エイドリアン・メルケルの場合 その1
「JC邪神の超常的な日常」のクォ=ヨ=ムイが人間として転生を繰り返していた時の一人、若きドイツ軍人エイドリアン・メルケルの話です。
エイドリアン・メルケルが生まれたのは、一八九二年四月だった。騎士の流れを酌む軍人の家系の次男として生まれ、厳格な両親の下、長男である五歳年上の兄に引き続いて軍人となるべく鍛錬に励んでいた。
非常に生真面目で愛国心に溢れ軍人としての適性は高いように思われたが、心技体全てにおいて同じ年齢だった時の兄が彼を大きく上回っており、彼はいつも優秀な兄と比べられていたようだ。
そんな兄を尊敬しつつ、同時に強い対抗心を胸に秘めていたのも事実である。その彼を陰ながら応援し支えてくれたのは三歳年上の姉のイゾルデだった。
「あなたは決してアンゲルス兄様に劣っている訳ではないわ。あなたには兄様にも負けない強い心がある。あなたは兄様と共にメルケル家を支えてくれる立派な人になるでしょう」
兄と比べられて落ち込むたびに、彼女はそう言って彼を優しく励ましてくれた。しかし、彼の心の支えであった姉は結核に罹患。遠く離れた療養所で闘病生活に入った。
闘病中も絶え間なく手紙でエイドリアンを励ましてくれたイゾルデだったが、治療の甲斐なく、彼女は十九歳という若さでこの世を去った。
「そんな…、姉上……!」
愛していた姉の訃報に彼は打ちひしがれつつも、姉の思い出を胸に、より一層、研鑽に励み、兄に引き続いて軍への入隊を果たした。
『姉上、見てくださっていますか?。ようやく僕も軍人になりました。これからもあなたの為に務めを果たしてまいります…』
真新しい軍服に身を包んで姉の墓標に向かい、彼は心の中で誓いを新たにしていた。
ただ、彼女がそうまでして彼を励ましてくれたのは、姉弟だからという以上の理由があった。エイドリアンは知らなかったのだが、実は姉のイゾルデは、兄のアンゲルスから長らく性的虐待を受けており、彼女は兄のような人間がメルケル家を継ぐということについて強い懸念を抱いていたのである。
とは言うものの、このことが明るみに出れば家の名誉に傷が付く。そこでイゾルデは次男のエイドリアンを優秀な軍人に育て上げることで、相対的にアンゲルスの存在感を減らし、いずれ家督をエイドリアンにという狙いがあったのだ。
しかしその狙いはアンゲルスに見抜かれており、あろうことか兄は自身の妹を結核に感染した貧民に襲わせ、その心を折るか結核に感染させて家を追い出すかと企んだのである。
結果、イゾルデの心を折ることはできなかったが、彼女は結核を患い、家を出て遠く離れた療養所で病と闘うこととなった。それでもなおイゾルデは諦めることなく、エイドリアンを励ますことで目的を果たそうとしたのであった。




