12 閑話 ドレスブラックは明るく楽しい職場です
黒衣の軍装を纏った兵士たちが整列する。化け物と超能力者、あわせて1000人に上る大隊である。
特殊部隊ドレスブラック本隊を率いる、ヴィンセント・ドラクレスティ将軍。超能力者小隊を率いる、アンジェロ・ジェズアルド大佐。人外部隊を率いる、ミナ・ジェズアルド大尉。その三名が整列した大隊の前に歩を進める。
「傾注せよ!」
少しハスキーな、低くよく通る声。まず口を開いたのはアンジェロだった。
「戦いの前に、お前達に言っておくことがある」
アンジェロの言葉に、大隊総員は真っ直ぐにアンジェロを見つめる。それを見渡して、アンジェロが続けた。
「間違っても、何があっても、決して」
裏切ったりなんかしない。屈したりはしない。超能力者も化け物も、この国を失えば安寧の土地はない。戦う覚悟はとっくにできている。
心の中でそう返した隊員たちに、アンジェロがビシッと指差して続けた。
「ミナ・ジェズアルド大尉の命令は無視しろ!」
「は?」
ヴィンセントを挟んで向こう側のミナが、抗議するように疑問を投げかける。当然全員がミナと同じ疑問を感じた。解っていたようで、アンジェロは続けた。
「コイツの命令をまともに信じて行動してみろ。お前らは速攻で死ぬぞ」
そう言われてみると、ちょっと思い当たる節のある隊員たちは、「あぁ……」と残念なものを見るような目つきで、ミナに視線を送る。その視線に気付いたミナは当然憤慨している。
「ちょっと何それ! 酷くない!?」
「俺は正論しか言ってねぇ。大体お前、わかってんのか? 俺よりお前の方が力量はあるのに、俺とお前の間に大佐と大尉って格差があるのは何故だかわかるか?」
それは当然、指揮官としての能力の差だ。力量だけで見れば、ミナは少将か中将くらいになれるが、指揮官としての能力値が大尉どまりなのである。
一応わかってはいたが、納得いかないミナはやはりアンジェロに突っかかる。
「そ、それはわかってるけど! なんで私の命令を聞いて、みんなが死ぬのよ!」
ミナの抗議にアンジェロは腕組みをして、2m近い身長から、やっぱり残念なものを見るようにミナを見下ろした。
「例えば大隊が敵軍に包囲されたら、お前はどう対処する?」
「え? えっと……」
少し考えて、ミナはパッと顔を上げ、顔の前で拳を握って意気揚々と答えた。
「爆破する!」
「言うと思った」
ヘッと吐き捨てるようにアンジェロが言って、ミナはムッとして睨みつける。
「だって囲まれてるんでしょ! 一斉掃討した方が早いじゃん!」
「で、どーやって爆破する気だよ」
「中性子爆弾でもパパッと作るよ」
「ほーう。で、再生力のない種族が巻き込まれない算段が? 爆発規模の計算は? 人間の隊員が放射線被曝しないように予防する方法は? 被曝した人間を吸血鬼が捕食して無事なのか? 核保有国でないギリシャが、核を使ったと他国に知られた後の責任の所在は?」
「うぐぅ」
何も考えていなくて、ぐうの音も出ないミナからアンジェロは視線を外し、隊員に向き直る。
「つまりこういうことだ! わかったか!」
「サー! イエッサー!」
とてもよくわかった。ミナの命令は無視する。命がいくつあっても足りない。
団員の心は一つになった。
悔しさでミナはプルプル震えていたが、やっぱり残念な物を見る目をしたヴィンセントが続けた。
「実質的な指揮は私が執るので安心しろ。コイツはただの兵器だと思え」
「サー! イエッサ―!」
ヴィンセントが指揮を執るなら安心である。ミナは今度はヴィンセントに突っかかっているが、そんな事が出来るのはミナ位なもので、他の隊員たちは誰もヴィンセントに逆らおうなどと、微塵も、これっぽっちも思っていない。
ヴィンセントは生前からとんでもない勇将と有名で、とんでもないキチガイとしても有名で、その武勇は生前も死んでからも化け物界では非常に有名だったのだ。そこにはある種の畏怖もあるし、だからこその信頼もある。
この人に任せておけば大丈夫だろうという、そう言う感じである。
やっぱりミナがギャンギャン騒いで、やっぱりアンジェロとヴィンセントに突っかかる。
「もー! 二人とも酷いよ! 私に対する扱いが酷い!」
「そんな事を言われても……なぁ」
「そうですねぇ、こればっかりは」
そもそもアンタらのせいだろと隊員たちは思ったが、アンジェロとヴィンセントは困ったように顔を見合わせる。二人はやれやれと溜息を吐いて、ヴィンセントがミナの頭を撫で、アンジェロがミナの手を取る。
「私はお前を弟子として随分可愛がってやったつもりだがな?」
「う、そ、そうですけど……」
「俺はお前を妻として大事にしてるぞ?」
「そう、だけど……」
「「まだ足りないか?」」
「……そんなこと、ない」
ただでさえ小さい体を、余計に小さくしてミナは大人しくなってしまった。それを見て隊員たちはアチャーと思う。
(また大尉が言いくるめられてる)
(大尉がチョロすぎる)
(あの人あんなチョロくて大丈夫か)
(絶対その内変な奴に騙されるぞ!)
(大尉! 知らない人についてっちゃダメだぞ!)
(変な奴に騙されて裏切ったりしないかな)
(なんか心配になって来た)
(将軍、大佐、ちゃんと大尉を見張っててくださいよ!)
なんだかハラハラしだした隊員たちを見渡して、一応軍上層部に籍を置くことになったアレハンドロが誰ともなしに呟いた。
「この軍、大丈夫か?」
隣のクリスティアーノが半笑いで返した。
「大丈夫です」
「そうかぁ?」
「はい、慣れますよ」
それは大丈夫じゃないんじゃないか、と思ったが、アレハンドロは大人なので黙っていた。
「あ、でも」
クリスティアーノが続けたので、アレハンドロがクリスティアーノを見ると、やっぱり半笑いで言った。
「大尉の「魅了」には気をつけた方がいいですよ」
ヴァンパイア族は魅了という能力がある。アレハンドロも記憶にある。ヴィンセントが女を口説くときや、人を操ったり服従させるときに使っていた。
それを思い出していると、クリスティアーノがやっぱり半笑いで溜息を吐く。
「伯爵……いえ、将軍はちゃんと意識して使うのでいいのですが、大尉は無意識に魅了を振りまくので」
「……それはヤバイな」
クリスティアーノはどこか遠い目をする。
「大尉の魅了に引っかかったら、なんだか放っておけなくて面倒を見てやらなきゃいけない気がして、ワガママに振り回されても、すごく懐かれるのでまぁいっかと思ってしまうんです」
「なにそれこわい」
仲間内では「父性の目覚め」と呼ばれるミナの魅了。完全なる振り回され属性と化してしまったのが、クリスティアーノが視線を送る、軍のツートップである。
ついにアレハンドロも遠い目をする。
「あぁ、どうりでヴィンセントが丸くなったと思ったら……」
「少佐も気をつけてくださいね。あの二人は「なんだかんだ言いつつ面倒見てやってる俺」「振り回されても愛情深い俺」に酔うという、最終段階までいってますから」
「なにそれこわい」
そんなのは自発的に服従する奴隷だ。なんと恐ろしいヴァンパイアの魅了。残念な娘かと思っていたら、流石は不死王の愛弟子だ。師匠すらも魅了してしまうとは、恐ろしい成長を遂げているものである。
そして、ミナが変な人に騙されやしないかとハラハラしだした隊員たちを見て、やっぱりこの軍大丈夫じゃない、とアレハンドロはドレスブラックのブラックっぷりに恐れおののいた。




