13 デウス・エクス・マキナ
トルコ・シュティレード戦開戦から遡ること数日前の、イタリアはローマ。アルヴィンがイタリア政府を滅ぼしたのは、サイラスの言う通りパフォーマンス的な意味合いもあるが、それだけではない。
あの国はカトリックの聖地であり、教会としての発言力は世界で最も強力な国。アルヴィンの敵となる勢力の源泉となる国だ。だから、徹底して叩き潰しておいた方が、後顧の憂いは絶たれるというもの。
それにもう一つ理由があって、イタリアを掌握しておく必要があった。その理由の為に、イタリアには政府の監督官としておかれるイヴァン議員とともに、アンジェロとヴィンセント、そしてレミも一緒に来ていた。
彼らが足を踏み入れたそこは、言ってみれば秘密基地だ。地下に建設されたその広大な基地は、50年以上前から秘匿されてきた。その基地に格納されている兵器を隠すため、その為だけに存在している。
その兵器が巨大な姿を彼らの前に現す。空の迷彩色、白に塗装されたそれは、50年の月日を感じさせない荘厳さで彼らを迎えた。
それを見たレミが、途端に顔を綻ばせて、兵器の元へ全速力で駆け出す。そして金属の塊に抱き着く。
「あぁっ! 僕のデウス・エクス・マキナ! 会いたかった!」
思い切りデウス・エクス・マキナに頬ずりをしているレミを見ると、アンジェロの脳裏に浮かぶのは妹のアンジェラだ。
彼女がレミをゴミを見るような眼で、「だからアンタは結婚できないのよ」と文句を垂れるのが目に浮かぶし、レミの様子を見れば納得と言う物である。
周りのそんな思惑などお構いなしに、当のレミはデウス・エクス・マキナに愛をささやいている。
サイラスはいつの間にこんな兵器を作ったのかと不思議がっていた。当然、こんな兵器をたったの2年で建造できるはずがない。デウス・エクス・マキナが作られたのは、50年も前のこと。
まだレミやアンジェロがイタリア軍に身を置いていた頃の事で、当時レミはまだ6歳だった。
レミは天才的な頭脳を買われて、軍の中で武器開発や情報分析などを一任されていた。だが、アンジェロ達はレミにもそれなりに子どもらしい楽しみを持ってほしかったので、某日本のアニメを見せた。
すると、まんまとそのアニメにハマったレミは、「僕もこういうの作ってみたい!」と、デウス・エクス・マキナの設計を始めた。アンジェロ達も悪乗りして完成したその設計図を見て、当時の上司だったジュリアスが、設計図を高額でイタリア軍に売却。イタリア軍はすぐに建造に乗り出した。
わくわくと完成を待っていたレミだったが、システムの構成だけは彼一人で行った。
そうして出来上がったデウス・エクス・マキナは、全長160メートル、総重量1,207トンにも及ぶ、巨大な戦艦だった。重工業の技術を駆使したミサイルやレーダーなどの兵器を数多く搭載したその戦艦は、飛行船などとは格が違う、史上初の空中戦艦だ。
これがあれば、戦争時はかなり優位に立てるとの事で、イタリア軍は歓喜に沸き立ったが、喜んだのも束の間。
試運転しようとクルーが乗り込んだが、誰一人として、デウス・エクス・マキナを操縦する事が出来なかったのだ。
というのも、レミが「これすっごく危ない兵器なので、誰でもは運転できないように、パスコード入力するように設定してますから」と言っていた。パスコードさえ知っていれば入力できるわけなのだが、レミが設定したパスコードは「500!」。つまり、1から500までの数を乗算した数字なわけだが、その数字は18万桁を超える。
そんな膨大な数字を暗記できる人間などいないので、軍はレミにコード表を作ってもらった。それでも起動できない。
「一回間違えたら、また最初からやり直しですよ」
というわけで、入力の時点から失敗が許されない。コード表を見ながら慎重に入力していっても、目が疲れて見間違えたり、他のキーに指が当たったりして、どうしても注意力が落ちてくるとミスしてしまう。
単純計算で、数字1つを入力するのに1秒かかるとしたら、18万以上の数字を入力するのに要する時間は、2日間以上。コード入力だけで2日もかかるのだ。そりゃぁ集中力だって途切れる。それでミスしたらまたやり直し。
パスコードをデータ化してキー入力できるようにしてみたらどうかと技術者たちは考えて、それは名案と実行しようとしたが、レミに言われた。
「手入力以外の入力をしようとしたら、システム全体がダウンするように設定してありますから」
そう言われては手入力を頑張るしかない。でも頑張っても無理だった。
軍はレミにお願いしてコード入力してもらって、それでなんとか試運転は出来た。
空飛ぶ戦艦に乗って大満足し、それで一旦興味が引いてしまったレミは、その後軍への協力を拒否したので、結局は試運転だけでお蔵入りとなってしまったのが、レミの趣味の産物であるデウス・エクス・マキナなのである。
お蔵入りとなっても、当時は戦争がなかったからお蔵入りになったようなもので、戦争がはじまったら貴重な戦力になることは間違いない。その時はどうにかこうにか頑張って起動しよう、処分するにはあまりに勿体ないという事で、ずっと地下に格納されていたのだ。
レミは兵器開発からは足を洗って久しいので、正直兵器開発にはあんまりやる気がなかったのだが、デウス・エクス・マキナの存在を思い出して、久しぶりに兵器開発のやる気を取り戻したところだ。
それにやはり子どもの頃の大人のロマンが詰まった、空中戦艦を前にすると、テンションが上がるという物である。
いつかイタリアを乗っ取ったら、すぐにデウス・エクス・マキナの改良をしようと思って準備はしていたのだ。レミはすぐにデウス・エクス・マキナの改良に乗り出し、システムを変更し、推進力も原子力に変更、旧式の兵器を新型に載せ替え、ついに「デウス・エクス・マキナ改」があっという間に完成。そして実戦投入されたというわけである。
うっとりとした表情でデウス・エクス・マキナを見上げるレミ。
「あぁ、なんて可愛いんだ、僕のデウス・エクス・マキナ。あぁ、そうだ、アポロンも回収しなきゃ。あの衛星は今どこを飛んでいるんだろう。検索しておかないと。そうそう将軍、初飛行には僕も載せてくださいよ。どうせ僕以外に起動できる人間なんていないんですから」
基本レミは、自分の造った兵器を、自分以外の人間に起動させたことはない。今までも色々作ってはみたものの、ほとんどが期待だけさせておいて使えない代物ばかりだった。使えないのは、誰もレミの設定したハードルを越えられないからだ。
当然デウス・エクス・マキナ改の仕様もレミ仕様。彼の天才的な頭脳がなければ起動しない。今度のパスコードは「100!」である。パスコード表を見せられたヴィンセントはそれを見ると、無言でレミの肩を叩いた。




