2-2話 地味系のモテ期
2015.7.31 文章におかしな点があり修正しました。
「うう~プロポが欲しい……」
「貯金はどれだけあるの?」
「2万7832円……」
「やけに生々しい数字が出たけど、今回は見送ろうよ」
さくらが言っているプロポとはラジコンのコントローラーで、欲しがっているのは5万円以上する質も値段も高めの商品だった、ややファザコンだったさくらが父親の趣味にどっぷりつかった結果の1つがこれだった。
「美伶ちゃん、お願いが……」
「芸能活動頑張れば、値段見なくても買えるようになるでしょ、働いてない私にたかろうとしないでよ」
「ううっ……ダメ?」
「ダメです、そんな目で見てもお母さんは買いませんからね!」
芸能界に入れるほどには可愛い顔をしたさくらが目を潤ませても、美伶には全く効かないのは女性である前に、『お金を貸した相手は他人』をモットーに生きているので、親友と疎遠になりたくなかったのが一番の理由だった。
「大体、ラジコンをしている位なら、まずは事務所の一番信頼できるマネージャーさんに今後の方針とか相談するとかさ──」
「美伶姉ちゃんー!!」
美伶の後ろから突然体当たりに近い形で抱き付いてきた、少し小柄で元気いっぱいの男子に対して美伶は暴れた。
「公共の場で恋人でもない女子に抱き付くな、春人!」
「えー!」
「バカじゃないの、何が『えー』だ」
吉井春人、この春から美伶たちが通う、東海道大附属高校に入学した後輩で美伶の幼馴染、美伶にとっては弟のような存在である。
しかし、どんなに仲が良くても、高校生にもなって学校の玄関付近の廊下で抱き付かれるとなるとイラッとするのか、美伶は機嫌が悪くなった。
「ごめんね美伶姉ちゃん、姉ちゃんを見ると無性に抱き付きたくなるんだ」
「だったら私の抱き枕でも許可してあげるから、それで発散してよ」
「そんなの許可しても良いの美伶ちゃん……」
「やってこれなんだよ、もう我慢出来ないから良いよね」
「まさかの手遅れ……!」
事情を知らない生徒にとってはなにがなんだかという状況だったが、その騒ぎを聞いて若い教師が生徒をかき分け美伶たちの頭をはたいた。
「お前ら、朝からなに騒いでいるんだ、さっさと授業の準備をしなさい」
「土肥先生、痛いですよ。元々春人のセクハラを抵抗していただけですからね」
「言い訳はいい、教室へ行きなさい、それと後で生徒指導室にくるように」
土肥鉄平は美伶の担任で、教師2年目ながら親身に生徒に接する上、さわやかな笑顔で特に女子生徒から人気がある。
そんな人気者の先生である鉄平に、春人は真っ向から反発した。
「美伶姉ちゃんを拐かして(かどわ)一線を超えるつもりですか、土肥先生、美伶姉ちゃんは僕の全てです、先生のものになる位なら監禁して一生愛して面倒を見るつもりです」
「そんな歪んだ愛は要らない、働きたいから」
「幼馴染かなにかは知らないが、監禁なんて事をしたら一生許さないからな、真田安心していいぞ、俺はお前の味方だ」
「それはどうも、ですけど先生、心配し過ぎじゃ……」
「美伶姉ちゃんと僕は両親公認だから良いんです!」
「教師として生徒の不純交際を認める訳にはいかない!」
美伶のツッコミは無視され、教師と生徒の見苦しい口論が始まった。
「さくら、クラスに行こう」
「あれ放っておいていいのかな……」
「先生が教室に行けって言ったから良いでしょ、高校生は勉強も重要な柱の1つだからね」
春人と鉄平の口論が止まり、2人が気付いた時には当の本人はいなかった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
午前の授業が終わり、美伶は鉄平に呼び出され2人きりになっていた。
「昼放課に呼んですまなかった、まあ座ってくれ」
愛知県で放課は放課後の意味ではなく、休み時間の事をいう、ちなみに放課は授業の合間で大放課は大きな休憩の時に使われる。
「登校の時に春人と一緒に放置したのを怒ってます?」
「それは怒っているがそうではない、勉強の事だ。──真田、テストの時にサボっているんじゃないのか?」
「だったら私最下位になっているはずですよね、いつもクラスでは上位に……」
「いや、自然に1位を取れるようにしていると踏んだ」
初めてさくら以外の人に手抜きテストを見抜かれた美伶は、ため息を吐き、鉄平をじっとみた。
「自分で言うのもなんですけど、負けん気は強いから一番はキープしているんですけどね、あんまり差をつけても浮きますから」
「気を抜いているのか?」
「油断をしている訳ではありません、全力でやってないだけです、勉強はしっかりやってますよ」
ありのままの事実を美伶は言ったが、鉄平は納得出来なかった。
「なんでそんな面倒な事をしている?」
「普通に学校生活を送るために、ですかね、あまりに違いすぎると変に目をつけられますから、話はこれだけですか?」
美伶が平然と言った言葉に、鉄平はなぜか重みを感じた。その目が聞き返しても言わないと言っているように感じたからか。
「そうか……なら俺は今のところこれ以上追及しない、──そしてここからは俺個人の話になる、もう少しだけ話を聞いてくれ」
席を立とうとした美伶を制して座りなおさせた鉄平は、やや緊張しているように見えた。
「吉井の言っていたことはあながち間違いではない、俺は真田美伶という1人の女性に対して好意を持っているのは確かだ」
美伶はこういったのは予想していなかったのか、少し驚いた顔をしていた。
「生徒にそういった感情を持ったら、あまりよく思われない大人もいるのでは?」
「そうだな、ばれたら俺は辞職だな。もちろん強制はしないし、俺を振っても付き合う事になっても普段と変わらずに接する事にする。どちらの決断も受け入れる、卒業までに伝えてくれ」
「……考えておきます、先生もしっかり考えてくださいね」
ちょうど予鈴がなり、美伶は礼をして戻っていった。
「しっかり考えてくださいね、か……望み薄かもな」
後に残された鉄平は、声を出さず自嘲した。