●魔王軍作戦会議
おどろおどろしい紫がかった雲に常に覆われた魔界の、赤茶けた大地に壮大に建つ巨大な城、魔王城。
黒と紫を基調としたその城の一角で、今まさに白熱した議論が始まろうとしていた。
「第九九八六四回魔王軍幹部会議、開催に異議のあるものはいるか?」
この長机と椅子とホワイトボードしかない部屋に、心の弱い人族ならば見ただけで失禁してしまうような恐ろしい力の持ち主たちがひしめいている。
声を出した男は長い銀髪をオールバックにし、赤い瞳をして背中からは蝙蝠のような翼を生やしていた。額で激しく自己主張をする角が恐ろしい。
その銀髪オールバックの男の言葉を聞いて直ぐ、青い肌をしたスキンヘッドの男が金色の瞳を文字通り光らせながら鱗に覆われた手を上げた。
「異議あり」
「では開催する」
「異議ありって言ってんだろうがッ!」
言葉を完全に無視された青い肌の男が粗悪な長机をたたいた。
「長机をたたくのを止めなさい魔王軍四天王が一人蒼き悪魔ゾディアック」
「なら異議を勝手に却下するのを止めろ魔王軍参謀長官ルシエル!」
魔王軍四天王が一人蒼き悪魔ゾディアックと呼ばれた男が魔王軍参謀長官ルシエルと呼ばれた男を睨むがルシエルは知らん顔をする。
「ならば言いますが蒼き悪魔ゾディアック、あなたはここのところ毎回魔王軍幹部会議の開催に異議を唱えていますね。和を乱して楽しいのですか?」
「そういうわけじゃねえよッ!」
更に声を荒げるゾディアック。しかしルシエルは涼しい顔だ。
「この会議に意味がねえって言ってんだよッ!」
「止めないか蒼き悪魔ゾディアック」
「何故止める魔王軍幹部会議議長ダレンドル!」
ゾディアックを窘める魔王軍幹部会議議長ダレンドルと呼ばれたものは、黒いローブで全身を覆い魔王軍の誰もその赤く光る瞳以外の顔を拝んだことはない。
そのダレンドルを石化の効果を持った瞳で睨みながらゾディアックが押し殺したような声で言う。
「お前だってわかっているだろう…」
「何をだ…」
ダレンドルの瞳が光を強める。下手なことを言えばただでは措かないとばかりに。
だがそんなダレンドルの視線にもゾディアックは怯まない。
「もう人間軍は下しただろうがッ!何で会議を続ける必要があるッ!」
長机をたたき立ち上がりながら叫んだ。長机がミシ、と悲鳴を上げる。安物なのだ。
「ゾディアック!魔王陛下の御前だぞ!弁えないか!」
ルシエルの制止の声に、ゾディアックは一睨みを加えてから座る。
「確かに、人間軍は倒したね」
「賛同してくれるか魔王軍郵便局長ハルピュイネン!」
魔王軍郵便局長ハルピュイネンと呼ばれた女が妖艶に微笑む。
ハルピュイネンに腕はなく、代わりに翼が生えている。足も鳥のそれだ。
彼女の羽ばたきは疾風のごとく、夜付けの荷物を昼に届ける。
「確かに、魔族を諸悪の根源とする真なる光の勇者教団を打ち滅ぼし、無意義だった人間との戦争は終わった。だけどね」
ゾディアックを睨みつけるハルピュイネン。美女の睨みは怖い。
「人の感情はそう簡単には変わらないのだよ。彼らはほんの少し前まで、魔族とは人の女を見れば犯してから殺し、子供を見ればさらって生きたまま血をすするものたちの集まりだと信じていたのだからね」
「そんな酷い言われようだったの!?」
「魔王陛下!」
何を隠そう、この地の底から響くような耳にしたものに必ず畏怖の感情を抱かせる声を発した方こそ、魔王軍のトップにして魔族の王。魔王陛下その人であった。
深淵を封じ込めたように深い漆黒の瞳を持ち、深く刻まれたしわはその深謀遠慮の策を生み出す知性の深さを表す。こめかみからは二本のねじれた角が天を突くように伸びる。絹のような白く長い髪はダメージというものを知らない。
誰もが恐怖し敬意を抱く、魔王陛下その人であった。
「いや、悪く思われているのは知ってたけど、そんなに酷く言われてたんだ。へこむなぁ」
その尊顔に浮かぶ悲しみは、深い。
「というか、そんな危険な思考をしたやつらしかいなかったら国を作れるはずがないよね。余、そんな国民まとめられる自信ないよ」
「大丈夫です、陛下」
「ハルピュイネン…」
ハルピュイネンの穏やかな微笑が、陛下の心を癒す。
「人間は陛下がその筆頭だと思っていますから」
「何が大丈夫なの!?」
「陛下の好物はまだ胎内にある赤子、趣味は人間の恋人たちを殺し合わせて観戦すること。そう人間たちは信じておりますから」
「ぜんぜん大丈夫じゃないよね!?」
「ですから魔族から慕われ恐れられ、王として君臨している、と」
「そんなやつ、慕っちゃだめだよ…」
陛下の御言葉は、か弱かった。陛下は俯き、尊顔はお隠れになった。
会議室の椅子の上で、魔王軍マスコット大賞受賞カーネイジスライムのグネグネが陛下を気遣いその赤黒く沸騰する体をくねらせるが、誰も気づかなかった。
会議室を悲痛な静寂が包む。
が、その静寂を破るものが現れた。
「よしっ!」
長机を叩きながら立ち上がったゾディアックだ。
会議に参加している全員が彼を見た。
長机は壊れた。
「ハルピュイネンの言いたいことは、わかった」
ハルピュイネンは微笑み、ルシエルは驚いたような顔で彼を見る。
ダレンドルは遅効性の石化の瞳で固まっていた。
「陛下に二度とこんな顔をさせないためにも、人間たちのイメージを払拭する方法を考えないとな!会議は必要だッ!」
熱い彼のまっすぐな言葉を受け、みなが肯く。
陛下もその尊顔を上げ、顔を輝かせた。
グネグネもその灼熱の体を激しく振るわせた。
椅子はこげ落ちた。
「第九九八六四回魔王軍幹部会議、開催に異議のあるものはいるか?」
ルシエルの言葉に手を上げるものは、今度はいない。
「それでは会議を始める。今回の議題は今年七〇歳になる陛下のお孫様に差し上げる誕生日プレゼントについてだ」
その日起きた魔族を二分する内乱、後に会議の乱と呼ばれるその激しい戦いの発端がなんであったかは、激しい戦火の中失われた。