵艦を攻略する!」

「イェス、マム!」


 進み始める船は、戦う術を失った敵の船に近づいていく。それに伴って海洋生物たちが引き潮の様に引き返していき、クジラが挨拶するように尻尾で波を立て、クラーケンがユラユラと触手を舞わせて海に消える。挨拶をした魚たちは地中海を去っていく。


 人魚姫、泣いていた。

 人魚姫、笑っていた。

 王子の仇を討てただろうか。

 姫君の力になれただろうか。

 呼ばれたらまた助けてあげよう。

 人魚の涙は海の真珠。

 姫君がもう、泣く事の無いように。

 僕達はいつだって、姫君の味方だよ。


 海の友達から送られてくる、沢山の声。その暖かい声に、メロウの瞳からは真珠の粒が転がり落ちた。



 ちなみに、コロコロと甲板を転がる真珠を「お、真珠じゃねぇか。儲けた!」と拾っていたディランは、少女たちからフルボッコにされた。


■ボードレール

 マーメイド族の王子。ギリシャ政府の現与党、「平和への賛歌」結党当初から在籍していた議員。

 人魚なのに残念な事に男、更に残念な事にオネェキャラ。ものすごく強烈なキャラクターで、殺伐とした政治の世界では、ある意味では刺激的な存在だった。

 アルヴィンに心底心酔しきっていて、彼の熱狂的なファン。秘書のセルヴィに突っかかっては喧嘩をしていたが、実は二人で食事をしたり買い物をしたりと、結構仲が良かった。

 ある日セルヴィとの買い物の帰りに何者かに襲撃され、人魚で走るのが苦手だった事も原因だが、必死に手を引いて逃げようとするセルヴィを庇って被弾し、そのまま帰らぬ人となった。

 ボードレールの死は、メロウだけでなく、仲間を守れなかったセルヴィとアルヴィンにとっても、深い心の傷となっている。

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