小平治の場合
「JC邪神の超常的な日常」のクォ=ヨ=ムイが人間として転生を繰り返していた時の一人、小平治の話です。
小平治は、人足である。人足とは簡単に言えば力仕事を主にこなす労働者のことであり、小平治もまた、そういう労働者の一人だったということだ。
本来は農民なのだが、農閑期などに出稼ぎという形で土木工事などに就いていたのがこちらの方が稼ぎが良いということで定着してしまった感じだろう。彼の家には兄が二人おり、畑の方は兄二人とその子供達がいれば問題ないということで、小平治はそのまま人足として働くこととなった。
「俺は村に帰る気もねーしなあ」
日銭を稼いで酒を飲んで女を買って、楽しく暮らせればそれでもう十分だった。出稼ぎも元はと言えば体の良い口減らしに過ぎない。だから適当に生きて適当なところで死ねればいい。
その程度に思っていた。
だがある時、そんな小平治の前に一人の女が現れた。女の名は<てゐ>。小平治が住んでいた村からそう遠くないところの村から、口減らしとして遊郭に売られたのだという。しかし、てゐの器量があまりにも酷くて売り物にならないということで店からも見放され、今はお茶屋の裏稼業として客を取る毎日だった。遊郭以外でのそういう商売は本来は固く禁じられているのだが、いつの時代にも法の目をかいくぐる輩はいるということだ。
見た目にはそれほど酷い訳ではない。ただ、<頭の出来>の点があまりにもあまりだったのだ。女郎としての仕事は覚えられない、客とまともに会話すらできない、箸も使えない、犬の方がまだ利口じゃないかと思われるほどであった。
要は、脳障害に伴う重度の学習障害だったのだと思われるが、この頃にはそのような医学的知識のある者がいる筈もなく、親も始末に困り、かと言って自分で手にかけるのも忍びなく、まあ体だけならまだ使い物になりそうだと、命を長らえる意味もあったのかもしれない。
そんな訳で、それこそまともに客あしらいもできない彼女は二束三文で客を取っていた。だから小平治も、懐具合が寂しい時には、てゐを買って手軽に済ませた。
それだけの関係だった。どうせ別に珍しい話でもないから同情もしなかった。
が、てゐが同郷だと知ると、小平治は金に余裕があっても彼女のところに通うようになった。何となく、ただ何となく、郷愁のようなものを感じてしまったのかもしれない。
「てゐ、おめえ、幸せか…?」
「あ~? けはははは…!」
小平治が問い掛けても、てゐは意味のある返事を返すこともなく、彼女にできる唯一の媚びを売る手段である、まるで知性の感じさせない笑顔を彼に向けたのだった。
だがある時、茶屋の店主が目を離した隙に彼女は店から勝手に抜け出してしまい、たまたま通りがかった武士の目の前で突然しゃがみ込んでそこで小便を始めてしまった。彼女にしてみればただもよおしたから当たり前のこととしてそうしただけだったが、当然、その武士は愚弄されたものだと激高し、その場で彼女を<無礼討ち>として切り捨ててしまったのだった。
何かに引き寄せられたのか、たまたまその場に居合わせてしまった小平治は、それを見た瞬間、頭の中で何かが弾けるのを感じた。そしてもう自分でも何をしているのか分からないうちに、仕事で使っていた大きな木槌を、一切の手加減なく、渾身の力を振り絞って、てゐを切り捨てた武士の頭に背後から振り下ろしていた。
ごしゃっっ! っという手応えと共に、その武士の頭は半分ほどにまで凹んだという。即死だった。
「てゐ、おい、てゐ…!」
「…あ~……」
血まみれで倒れ伏した彼女を、小平治は抱き起した。まだ辛うじて生きてはいたものの、誰の目にも手の施しようがないのは分かるものだった。その中で彼女は、最後の力を振り絞って、媚びを売るように笑顔を作ってみせた。
「てゐ……」
自らの腕の中で喪われていく命を、小平治はどうすることもできずにただ抱き締めたのであった。
その後、小平治は役人に捕らえられ、殺人の罪で有罪となり、斬首刑を申し渡された。
ちなみにこの時、てゐを切り捨てた武士も、無礼討ちにしなければならないほどのことではなかったとして、本人は既に死んでいるが罰が下され、家禄が取り上げられ家はお取り潰しとなった。<切捨御免>などとも称され、武士に与えられた特権のようにも思われがちの無礼討ちではあるが、実際には一時の感情で易々と切り捨てても良いものではなかったのである。
そして、てゐを切り捨てた武士を殺した小平治に対する刑も執行された。
この時、小平治は死を恐れるどころか、「やっとこれで楽になれる」と笑ったという。
人足の小平治。享年、三十二。死因、斬首刑。
何の為に自分が生まれてきたのかを見付けることができずに、自堕落に刹那的に享楽的に生きた彼が最後に残した言葉の意味を知るものは誰もいなかっただろう。
また、彼の墓はその辺りに落ちていた石を適当に墓石代わりに立てられただけのものだったが、同じようにして作られたてゐの墓の隣に作られたのは、せめてもの慰めだったのかもしれない。




