5 大統領、戦争のお時間です
崩れ落ちるエッフェル塔。逃げ惑う人の行く手を阻むように、瓦解する凱旋門。魔女の窯の底のように、燃え盛るパリ。
ヘリからパラシュートで降下した兵が、市民を機関銃でなぎ倒してゆく。戦闘機から発射された機銃やミサイルが、都市区画を瓦礫に変える。阿鼻叫喚で逃げ惑う人々、神に祈りを捧げる人々。
その映像をアルヴィン達は見ていた。ただ、見ていた。
シュティレード帝国によるヨーロッパ侵攻。国連軍が派兵されて応戦しているが、シュティレードの兵力は、連合軍である国連軍の兵力を上回っている。国連軍10万に対し、シュティレード50万。市街戦である為、大規模火力を用意できない国連軍と違って、シュティレードは容赦なく都市区画ごと破壊する。
その様子をアルヴィン達は眺めている。ギリシャはアトス内乱の為に、派兵を免除されたというのもある。アトス内乱が落ち着いても、他国からの侵攻が懸念されているという状況は、国連も他の国も理解してくれている。というより、他国に目を向けている状況じゃないのは、どの国も同じだった。だからギリシャの事など、誰も気にしなかった。だから、見ている。
だが、アトス内乱は短期のうちに収束した。だからルキアがアルヴィンに尋ねた。
「おい、参加しなくていいのか? フランスが陥落したら、ヨーロッパ侵攻を許すのは時間の問題だぞ」
「今は参加しないよ」
「今は?」
首をかしげるルキアに、アルヴィンは小さく微笑む。
「そう、今は。まだ時期じゃない」
そうしてアルヴィンは画面に視線を戻す。続々と進撃してくるシュティレード兵。ついにフランスが壊滅。そしてスペインに上陸。
「おい?」
「まだだよ」
ドイツへ侵攻を開始。
「そろそろヤバいぞ」
「まだだよ」
地中海を挟んだ隣国、イタリアは国連及びEUを脱退し、侵攻前にシュティレードに降服。
「不味いぞ、イタリアが寝返った!」
「海戦には備えておくけど、まだだよ」
オーストリア、ハンガリーに侵攻。
「このままだと、トルコとヨーロッパから挟撃されるぞ!」
「そのつもりなんだろうね。強敵は最後に残しておくってパターンかな」
「暢気な事言ってる場合かよ!」
「言ってる場合だよ。時間は必要だったからね」
職業軍人の育成は、はじめてからまだわずかに2年。熟成しきっていないし、兵力も整っていない。それに開発中の兵器もあったし、時間が必要だった。
「だけど、もうそろそろ、いい頃合いだね」
精錬された多くの軍人。世界中に派遣されている、情報捜査局「ドレクスリア」のエージェント。レミ主導で開発されている兵器と、新たな技術。
待っていた、それらの知識と技術の力の完成を。
寝返ったイタリアが、ヴァチカン主導で騎士団を結成し、海を越えてやってくる。シュティレードが東欧とオリエントから侵攻してくる。
時は来たれり。
アルヴィンが立ち上がり、いつも通り悠然と微笑む。そして両手を開いて告げる。
「みんな。戦争の時間だよ」
湧き上がるモノは、闘争心に近かった。アルヴィンの人狼としての血が流れるセルヴィやルキアも例外ではなかった。
何かが湧き上がって心と体を支配する。力が湧いてきて、白銀の髪に染まる。瞳が銀色に輝き、耳と尻尾が興奮に揺れる。流れる血が示す、その欲求は。
帝王の支配欲。
「ヨーロッパを支配するのは、この俺だ」
侵攻するには、敵が弱っているところを叩くのが、最も効率がいいとマルクスが言っていた。
破壊されたヨーロッパ。都市機能の存在しない街、無政府状態と化した国家。助けを求める多くの人々。
それらの全てが求めている、希望を与える存在。その存在を、「演じる」時間。
時は来た。
湧き上がる闘争心、強烈な支配欲。
周りを騙し自分を偽ってでも手に入れる。
その強欲さこそが、帝王の血族。