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俺様獅子との猛愛エンゲージ!  作者: 古都助
~第二部・俺様獅子様の出張と婚約パニック!~
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ささやきホーム3

鈴城ほのかの視点に戻ります。

「ふぅ……。とりあえず、ひと仕事完了だな」


「征臣さん、……お義父さん、大丈夫でしょうか」


 ご両親に関する過去と、事故によって失われた記憶、……塗り潰された、偽りの思い出。

 今まで信じてきたものを、征臣さんのお父さんはたった数十分の間に叩き壊されてしまった。

 戸惑うのは当たり前だし、ショックを受けるのも……。

 蒼お兄ちゃんが買って来てくれたホットココアを飲みながら、私は楓さんの方を窺ってみた。

 

「……」


「楓祖母さん、俺は……、自分のやった事に後悔はない。何でもかんでも祖父さんが正しいとか思い込んでた親父には、良い薬だったしな」


「……でも」


「嫌われたままで良かったのか?」


「それ、は……」


 楓さんの口ぶりからすると、征臣さんのお父さんがお祖父さんに嘘を吹き込まれていた事は把握していたのだろう。

 一方的に離婚を突き付けられた挙句、大切な息子さんまで奪われた……。

 それを、あえて口を閉ざし、大人しく出て行ったのは……。


「楓さん、責任を……、息子さんを事故に遭わせた事に罪悪感を感じていたから、今まで黙っていたんですよね? 自分には……、母親としての資格がない、って、そう、思い込んでしまったから」


「いいえ……。思い込みじゃありません。私は家庭と仕事を両立するつもりで、結局は輝夜さんやお義母さん達に甘えて……、息子の事を、貴継の事をしっかりと見てあげられなかった。母親の資格なんて、ありませんよ」


 仕事も、家庭も、大事にしていたつもりだった……。

 小さくなっている楓さんの肩を抱きながら、彼女の姿がまるで自分の未来のようだと思えてしまう。どちらも大事にしているようで、どちらも、疎かにしてしまう……、結婚後の自分。

 覚悟を決めたはずの思いがまた騒ぎ出したけれど、それを支えなおしてくれたのは、愛する人の力強い言葉だった。


「違うだろ。親父が事故に遭ったのは、自分の妻を信じられずに暴走した祖父さんのせいだ。祖父さんも……、自分が悪い、って、認めてたよ。それと、アンタが働く姿に一番憧れていたのは、俺の親父だ。その心を奪っちまったって……、その事に関しても、祖父さんは泣いてた」


「輝夜さんは……、っ、や、優しい、から」


「あの頃の自分はガキ過ぎたって、言ってたぜ……。仕事をしているアンタを、自分も、息子も、心から誇りに思って応援していたのに、嫉妬で狂いまくった挙句に、アンタを深く傷付けちまったってな。だから、そんな風に自分を責めるなよ」


 楓さんの目の前に膝を着き、征臣さんが泣き腫らした彼女の頬に手を添えてゆく。

 ずっと、ずっと会う事の出来なかった、もう一人の家族。

 征臣さんの穏やかな笑みに、楓さんの涙腺がさらに大変な事になってしまった。


「あ、貴方は……」


「征臣、だろ? 俺は、アンタの孫だ」


「まさ、おみ……、征臣、貴方は……、輝夜さんと、よく似ているわ……。性格は違うけど、その優しい笑顔、本当に、そっくり」


「あぁ、よく言われる」


 頬に触れた手の温かさに涙しながら喜ぶ楓さんと征臣さんを見守っていた私は、蒼お兄ちゃんと一緒に部屋の外へと出た。今は、二人にしておいてあげよう。

 ホームの廊下にはお年を召した方々がまばらに歩いていて、介護士さん達が寄り添いながら穏やかに時を過ごしている。

 その中を歩きながら、私は隣を歩いている蒼お兄ちゃんを見上げて尋ねた。


「そういえば……、楓さんの、その、ご家族の方は」


 彼女の部屋には、サイドテーブルや壁のコルクボードに沢山の写真が飾られていた。

 恐らく、征臣さんのお祖父さんと離婚した後に再婚をしているはずなのだけど……。

 今のご家族は、今日の事を知っているのだろうか?


「楓さんの今のご主人、雪島先生は高齢ではあるけれど、今も現役らしくてね。普通の人よりも若々しい方で、病院にお勤めらしいんだ。息子さんと娘さんがいるけど、今年になってから楓さんが自分でホームに入りたがったらしくて……。週に何度かは会いに来るそうだよ。それと、今日の事は一応、雪島先生の方には話を通してあるんだ」


「そうだったんだ……」


「征臣のお祖父さんが離婚を言い出した時、雪島先生は何度も止めたそうだよ。離婚後も……、手紙を書き続けたりしてね。けど……、征臣のお祖父さんはそれを受け入れず、手紙を読む事もしなかった。だから、一人になった楓さんを放っておけなくて、雪島先生は再婚を決めたんだ」


 大切な息子さんが事故に遭い、その責任を突き付けられ、抗う事も出来ずに離婚を受け入れさせられた楓さんは、……離婚後、それは酷く落ち込んでしまったらしい。

 今でいう、うつ病状態……。仕事さえ手につかず、楓さんは病んでいった。

 そんな彼女を励まし、傍で支え続けたのが、雪島先生。

 最初は拒んでいた楓さんを説得し、雪島先生は新しい家庭と温もりを与え、彼女の傷ごと包み込むように癒し、やがては復職へと導いた。

 雪島先生の存在がなければ、どうなっていた事か……。


「獅雪社長もショックだろうけど、自分のお父さんと話をして暫くすれば……、いつかは受け入れてくれると思うよ。楓さんの事も、お前達の事もね」


「蒼お兄ちゃん……」


「征臣も言っていたけど、獅雪社長の事故は楓さんのせいじゃない。だから、仕事をしていたから自分の子供が事故に遭った、なんて、それは違うんだよ。仕事をしていても、自分の家族を、子供を大事にしている女性はいっぱいいる。確かに両立は難しい事だけど、夫婦で相談して、ちゃんと道を決めていけば、子供にとっても、自分達にとっても、よりよい道を切り拓いていけるはずだ」


「そう、だね……。楓さんも、征臣さんのお父さんの事を本当に大事に想っていて、今も」


 ずっと会いたくて、でも、会えなくて……、楓さんに許された事は、息子さんを想う心だけだった。征臣さんのお祖父さんも、楓さんに対する罪の意識と……、失う事の出来ない深い愛情を抱きながら、今まで、ずっと。

 

「蒼お兄ちゃん……」


「ん?」


「私、ね……。やっぱり、一生懸命頑張って叶えた、叶え続けているこの夢を、幼稚園での仕事を、辞めたくない」


「うん……」


「でも、征臣さんの事も、凄く、大事なの……」


 どちらかを捨てる事も、どちらか一方を選ぶ事も、出来ない。

 それでも……、私は。


「だから、諦めない事にしたの。征臣さんの事も、仕事も……」


 ホームの中からお庭になっている広場に出た私は、冬の寒さにも負けず眩く照らしてくる太陽を見上げながら言った。もう、迷いはない。

 楓さんと征臣さんのお祖父さんは、お互いの想いがすれ違って別れる結果となってしまったけれど、私達はその道には向かわない。ううん、絶対に、その道に入ったりはしない。

 征臣さんの事も、生まれてくる子供の事も、心から愛して……、守りながら生きてゆく。

 その為の方法を、私は少しずつではあるけれど、模索し始めている。


「ふぅ……、どっちも、か。我が妹ながら、欲張りだね? ほのか」


「うん。ものすごぉ~く、欲張りだね。私は」


 でも、どちらかを切り捨てなければならないと思っていた時よりも、断然今の方がいいと思える。

 心を曇らせたまま、もしも、征臣さんのお嫁さんになったら……。

 後悔と未練に苛まれて、蟠りを抱えたままの人生を送っていたかもしれないから。

 だから、後悔のないように、私は私の譲れないものを守る為に、やれるだけの事をしていこう。

 私が、私である為に。全力で、この人生を歩いていく。征臣さんと一緒に。


「でもね、ちょっとだけ心配だったんだよ。楓さんや征臣のお父さんに纏わる過去を、事故の事を聞いて、お前が尻込みするんじゃないか、ってね」


「心が揺れなかったわけじゃないけど……、でもね、征臣さんが言ってたでしょ?」


「ん?」


「征臣さんのお父さんは、働いている楓さんに憧れていた、って。自分の子供からそんな風に想われていた楓さんが、とっても羨ましくなったの……。母としても、小児科医としても、楓さんは素敵な人だったんだな、って」


 征臣さんのお祖父さんが楓さんの心を疑わなければ、もしかしたら……、その温かな関係はずっと、ずっと続いて、征臣さんのお父さんはお母さんのようにお医者様になる道を選択したかもしれない。

 あったかもしれない、そんなもうひとつの、優しい未来。

 

「この先の未来をどう歩いて行くのか、どうなっていくのか、わからない事ばかり……。でもね、私、思ったの。……楓さんみたいな人に、なりたいって」


「目標が出来たんだね。まぁ、ほのかと征臣なら、楓さん達と同じ道は辿らないと思うよ。なにせ、征臣はドストレートな気性の上、不満があったらすぐに言う、行動に移す奴だからねぇ……。苦労するよ?」


「ふふ、征臣さんとの苦労なら、喜んで」


「――言ったな?」


 クスクスと笑いながら答えていると、突然すぐ耳元で心臓に悪い不敵な声がした。

 私の肩をがっしりと掴んで、捕獲完了とばかりに陣取っている男性の手……。


「ま、征臣さん? 楓さんとお話をしていたんじゃ……」


「ん~? 俺がここにいちゃ悪いってか? ん? ん?」


「はぁ……、征臣、お前の本能には恐れ入るけど、その顔……、やめてくれないかな? 必要以上にニヤニヤしてて、……殴りつけたくなる」


 私と蒼お兄ちゃんの背後に現れた征臣さんの表情は喜色満面。

 何だかとても嬉しそうに表情を緩め、蒼お兄ちゃんを無視して私達の間に割り込んできてしまった。


「ま、征臣さん……、う、後ろ、後ろっ」


「あ? あぁ、気にすんな。お前と乗り越えてく苦労なら、幾らでもドンと来い! だ」


 う、う~ん……、ご機嫌なのは良いのだけど……、征臣さん、貴方の背後に不機嫌全開になっている怖い人が、ですね。

 このままだと私も巻き込まれかねない……!! 

 絡んでくる征臣さんの腕の中からひょいっと抜け出し、私はホームのお庭の奥へと向かう。


「おい! ほのか!! 待てよ!!」


「待つのはお前だろう? 征臣……。ほのかに嬉しい事を言われたからって、その図に乗りすぎた有頂天の顔は何なんだろねぇ? 問題はまだ何も解決してないんだよ? 気を緩めるにも程が」


「だぁあああっ!! 別に少しくらい構わないだろうが!! ひと息吐きてぇんだよ!! ほのかに癒されてぇんだよ!!」


「全部終わってからにしなよ……。はぁ、これが義弟になるのか……、最悪」


「ああっ!? 最悪のは俺の方だろうが!! 俺だってなぁ!! ほのかに惚れた当初は物凄ぇ悩んだんだぞ!! こんな外道鬼畜を義兄にすんのかよってなぁあああっ!!」


 ここがお年寄り達の憩いの場だという事も忘れて言い合いを始めた二人に、やれやれと溜息を吐く。仲が良いのか悪いのか、とりあえず、場所を弁えてくれないかなぁ……。

 と、思っていたら、意外にもお年寄り達の目は微笑ましくなっており、征臣さんと蒼お兄ちゃんの口喧嘩を楽しそうに……、眺めていらっしゃる?


「ほっほっほっ、若いのう~」


「元気いっぱいで、羨ましくなりますね~」


 和やかなお年寄り達の言葉に、征臣さんと蒼お兄ちゃんが気まずげに視線を交わし、こほんっと咳払いをして喧嘩をやめた。ほんの少し、その顔が薄桃色に染まっている二人。

 場を考えずに子供のような真似をした事が気恥ずかしかったのだろう。

 庭の奥へと歩いてくると、木陰で休んでいる私の傍に、征臣さんが寄り添った。


「悪い……。ちょっと暴走した」


「はぁ、……征臣といると、精神レベルがダダ下がりするから困るんだよね」


「蒼、テメェ……っ」


「征臣さん、蒼お兄ちゃん、やめましょうね? 大人でしょう?」


「「うぐ……」」


 誰だって、ふとした時に……、子供へと還る瞬間がある。

 バツが悪そうに頭を掻いた二人を眺めながら思う。

 きっと……、今、征臣さんのお父さんも、在りし日の幼かった頃の自分に、戸惑う心と共に、思いを馳せている事だろう。

 失われた記憶が戻ってくれればいい。けれど、もし、それが叶わないのなら……。

 別の形で、征臣さんのお父さんが楓さんと新しい関係を築いてくれればいいと、願わずにはいられなかった。



 ――その日の深夜に、……望まない事態が起こるとも知らずに。

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