レイレーネ・ハルファレギスの場合 その2
「<蟲毒の行>では手加減しないぞ…。悪く思うなよ」
魔法の実技の授業の後、レイレーネを打ち負かしたヘルミが背中を向けたままボソリとそう言った。だがレイレーネは優しく微笑んだだけだった。
「ええ、それでいいわ。あなたには生き延びてもらいたいから」
その言葉を背に、ヘルミは黙って教室へ戻っていった。
ヘルミにとって蟲毒の行は、恐ろしい儀式であると同時に、這い上がる為の絶好の機会でもあった。下賤の輩と蔑まれる自分がまっとうな人間として扱われるようになるには、魔法の才能を見せつけるしかないからだ。蟲毒の行を生き延びることは、底辺を生きる者にとってはそういう意味もある。まさに一発逆転の好機なのだ。
だからヘルミは、執念さえ感じさせるほどの集中力で魔法を学んだ。他の同級生のようにのんびりと構えていてはそれこそ追いつかない。その鬼気迫る様子に、周囲は恐怖さえ感じたという。
だが、不思議なことに、そんなヘルミでもレイレーネの前でだけは、ほんの少しだが安らいだような様子を見せたのだった。
そして蟲毒の行当日。ヘルミは、緊張のあまり青白い顔をしつつも決意を秘めた目を真っ直ぐに正面に向けていた。彼女以外の参加者の殆どは、今にも泣きだしそうな顔をしているか、逆に心を失くしたかのように無表情になっているかのどちらかだというのに。ただ、唯一、レイレーネだけは何かを悟ったかのように穏やかな顔をしていた。覚悟を決めたということなのだろうか。
半径一キロの球状の結界。それが、蟲毒の行の舞台だった。しかしそこは、水も食料もなく、時間の経過と共に酸素も失われていくという極限の環境だった。そこで子供達は、最後の一人になるまで殺し合うのである。何時間でも、何日でも、何ヶ月でも。
魔法によって水や食料の欠損はある程度補うこともできる。空気中の水分などを変換することで水を得、僅かに生えている植物などを栄養に変えることも不可能ではない。実際、そのようにして生き延びようと試みる者もいる。だが、最後の一人にならない限り解放されることは決してない。最後の一人になった瞬間に結界は解かれ、その一人はたとえ瀕死の重傷を負っていようとも回復させられ、次のステージに進むことになる。さらに強力な魔法を学ぶことになるのだ。
ただし、どのような形で最後の一人になるまで生き延びるのかは、完全に子供達に委ねられているのだった。
そんな中、ヘルミは出会った相手を片っ端から容赦なく、殺していったのであった。




