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能力者アキとハル

作者: コメタニ

能力バトルものですが、いくぶんダイジェスト風味です。

サクッとお読みいただければ幸いです。

 夜更けの海岸は月もなく、闇のなかでただ波の音だけが聞こえる。断崖近くの大きな岩の影では、姉と妹が身をひそめ囁いていた。


「準備は出来た? ハル」


「もう少し待って、姉さん」


 妹は暗視ゴーグルを着け、懸命に本を読んでいた。


「もうすぐ奴が来るはずよ、急いでね」


「うん、わかった」


 姉妹は憎き敵の登場を待っていた。彼女らがこの海岸へ呼び出したのだ。そして敵もまた、彼女たちの所有物を欲している。かならずこの場に現れるはずだった。

 戦いを前にして、妹が悠長に本を読んでいる姿は事情を知らなければ奇怪に映るのかもしれない。だが、それが彼女たちの戦い方であり、能力なのだ。

 

 姉妹の父は科学者だった。人々は彼を天才と称える反面、その人知を超えた才気を恐れた。あるとき彼はとてつもない研究に着手した。それはまるでコミックや映画を思わせるもので、人々は、ついに彼がおかしくなってしまったと嘲笑し、哀れんだ。次第に孤立していった彼は、実の娘であるアキとハルを対象に研究を続け、そしてついに完成させたのだった。


 父が姉妹に与えた能力とは、妹ハルが読んだ本の内容を姉のアキが具現化させるというものだった。それは物理法則をも捻じ曲げる、まさに超能力といっていいもので、そのアイディアを聞かされた同僚の科学者たちが口元に皮肉な笑みを浮かべて嘲笑したのも無理もない話だった。


 だが、研究の初めての成功例であるだけに、その能力もかなりの制限があった。能力発動のプロセスが姉と妹の分担制であるのもそうだし、その発動時間も、妹が本を読み、イメージを描いてから10分以内という短いものだった。そして一番の制約は、一度読んで使ってしまった能力は二度と発動させることは出来ないというものだった。しかし、そのような制約があろうとも、その能力はまるで神のごとき力を持っていることに違いはなかった。


 ある日のことだった。姉妹の父はさらなる研究の成果をあげるべく、研究所で娘たちと共に実験を行っていた。すると、激しい爆発音がして建物が激しく揺れた。警報が鳴り響くなか監視カメラを確認すると、武装した一団が玄関を破壊し突入してくるようすが映っていた。父はこの時の訪れを予想していたのだろうか、慌てるようすもなく、両手を姉妹それぞれの肩に置くと静かにいった。


「アキ、ハル。お前たちはここから逃げるんだ。父さんのことは気にせずに奴らに捕まらないところまで遠くに逃げるんだよ」


「でも、それじゃお父さんが」


「私たちの力で、あんな奴らやっつけられるよ」


「たしかに、お前たちの力があれば、あいつらの何人かは倒せるだろう。でも、いずれ力押しされてしまう。お前たちが捕らえられてしまうのは父さんには耐えられないよ。それにアキ、お前には預けたい物があるんだ。お前の肩に埋めてあるマイクロチップには、父さんの研究のすべてが記録されている。それを悪い奴らの手から守って欲しいんだ。頼んだよ」


「それじゃ、お父さんも一緒に逃げようよ」


「それは出来ないんだ。ここに残ってデータを処分しなければ」


「そんな……やだよ、お父さん……」


 泣きじゃくるふたりを父はしかと抱きしめると、机の引き出しから一冊の本を取り出してハルに渡した。非常用にと用意してあった本だ。


「さあ、行くんだ。悪い奴らからお父さんの研究を守っておくれ」


 ハルは渡された本の、しおりが挟まれたページを開くと、泣きながら一節を読んだ。


「アキ、ハル、愛してるよ」


「お父さん!」


 アキはそう叫ぶと能力を発動させた。姉妹の身体はとたんに消え、次の瞬間、研究所を見下ろす山の斜面に現れた。しばらくふたりは泣きながら研究所を見つめていたが、やがてそこを後にしたのだった。


 ふたりは叔父のもとに身を寄せた。亡き母の弟であるタダシは政府直属で警察活動のような仕事をしていたが、その詳しい内容をふたりは知らなかった。姉妹の口から事のいきさつを告げられたタダシは憤り、そして義理の兄の死を心から悲しんだ。タダシは姉妹をわが子のように可愛がり、三人は穏やかで幸せな生活を過ごすのであった。


 ある日のことだった。叔父の部屋を掃除していたアキは机の上に積み重ねられていたファイルを何気なしに手に取った。それらには、能力を使う犯罪者が記されており、その能力はアキが研究所で目にしたものばかりだった。父が研究開発した能力に間違いない。アキは確信した、父の研究が悪の手に渡ってしまったのだ。そしてアキは、父の敵討ちを心に決めたのだった。



「あそこ」


 アキは砂浜を指さした。暗くて定かではないが人影が動いたような気がする。ハルは暗視ゴーグルの眼でそちらを見つめた。


「うん、来た。ひとりだよ。気をつけてね」


 アキは身を屈めると、足音を忍ばせ砂浜を人影に向かってまっすぐに進んでいった。闇の中でも相手の姿を視認できる距離まで近づいたときだった、アキの全身を光が包んだ。


「うっ」眩しさにたじろぐ。とっさに身をひるがえし明かりをかわす。フラッシュライトの向こうに男の姿。逆光で顔は見えない。


「暗視装置を着けていなかったか。さすがだな」低い声で淡々と話す。


 アキは右半身が熱を帯びてきたことに気がついた。『まずい』立ち上がり駆け出す。

 ファイルの情報によれば、この男の能力は電磁加熱だ。簡単にいえば、目の前の空間を電子レンジの中のようにしてしまうのだ。まごまごしていれば、あっという間に丸焼きにされてしまう。


 男は悠々と歩いてアキの後を追った。淡々とした口調で、だが勝ち誇ったように話し続ける。


「何人かを倒して調子に乗っていたようだな。だが、俺は連中とは違うぞ。能力を使う隙さえ与えなければこんな小娘などこの通りだ」


 ジャケットの焦げる臭いを感じながら、アキは必死で走った。靴が熱を帯び、靴底が柔らかくなりつつあるように感じる。アキは波打ち際を走った。波に足をとられそうになる。すると、砂州の道にたどり着いた。はるか沖合にぽつんと浮かんでいる離れ島までまっすぐに続いている砂の道。アキは離れ島を目指し砂州の道を駆けて行った。


「あの島に逃げ込むつもりか? いい加減悪あがきはよしたらどうだ? 一思いに楽にしてやるぞ」


 男も駆け出した、砂州の道を進む。

 男がもう少しで離れ島に着くというときだった。アキは、砂州の道が終わる所で突然足を止めると仁王立ちになり男を待ち構えた。


「ほう、観念したか。いい心掛けだ。せめて苦しみが少ないようにしてやるぞ」


 アキの全身が赤くなり、焦げ臭いにおいが漂い始めた。アキは苦痛で顔を歪ませた。

 そのときだった。突然男の両側から高波が襲った。波はあっという間に男を飲み込むと、激しくうねりを上げ、やがて静かになった。砂州の道は海の底に消え去り、海面はさきほどよりも数メートル高い位置になっていた。


 アキはその場にへたり込んだ。はあはあと荒い息をしている。すると、波間を進んでくる小さな明かりが目に入った。ゴムボートでやってくるハルだった。アキは座ったまま手を振り声をあげた。


「おーい、こっち、こっち」


 アキがゴムボートに乗り込むと、ハルがいった。


「無事だったようね、よかった。渡り切る前に能力が切れたらと思うとひやひやだったわ」


 アキは男と対峙する前に、すでに能力を使っていたのだった。海を割る能力を。


「闇夜に助けられたわね。あいつに気がつかれずに済んだわ」


 アキは真っ暗な夜空を見上げた。



 ゴムボートから砂浜に降り立ったふたりは、その場に並んで座り、勝利の余韻を味わっていた。とてつもない緊張からの解放と、疲労感に言葉は無く、波音に耳をすませていた。

 そのとき、能力者特有の悪寒を感じたアキは、反射的に身体を避けて叫んだ。「あぶない!」


 次の瞬間、バクンと大きな音がして、アキの左腕の服が引き裂かれ、二の腕の皮膚が剥ぎ取られた。


「くっ」痛みが走る。


「なに!?」ハルが動揺して声をあげる。


「逃げて、あそこまで」


 アキは松林を指し示した。ふたりは駆け出す。すると再びバクンと大きな音がした。


「あっ」ハルが声をあげる。


 ふたりは松の木陰に転がり込み、耳をすませ、あたりを窺った。


 アキは左の腕をつたう生暖かい血を感じていた。手のひらがぬるぬるとする。腕全体がずきずきと疼き、血の臭いが鼻をつく。


「大丈夫だった?」アキはハルに聞いた。


「私は大丈夫だったけど……」ハルは肩から下げていたバッグを見せた。だが、それは下半分をすっかりと失っていた。まるで大きな獣に食いちぎられてしまったようだ。「本を全部もっていかれちゃった」


「ハルが無事だったらいいよ」アキはいった。


 そのようすにハルはアキの怪我に気がついた。「姉さん、その腕……たいへん……」


「大丈夫。表面だけだから」笑顔をつくり答えるアキ。「どこからだろう、わかる?」


 ハルは暗視ゴーグルを着けると松の影から浜を見渡した。「あっ、あそこ」崖の上を指さす。


 アキは目を凝らしてみるが、まったく見えない。崖のシルエットがうっすらと見えるだけだった。


「こっちに向かって来るよ」


「このままじゃやられる。とにかく逃げよう」


 ふたりは松林のなかを小走りに進んでいった。



 松林を抜けると、その先は岬に続く一本道だった。岬の先には小さな灯台が建っており、そのそばに一軒の建物がある。ふたりはその建物へと向かった。

 そこは幼稚園だった。古いほったて小屋のような小さな幼稚園。だが、手入れは丹念にされていて、そのようすから今でも使われているのが分かる。もちろん、こんな夜更けには人の気配はない。

 ふたりは扉のガラスを割り、鍵を外して中に入った。


 教室の灯りをつけてアキがいった。「とにかく本を探さないと」本棚へと向かう。


「でも、こんな幼稚園じゃ……」


「なんでもいいから探して。すぐにあいつが来るよ」


 ふたりは本棚を漁った。しかし、本は少なく、そのほとんどが絵本だった。本を取り出しては投げ出すをくりかえすふたり。


 ガシャーン。大きな音を響かせて教室と庭とを隔てていたガラスが砕け散った。アキは庭へ飛び出していった。


「姉さん!」ハルが叫ぶ。



 幼稚園の庭に男が立っていた。まるでレスラーのように大柄な男だった。


「ひとりだけか? まあいい、まずはお前からだ。もうひとりは、その後でじっくりと料理しよう」


 男は面倒くさそうにいった。


 バクン。大きな音がした。アキは身をひるがえした。滑り台の支柱の真ん中あたりが消えて無くなる。ズキンと腕が痛み、足を一瞬止めてしまった。そのとき再び音が響く。バクン。


『しまった』


 右のわき腹に痛みが走った。とっさに押さえると手のひらにぬるつく血の感触。

 教室からの光に半身を浮かび上がらせて、男はひやりと笑顔を見せた。


 そのときだった。アキの頭の中でハルの声が響いた。『姉さん、今よ』


 アキは大きく胸をふくらませ息を吸い込むと、男に向かって一気に吹いた。息はごおーっと轟音を上げ、土煙をあげながら渦をまき、男に向かって突き進んだ。窓という窓のガラスを砕き、ガラスの欠片を巻き上げる。教室の中では貼られていた絵やポスターが、ばたばたと煽られていたかと思うと、すべて剥がれて渦の一部となった。

 男は両足を広げ、手を前方に突き出して踏ん張っていた。すさまじい風圧と巻き上げられた小石やガラス片で身体中がずたずたに切り裂かれていく。やがて、その身体は風に耐え切れずに吹き飛ばされると、灯台にぶつかった。灯台は真っ二つに砕け、男の身体と共に遥か遠方の沖に飛んで行って見えなくなり、ばっしゃーんと海面に落ちた音が遠くから聞こえた。


 アキはその場にひざまずき、頭を地面に突っ伏したまま動かなくなった。


「姉さん!」ハルが教室から飛び出して、アキを抱きしめた。「大丈夫!? 姉さん」


「ふう」アキが息を吐きだした。「……大丈夫だよ……大丈夫」絞り出すような声でアキがいう「あと……何人倒せば……いいのかな……」


 ハルは、アキを抱きしめたまま大声で泣き出した。



 夜が明けた。ふたりは互いを支え合うように肩を抱えながら、ゆっくりと岬の道を下りていった。その姿を朝日が優しく照らしていた。

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