生後2週間、魔王城の恐怖
さて、生後2週間だ――いつまでも肯定と否定の意志しか伝えられないのは問題である。
かといって下手にボディーランゲージの練習をすると、周囲があらぬ勘違いで暴走しかねないので、別の方法を考えてみた。
ずばり、文字による意思疎通である。
しかし、魔物の言葉は何故か理解できるが、文字もそうかなのかはわからない。
まず、本を探して文字が理解できるものなのかを確かめる必要がある。
そんなわけで本日は、本を求めて魔王城の探索を行います!
平面ではスルスルと地面を這い、段差があるところではぽよんと跳ねつつ、ゆっくりと慎重に進む。
角からいきなり魔物が飛び出してきて踏まれたりしたら大変だからね!
死なないために、スピードよりも安全重視だ。
ちなみにいつも私の周囲を取り巻いている魔物たちも、ぞろぞろと後ろからついてきている。一人になれる時間は、残念ながらないのだよ。
そうして探索を進めていると、何やらたくさんの魔物がいる開けた空間にたどり着いたのだが――おそらく、ここは食堂なのだろう。
嗅覚がないので、食べ物のにおいはしないが、たくさんのテーブルとイスがあり、魔物たちは皿の上の料理と向かい合っているようなのだが……
こ、これはいったい?
魔物たちは何故か揃いもそろって、料理を口へ運ぶこともなく一心不乱に料理を撫でているのだ。
確かにスライムである私は前にリビングメイル君にしたように触手で撫でて食べ物を消化することも可能であるが――基本的にはわざわざ触手を伸ばさず体ごと食べ物に触れて消化するが――スライムでもない魔物たちが揃いも揃って食べ物を撫でて消化できるとは思えない。
そこにいるオークとか、リザードマンとか……どう見ても撫でて食べ物を取り込めるようには見えないんだけど……あっ!吸血王まで!
私が吸血王の存在に気付くのと、吸血王が私の存在に気付くのは、ほぼ同時だった。
「魔王様!」
吸血王は実に嬉しそう私を呼んで、瞬時に傍までやってきて膝をついた。
ワープなのか、早すぎて動きが見えなかっただけなのかわからないけど、文字道り瞬時にだ。
その片手には料理を乗せた皿を持ったままだだから、料理が無事ならば前者の可能性が高いだろうか。
魔王になった影響かグロテスクに耐性はある――魔物の中には見た目がグロテスクなのも多いしね――ので、吸血王がどんなものを食べるのか興味本位でその皿の中身を見た。
プルプルと震える艶やかなクリーム色の――これは、プリンだ。
吸血王は甘党なのだろうか?そもそも、撫でて甘さがわかるものなのだろうか?
私の疑問を知ってか知らずか、吸血王は誇らしげな笑みを浮かべた。
「見てください、魔王様。このようにプリンを撫でても傷一つございません。」
そう言って吸血王はプリンをやさしく撫でて見せる。
確かに撫でられたプリンには、傷一つない。
けれどそれを誇る理由がさっぱりわからない。
「試練を確実にするために、魔王様に一つお願いがあるのです。聞いていただけないでしょうか?」
懇願の眼差しを向けてくる吸血王に、私は理由を探るためにも両触手でマルを作った。
「その……前に見せていただいた、セクシーポーズをもう一度見せていただきたいのです。」
……へ?
思いもしなかった要望に、私は思わず固まった。
セクシーポーズ――それは、疑問を示そうとして失敗した、ぽっちゃりボディをうみょーんと伸ばして先っちょを傾けた体勢のことを言っているのだろう。
そう察しはつく――つくのだが、あれはそもそもセクシーポーズではないのだ。あくまで、疑問をしめそうとしただけなのだ。
それなのに吸血王の要求を受けて、あの体勢をとれば、あれをセクシーポーズと認めるようなもの――ものすごく気が進まない要求である。
しかし、疑問を解決したければ……やらざるを得ない。こちらの疑問を伝える手段は未だ獲得できていないのだ。
覚悟を決めて、私はあのポーズを再現した。
それを見た吸血王は――「ああっ!」と、私のポーズよりよほどセクシーな声をあげて、ブルブルと震えながらもプリンを撫でている。
うん。とんでもなく美形なのに……とんでもなく気持ち悪い。
そのあまりに残念な姿にドン引きする私をよそに、吸血王は撫でていたプリンを確認すると笑い出した。
「フハハハハハ!ついに、ついにやったぞ!料理長!私に例のメニューを!」
そう声を張り上げた吸血王に応じるように、料理長と思われるオークが、大皿を抱えてやって来た。
銀のドームカバーで覆われていて料理は見えないが、周囲の魔物たちが注目しているところを見ると、特別なメニューなのだろう。
吸血王が席につき重々しく頷くと、料理長によってドームカバーが外された。
そうして姿を現したのは――丸みを帯び、透き通った淡い青色をしたゼリーのようだ。
っていうか、なんか形といい色といい私にそっくりな気がするのですが……。
「おお!魔王様と並べてみても実にそっくりだ!」
「さすが料理長自信作の『魔王様ゼリー』だ!」
……うん、やっぱり私をモデルにしているんだね。
「魔王様、魔王様っ!この私の雄姿を見ていてください!」
いつになく興奮した様子で吸血王はそう言って、魔王様ゼリーを先ほどのプリンのように撫で始めた。
魔物たちからは何故か歓声があがっているが――雄姿……これを雄姿と言うのか。
むしろドン引きなんですが……。
しかし、そんな私の心境を察してくれる魔物はおらず、吸血王はエスカレートする。
「フフフッ。フフフフッ。」
怪しい笑みをこぼしつつ、魔王様ゼリーに頬ずりまで始めたのである。
あー……折角の美貌がゼリーのせいでべとべとなんだが、本人はいたく満足気である。
なんで?と聞きたい。聞く口ないけど。
しかし、その疑問には吸血王が答えをくれた。
「見ましたか魔王様!御覧のようにゼリーは無事!繊細なゼリーを傷つけない完ぺきな手加減を私はついにマスターしたのです!これでお傍にお仕えできます!!」
そういえば確かに。確かに、吸血王は、力加減の練習中だと聞いてはいた。
聞いていたけども、まさかこんな方法だったとは知らなかった。
というか、知りたくなかったよ!
魔王城の食堂は、一心不乱にプリンやゼリーを撫でる魔物たちであふれている怪奇スポットのようである。
――って怖いよ!鳥肌モノだよ!――え?スライムに鳥肌がたつか?もちろん立ちませんよ、種族的にね!
やっぱり魔王城とは恐ろし場所である。人間だった頃の想像とは違う意味でだったけど!
名前:まだない(生後2週間)
職業:魔王
種族:スライム
Lv.1
HP 3/3
MP 3/3
【スキル】
ボディーランゲージLv.3 ※触手表現にて、肯定と否定だけは何とか通じる
【魔王様プリン】
見た目は普通のプリン。
ポイントはその柔らかさで、魔王様の柔らかさを忠実に再現している。
お手頃価格で、手加減の練習に最適。
【魔王様ゼリー】
魔王様の柔らかさと、その御姿を再現した至高のゼリー。
1日10食、おひとり様1日に1食のみの限定販売。
超高級食材を用いているため、値段は高い。
※魔王様プリンで手加減を覚えたら、
魔王様の魅力に我を忘れずきちんと手加減ができるかこのゼリーで最終確認を行うこと。