ブリギッテ・シェーンベルクの場合 その5
『熱っっ!!?』
突然、腹に熱した鉄の棒でも押し付けられたのかと感じ、ブリギッテは声を上げようとした。なのに声が出ない。何かで口を塞がれているのに気付くと同時に、腹に感じたそれは熱さではなく痛みだと分かってきたのだった。
だが、今度は、痛いなどというどころではなかった。脳を焼かれるかのような激しい痛みで今度は意識が遠のきかける。何が起こっているのか理解できず、彼女はパニックに陥っていた。
恐らく三十秒ほどしてようやく状況が理解でき始めると、自分に覆いかぶさるように誰かが、おそらく黒っぽい服装をした男がそこにいて、手で口を塞いでいるのだと分かった。しかし痛い。腹が途方もなく痛い。しかも、痛いだけでなく何か異様な違和感もあった。パニックになった頭でなんとかそれを理解しようとした彼女は、ぬるりとした液体で腹が濡れているのだということに気が付いた。さらに男の手が腹をまさぐっているのにも気が付いた。
『いや…!、やめて……!』
彼女はまず性的に乱暴されようとしているのだと考えて身を捩ろうとした。すると鋭い痛みが体を引き裂かんばかりに走り抜ける。殴られたとかという痛みとは根本的に違う鋭利な痛み。
『まさ…か……?』
ここに来てようやく、混乱を極めていた彼女の脳裏に一つの考えが浮かんだ。浮かんでしまった。決して考えたくなかったおぞましいそれに、ブリギッテの顔が歪む。
だが、窓から差し込む月明かりで辛うじてシルエットだけが見えるその光景の中にあるものを、彼女は気付いてしまったのだった。
小さく短い指を備えた細い腕が動いていた。
『あ…、あぁ…。い…いやぁあぁぁああぁぁぁっっ!!!』
強く口を押さえられている所為で大きく声は出せないが、彼女はあらん限りの力で絶叫した。
『赤ちゃん…!。私の赤ちゃん……!!』
そう、月明りだけでは殆どシルエットしか見えないが、それは確かに赤ん坊だった。大きく切り裂かれた彼女の腹から伸びた臍の緒と繋がった、彼女の子。
『いや!、いやぁああぁぁっ!。やめてぇぇええぇぇえぇぇぇっっっ!!!』
口を塞がれたままそう叫んだ彼女の視線の先で、自分の腹の上に置かれた我が子の体が変わり果てていくのをブリギッテは見た。見てしまった。
男は、腹の中から取り出した胎児を腹の上に置き、手にしたナイフでそれを、まるで肉でも捌くかのようにためらうことなく切り刻んでいったのである。
そしてブリギッテ自身も、大量の出血により意識を失い、そのまま帰らぬ人となった。
ブリギッテ・シェーンベルク。享年、二一歳。死因、出血性ショックによる多臓器不全。
ようやく掴みかけた幸せを見ず知らずの殺人鬼に奪われた、痛ましい最期であった。




