レイレーネ・ハルファレギスの場合 その4
<蟲毒の行>は根本的に欠陥を抱えた儀式であった。その最たるものが、
<生き残った者が勝ちである>
という部分だろう。そう、どんな手段を用いようとも最後に生き残ればそれでいいのである。
無論、戦いには策を弄することも必要だ。力で勝てない相手には搦め手で臨むことも正当な手段とは言える。だがそれは、搦め手が通用する相手での話である筈なのだ。人間同士の争いなら確かに有効ではある。しかし、彼女らが本来戦うべき相手とされている<邪神>には、それは意味がない。邪神を退けるには、結局、力で圧倒するしかないのだから。
これはつまり、人間では邪神には勝てないという意味に他ならない。彼女らの努力も犠牲も、すべてが無駄なのだ。彼女らはこの二年後、それを思い知らされることとなる。
が、今の彼女達にとっては目の前の状況に力を注ぐしかなかった。
レイレーネの回復魔法により力を取り戻したヘルミは、一切の出し惜しみをしなかった。どうせ生き残る必要はないのだから、力を残す意味もない。彼女の目的はいつしか、底辺を生きてきた自分の人生を一発逆転させることではなくて、自分を認めてくれた者の心と記憶に残ることになっていた。何故なら、全力を振り絞り戦ったことで、自分の限界がはっきりと見えてしまったのだ。
『オレはもう、これ以上強くなることはできない……生き延びたとしても、結局、今以上の魔法を身に付けることはできないってことを思い知ったよ……』
全ての力を振り絞る為に己の根幹部分にまでアクセスしたヘルミだからこその悟りだった。己のありとあらゆる部分を覗いてかき出して調べ尽くして、もうどこにも新しい力など収められる部分がないことを悟ってしまったということだ。
「レイレーネ……オレは、お前みたいな綺麗事を並べる奴が嫌いだ。他人に優しくしたら見返りが貰えると思ってる奴が嫌いだ。だがお前みたいな奴じゃないと、オレのことを覚えててくれないんだろうなっていうのも実感としてあるよ……
オレはどうやらここまでみたいだ……生きてくれ、レイレーネ……」
自分とレイレーネを除く最後の一人を倒し、ヘルミは力尽きた。
「ヘルミ…!」
もう、頭を持ち上げる力すら残っていないヘルミを抱き締め、レイレーネは微笑んだ。だがそれは、邪神もかくやという、あまりにも恐ろしく禍々しい笑みであった。
「ありがとう、ヘルミ……これが、あなたへの心からのお礼よ」
自分の体を包み込むおぞましい悪意を感じた瞬間、意識を失いかけていたヘルミは、最後の力で、自分を見詰めるレイレーネの顔を見て、悟ってしまったのであった。
自分が利用されたことを、彼女にとって自分はただの捨て駒の一つに過ぎなかったことを、例え自分のことを覚えていたとしてもそれは愚かで間抜けなお人好しとしてでしかないということを。
『レイレーネぇ…貴様ぁぁあぁぁ……』
この世のあらゆるものを呪いながら、ヘルミの意識は何もない真っ暗などこでもない場所へと沈んでいったのだった。
こうして、この年の蟲毒の行は、レイレーネ・ハルファレギスの勝利で幕を閉じた。物心ついた頃からすでに他人を欺く術を身に付けていた彼女は暗殺者としての才能を発揮し、それに則した新たな魔法を身に付けていった。
だが、それから二年後、彼女が先輩として優しく接していた一年後輩のキオリ・アカシマデとチアキ・ニイザキが邪神クォ=ヨ=ムイと共に再び現れ、魔法の国は未曽有の危機に陥ることになった。
無論、レイレーネも魔法使いとして邪神を討ち滅ぼすべく戦ったが、他の魔法使い達と同じく意識を失い、そして、邪神の降臨を機に現在の体制を打倒するべく蜂起した人間達によって無残な死を遂げることとなったのであった。
ヘルミッショ・ネルズビーイングァ。蟲毒の行でレイレーネを守り通したものの最後の最後で彼女の裏切りにより死亡。享年、十六歳。死因、レイレーネが掛けた死の魔法による心不全。
なお、ヘルミは下賤の民として蔑まれてきた種族の出身であった為になかなか入学が認められず、三年遅れで入学したことでこの年齢まで生き延びることになった。
レイレーネ・ハルファレギス。蟲毒の行を生き延びるも、その後に起こった邪神の降臨とそれに伴って発生した、現体制に不満を抱く者達の武装蜂起の最中、反体制派の集団リンチにより死亡。享年、十七歳。死因、外傷性ショックによる心不全。
手段と目的をはき違えた狂信の果てに、魔法の国は自ら邪神の降臨を促す結果となり、全人口の九九パーセントを失い滅亡することとなった。邪神クォ=ヨ=ムイにとっては、体制派だろうと反体制派だろうと関係なかったのである。




