貰い風邪には気をつけて!
予想通り、ほのかの傍で看病していたのでこうなりました(笑)
数日後、獅雪さんの看病のおかげですっかり元通り元気になった私は、
自宅の玄関ホールの中で、獅雪さんの迎えが来るのを待っていた。
先日、私が体調を崩した時に教えてほしいと頼んだ例のあのことについて話をするためだ。
今ならもうどこも異常はないし、元気そのもの。
電話口の向こうで、若干話すことを渋った獅雪さんをどうにか誘導して約束を取り付けた。
一体、なぜ私と仮婚約までしたのか、今日こそは最後まで全部聞かなければ帰れない。
そう意気込んでいると、外に車の停まる音が響いてきた。
扉を開け、階段を下りていく。
門の前に、獅雪さん所有のスポーツカーが見えた。
しかし……。
「……獅雪……さん?」
「よう……悪い、待たせた」
……。
私の目がじとー……と細められていく。
運転席から降りてきた獅雪さんは、どこか頼りなく車の上部にもたれている。
ここからでもわかるくらい……、顔が赤い。いかにも熱あります!体調悪いです!と、
主張しているかのような熟れた赤みが見える。
もしかして……、
「私の風邪……もらっちゃいました?」
「違う。俺はそんなやわな身体してねぇよ……、ごほっ……ごほっ」
なんという説得力の無さなんだろう……。
私はすぐに踵を返すと、玄関ホールに戻って二階に続く階段に向かって声を張り上げた。
「蒼お兄ちゃ~ん!獅雪さんがダウン直前だから、ちょっと来て~!!」
ホールに響き渡った声は、すぐに兄を一階まで連れて来てくれた。
良かった、今日が蒼お兄ちゃんの休みに重なっていて……。
事情を話すと、「やれやれ、何やってるんだろうね」と苦笑して、
すぐに獅雪さんを連れに門へと向かってくれた。
「柾臣、もういい大人なんだから、病院行くよ」
「いらない。俺は……なんとも……ねぇ……」
「うん、説得力皆無の顔で言わないでくれるかな?
ほら、助手席の方に乗りな。
俺が運転して病院まで連れて行くから」
「だから、いらないって言ってるだろっ……。
こらっ、押すなっ、頭ぶつかるって!!」
「大人しく乗らない子は、無理やり乗せるけど何か?」
「くっ……、この鬼畜野郎っ」
タンタンと階段を下りてきた私の目の前で、獅雪さんと蒼お兄ちゃんが押し問答を続けていた。
あぁ、いつも穏やかで優しい蒼お兄ちゃんが、獅雪さんを助手席に足でグイグイと……。
なんだか、見てはいけないものを見ている感じがするけれど、気のせいかな?
見守る先のハラハラするような光景に、かける言葉は見当たらなかった。
ようやく助手席に獅雪さんを蹴り込むと、蒼お兄ちゃんはバタン!とドアを閉めた。
「お、お兄ちゃん……」
「ほのか、待っていてあげるから、家の鍵を閉めてきて。
お前がいた方が、柾臣も少しは大人しくなるだろうから」
「う、うん!」
獅雪さんが、助手席にぐったりと沈んでいながらも、蒼お兄ちゃんを恨みがましそうに睨んでいるのが見える。
でも、体調を崩している今の状態では、病院直行以外選択肢はないわけで……。
蒼お兄ちゃんの下した判断は正しいんだからと私は一人で納得すると、家の鍵を閉めに向かった。
その後、私は後部座席に乗り込んで、蒼お兄ちゃんを運転手に町へと出発したのだった。
「獅雪さん、大丈夫ですか……」
「……うー……」
「相当重傷だねぇ……。
まぁ、ほのかの付き添いも付けてるんだから、本望だろけど」
「蒼お兄ちゃん、獅雪さんの顔色すごく悪いよ……。
本当に大丈夫かな……」
世の中、軽い軽いと油断したが最後、実はとんでもない大病を患っていた、なんてことも少なくはない。
こんなに苦しそうに息をしていて、額に触れるとすごく熱い体温なんて……。
口数も段々と減っていき、その身体を汗が幾筋も伝っていく。
「蒼お兄ちゃん、急いでっ……。
すごく苦しそうだよ!!」
「大丈夫。そんな簡単にくたばる奴じゃないから。
ほぉーら、柾臣、お前の大嫌いな病院だよ~」
私の心配もなんのその。
蒼お兄ちゃんは、動じた風もなく車を病院の駐車場へと進めていった。
でも、獅雪さんが病院嫌いって……?
確か、私が倒れた時は普通に病院に連れて行ってくれたような……。
浮かぶ疑問符と共に、獅雪さんを車から担ぎ出した蒼お兄ちゃんと共に院内へと入る。
すぐに看護師さんが出てきてくれて、診察室に通される獅雪さん。
私も蒼お兄ちゃんと一緒に付き添いで診察室に入ると、
お医者様が、念入りに獅雪さんの状態を診ると、「ふむ……」と頷いた。
「風邪が悪化してるようですなぁ」
「ごほっ……ごほっ……」
「あぁ、やっぱり。先生、特大の注射でも打ってやってください」
「こらっ、蒼、てめぇっ!!ごほっ、げほっ……」
注射、と聞いた獅雪さんが、一時的に気力を取り戻したように苛立って、
蒼お兄ちゃんをギロリと睨み付けた。
バチバチバチバチバチと、どこからか火花の音でも聞こえてきそうな二人の視線交差に、
やっぱり私は入っていくことが出来ないでいる。
獅雪さんは、心底うんざりとした目付きで「覚えてろ……っ」と台詞を捨てていき、
蒼お兄ちゃんは、笑みを崩さず「はいはい、行ってらっしゃい」と言って、
向こう側の部屋に消えていく獅雪さんを見送っていた。
「蒼お兄ちゃん、獅雪さん……どうしたの?」
「病院嫌いの最たるもの、ってところかな。
人間には、一つや二つ、苦手なものがあるって話だよ」
それはもしかして……。
私はお医者様に許可をとると、こっそり獅雪さんの入っていった部屋を覗き見てみた。
……椅子に座って、看護師さんに注射の針を肌に刺し込まれかけている獅雪さん。
その表情は、……さっき見た時よりも、格段に土気色になってるんじゃないかってぐらいに悪くなっていた。
チクッと注射の針が肌に刺し込まれると、獅雪さんが僅かに眉を顰めた。
小さく、うっと声を漏らし、針の痛みが引くまで目を瞑っている。
なるほど……。
「蒼お兄ちゃん、獅雪さんって……もしかして、注射嫌い?」
「はは、やっぱりわかった?
我慢は出来るんだけど、存在事態を苦手に思ってるようでね。
注射と聞くと、内心ものすごーく嫌がっちゃうんだよねぇ……」
「あの獅雪さんが……、注射嫌いなんて……」
「意外すぎる弱点だろう?
誰も予想がつかないし、本人も滅多に病院に行かない。
こういう時でないと見れない、アイツの可愛い一面だよ」
それを可愛いと表現するのもいかがなものか。
私は、獅雪さんのプライドのためにも、あえて見なかったことにして、待合室へと移動した。
蒼お兄ちゃんはまだ診察室の中だけど、少しして、二人の言い合う声が聞こえてきた。
どうやら蒼お兄ちゃんが、注射の終わった獅雪さんを弄ることを続行したらしい。
お医者様に、「いい歳した大人二人が何をやってるんですかな~」と、
好々爺とした笑みを背景に、待合室に摘み出されたところで、喧嘩は一応収まったらしい。
「二人とも、何やってるんですか……」
「俺は悪くねぇ……。蒼がからかうのが悪いんだ」
「いやぁ、久しぶりの弄りポイントだったから、つい」
「ついじゃねーよ!!この野郎!!」
――ガラッ。
獅雪さんの荒げた声に診察室の扉が横に開き、心理的に角をお生やしになっているのであろう看護師さんが顔を出した。
コホン!と咳払いをして、獅雪さんに「お静かにお願いします……」とワントーン落とした怒りの声が待合室に響いた。
そうだね、病院内ではお静かに。これ、常識だね。
決まりが悪そうに椅子に腰かけた獅雪さんが、怒りの空元気が去ったのか、またぐったりとし始めた。
「大丈夫ですか……。
お薬を貰ったら、すぐご自宅まで行きますからね。
だから、それまで頑張ってください」
そう言って励ましたつもりだったのに、なぜか獅雪さんは私からズササッと距離をとった。
なんでそんなに遠くに座るんだろう。というか、そっちは別の科の待合室だからこっちに来ないと。
私は立ち上がると、獅雪さんが逃げ込んだところまで行き、その腕を引っ張った。
「そこは別の科です。こっちに戻ってください」
「ぐっ、……別に、いいじゃねーかっ。
空いてるんだし……問題ないだろ」
「駄目です。蒼お兄ちゃんもあっちにいるんですから、
一緒にいた方が良いですよ。
は~や~く~!」
グイッと力を込めて引っ張ると、獅雪さんが観念したように立ち上がった。
私を支えに一歩一歩元の場所に向かって歩き出す。
密着しているせいか、酷く汗を掻いた獅雪さんの体温が濡れたシャツから伝わってくる。
よくこの状態で、私の家まで車を運転してこれたなーとか、
事故らなくて本当に良かったとか思いながら、私は熱くなっている獅雪さんの身体を支えて進んでいた。
「ほのか、お薬処方してもらって来たから帰るよ。
はい、選手交代。汗だくの病人は、俺が支えて駐車場まで運ぶよ」
「うん、お願いします」
バトンタッチを終えると、私達は再び車を停めてある駐車場へと戻り、
獅雪さんの自宅まで車を走らせた。
一応、蒼お兄ちゃんが連絡を入れてあるから、玄関で琥春お姉さんが待っていてくれるはず。
ほのかにもらった風邪なら本望だろう!とか言いつつ、
すみません、ほのかより重症だったみたいです。
本当は点滴受けろや!と言われたようですが、
駄々を捏ねて自宅療養に走ったようです。




