生後10日のマルとバツ
万歳誤解事件から3日がたった。
水龍の力によって魔王城周辺は三日三晩の集中豪雨に襲われ、お城の中もなんだか湿気でじっとりしている。
1メートル先すら見えなくなるほどの豪雨って――水龍は張り切って降らせすぎだと思う。
こんな状態を続けて大丈夫なのだろうかと疑問に思うが、それを伝えることもできず、私はお世話係のゴブリンに体を拭いてもらっていた。
別に拭いてもらわなくても汚れたりはしないみたいなのだが、存外これが気持ちよいのだ。
体を拭くタオルを濡らすのに、ポーションを使っているらしいので、その影響なのかもしれないが。
むふーんっ。気持ちいいわぁ。
気持ちよさのあまり体をふるふると揺らしていると、一体のリビングメイルが近づいて来た。
「魔王様。そろそろ豪雨によって近隣の地形に影響が出ており、このままでは我々魔物の生態系にも被害が及びかねません。そろそろ雨を降らせることをやめてもよろしいでしょうか?」
リビングメイルは他にも何体か見ているけど、その中でも一番強そうな禍々し漆黒の鎧を着ている一体だ。
いや、鎧の中身はないから、着ているという表現はおかしいか。
私は両触手を伸ばし、マルを作るように先端をくっつけて見せた。
――「いいよー」という意思表示だ。
私のボディーランゲージでも、良いか悪いかぐらいは何とか伝えられるのだ。
ここ三日の試行錯誤で、マルとバツだけはなんとか通じることが判明している。
え?他?……全滅でした。下手に動かない方がいいと悟ったよ、うん。
「ありがとうございます!」
鎧なので表情はないが、うれしそうなのは声色でわかる。
私もうれしい。
だって、別に雨を望んでなんかないし、度を越えた豪雨にいい加減止めたかったけど全然通じないし――むしろ早く誰かに、この提案をしてほしかったのだ。
肯定だけならできるからね。
とういうわけで、ありがとうリビングメイル君!
感謝を込めて触手を伸ばし、その兜を撫で撫でする。
するとリビングメイルは硬直――ただの動かない鎧と化し、周囲の魔物たちが騒めいた。
うむ。やっぱりこうなるか。
なんとなく予想はしていたので、驚きはなく、撫で続ける。
兜の凹凸のあたりが汚れていたから、綺麗にするつもりで念入りにだ。
こういう汚れはスライム的には食べ物のようなものだ。
味覚がないので美味しいわけではないが、こうしたものが体に触れると習性なのか消化を始めてしまう。
まあ、綺麗にもなるし、栄養にもなるようなので一石二鳥。
強くはないが、スライムはとってもクリーンな魔物である。
「きいぃぃっ!なんて羨ましいの!」
「俺も魔王様に撫でられたいぞ!」
周囲が大分煩くなってきたし、兜の汚れも取れたので触手を引っ込める。
高位魔族の地団駄で、魔王城の床が軋んでいるから、これ以上は危険だ。
とっても弱いし、言葉を発するわけでもないのに、魔王というだけで何故だか魔物たちは私のことが大好きすぎる。
謎の魔王人気のせいで、私に触れたくて触れたくてたまらないらしいが、私が弱すぎるが故に、強い魔物ほどうっかり殺しかねないため私には触れられない――ゴブリンが世話係に落ち着いているのもそのためだ。
そこで、私をうっかり殺しかけないくらいの強さがある魔物は、私と触れ合う場合は身動き禁止――すべては魔王様の成すがままにというのが、ルールになったらしい。
私が離れたことで、リビングメイル君もぎくしゃくと動き出した。
うん、彼(?)も私を瞬殺できちゃうからね。身動き禁止の対象なのだ。
「あ、ありがとうございます魔王様!もうこの兜は洗いません!」
いや、洗ってよ。
たとえ汚れが食事になろうと、不衛生な魔物に囲まれての生活なんて御免だ。
元日本人の感性がそれを許さない。
そんな思いを込めて、思いっきり両触手でバツを作った。
それを見た魔物たちの目がギラリと光った。
「よし、私が洗ってやるぞ!」
「いえここは、私が!」
「何を言うか、この俺だ!」
……いらない争いを生んだかもしれない。
リビングメイル君が自分で洗ってくれれば、それでよかったんだけどな。
遠い目を……――する目はないんだ、種族的にね。
名前:まだない(生後10日)
職業:魔王
種族:スライム
Lv.1
HP 3/3
MP 3/3
【スキル】
ボディーランゲージLv.3 ※触手表現にて、肯定と否定だけは何とか通じる