プリムラ・テリェトーネリアの場合 その2
<蟲毒の行>。
それは、百人の魔法使い見習いの子供達を戦わせ、生き残った一人に更に強力な魔法を学ばせるという試練である。そう、こちらで言えば中学生くらいの子供達を殺し合わせるということになる。
こちらの常識では異様なことだと感じるだろう。許されない悪習だと思うだろう。しかしこれは、この魔法の国では何百年も続いた正当な儀式なのだ。それを否定することは、この国では社会的な死を意味する。
蟲毒の行を回避する方法もない訳ではなかった。そもそも魔法の才覚が一定水準に満たない者は魔法学校に入学することもできず、結果として蟲毒の行に参加すること自体ができなくなるのだが、それは同時に人間として認められないということも意味していた。生涯最下級最底辺の忌仕事にしか就けず、そのような血筋は残しても意味がないということで結婚もできない。子供を残すことも許されない。そもそも寿命を全うできることも稀だった。
なお、そういう者達が就ける仕事で一番マシなものが、性奴隷である。男も女もだ。蟲毒の行を生き延びた者達の性的な慰み者として生きれば、万に一つの割合として寵愛を受けることもないこともないからである。他には、魔法医術の被験者か。ただしそれの場合はただの人体実験という面が強いので、時には人ならざる者に変異させられてしまうことも少なくない。そうなってしまうともう、それこそ使い魔として使役されて浪費されるだけだ。
一方で、魔法の才覚を持った者が蟲毒の行を回避する方法も実はある。こちらは逆に、それを行う必要もないくらいに飛び抜けて優れた魔法使いであると認められれば免除されるという形だ。故に、親達の中には我が子を生き延びさせる為に教師に賄賂を贈り、はたまた教師の弱みを握って脅すといった形で評価を捏造し、免除させるということを行う者さえいた。
しかしそれは賄賂や脅迫といった不正行為の横行を生み、それらを行えるだけの資力や権力を持った者達が優遇されるという構図を作り出し、結果として人心は乱れていったのだった。
だがそもそも、何故、蟲毒の行などという忌まわしい儀式を行うようになったのかと言えば、それはこの魔法の国そのものの成り立ちにルーツがある。この国は元々、<邪神>と呼ばれる厄災をもたらす存在を討ち滅ぼすことを目的として魔法を磨き、強力な魔法使いを生み出すことを目的として発展してきたからであった。




