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俺様獅子との猛愛エンゲージ!  作者: 古都助
~第二部・俺様獅子様の出張と婚約パニック!~
64/71

真夜中の憂い

「……ん」


 心地良い温もりに包まれながら目覚めると、真っ暗な闇が広がっていた。

 寝起きの目では何も見えない、自分を包むぬくもりと、微かな息遣いの気配。

 ここは、どこ……? 私は……。

 ぼんやりとしながら瞬きを繰り返し、私は包み込んでくれているぬくもりに擦り寄った。

 何よりも安心出来る、私の居場所。何があっても、私を受け止めてくれる、頼もしい腕の中。

 

「征臣さん……」


 無意識に紡がれた、大好きな人の音。

 何も見えないのに、今の状況が寝起きのせいかよくわかっていないのに……、これだけはわかる。

 私をこんな風に優しく包み込んで、守るように抱き締めてくれるのは、征臣さんだけだと。

 

「ん~、征臣さん」


 すりすりと征臣さんの胸に擦り寄りながら微笑んでいると、……ふと、我に返った。

 あれ……。私、今……、どういう状態、なの?

 徐々に暗闇の世界が輪郭を抱き始め、頭がはっきりとし始める。

 

「――っ!!」


 悲鳴を寸でのところで飲み込み、私は一気に顔が真っ赤になっていくのを感じた。

 ど、どうして……、どうして、征臣さんと一緒のベッドで寝ているの!?

 身体はがっしりと征臣さんの両腕に抱き込まれ、上を向けば美しすぎる西洋の彫刻品のような征臣さんの寝顔がっ!!


(え、……ぇっ、ぇえええ?)


 全然意味がわからない!! この状況は何なの!? 何があってこうなったの!?

 必死に記憶を掘り返し、高速で時間を巻き戻していく。

 確か……、そう、進藤さんと悠希さんの件が終わって、……征臣さんのマンションに来て。

 あぁ、そうだ。一日の疲れが限界にきて、ソファーでお茶を飲んでいる途中で眠くなって、そのまま。という事は、征臣さんがベッドに運んでくれたの?

 

「征臣さん……」


「んっ、……はぁ」


 私がドキドキと戸惑っていると、征臣さんは私とは反対側に寝返りを打った。

 かゆいのか、髪を指先で掻いて、何かブツブツと寝言を漏らしている。

 び、吃驚したけれど……、これで、移動が可能になった、かな?

 

「うぅっ……」


「征臣さん?」


「う、うぅぅっ……、やめ、ろっ」


 渇いていた喉を潤す為にベッドを抜け出そうとしたその時、征臣さんが仰向けに寝そべった状態で右手を宙へと伸ばし、何やら苦痛の声を上げ始めた。

 

「いやだ、……嫌だっ、俺は、俺は、女装なんかっ、……やめろ、やめてくれっ、蒼ぃいいっ」


「……ま、征臣、さん」


 悪夢を見ているのなら起こそうかとも考えていたけれど、う~ん……。

 真夜中に顔を合わせるのも何だか気恥ずかしいし、……ここはひとつ。

 傍目にはちょっと楽しい一人芝居のように寝言を叫んでいる征臣さんをその場に残し、私はキッチンへと向かう事にした。ごめんなさい、征臣さん……!!



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「ふぅ……」


 淹れ立てのホットミルクを手に、ソファーでぼんやりと寛ぐ。

 カチ、カチ、……と、部屋の壁に掛けられている時計の音だけが、闇の中に響く。

 もう日付は変わり、今日からまた、仕事が始まる。

 子供達の元気な顔を見られる。皆で笑い合える平穏な日常が……、やってくる。

 

「……はぁ」


 なのに、私の心の中は、曇ったまま……。

 進藤さんがあれからどうなったのか、悠希さんは、どうしているのか……、気になってしまうのは、自分もそれに関わってしまったから。

 だけど、自分がこうしていれば、とか、後悔の類は考えないようにしている。

 過ぎ去った川の流れはそのまま。どことも知れない果てへ流れていくだけ。

 今回の事は、私だけの問題じゃなかった。それぞれが選んだ道が彷徨い続け、ひとつの未来という道を作り上げた。だから……、過去を悔いる事は、出来ない。

 ……けれど、目が覚めてからお湯を沸かしている時に、またあの思いが、襲ってきた。


「うっ、……うぅっ」


 泣く資格なんかない。泣いても、過去は変えられない。

 それでも……、純粋に悠希さんを慕っていた進藤さんを変えてしまったのが自分だと、この現実を引き寄せたのが、私自身だと……。その事実が、大きな後悔と申し訳なさを生んでは私の心に吹き荒れる。


「ごめん、な、さい……っ」


 テーブルに湯気をのぼらせるマグカップを置き、両手で顔を覆う。

 帰って来た時も征臣さんの前で泣いてしまったのに、また……。


「……っく、うっ、うぅっ」


 暗闇の中で一人涙を流し続け……、暫くしてから、冷めたマグカップの中身を飲み干した。

 後悔ばかりの自分の在り方を洗い流す事は出来ないけれど、……少しだけ、落ち着いた気がする。


「ふぅ、良かった……。征臣さんが起きて来なくて」


 静かに泣いたつもりだったけど、寝室に続いている扉はちゃんと閉まっている。

 また泣き顔を見られて気を遣わせるのも申し訳ないし、……うん、もう大丈夫。

 私はこれからも、きっとこの後悔を胸に抱いて生きるだろう。

 でも、誰だって晴れやかな気持ちのままで生きる事は出来ない。

 辛い思い出や後悔を抱えて、それでも、強くなろうと頑張りながら生きている。

 大丈夫、大丈夫……。思い出す事はあっても、いつかはこの後悔の思い出を乗り越えられる日が訪れる。

 

「もう一杯、飲もうかな」


「じゃあ、俺、珈琲」


「……え?」


 すぐ背後……、というか、今、耳元で物凄く聞き覚えのある声が!!!!!!!!

 恐る恐る、錆びた螺子をまわすように顔を向けると、――。


「よっ」


「ま、征臣さん!? ど、どどど、どうして!? 寝てたんじゃないんですか!?」


 頬に触れた、柔らかな感触。右手をあげて軽く挨拶をするように声をかけてくれた征臣さんだけど、いつから私の背後にいたんですか!!

 

「ふあぁぁ……、帰ってすぐ寝たようなもんだからなぁ。なんか、中途半端に目ぇ覚めた」


「そ、そう、ですか……。で、いつから、そこに?」


 ソファーの後ろで立ち上がった征臣さんが、出掛けた時の服装のまま両腕を伸ばして私の隣に座ってくる。寝起きの、少し乱れた髪型と、眠そうな顔。

 私の質問には答えてくれず、くしゃりと、また帰って来た時のように無言で頭を撫でてくれた。

 何も言わない。何も……。でも、肩を抱いて抱き寄せてくれたこのぬくもりが、私にとっては何よりの救いだった。


「征臣さん……」


「ん?」


「今度のデート、どこに行きましょうか」


「……そうだな。次は、一面花ばっかりのガーデンパークにでも行ってみるか」


「ふふ、見ごたえがありそうですね」


「蒼に邪魔されねぇように、遠くに行くぞ。勿論、泊まりでな」


 冗談なのか本気なのか、征臣さんは左手をぎゅっと握り締めながら力強く、『遠く』と『泊まり』という言葉を強調する。

 いつもの日常に戻ったかのように、空気が和らいでいく。


「そうですね。いっぱい、いっぱいお出掛けしましょう。征臣さんとだったら、どんなに遠くても行けそうな気がしますから」


「安心しろ。お前が途中でへばっても、俺が引っ張り上げてやる」


「ふふ、頼もしいですね。じゃあ、征臣さんが疲れた時は、微力ながら支えになって、一緒に進んでいきますね」


「期待してる」


 ふっ、と、楽しそうに笑ってくれる征臣さん。その隣に寄り添う私。

 他愛のない会話だけを続けながら、思う。


「征臣さん」


「ん~?」


「征臣さん」


「……お前、ただ呼びたいだけだろ?」


 呆れたように言いながらも、征臣さんの声音は柔らかいものだ。

 私の頬に手を伸ばし、その温かなぬくもりで包んでくれる。

 右手を持ち上げ、自分よりも大きな手の感触に寄り添う。


「征臣さん……、有難うございます」


 強引なところもあるけれど、征臣さんは誰よりも優しい人だから……。

 今回の事で私が今何を思っているのか、何を抱えているのか、全部知っていて、救いを与えてくれている。――俺がいるから、元気を出せ。そう、気遣われている事が、とてもよくわかる。

 有難う、征臣さん……。貴方が傍にいてくれるから、私の心は壊れずに済んでいます。

 

「ほのか……」


 ほんの僅かの間。征臣さんが与えてくれる心地良さに瞼を閉じていた私は、焦がれるような響きを帯びた声音に呼ばれ、現実へと引き戻された。

 

「ま、征臣、さん?」


 頬に添えられていた征臣さんの左手が熱を帯び、無言のまま……、身体を倒されていく。

 クッションにぽふんと後頭部が沈み込み、熱い吐息が唇に触れたと思った、その瞬間。

 触れるだけの優しいキス……。その感触はすぐに離れてゆき、征臣さんの切なげな顔が瞳に映った。

 親指で愛おしそうに柔らかな表面をなぞられ、全身が甘く痺れてしまいそうな声で、また名前を囁かれる。

 労わるように……、優しく、愛おしく。

 唇だけでなく、そのぬくもりは頬や目元、鼻筋、首筋、色んな場所に触れてくる。

 

「……お前の痛みごと、喰っちまいたいたくなる」


「征臣さん……」


 その言葉から感じられたのは、恐怖や危険な気配じゃなくて……、征臣さんの心が泣いているかのような、悲しくて……、胸の奥がきゅぅっと締め付けられるかのようなものだった。

 征臣さんにこんな辛そうな顔をさせているのは、……私。


「私なら……、大丈夫です。大丈夫、ですから、ふにゃっ!!」


 心配をさせたくなくて、この人の前では笑顔でいたくて。

 だから、誤魔化したのに……、征臣さんは見逃してくれなかった。

 本気で怒った気配を漂わせながら私の頬をぐにっと引っ張り、洒落にならない凄みのある目で睨んできた。うぅっ……、こ、怖い!!


「泣きたりねぇから、まだ、辛い思いに苛まれてるから、一人で泣いてたんだろうが……っ」


「ふにゃぁっ、ひょ、ひょれはっ」


 だ、だって……、帰って来てから少し泣いちゃったし、流石に二回も征臣さんに頼るわけには……っ。

 それに、征臣さんはぐっすりと眠っていたんだもの。

 私の情けない第二ラウンドに付き合わせるわけにはいかない。

 ……と、頬のお肉をグニグニされながら伝えると、さらに征臣さんの怒りがヒートアップしてしまった!!


「このド阿呆!!」


「ひぃいいっ!!」


「一人で泣かれるくらいなら、縋り付かれて泣かれまくった方が百万倍マシだ!! 睡眠不足になろうが、服がお前の涙や鼻水でぐしょ濡れになろうが、構うもんか!!」


「うぅ……っ、あ、甘やかさないで、くだひゃいっ」


 落ち込む度に征臣さんを頼って胸を貸して貰うなんて、大人として恥ずかしいじゃないですか!!

 それに、ウジウジとする自分を征臣さんに見せ続けたら、きっといつか、情けない奴だ、面倒な奴だ、重い女だ、って、絶対に呆れられるもの!!

 初めて本気で好きになった人に嫌われるなんて、絶対に、絶対に嫌!!

 

「わ、私は……、こ、恋人同士だからって、依存して迷惑をかけるような存在には、なりたくありませんっ」


「ほぉ……、むしろ俺は、お前を依存させまくって離れられなくさせてやりたいけどな?」


「なぁあっ!! な、何言ってるんですか!!」


 ようやく解放された頬のお肉を擦り擦りと撫でさすりながら叫んだ私に、征臣さんが、ふんっと鼻を鳴らす。あぁ……、怒ってる、怒ってる、ますます不機嫌にっ。


「……ってのはまぁ、半分冗談だが」


「残りの半分が怖いです!!」


「やかましいっ。……とにかく、辛い時に恋人を、俺を頼る事は甘えじゃないって話だ。お前だって、俺が一人で何か悩みまくって落ち込んでたら、嫌だろ?」


「それは、……まぁ、はい。力になりたい、って、そう思いますけど」


 多分、私に出来る事はあまりないとは思うけれど、征臣さんが落ち込んでいたら、傍にいたいな、って、そう思う。少しでも、その心を癒せるように……。


「一緒だ。俺も、お前の力になりたい、って、そう思ってる。だから、頼ってほしい……。それが、俺の本音だ」


「征臣さん……」


「どれだけ泣いたっていい。後悔したっていい。一人で泣かないでいてくれるなら、頼ってくれるなら……、必ず、俺が全部受け止めてやるから」


 背中に差し込まれた両腕に強く抱き締められ、懇願を帯びた響きに胸が高鳴る。

 やっぱり、甘やかしすぎですよ……、征臣さん。

 だけど、……どうしようもなく、嬉しくて。私は征臣さんの背中に腕をまわした。


「ありがとう、ございます……っ。私、征臣さんと出会えて、こんなにも想われて、幸せです」


「ん。次から、いや、今からちゃんと俺を頼れよ? それと、……一人で泣かせて、ごめんな」


 優しい、優しい征臣さん。貴方の作ってくれたこの檻の中はとっても温かくて、逃げ出そうとも思えない、心地良い……、私の大切な居場所。

 帰って来た時と一緒だ。征臣さんに抱き締められていると、この人の傍にいると、心の中を埋め尽くしていた不安が薄らいでいく。後悔と苦難を乗り越えてゆく力が、溢れてくる。

 

「進藤さんと悠希さんは……、立ち直ってくれるでしょうか?」


「今は……、まぁ、無理だろうな。どっちも傷が深い。けど……、あの女はクソ図太そうな行動力持ってるし、親もついてる。傍で家族が見守ってやってれば、いつかは這い上がってくるさ」


「悠希さんは……」


 心に消えない傷を負いながらも、ステージへと戻って行った悠希さん……。

 ちゃんと歌う事が出来たのか……、それとも。


「蒼からのメールじゃ、ステージはちゃんとこなしたらしいが……。まぁ、アイツも自分の立場を自覚しただろうし、これからはもう少しキリッとするんじゃないか?」


「そうなると、いいんですけど……」


 悠希さんはとても繊細な人……。純粋すぎて、傷付きやすい。

 自分のファンが、進藤さんが私に対して行った嫌がらせにも怒りを覚えていたし、何よりも……、目の前で命を絶たれようとした事が、一番。

 でも、私には悠希さんを励ます事や寄り添う事は許されない。

 中途半端な優しさが何を生んでしまうのか、よくわかってしまったから……。

 あんなにも激しい、人の憎悪と悲しみを……、私は初めて味わった。

 そして、……人の心が砕け散る、その瞬間も。

 

「そんな顔すんな」


「んっ」


 これから自分がどうすればいいのか。わかっているのに、表情は自然と翳ってしまう。

 そんな私の額にコツン、と、額を触れ合わせ、征臣さんが微笑む。


「あの二人の事は、俺と蒼が時々だが様子を調べて教えてやる……」


「征臣さん……」


「あんなモン見せられて、それで終わりじゃ後味悪すぎだろ……。だから、そのくらいは、な」


 せめて、二人のその後を遠くから見守るくらいは、許されるはず。

 そう慰めてくれた征臣さんに小さく頷き、また優しい感触のキスを受け入れる。


「ん……ッ」


 優しい、優しい……、辛い事も、悲しい事も、何もかもを溶かしてくれる、愛おしい人の温もり。

 互いの左手が絡み合い、しっかりと……、強く抱かれてゆく。


「征臣、さん……」


「……ほのか」


 時の流れさえ忘れて抱き合いながら交わしていた抱擁。

 ようやく互いの唇が離れた時には、二人の間に透明な糸が伝っていた。

 頭の中がぼんやりと蕩かされていて、何も考えられない……。

 征臣さんも、微かに息を乱しながら肩を上下させ、その瞳に堪え切れない『飢え』の気配を揺らめかせている。


「……流石に、あんな事があった夜に……のは、な」


「征臣さん?」


「さて、風呂でも入るか。出勤前にサッパリしておきてぇし、ほのか、お前も入るだろ?」


「え? え、えぇ、は、はい。――あっ、征臣さんっ!」


 心地良いキスと征臣さんの温もりに安心しきっていた私は、離れていく温もりに思わず縋ってしまった。少しだけ驚いた征臣さんが、黒いシャツに掛かっている私の手に視線を落とす。

 ど、どうしよう……っ。子供みたいな引き止め方をしてしまった。

 しかも、現在進行形で気まずいというか、えっと、え~と……!


「……何、やってんだよ」


「あ、あの……、ご、ごめんな、さいっ」


 ど、どうしよう……!! 征臣さんが不機嫌顔で私の事を睨んでいる!!

 まさに例えるなら、うっかり猛獣の巣穴に潜り込んで鼻をつついてしまった小動物の図!!

 引き止めただけで機嫌を損なうとは思ってもみなかったけれど、この気配は明らかに……。

 征臣さんに縋っている手を掴まれ、そこから伝わってくる熱が私をさらに戸惑わせてしまう。

 

「ひとつ聞いとくが……、何、考えてる?」


「そ、その、も、……もう少しだけ、傍にいてほしいなぁ、……と」


「…………ぇ」


「ま、征臣、さん……? あの、も、もう大丈夫ですから!! さっ、お風呂にどうぞ!!」


「――っ。行けるか!! こっの馬鹿兎!!」


「ひぃいいいいいっ!!」


 ど、どうして引き止めたくらいで、こんなに全力で怒られるの!?

 手首を掴む力も強くなってるし、今にも大口を開けて食べられてしまいそうな恐ろしい気迫を感じるというかっ。何が征臣さんの逆鱗に触れているのか、全然わからない!!

 けれど、意味がわからなくても事態はどんどんと容赦なく進んでいくわけで……。

 私は怒っているらしき征臣さんに抱き上げられ、――問答無用で寝室に連行されてしまうのだった。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ――Side 獅雪征臣


「――そうですか。では、報告書は後で受け取りに、はい」


 頼んでいた調査が終わったという報告を受け、携帯の通話を終了する。

 蒼繋がりの調査会社だから信頼出来るのは確実だが……、そういう事だったとは、な。

 会議室の壁に背を預けながら溜息を吐く。重い、重い、持て余す感情の吐露。

 秋葉家の次男と進藤夏美、それに関わる騒動が終わってから二週間が経つ……。

 自分勝手にやらかしてくれた進藤夏美は、蒼の監視下で強制入院中。

 警察に突き出されたのは、ほのかの一件以外にも余罪のありそうな奴らだけだ。

 まぁ、……蒼に見張られるくらいなら、牢屋に放り込まれた方が百倍、いや、千倍はマシだろうけどな。アイツは警察にも、裏にも顔が利く。

 秋葉家の次男の方は、あの日のステージをやり遂げてからすぐ、バンドの活動休止を発表するに至った。今は……、自宅の部屋に籠ってろくに出て来ないそうだ。

 進藤夏美という、一人のファンがしでかした暴走と自分の立場が及ぼす影響。

 それを鮮烈に、生々しく、秋葉家の次男は自覚し、受け止めたはずだ。

 その心の傷がどれほど大きく、深いとしても……、自分で乗り越えて立ち直っていく事が、アイツへの罰であり、新しい一歩だろう。

 ほのかもまだ傷を抱えながらも、ちゃんと日常に戻る事が出来ているし……。


「次は、俺の番だな」


 今度は俺の、俺とほのかの幸せを掴む為に必要な手順を踏ませてもらう。

 たとえ、俺の掴んだ情報が、これからの行動が無駄になるとしても……。

 

「アンタにも、けじめってやつを着けさせてやるよ……」


 結果がどうなったとしても、俺の選択はひとつだ。

 ほのかと結婚出来るなら、獅雪の家も、今の職も、全部捨ててでも先に進む。

 その心と覚悟に迷いはない。俺の道は、俺自身で決める。

 まぁ……、出来れば、ほのかには悲しい顔をさせない結果が待っているといいんだが……。



「あれが簡単に何もかも頷くわけもない、か」


「失礼しま、――ぁあああっ!! いたぁああっ!!」


 会議室から見えるビルの群れに視線を向けたまま佇んでいると、同じ課の同僚が血相を変えて飛び込んできた。まるで社内を全力疾走してきたかのような……、多分、やったんだろうが。

 

「どうした? 何かあったのか?」


「しゃ、社長が、お父様がお呼びなんですよ~!! 何でも、会わせたい方がいるので、早く来い、と」


「……ちっ、またか」


 まったく……、何度同じ事をさせれば気が済むんだか。

 結果をわかっていて無理を押し付けてくる親父に内心で悪態をつきながら、俺は会議室を後にした。

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