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デッドエンドフェアリーテイル  作者: 京衛武百十
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佐吉の場合 その3

これから戦に向かう大事な身の夫に向かって『ばかやろう』と怒鳴る女房など、この頃の常識であればそれこそ夫から離縁を申し渡されて家を放り出されても仕方ないほどの不敬な行為だったのだろうが、ていがそういう女だということを承知の上で、いや、そういう女だと分かっているからこそ夫婦めおとになった佐吉さきちにとってそれはむしろ、女房らしい励ましだと感じて思わず顔がほころんだ。


「そうだな。お前の言う通りだ。家に入れてもらう為にも手柄を立てないとな」


さすがに突然の癇癪には驚いてしまったが、変にしんみりとした感じになるよりはよほど気持ちが楽になった。


それでいて身が引き締まるのも感じ、彼は足取りも軽く戦へと向かった。


福島正則の軍勢の中で槍を手にその時を待つ。恐怖の為に悲壮な顔つきとなった者が多い中で、何度目かの戦である佐吉の顔はむしろ晴れ晴れとしたもののようにも見えた。


「いざ、駆けよ!」


佐吉がいた集団のまとめ役だった武士がそう叫び、弾かれるように全員で突撃した。相手方の足軽や雑兵も同じように突っ込んでくるのが見える。その中でも佐吉は、自分の頭がこれまでにないほどに澄んでいるのを感じていた。恐怖も気負いもなく、手にした槍は羽のように軽く感じられた。


それだけではない。敵の動きが酷くゆっくり見え、遅れて動き出しても相手よりも早く自分の体が動いた。槍で一突きするだけで面白いように敵が倒れていく。


『いける!。いけるぞ!!』


この時の佐吉は、いわゆる<ハイ>状態にあったのだろう。それまでの経験に加えて女房の励ましなどの要素が絡まり合い、彼の持つ能力が完全に余すところなく発揮されていたのだと思われる。


何人もの雑兵や足軽を討ち倒し、これまでの戦の全てを合わせたよりも多くの敵を退けた。そこで佐吉は、足軽や雑兵ではなく、明らかに丁寧に設えられた立派な具足を纏った若い<武士>を標的に捉え、挑みかかった。


その武士は太刀を構えていたが、具足はやけに綺麗でしかも顔つきもあどけなさが残る程だった。おそらく中級武士あたりの子息で初陣なのだろう。動きも悪い。その上、こちらは槍である。武器としても圧倒的に槍の方が有利なことを佐吉も知っていた。だから今の自分なら十分に勝機があると踏んだのだ。足軽の自分が中級武士を討ち取ったとなれば十分な武功になる。そして佐吉は躊躇うことなくその若い武士目掛けて槍を突き出したのだった。


「がっっ!!」と声を上げて、その若い武士の体が崩れ落ちていく。これ以上ない手応えがそこにあった。


『やった!!」


思わず声に漏れそうなほどの高揚感が彼の肉体を包んでいた。


だが―――――…。


若い武士を討ち取ったという事実に酔いしれてしまったことで、意識が散漫になってしまったのだろう。突然、彼の脇腹に焼けるような衝撃があり、体が大きく傾いた。


「…え……?」


視線を向けた先に、敵の足軽らしき若者が必死の形相でこちらを見ているのが捉えられた。その若者が手にした槍が自分の腹を深々と捉えていることに気付くと当時に、すとんと腹から下の力が抜けた。


その場に膝をついた佐吉の目が最後に捉えたのは、自分の方に突っ込んでくる何人もの足軽や雑兵の姿であった。




樫木村の佐吉。享年、二五歳。死因、出血性ショックによる多臓器不全。


武功を上げ家族に良い暮らしをと望んだ足軽の青年は、天下分け目の合戦と呼ばれた歴史に残る大きな戦に参加しながらも名を遺すことさえなく、それでいて女房と子供を残し、戦場に屍を晒すことになったのであった。




なお、佐吉を喪ったていは、佐吉の母と二人の子供を養う為に昼も夜もなく働いて、四十を前に体を壊し呆気なくこの世を去った。佐吉の母も、この前年に病で命を落としている。また、二人の子供については、ていが戦には行くなと懇願したことから母の言いつけを守り、生涯畑を耕して過ごしたそうである。



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