二度目の文化祭
季節の巡りを感じながら、――迎えたのは、その年の秋。
私は蒼お兄ちゃんや恵太さん、梓さんと一緒に、征臣さん達の母校である大学に訪れた。
色とりどりの風船や花で飾られた正門の看板、大学の敷地内で開かれている屋台。
蒼お兄ちゃんが在学中は来る機会がなかったけれど、その卒業後、私は一度だけこの大学の文化祭に訪れている。
「いやぁ、懐かしいな~!! なぁ、見ろよ、蒼!! 昔と全然変わってない!!」
「はいはい。昔って言っても、まだ十年も経ってないんだけどね……」
「あのなぁ、毎日通ってたとこだぞ? もう滅多に来る機会もないってのに……、感動度が底辺過ぎるぞ~!!」
全身で喜びを表す恵太さんとは違い、確かに蒼お兄ちゃんは通常仕様そのもの。
確か、前に一緒に来た時もそうだった気がするけれど、蒼お兄ちゃんは基本的にいつもこの調子なので、本気で怒ったり笑ったりしたところなんて、私も見た事がない。
嘆いている恵太さんをよしよしと梓さんがあやし、私達は大学の中へと足を運んでいく。
「そういえば……、征臣さんは先に行ってる、って連絡が来たけど、どこにいるんだろう。蒼お兄ちゃん、聞いてる?」
「大学時代に所属していた剣道部の後輩に頼まれたとかで、催し物の手伝いをするって言ってたけど……。まぁ、お昼までは俺達だけで周ってようか」
剣道部……。竹刀を構えて佇む征臣さん……。
大学時代の征臣さんの姿を思い浮かべ、イメージしたその凛々しい立ち姿に見惚れてしまう。
蒼お兄ちゃんの話では、剣道の大会で全戦全勝だったのだとか。流石は征臣さん。
大学時代、幸希ちゃんと一緒にお料理研究会でのほほんとしていた私からすると、やっぱり男の人は違うなぁ。その頃に居合わせられなかったのが、何だか悔しくも感じられる。
でも……、卒業して何年も経っているのに、手伝いを頼まれる事もあるんだ……。
「ねぇ、蒼お兄ちゃん。征臣さん達の出し物、って何?」
「……知りたい?」
「え? う、うん。征臣さんがお手伝いをしているのなら、見に行ってみたいなぁ、と思って」
大学時代の征臣さんには会えないけど、今後輩の人達と一緒に頑張っている征臣さんの姿を見る事は出来る。だから、一番最初に行ってみようかなと思ったのだけど……。
蒼お兄ちゃんは胸の前で両腕を組み、「そっか~、征臣の所に行きたい、か」と、何やら意味深に笑みを刻んでいる。
「でも、ほのかの苦手そうな出し物だけど……、大丈夫かな」
「え?」
「お化け屋敷。ほのか……、昔から苦手だろう?」
「う、うぅ……、お、お化け、屋敷」
幼稚園の子供達と一緒に作ったお化け屋敷レベルのものなら平気だけど……、正直、大学生の手によるお化け屋敷となると……、多分、恐ろしいものが待ち受けているのは確実なわけで。
大学の廊下を歩きながら俯いた私は、ちょっとだけ怯えながらも覚悟を決めた。
「ま、征臣さんがいるなら……」
「ふふ、愛の力ってやつかな。でも、一応教えておいてあげるけど……、征臣の所属していた剣道部のお化け屋敷は、毎年恒例のものでね。――物凄く、本気のレベルで、怖いよ?」
「――っ」
立ち止まり、私を見下ろしながら微笑んだ蒼お兄ちゃんのその言い方と気配の方が、何倍も怖いのだけど!!
大学生の、本気レベルのお化け屋敷……。
「おぉ~い、蒼~。あんまりほのかちゃんをいじめんなよ~。そりゃあ、まぁ……、剣道部のお化け屋敷は冗談抜きで怖いけどよぉ。俺達も一緒に入れば問題ないだろ?」
「ふふ、私は好きだけどね。お化け屋敷」
そ、そうよ……。皆で入れば、怖くない、怖くない……、だ、大丈夫!!
「剣道部で~す! お化け屋敷やってま~す!! 是非お越しくださ~い!!」
廊下の向こうからやって来た……、猫耳の男性。
渡された一枚のチラシに視線を落とすと、そこには恐ろしく怖そうな気合の入ったお化け屋敷の絵が。幼稚園の子供達と作った可愛らしいポスターとは違い、本格派としか言い様のないリアリティ溢れる描かれ方をしている。目の前の男性は、全然壊そうじゃないのに。
「どうする? ほのか」
「……い、行きますっ。よ、四人で入れば、怖くなんてっ」
――そう、震えまくっている身体で言い張った自分の言葉を後悔したのは、それから十分後の事。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「はぁ~……、こ、怖かった。うぅっ」
本格派のお化け屋敷……。
宣伝係りの猫耳男性とチラシのギャップ。そして、事前に聞いていた通り、征臣さんの所属していた剣道部のお化け屋敷は、心臓の悪い人は絶対に立ち入り禁止の想像を絶する恐ろしい空間だった。
お化け屋敷が平気だと言っていた梓さんも……、全てが終わる頃には顔面蒼白に。
私も蒼お兄ちゃんに肩を支えて貰いながら頑張って出口まで辿り着けたけど、何回も何回も絶叫し、恐怖を通り越した先に放り投げられたような余韻が、まだ身体に残っている。
大学の中庭に設置されていた、カフェテラス仕様の丸テーブルに顔を突っ伏したまま、私は蒼お兄ちゃんの楽しげな笑い声にげっそりと溜息を吐く。
「う~ん、まぁ、なかなか楽しめたかな。ねぇ、ほのか?」
「……死ぬかと思った」
「だよなぁ……、俺もだよ、ほのかちゃん。マジ、心臓止まるかと思った」
「最近の大学生って……、凄いわぁ~……、うぅっ。まだ気持ち悪いっ」
蒼お兄ちゃん以外、全滅。
何であんなグロテスクで恐ろしいものを見て、涼しげな顔をしていられるんだろう……。
悲鳴だって一度もあげてないし、始終ニコニコと突然出現してくるお化けの類に対応していた。
兄妹だけど……、こういう時、蒼お兄ちゃんの底知れない何かを感じてしまう。
同じ母親から生まれたのに、何でこんなにも肝の太さが違うのかなぁ。
――その後、蒼お兄ちゃんが一度席を立ち、買ってきてくれた冷たいジュースを皆で飲んだ後。
恵太さんと梓さんは二人で別行動となり、私は残った蒼お兄ちゃんに連れられて、ある場所へと向かい始めた。
「蒼お兄ちゃん、どこに行くの? なんか……、人通りが少なくなってきた気が」
「ねぇ、ほのか」
「な、何?」
「さっきのお化け屋敷で、……何か、思い出さなかった?」
「お化け屋敷で……?」
思い出す、って……、何を? 少しだけ良くなった顔色で首を傾げる私に、蒼お兄ちゃんはやれやれと苦笑して、大学の裏手側へと進み続ける。
「以前に一度だけ、この大学の文化祭に来ただろう? その時に、何か、思い出みたいなものはない?」
「思い、出……?」
確か、あの時は蒼お兄ちゃんと二人で来て……、それで。
途中ではぐれてしまって、二時間ほど迷子になっていたような記憶はあるけれど。
「う~ん、迷子になった事と、蒼お兄ちゃんと文化祭を楽しめた事、かな?」
「はぁ……、勝手に運命を感じていたのは、アイツだけだった、ってわけか」
「蒼お兄ちゃん?」
「……さぁ、着いた。ほのか、この先で待っていてくれるかな。すぐに……、お前の待ち人が来るからね」
誰も周囲にいなくなってしまった、大学の敷地内にある片隅。
コンクリートの階段まで連れて来られた私はそこに取り残され、意味もわからないまま一人ぼっちになってしまった。
……こ、こんな場所に一人、って、……文化祭の賑やかな気配が遠くに感じられるせいか、ちょっと寂しいというか。
とりあえず、蒼お兄ちゃんの言っていた待ち人を迎える為に、暫く待機しておくべきなのだろう。
多分、征臣さんの事とは思うのだけど……、階段にでも座っていようかな。
「……そういえば、蒼お兄ちゃんの言ってた思い出、って、何なの、かな」
蒼お兄ちゃんの言い方だと、私が何か大切な事を忘れているような印象だった。
でも、私には他に何も心当たりになるような思い出はなく……。
「あ、でも……、あれは多分、違う、はず」
お祭り騒ぎの文化祭。蒼お兄ちゃんとはぐれて迷子になってしまった、あの時。
私が迷い込んでしまった場所、ここで出会った……、あの人。
――そうだ。全身を包帯でグルグル巻きにして、サングラスをかけている男性と出会った。
包帯を巻き直している途中だったようで、最初は怖がりながらも、私はそれを手伝って……。
あまり喋らなくて、無口な人だったように思う。
それから、包帯を巻いている最中に、その人が腕を怪我しているのを見つけて、血が滲んでいたから、私のハンカチを応急処置で巻いてあげて……、最後に。
『手伝わせて悪かったな……。それと、怪我の手当て、サンキュ』
少しぶっきらぼうだった物言いが、最後だけは、とても優しい響きを帯びていたように思う。
あの人とはあれっきりで、顔も知らないけれど……、今頃はどうしているのかな?
この大学は四年制だから、もしかしたら……、まだ、在学している可能性も考えられる。
でも、名前も知らない、顔も知らないじゃ、再会は出来そうにもない、か。
「もしかして……、さっきのお化け屋敷の中にいた、とか?」
包帯をグルグル巻いたミイラ男。絶叫と大号泣のせいで一人一人を確認する事は出来なかったけれど、もしかしたら。
あれ? でも、蒼お兄ちゃんには、そのミイラ男さんと出会った事は言ってなかったはず……。
じゃあやっぱり、違う事を指しているのだろうか?
う~んと、首を傾げながら唸り始めた私。そのせいで、すぐ傍まで来ている気配に気付けなかった。
その存在に気付いた時には、私の上に大きな黒い影が覆い被さっていて……。
「……え?」
「…………」
異変に気づきをゆっくりと顔を上げた私の目に映った、……全身グルグル巻きの、包帯、にん、げん? 両手を前に構えたその姿はまさにミイラ男そのもので、私は悲鳴さえ忘れて完全に固まってしまった。
ミイラ男さんが、無言で私の隣にドスンと腰を下ろす。
「……あ、あのっ」
本物であるわけがない。それくらいの事はわかる……、の、だけど、な、何で、私の隣に居座ってるの? この人!!
逃げた方がいい、のかな……。でも、こっそりと隣を盗み見てみると、その人はサングラスをかけたその奥の瞳から、私の事を見下ろしてきた。か、観察され返した!?
「…………」
「……あ、あの」
逃亡の選択を捨て、私は思い切って声をかけてみる事にした。
どうやら危害を加えてくる気はないようだし、沈黙で気まずいままよりも、何か、会話を!
でも、このミイラ男さん……、どこかで会った事があるような。
「も、もしかして、……あの、剣道部の方々がやっていらっしゃるお化け屋敷の方、ですか?」
「……」
静かに、その首が縦に振られる。
剣道部のお化け屋敷スタッフ、ミイラ男……。
もしかしたら、この人は……。
あの時の人かもしれない。たまたま休憩中にここを訪れて、私を見つけたから近付いてきたのかも。
それを尋ねようとすると、ミイラ男さんは無言のまま、折り畳んだ白色の生地に薄桃色のサクラ模様が刺繍されたハンカチを差し出してきた。これは……、私がミイラ男さんの怪我の手当てに使ったハンカチ? 受け取ってみると、確かに隅っこのあたりに私の名前が。
「やっぱり、あの時のっ」
「――ガキじゃあるまいし、ハンカチに名前刺繍するのなんか、お前ぐらいだよな」
「……え?」
だ、だって、お気に入りのハンカチだったし、失くしたら困るし……、昔から物に名前を書くのが習慣になっていて、その、……、じゃなくて!!
今、物凄く聞き覚えのある声が聞こえたような気が!!
目を見開いて口をぽかんと開けた私をクスクスと笑い、ミイラ男さんが顔の部分の包帯をほどいていく。染めているわけではない、亜麻色に近い色合いの髪……、口元に浮かぶ笑み、サングラスを外した……、その、顔。
「ま、征臣さん!? え? えぇっ!? あ、あのっ、ど、どうしてっ」
「見りゃわかるだろ?」
ほどいた包帯を指先に絡めながら、征臣さんが呆れ気味に微笑んでいる。
み、ミイラ男の中身が征臣、さんで、……え~と、以前の文化祭で出会ったミイラ男さんにあげたハンカチが私の許に戻ってきて、それで、つ、つまり――。
「あ、あの時のミイラ男さんが……、ま、征臣、さん?」
「前にも言っただろ? 俺とお前の、初めての出会いの時を思い出せ、ってな」
「お、思い出せって……、無理ですよ!! あの時は顔も知らなかったんですから!!」
「でも、話はしたろ?」
そういう問題じゃありません!!
大体、征臣さんと初めて出会ったその時から再会までの期間は、二年も空いている。
私にとっては、出掛けた先で出会った他愛のない思い出のひとつで、少しの間しか一緒にいなかった人の声を覚えているわけが……。
正直にそう伝えたら、――征臣さんの表情が満面の笑顔になり、額に青筋が!!
「ほぉ……、ふぅん……」
「な、何ですかっ」
「お前にとって、あの時の出会いは大した事のない、とっくの昔に忘れ去ったどうでもいい事だったわけか?」
じとぉぉぉぉぉぉぉ、と、物凄く居た堪れなくなってしまうその視線は何ですかっ!!
私にとっては、蒼お兄ちゃんに連れられて行った先での、少し変わった出会いのひとつ。
けれど、段々とその記憶も薄れて……、思い出す事もなくなったわけでして。
特別な出会いだったかと聞かれれば、そこまでは、流石に……。
その答えが気に喰わなかったのだろう。征臣さんは思いっきり不機嫌そうな顔で私に迫り、凄みのある美貌で至近距離での睨みを送ってきた。
「ふぅん……」
「ま、征臣、さん……っ。お、大人げないですよっ」
「別に怒ってねぇよ……。ただ、やり直しが必要だと思っただけだ」
「征お、――ンぅっ!?」
服の上から包帯できつく縛られている征臣さんの腕に抱き寄せられた瞬間、顎先を持ち上げられて強引に唇を重ねられた。
少しだけ冷えている柔らかなそれを押し付けられながら唇を舌でこじ開けられて、私の口内に征臣さんの熱が入り込んできた。
後頭部を支え始めた征臣さんが、艶めいた吐息と熱で私を求めながら、深くまで求めてくる。
「ま、まさ、おみっ、……っ」
夏の残り香を僅かに感じさせる、少しずつ冷たくなり始めた秋の風。
休みなく塞がれ続ける唇からじんわりと甘い疼きが広がっていくかのように、熱を抱き始めた身体に心地良い風の感触が伝わってくる。
征臣さんの背中に両手をまわしてしがみついていた私は、やがて力を失い……、自分からも与えられる抱擁に応えていった。
優しくないキスなのに……、時折瞼を開けて私を見つめる征臣さんの一途な眼差しが、僅かに離されてはまた熱い吐息を触れさせながら塞いでくる感触が……、堪らなく、心地良くて。
暫くして征臣さんの唇が離れた時には、私達の間に蜜糸が伝い、息が乱れていた。
「……どうだ? やり直し、上手くいっただろ?」
「はぁ、……はぁ、も、もうっ、こんな場所で何考えてるんですか,、――んっ」
ニヤリと笑った征臣さんから小鳥みたいに啄むようなキスをされ、抗議の言葉を奪われてしまう。
それから、くいっと曲げた指に額を小突かれ、微笑ましそうに笑われる。
「お前の事に決まってるだろ。あの時、ここでお前と出会って、世話焼かれて、文化祭が終わっても……、何故か、頭から離れなかった」
「ほ、ほんのちょっとの時間しか一緒にいなかったのに……、わ、私、包帯を巻くのを手伝って、ハンカチをあげただけじゃないですかっ」
「仕方ねぇだろ? 一生懸命俺に話しかけてくれたお前の、お人好しそうな笑顔が忘れられなかったんだよっ。まぁ、……最初はハンカチの名前にも気付かねぇで、どこの誰かもわからないお前の事ばっか考えちまってたせいで、余計に気になったのもあるけどよ」
多分、あの時……、一時間も一緒にはいなかった。
包帯を巻くのを手伝って、ハンカチで手当てをして、その後……、私は蒼お兄ちゃんを捜しにこの場を後にしてしまったから。
私にとっては、文化祭中に出会った、少し不思議な出会い。その程度だったのに……。
征臣さんは文化祭を終えてからも私の事を考え続け、暫く経ってから……、ハンカチの隅っこに刺繍をされていた私の名前に気付いたらしい。
「流石に、鈴城って名前を見た時には焦ったけどな……。蒼からは妹がいるなんて聞いてなかったし、名字が一緒なだけだろうって思ってたら……」
征臣さんが独自に調査した結果、私は蒼お兄ちゃんの妹だった、と……。
一瞬、征臣さんの目が、ううん、意識が遥か彼方に旅立ったかのような印象を受ける。
「冗談じゃねぇ、って……、そう、思った」
「征臣、さん?」
「蒼は腹の中が真っ黒だし、ダチとしては付き合えるが、その妹に惚れちまったりしたら地獄過ぎるだろって……、何度も思った。……思った、のに、やっぱりお前の事が気になっちまってよ。蒼に確かめる前に、こっそりお前の事調べて顔見に行ったり、アホな事やってた」
征臣さんが、私を見に来ていたなんて……、初めて知った。
私がどんな性格をしていて、どんな暮らしをしていて、どんな表情をするのか、征臣さんは私に会う事はせずに様子を窺いに来ては、その……。
「蒼の妹なんか、ろくでもねぇ、って……、きっと裏のあるヤバイ女に違いないって、そう、自分に言い聞かせてたんだけどな」
「は、はぁ……」
征臣さんにとって蒼お兄ちゃんは間違いなくお友達なのは間違いないはず、なのだけど……。
大学時代、一体どんな交友関係を築いていたのか……。
知らないところで自分がよくわからない期待を抱かれていた事に、どんな反応していいのやら。
「けど……、大魔王の妹は、まさかの天使だったわけだ」
「は?」
「反則だろうがって、何度も思った。本当に同じ遺伝子から生まれてんのかよ、って」
「え、えぇと……、あ、蒼お兄ちゃんは、確かに怒ったら怖いみたいですけど、別に冷血漢なわけじゃ」
「冷血漢どころか、敵とみなしたら本物の悪魔も真っ青の鬼畜っぷりを見せるぜ、アイツは。お前も進藤夏実の件でわかってるだろうが……。その妹に惚れちまうって事は、自分から阿鼻叫喚地獄への切符を買うもんなんだぜ?」
あ、阿鼻叫喚地獄!? げんなりと重苦しい溜息を吐き出す征臣さんに、その本気さを垣間見てしまう。蒼お兄ちゃん……、本当に今まで何をやってきたの!?
でも……、征臣さんは絶対に選びたくなかった道を選んでまで、私をもう一度会う事を決めてくれたんだ。その事がどうしようもなく、嬉しくて。
「それでも……、欲しかったんだ。お前の事が」
この人から向けられる愛おしさの籠った眼差し、溢れるほどの想い……。
最初は怖くて堪らなかった征臣さんの存在は、もうかけがえのないものとなっている。
失えない、失いたくない、私の愛おしい人。
「征臣さん……、ありがとうございます」
蒼お兄ちゃんから押し付けられた『試練』については、中身は知らされていない。
けれど、その『試練』は無理難題の嵐で、とても苦労したと聞いている。
それなのに……、征臣さんはその道を選んでくれた。私の事を一途に想いながら、乗り越えてくれた。包帯越しの、女性のものよりもしっかりとした征臣さんの右手を持ち上げ、その温もりに頬を委ねる。
「好きになってくれて、辛い道を乗り越えてまで傍に来てくれて……、本当に、ありがとうございます」
「ほのか……」
「ここで征臣さんと出会った事、もう、二度と忘れたりしません。絶対に……。勿論、これからの想い出も、全て」
来年の春、私は征臣さんと結婚する。この人のお嫁さんに、なれる。
征臣さんと夫婦になって、長い、長い道を、一緒に歩んでいく。
私の左手の薬指で静かに輝いている婚約指輪が、私の心臓と同じようにトクンと幸せな鼓動を打ったような気がして、これが夢ではない事を教えてくれる。
そう、これは現実。そして、これから先の長い人生には、幸せだけじゃない、色々な事が待ち受けている。
「結婚前に……、ここで、もう一度誓っておきたかったんだ」
「征臣さん……」
「俺は、この場所でお前と出会って、お前の事を知って、本気で惚れた。親父の用意した適当な相手と会社の為に結婚して、流されるように生きていくんだ、って、そう思ってた俺が、本気で欲しいと想った、同じように、強く想われたいって、そう思った相手。それがお前だ。――だから、もう一度聞く」
互いの額を軽く触れ合わせ、征臣さんが真剣な瞳で私に問う。
「俺と、結婚してくれるか? 俺は一生、お前と一緒にいたい」
「征臣さん……。はいっ、私を、貴方のお嫁さんにしてください。私も、征臣さんと一生、傍に寄り添いながら生きていきたいですっ」
婚約式の夜と同じように、私は心からの笑顔でそれに応える。
何度同じ問いを重ねられても、ううん、重ねられる度に、前よりも確かな想いを強めながら、私は征臣さんにこの愛を伝えるだろう。
来年の春……、桜の舞い散る誓いの場所でも、きっと。




