1話 美味しい紅茶をお礼に
いつもより少し長めです、メイン・アシスト・ライバルは大体登場したのでここからが本番の予定です
さくらがお礼をしたいと提案したら、美味しい喫茶店を知っているからそこでと、海がセッティングしたお店『月見草』に美伶たちはやってきた、店内はやや照明が暗めで、お洒落というよりは落ち着いたお店といったところだ。
「いらっしゃいませ、2名様でしょうか?」
「後で3人来ます」
丁寧な言葉遣いをした、美伶たちの親より少しだけ若い壮年の男性が接客をしてくれた。
「──もしかして、中上様の知り合いでしょうか」
「? はい、このお店で奢ってくれと言われて」
すると男性はニッコリ笑って、案内してくれた。
「中上様にご予約していただいたので、どうぞこちらへ。──今回は当店自慢のドリンクをサービスさせて頂きます」
「……結構です、それだとお礼の意味がなくなるので」
「では、次回来店してもらった時のサービスにさせて頂きます」
ここまでサービス提供を粘るウェイターに美伶は驚いた。
「どうしてそこまでするんですか?」
「恩人が招き入れたお客様に、悪い人はいませんでしたので。──経営的には常連客を増やそうとする一環としてです」
「経営者の本心が出ましたね……」
男性はさくらのツッコミを笑顔で流し、メニュー表を渡した。
「それでは、どうぞごゆっくり」
男性が去っていくと、ちょうど店の扉が開いた。
「服部さん、もう来ているか?」
「ええ、井領様、あちらの席に案内しました」
秀章・海・聡成の3人組が少し遅れてやってきた、美伶たちを見つけると、挨拶をして席に座った。
「今日はわざわざありがとう、海が味にはうるさいから指定してもらったけど、大丈夫か?」
「ううん、お店の雰囲気が気に入ったから安心して」
「基本的に全部美味しいけど、ここに来て紅茶を頼まないのは、カレー店でカレーを頼まないのと同じだよ、今までの紅茶が飲めなくなった人が出た位美味いから」
「そ、そう……だったら頼むよ──すいません、紅茶5人分お願いします」
海の力説に圧倒されて、全員紅茶を頼んだ。
「あ……あの、……カバンを取り返して頂いてありがとうございます」
「いやいや、困っている人がいたら助けるのは普通だって」
「そうだね、僕に関して言えば取り返してもいないし、お礼されるとちょっと恐縮しちゃうね」
「それに、わざわざ場所を指定するなんてずうずうしい頼み聞いてもらっている訳だからお互い様だ」
ちゃんとお礼を言えた事と、何気ない会話でもちゃんと成立した事に、美伶は安堵の表情を浮かべた。
「それにしても、井領さんと氷見さんはにはカバンを取り返してくれましたし、中上さんにはさくらの治療をしてもらいましたが、3人は何をされているんですか」
「俺と氷見がアメフト部の仲間で、中上は知識が豊富だから暇な時に部活の手伝いをしてもらっている関係で、応急処置とか上手い」
「そ…そうなんですか、あ、あの……アメフトってどういうスポーツですか」
「全体で100ヤードの長方形フィールドで陣地までボールを持っていって、11人対11人で陣地まで持っていく攻撃と防ぐ守備がぶつかるスポーツだ、ちなみに1ヤードは0.914ミリだ」
「どうやって試合するんだ、足すら普通に入らないだろ」
「そうだよ、ミリ単位じゃなくて光年単位だって」
「どこで試合するんだよ! 地球にそんな土地ねえよ!」
突如始まったボケ合戦に、美伶とさくらが小さく吹き出した。
「1ヤードは0.914メートルっていうのは知っているよ、これでも私たち東海道大附属だからね」
「ええっ、県内有数の進学校じゃんか!」
「僕たちも一応県内で割と良い進学校の草木高校だけど、学力が違うね」
秀章ら男たちが関心していると、さくらがはっとした。
「そういえば、中上さんって下の名前は……」
途端に海の顔が赤くなった、女性みたいな顔で名前が女の子みたいな事が、本人はいまだに恥ずかしかった。
「な、中上海です……」
「もしかして……わたし、芸能関係の仕事をしていて、プロ野球選手の中上って人の息子さんがスポーツは苦手だけど、とんでもなく学力が高いってスタッフさんから聞いたんですけど、あなたがそうですか?」
「えっ、川口さんって芸能人なんだ、道理で綺麗だなって思ったよ」
「そ、そんな事ないです、アイドルの末席を汚しているダメアイドルです……。──それでどうなんですか?」
海は少し苦笑いして答えた。
「優秀なスポーツ一家に生まれた、出来損ないの不肖息子だよ。僕だけ全然運動が出来ないから、必死で勉強しただけ、みんな買い被り過ぎて言っているだけだと思うけどな」
「でも……いえ、何でもないです……」
ちょうど紅茶を持った、先ほどの男性と同じ年代の女性が現れた。
「紅茶、5人分どうぞ……」
「ありがとうございます、……お子さんは元気ですか」
「元気はないけど、……ちゃんと育っている」
青い瞳の女性は、海にそう言って店の奥に下がっていった。
「ここの紅茶は何も入れないで一口飲んでみて欲しい、それで不味かったら砂糖でも何でも入れて」
砂糖の袋を破ろうとした美伶はその手を止めて、一口飲んでみた。
「……正直、砂糖を入れないと飲めないと思ったけど、紅茶って本当に美味しいんだってこれを飲んで分かったわ」
「今までの紅茶は何だったんだろう……」
美伶ら女性陣がそれぞれ絶賛すると、澪は喜んだ。
「父さんの友達がさっきのウェイターさんとバイク仲間で、小さい時から通っている喫茶店だったから、ここがお気に入りになってくれると嬉しいな」
「たまに勉強で使わせてもらえる?」
「基本的に知る人ぞ知る名店で、大盛況って訳じゃないから大丈夫だよ」
確かに周りを見てみると客はあまりいない、余程やらかさなければ大丈夫だろう。
「良かった、ところでさ、中上君以外の2人もここに来るの?」
「俺はここで勉強や本を読みに良く来る、聡成はどうなんだ」
「ここは初めてだった、紅茶も美味しいからまた来たい」
さくらが少しにやけた顔をして、美伶の方を見ていた。
「そういえば、今日学校でクラスが驚きの連続だったんだ、まず全校生徒が憧れる生徒会長が秀章にみんながいる前で告白して、それを即答せずに保留したんだよね」
「えっ……」
美伶の顔が曇った、一瞬の事だったので周りも本人も気づかなかったが。
「そ、そんな事があったんですね……美伶ちゃんも朝から幼馴染と先生に取り合いになってましたし、2人ともモテ期ですね」
「…………そうか」
秀章の不満な顔は誰にも見られなかった、そして、秀章自身もそんな顔をしていた理由は分からなかった。
「……でも、正直、弟みたいな存在だったし、先生にもそんな感情は全くない」
「みんなギャーギャー騒ぐのが良くわからない、嫌いでもないが好きでもない人にいきなり告白されても、ただ困るだけなのにな!」
互いにがっかりさせないようにしている光景を見て、友人たちは吹き出しそうになるのを必死にこらえていた。
「それで、2人のタイプってどんな人?」
何とか笑うのを耐えた澪が、2人にきっかけを与えようとした。
「賢いけど茶目っ気がある人だな」
「私は自分の力を過大評価しない努力家ね」
その発言を聞いたさくら・海・聡成の3人が思わずアイコンタクトを取った。
「ちょっとトイレに行って来て良いかな」
「俺も行きたいんだけど、場所どこかな?」
「それなら案内しようか、こっちだよ」
3人は席を外し、トイレの方向に向かった。