俺様獅子の看病!②
「重っ……獅雪さんっ、早く、どいて、くださいっ」
「……悪い……、今、どく……から……」
案の定、体調の悪い獅雪さんに押し潰される形でその身体に覆われた私は見事に身動きが取れなくなってしまった。
高熱のせいで汗を掻いている獅雪さんの肌の感触が、触れた先から伝わってくるようだ。
早く、ベッドに戻してタオルで拭う作業を再開しないと……。
「はぁ……くっ……」
獅雪さんが手足に力を入れて、熱で重い身体をどうにか起き上がらせると、
私はさっとその隙間から逃げ場所を求めて這い出した。
それを見届けると、獅雪さんが座ったままベッドに背を預けた。
苦しそうな息と、先ほどよりも酷くなった汗が、病状の悪化を知らせてくる。
「獅雪さん、やっぱり動いちゃ駄目です。
ベッドに戻りましょう?私、頑張って看病しますから……」
「いいって言ってるだろ……。はぁ……。
後、俺は子供じゃない。だから、……お前はもう帰れ」
「そんなこと出来るわけないでしょう?
琥春お姉さんにも頼まれてますし、前は私の看病をしてくれたじゃないですか!
なんで私がそのお返しをしちゃいけないんですか!!」
「それでまたお前が体調を崩したら、元も子もないだろうがっ、ごほっ、ごほっ。
良い子子だから、帰れ」
「嫌、です!」
獅雪さんは、私のことを思って言ってくれているのは充分すぎるほどにわかる。
真剣に諭そうとしてくるその視線も、出来るなら言う事を聞いてあげたい。
だけど、今ここで引き下がるなんて選択肢、……あるわけがない。
私は、獅雪さんの腕を引っ張ると、ベッドに戻るように強く訴え始めた。
「んっ……お願いですから、ベッドに、戻って……くださいっ」
「はぁ……、この頑固娘がっ……」
一歩も引く気を見せない私に観念したのか、獅雪さんがため息を吐き出し非常にゆっくりではあるが、
ベッドへと自力で戻ってくれた。
表情は、……うん、やっぱり最高に不機嫌だ。
獅雪さんの言う事を聞かず、その意に反したことをしようとしているのだから、当然だけど。
ただ、抵抗だけはせずベッドに横たわるその姿は、私に看病を許してくれたと思っていいのだろうか?
「獅雪さん、拭きますよ~」
「……もう、好きにしろ。はぁ……」
「はい。好きにさせてもらいますね」
檻に入ってくれた肉食獣様に、ニッコリ笑顔を向けた私は再度手を動かし始めようとした、ところで気付いた。
えっと、さっきは首まで終わってたんだよね?
それと、お湯が温くなってるから下の階に替えに行かないと。
そっと立ち上がった私に、獅雪さんが「どこに行くんだ?」というような視線を向けてきた。
「一階です。お湯が温くなっちゃいましたから、すぐ戻りますから、
良い子にしててくださいね」
「俺はお前の園の子供か……。
はぁ……」
「幼稚園の子達は、獅雪さんとは比べ物にならないくらいやんちゃですよ~!
いつも透先生と一緒にあっちこっちに走り回って叱ってます」
「……待て。今、なんか男の名前出なかったか?」
「はい?あぁ……、透先生は私より後に入った先生なんです。
人懐っこくて可愛いんですよ~。まるでわんちゃんみたいだなって、
皆さんと一緒に噂したりして」
「ごほっ、ごほっ……、ちょっと、待てっ。
お前のところの幼稚園は、園児の他は、女しか、いなかった、はず、だろっ」
急に怪訝な顔になった獅雪さんに、小首を傾げた。
何を焦ったように聞いてくるんだろう……。
私は、獅雪さんの問いに頷くと、補足を付け加えることにした。
確かに、私の勤める幼稚園は女性の先生だけでした。
一ヶ月前までは……。
「桃組の先生が産休をおとりになるので、その代りでいらした先生なんです。
最初は馴染めるか不安でしたけど、喋ってみるとすごく良い人で、
あれ?獅雪さん、どうしたんですか?」
「……なんでもねぇ……」
なんでもないことはないでしょう。
私が説明している横で、獅雪さんがお布団をギュゥゥと爪が喰い込むほど握っていた。
ピクッと浮き上がった青筋と、声のトーンからして……。
「なんで怒ってるんですか?」
「別に怒ってねぇっ……。ごほっ、ごほっ」
「そんなに苛立ってたら誰だってわかりますよ、もう……。
お粥の方、先に温め直してきますから、それが済んだらお薬飲んでください」
何に苛立っているのか、皆目見当のつかない私は酷くなってきている獅雪さんの咳を抑える薬を
呑ませるべく、お粥を再度温め直しに行くことにした。
一応食後と書いてあるから、少しだけ食べてもらってすぐに薬を呑んでもらった方がいいよね。
身体を拭くのは、獅雪さんがお薬をちゃんと呑んで眠ってから……。
意識がない方が、私としても恥ずかしい思いをしなくて済みそうだし、そうしよう。




