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2 宣戦布告を受けて

 画面の向こう側にいるのは、シュティレード帝国皇帝、サイラス・シュティレード。淡い緑色の瞳は、冷淡に氷のようなきらめきを伴って、こちらを見ている。


「これは宣戦布告だ。わが国の属国となれ。属国にならないなら、俺には不要だ。国も、民も、全てを滅ぼす。よく考えて行動するんだな」


 ゆっくりとした、冷徹な口調で告げられた宣戦布告。従属か、死かの二者択一。

 アルヴィンは、シュティレードに対抗するという、第3の選択肢を用意している。

 アルヴィンのその考えが伝わった、そんなはずはないが、サイラスが続けた。


「わが国の属国となり、俺の軍門に降れ。そして列に加わり、ギリシャを滅ぼせ」


 なぜそこでギリシャが出て来るのか。世界中の誰もがそう思った。先進国だが、大国ではない。経済的には世界的に信用が低い。最近はマシになって来たが、軍事力も大したことはないし、ギリシャのすごいところと言えば、世界遺産と観光資源くらい。

 世界中のほとんどの人々も、ギリシャの国民も、そう思った事だろう。だが、アルヴィンを初めとする、政治家たちは戦慄した。


「ギリシャの首脳は人間の敵だ。大統領も、首相も、官房長官も、与党も、国民も。ギリシャは、人間の国じゃない」


 サイラスは、敵意をすり替える気なのだ。各地で起きる紛争や混乱、食糧難と貧困、シュティレードの侵攻。それらの人々が抱える敵意を、「人間ではないもの」に対して向けさせようとする。 この映像を見せつけられ、さすがにアルヴィンも動揺して、テーブルを拳で叩いた。


「わかっただろ? ギリシャのトップは人間じゃない、化物だ。狼男が支配する、憐れな、恐ろしい国。化け物の統治する国なんか、この世にあっていいと思うのか。奴らは人間を食う化け物だ。国民を家畜にしている。俺は化け物の存在なんか許さない。その為に力を付けてきた。世界の人々よ、俺と共に立ち上がり、化物を打ち倒そう」


 正体を晒された。敵に仕立て上げられた。人間が松明や杭を持って襲い掛かる。教会が十字架を握って剣を取る。


 人間全てが、敵となる。



 サイラスの宣戦布告に、世界中が扇動されてギリシャの敵となる危機。それが第3次世界大戦の幕開けとなった。



 サイラスの宣戦布告に対し、ほとんどの先進国は反抗した。ギリシャの事を抜きにしても、自国がシュティレードの属国となることは別問題。国の為に、民の為に、多くの国はシュティレードに従わない姿勢を見せた。

 そうなると当然、戦争の火ぶたが切って落とされる。既にイギリスはシュティレードに支配されていたが、イギリスからフランスへと侵攻を始めた。

 ヨーロッパにいよいよ危機が迫り、ギリシャも緊迫した状況になってきた。国民以上に、議員たちがその緊迫感を募らせている。


 その時期になってようやく、アルヴィンは国営放送に姿を現した。あの宣戦布告以降、あまりメディアに姿を現さなかったアルヴィンが、スーツを着てアナウンサーと対面している。

 シュティレードの宣戦布告に対してどういう対策を取るのか、人狼であることにどう対処するのか、国民の全てが固唾を飲んで見守っていた。


 国民が何を気にしているのか、アルヴィンもわかっている。だから、アルヴィンはアナウンサーの質問に対して、真摯に答えていた。


「大統領、私は政治家としての大統領を尊敬しています。ですが、貴方が人間ではない、その事が私には恐ろしい。そう感じているのは、私だけではないと思います」

「ええ、そうですね。そうだろうと思ったから、私も隠していました。私もかつては人間でした。ですから、人間の気持ちはわかります。人間と言うのは、未知の者に恐怖を感じる生物ですから」

「なぜ、人間でないあなたが、政治家になろうと?」

「人間だった頃政治家だった血がうずいた、とでも言いますか」

「なるほど、この国の現状に我慢できなくなった?」

「そういうことです。人間だった頃も、それ以降も、私は長い時をかけて様々な国の政治体制を見てきました。人間の重ねてきた歴史が、私の経験値として積み重なっています。現代の政治体制は複雑ですが、私の知識と経験は、国民の皆様の役に立っていると思いますよ」

「私もそう思います。ですが、こう言ってはなんですが、大統領の存在自体に疑問を投げかける声もあります」

「それも存じています。ですが、私がなぜこの世に存在しているのか、それを知りたいのは私の方です。もしこの世に神がいるのなら、私は矛盾した存在です。ならば何か理由があるのかもしれませんが、その理由が私にはわかりません。大昔から、自分の役割について考えてきましたが、それだけは未だに、わからないんですよ。私にわからないのですから、人間にわからないのは仕方がないと思いますよ」


 自分の存在理由。人間がその事について真剣に考えることは滅多に少ない。大体の人間は、ある程度役割を持っているからだ。

 だけどアルヴィンは化け物だ。何故この世界に在るのか、彼を作り出して世界は何がしたいのか。それは未だにわからない。予想はしているが、想像の域を出ない。

 化け物は長い間、自分の存在理由について疑問を投げかける。既に開き直ってそれを考えることを放棄している者もいるが、一度は考える。

 自分はここにいていいのか。人間はそれを考え続けることはできない。その不安に常に駆られていたら、人間の心は壊れてしまうから。だけどアルヴィンは、長い間考えている。

 アナウンサーが神妙な顔つきでアルヴィンを見た。


「自分の存在を否定する事はありますか」

「ありますよ。人間になりたいと思ったことも、何度もあります」

「辛くはありませんでしたか」

「辛かったですよ。ですが今はセルヴィがいますし、仲間にも恵まれました。友と言う物は、良いものです。人間が家族や友人と言うコミュニティを大事にする気持ちは、私にもよく理解できます」


 アナウンサーは、あぁ同じなんだ、と思った。人間でも化け物でも、家族や友人や恋人が大切なのは、同じ事なのだと。そしてアルヴィンは、国民と国も大事に思っている。だから。


「だから、大統領はこの国を守るために、政治家になったと」

「そうですよ。私はこの国を愛していますから。私は人間ではありませんが、愛国者です。愛国者としてできる、最大限の事をしているつもりです」


 人間じゃなくても、大事に思う物は変わらない。このテレビ放送を見ていた国民たちは、いくらかアルヴィン達に対する意識が変わった。


 それでも、絶対的な敵対勢力は生み出された。国の東側にある、正教会自治区だ。その正教会自治区が、ギリシャからの独立を宣言した。

 この情勢で独立問題など起されたのは、本当に頭が痛いことだ。敬虔な教徒はやはりアルヴィン達の敵に回ってしまったし、教会の影響力は、決して無視できるものではない。

 アルヴィン達は出来れば和解したいと考えているのだが、あちらはそのつもりはないようだ。武力衝突など得策ではないし、自治区が率先して敵国に寝返ってしまったら、自国内に敵を呼び寄せてしまうようなものだ。

 ならば、切り離してしまうしかない。全く頭も腹も痛くなるような状況だが、ギリシャは正教会自治区の独立を許した。


 そうしたら、正教会は騎士団を組織して宣戦布告をしてきた。ある程度予想していたが、本当につらい。

 独立時に戦争をしないと約束したはずなのに、化物に約束を守ってやる義理はないと言わんばかりに、速攻で仕掛けてきた。すぐに約束を破るのは、さすがはギリシャクオリティである。

 政権を打ち倒せ、化物を駆逐しろ、騎士団はプロパガンダも練り込みながら首都へやってくる。その町々に攻撃するような事はないが、反アルヴィン派や教徒たちも騎士団に合流して、数万人を超えるデモの出来上がりだ。この規模になると、軍を動かさざるを得ない。


 仕方なくヴィンセントに指示をして、正規軍2大隊を鎮圧に向かわせた。なるべく武力衝突が起きないように、あまり武装はしていない。あくまで鎮圧だ。

 正規軍が出てきたことで、市民団体は蜘蛛の子を散らす様に数を減らしたが、騎士団はしぶとかった。正規軍は人間だというのに、容赦なく攻撃してくる。

 一番避けたかった人間対人間の戦い。だけど避けられなかったものでもある。正規軍は防衛に徹していたが、それでも市街戦に持ち込まれて、正規軍の犠牲者が出始めた。正規軍の中にも、それで黙ってはいられなくて攻勢に出た者もいて、あちらにも犠牲者が出た。


 アルヴィンは溜息を吐く。あぁ、そうだ。あの自治区はもう自治区ではない。あれは他国なのだ。侵攻しているのは敵国なのだ。ならば仕方がない。


「これは戦争だ。ギリシャは正教会自治区、いや、アトス修道士共和国との開戦を宣言する」


 ギリシャ初の戦争は、内乱から始まった。

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