篠崎幸生の場合 その3
香保理の母親は、娘が実の父親である夫に性的に弄ばれていることを知りながら、家庭を守る為と考えて敢えてそれを止めさせようとしなかった。こんなことが表沙汰になってしまっては家庭が壊れてしまう。だから娘さえ我慢すれば全てが上手くいくと考えていた。
結果として娘の心は壊れてしまい、自身もついぞ子を産んだ母親として満たされた気持ちになることもなく、結婚したことも子を生したことも生涯にわたって肯定的に捉えられるようにはならなかったようだ。
そしてそんな女を妻とした幸生も、当然の如く幸せになどなれなかったのである。
己の娘を弄って一時の性的欲求を満たしてすっきりした気分になっている瞬間を除いては。
ただ、そんな彼でも、香保理の母親よりは娘のことをいくらかは大切に想っていたのかもしれない。
何しろ、自分が両親にされて嫌だと感じていた、<暴力による支配>は、自らの娘に対してはなるべく避けようとはしていたのだから。
「どうだ?。痛くないか?。気持ちいいか?」
と何度も声を掛けて反応を確かめつつ性的な快楽によって娘の気持ちを操ろうとしたのも、実は彼なりの<優しさ>だったのかもしれない。香保理が四歳の時に悪戯を始めて時間をかけて彼女の性的な感覚を<開発>し、十一歳の時にようやく最後まで行ったのも、方向性が歪んではいるが確かに娘を気遣ってのことだったのだ。もっとも、それが認められることは決してないが。
また彼は、カミナリ族として暴走行為で他人を危険に晒し騒音で迷惑をかけ、その上ケンカによって己の地位を築き上げたという蛮行を武勇伝として自慢げに語る両親の振る舞いも毛嫌いしており、その真似もしようとはしなかったようだ。彼も、自身の両親を反面教師として何とかしようと努力はしたつもりだったのだろう。自分自身の行為を客観的に顧みるという部分が致命的に足りなかっただけで。
なお、息子も孫も亡くなった現在でも幸生の両親は存命だが、香保理が生まれた時点で既に他人以上に疎遠となっていた。だから自分達の息子が孫娘に何をしていたかなど知る由もなかった。もっとも、たとえ知っていたとしても果たしてどれほど孫の為に動いたかいささか疑問ではある。
篠崎幸生。飲酒運転により歩道に突っ込んできた自動車に撥ねられて死亡。享年、四九歳。死因、脳挫傷及び全身打撲。
自らを省みることで幸せを得る方法を探ることを怠ってきた愚かな男は、結局、実の娘からも妻からも自身の実の両親からさえその死を悼んでもらえることなく、更に娘も亡くなり自由を得た妻が過去の一切を切り捨てたことで遺骨を納めた墓すらも誰からも顧みられなくなり、数十年後には無縁墓として処理されることになるのだった。




