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俺様獅子との猛愛エンゲージ!  作者: 古都助
~第二部・俺様獅子様の出張と婚約パニック!~
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悠希と月夜

「ほのか……」


「ゆ、悠希さん……っ、ちょっ、お、落ち着きましょうっ」


 観覧車の後、もうひとつのアトラクションを経ての小休憩。

 進藤さんから逃げるように建物の裏で休んでいた私は、後を追ってきたらしき悠希さんに観覧車での一件からの追撃を受けていた。

 背後に現れたかと思うと、突然私の身体を抱き締めてきた震える腕の感触。

 離してほしいと小声で訴える私を解放するどころか、悠希さんは私の耳や頬にキスを降らせ、壁の方へと押し付けた。


「ほのかのお兄さんに言われたから……、あの子に対する怒りは抑えてる。……けど、そろそろ、限界……」


「んっ、ゆ、悠希さんっ、だ、だからって、これは、ちょっと……。だ、誰か来たらどうするんですかっ」


「あの子がほのかに何をやったか、今日、何をしてたか、ずっと見てた……。俺の歌を好きだって、そう言いながら……、俺の大切な人を傷付けてるあの子を……、俺は、許せない」


 あぁっ、征臣さんだけじゃなく、悠希さんの方もご立腹状態になってる!!

 その芸名通り、穏やかで静かな月の夜を思わせる悠希さんの瞳には、心の底から怒っている気配が滲み出していて、本当に限界まで抑え込んでいる事がわかる姿だった。

 

「俺のファンでも、……ずっと、見ててくれた子でも、ほのかを傷付けるのなら、絶対に、許さない……」


「だ、駄目ですよ!! 蒼お兄ちゃんや征臣さんが何を考えているのかはわかりませんけど、悠希さんがそれをしちゃ駄目です!! 進藤さんは……、間違った事をしていますけど、貴方のファンなんですっ。そして……、その純粋なファン心を捻じ曲げたのは、私なんですからっ」


 彼女だけが悪いわけじゃない。悠希さんが有名な人だと知っていて、異性の立場であるのに、関わりを拒めなかった私にも、責任はある。

 そのせいで……、私は、進藤さんと悠希さんの二人を傷付ける立場となってしまったのだから。


「ファンであっても……、俺の心にまで踏み込んでくる資格は、ない」


「悠希さん……」


「ほのかの事を好きになったのも、俺を見て欲しいって、そう願ってるのも……、ファンには関係ない。バンドで活動している月夜としての俺は、歌声は、売り物だけど……、心は売らない」


 うぅ……!! 進藤さんとはまた違う意味で純粋過ぎるというか、好きなものに一直線過ぎるというか……。は、早く、何とかしないと!!

 大型の草食動物が肉食系に豹変する危険性を感じた私は、周囲を気にしながら思い切って言った。


「ゆ、悠希さんのお気持ちは嬉しいと思っています。だ、だけど……、私が貴方の特別になる事はありません」


「ほのか……」


「私が好きなのは、ずっと一緒にいたいって、心から求めているのは、征臣さんだけなんです」


「……」


 これできっと、わかって貰える。可能性がひとつもないと、ちゃんと伝えたのだから……。

 けれど、真剣に伝えた私に対する悠希さんの目に寂しそうな気配がよぎった後、それは起こった。


「……えば、いい」


「え?」


 悠希さんらしくない、力強い意志を宿したその視線に……、得体の知れない震えが全身に走った。

 近づけられてくる顔から、目が、離せない。


「ホテルでも言った……。俺は、ほのかの事が好きだ、って。別の男に心が在っても……、奪えばいい、って」


「た、確かにそう言ってましたけどっ、無理ですっ!! 無理ですから!! 何をされても私は、ひぃっ」


 綺麗過ぎる顔が至近距離で据えられ、悠希さんの熱を含んだ吐息が肌に触れた。

 穏やかに私を見ていたはずの瞳に、ゆらりと垣間見えた、獲物を狩る獣の気配……。

 その姿はまるで、ボーカルをやっている時の激しい気迫を纏った月夜さんのようで……。


「今は無理でも、頑張れば手に入る事だってある……。だから、諦めない」


「が、頑張っても、ぜ、絶対に……、私は、征臣さんオンリーです!!」


 負けちゃ駄目、負けちゃ駄目!! ここで気圧されたら、強引に奪われてしまうかもしれない!!

 私は心の中で俺様獅子な征臣さんにガォオオオッ!! と、吠えて貰ったていで悠希さんを睨むと、絶対に無理です!! と、お断りの言葉を重ねた。

 最初は告白された事で動揺してしまったけれど、ここできちんと拒絶しておかないと、どちらの為にもならないもの。


「好き……、ほのか」


「悠希さんの事、お友達としては好きです。でも、それは異性への愛情じゃないんです。諦めてください」


「無理……。俺は、歌よりも……、ほのかの事が、好き、だから。フラれても、追いかける」


 進藤さんと悠希さんの共通点を見つけた気がする。

 一度心を寄せた相手に対する激しい執着心と、この諦めの悪さ……。

 このままだと、私が落ちるまで本当に迫り続けてくるかもしれない。

 どうすれば諦めてもらえる? どうすれば、この人の想いを宥める事が出来る?


「ほのかが俺を選んでくれるなら……、バンド、辞めてもいい。そうすれば、ほのかを守りやすくなるし、俺も、ほのかの事だけを考えて生きていける」


「――っ!!」


 その言葉に、衝動的な行動が起こった。

 私の顎を持ち上げ、キスを迫ってきた悠希さんの頬を、渾身の一撃が襲う。


「……っ、ほの、か」


「ふざけ、ないで、……くださいっ。私の為にバンドを辞める? 貴方、何言ってるんですか……っ。今まで一生懸命歌ってきた自分を、バンドの皆さんを、応援してくれたファンの人達の想いを、軽々しく捨てるような真似、しないでください!!」


 人を傷付ける事なんてしたくない。子供達にも、暴力的な事をしてはいけないと言い聞かせている。それなのに……、今の私に迷いはなかった。

 私一人の為に夢を、居場所を、積み重ねてきた大切な想いを捨てようとした悠希さん。

 本気で言ったわけじゃないかもしれない。それでも、……許せなかった。


「悠希さん……、貴方が今手にしている居場所は、その立場は、貴方一人で作ったものじゃないんですよ……っ。歌を好きだって、そう言った貴方が、沢山の人達の想いを裏切ろうとした事を、自覚してください!!」


「……ほのか」


 夢を捨てると、立場を捨てでも私を望むと言えば、落ちると思ったのだろうか。

 自分の大事なものを差し出せば、見返りに自分の想いに応えてくれる、そう思ったの?

 ふたりと後ろによろめいた悠希さんが、痛む頬を押さえて俯いた。

 傷付いている……。だけど、まだやめるわけにはいかない。


「私は……、自分の夢を簡単に捨てるような人は、嫌いですっ」


「――っ」


 絞り出すように放ったその言葉が、ついに悠希さんの心にトドメを刺した。

 コンクリートの地面にがくりと崩れ落ち、両手を着いた悠希さん。

 言い過ぎたかもしれない。けれど、自分の夢と好きな人の狭間で悩みまくっている私の心は、彼の言葉を許せなかった。

 夢は必死に努力して叶えていくもの。叶えた後は、今度はその道を失わないように、一生懸命走って、叶え続けてゆくもの。

 だから……、簡単に、捨てるなんて、言わないでほしい。

 

「でも……、俺がこの立場にいる限り、ほのかにも……、迷惑が」


「彼女とは、あとでちゃんと話します。悠希さんとは何でもない、って、ただのお友達だって、しっかりとお伝えします」


「ただの……、お友達」


「お友達です。それが、告白のお返事です。ちゃんと受け取ってください。それと、これから何があっても、どんな事をしても、私の心は征臣さんだけのものです。……覚えておいてください」


 心を揺らしてはいけない……。目の前でポロポロと泣かれているけれど、それに流されてはいけない。さっきまでの強気な態度が消えてしまった悠希に少しでも優しくすれば、彼はそれを希望と勘違いして、また想いを育ててしまう。

 そうならないように、私は背を向けて歩き出した。

 建物の裏手から角を曲がり、――そこで。


「征臣さんオンリー……、ねぇ? あんな強気な態度のお前、俺に対する告白の時以外じゃないか?」


「――っ!!!!!!!! ま、まままままま、征臣さんっ!?」


 ニヤニヤとしながら曲がり角で待ち構えていた征臣さんに、私は全速力で逃げ出しかけたところを捕獲され、その腕の中に抱き締められてしまった。

 み、見られてたの……!? どこから!? どこから観察されていたの!?

 

「あ、あのっ、あのっ」


「俺が助けに入らなくても、ちゃんと振ってやれた事を褒めてやる」


「……どこから、見てたんですかっ」


「ずっと。お前がへこんでんじゃないかって、ちょっと様子を見るだけのつもりだったんだが……、あの秋葉家の次男が手を出したところで、危うく乗り込みかけた」


 つまり、全部見られていた、と。

 他の男性に迫られて赤くなったり動揺していた姿も、途中で衝動的に悠希さんを叩いて怒った事も……。あぁあぁっ、恥ずかしいっ!!

 

「お前の場合、俺の時と同じように強引な口説かれ方をすれば弱くなっちまうんじゃないかって、ちょっとだけ心配した……」


「それって、私が悠希さんに迫られ続ければ、流されたかもしれない、って、そう言いたいんですか?」


「いや。どっちかっつーと、迫られすぎて困り果てるルートに行くんじゃねぇかと、そう思ってた。それと、俺を捨てるなんてルートは、最初から有り得ないってわかってるから安心しとけ」


「うぅ……っ、私だって、嫌なものは嫌って、ちゃんと言いますよっ。今日だって、最初にホテルで告白された時にちゃんとお断りしましたしっ」


「あ? ホテル?」


 しまった!! 言わなくてもいい事をぺらっと!!

 征臣さんの背後から地鳴りのような何かが聞こえてくるような気がして、恐る恐る顔を上げると。


「ホテルで、何だって?」


(物凄く爽やかな笑顔!!)


 瞬間、ガシャーン!! と、俺様獅子の檻に放り込まれた子兎よろしく、猛獣の包囲が完成した事を知った私は、ぷるぷると震えながら、引き攣った笑顔を返した。


「ちゃ、ちゃんと……、お断り、しまし、たっ」


「それは勿論わかってる……。で? あの天然気質なクソガキに……、何された?」


 語尾に可愛らしいハートマークが付きそうな、そのにこやかな尋問に、さらなる震えが走る!!

 何をされた、って……、えーと、えーと、確か、ソファーに押し倒されたり、額にキスされたり。

 

「と、特には……、何もっ」


「ほぉ……」


 絶対に言っちゃ駄目!! 今だって向こうで打ちひしがれている悠希さんが、さらに大変な追い打ちをかけられてしまう可能性が出てしまう!!

 けれど、私の嘘などお見通しのご様子で、爽やかな笑顔全開だった征臣が、一瞬で怖い真顔になる。


「俺には言えねぇような真似をされたって事か? まさか」


「されてません!! されてません!! ひ、額に少し触れられただけです~!!」


「野郎……っ、人のモンになんつー事をっ。さっきのと合算して、十発ぐらい殴ってもいいよなぁ?」


「暴力は駄目です!! 暴力は!! 征臣さんっ、お願いですから落ち着いてくださいっ」


 悠希さんの所に乗り込んで行こうとする征臣さんの首に縋り付き必死の懇願を繰り返した私は、ガルルッ!! と、強い怒りを表しているその口を塞いだ。

 自分からなんて滅多に出来ないけれど、私からのキスに目を丸くした征臣さんが、ずるずるとその場に崩れ落ちていく。


「ん……っ、ほの、か」


 征臣さんは、私からのアプローチに弱い。

 押し付けられている温もりに、俺様獅子の怒りに燃えていた瞳が、とろんと潤み始める。

 縋り付いている私の背中を抱き締め、求められるままだったその熱が、今度は攻めの姿勢に変わってゆく。


「征……、お、……っ」


「……はぁ、……このぐらいで、俺の怒りが治まると思ってんか?」


「お願いします……」


「……クソッ。そういうあざといところが、蒼と似てるんだよな、お前はっ」


 穏やかな気質的に似ているね、と、親戚の人達に言われる事はあるけれど……。

 蒼お兄ちゃんに『あざとさ』なんてあったかな?

 征臣さんの両足の間でちょこんと座って首を傾げていると、恨みがましい視線がグサグサと。

 

「とりあえず……、殴るのはやめておいてやる」


「征臣さん……!!」


「あぁっ、こら!! 抱き着くな!! 抑えが利かなくなるだろうが!! こらっ!!」


「抑え、ねぇ……。お前はいつでもウチの可愛い妹に本能全開だろう? 征臣……」


 お願いを聞いてくれた征臣さんにお礼を何度も繰り返していると、いつの間にか真横に蒼お兄ちゃんの姿があった。お、音もなく、そこに現れたような……。

 悠希さんのとの件以外にも、また見られて恥ずかしい場面を目撃されてしまった。

 真っ赤になって離れた私に、ではなく、蒼お兄ちゃんは征臣さんにお説教を始めてしまう。


「はぁ……、何度言ったらわかるんだい? 征臣。俺達がほのかと接触したら、あの子が気付いてしまうだろう? 計画を成功させる為にも、少しは忍耐力というものを」


「だああっ、わかったって!! 俺が悪かった。けど、一応あの女に見つからない場所を選んで接触してるんだ。このぐらい」


「そういう油断が、後で大事おおごとを招くんだよ。ほら、行くよ、征臣」


「痛ぁあっ、こらっ、人の首根っこ引っ張るなぁああっ!!」


 相変わらず、蒼お兄ちゃんの方が精神的に強い立場なんだなぁ……。

 いつでも落ち着いた雰囲気の蒼お兄ちゃんと、その手に引き摺られながら元気よく抵抗している征臣さん……。ふふ、まるで兄弟みたい。


「あぁ、そうだ、ほのか」


「は、はいっ!!」


 通りの方に歩きかけていた蒼おにいちゃんが、真剣な眼差しで私を振り返ってくる。


「何があっても、……怖がらなくて大丈夫だからね」


「え? う、うん……」


 それは多分、これから起こる『何か』に対してのフォローだと、私は少し考えた後に気付いた。

 詳しくは聞かされていない、『今日で片を着ける』というあの言葉の意味……。

 小さく手を振って蒼お兄ちゃんと征臣さんを見送った私は、建物の裏手を伺ってみた。

 もうそこには悠希さんの姿はなくて……。彼の残していった、傷付いた気配だけが、ほんの少しだけ感じられる場所となっていた。


(ごめんなさい……、悠希さん)


 出来る事なら、もう少し気遣った断り方をすべきだったのかもしれない。

 向けられた想いを打ち払うような態度で、拒むべきではなかったのかもしれない、と……。

 そう思ったけれど、不思議と後悔はなかった。

 悠希さんが垣間見せた、強気な態度……。あのままオドオドしているだけじゃ、きっと……。

 強く、冷たく見えたとしても、きっぱりと拒絶しなければ、間違いが起こっていたかもしれない。

 だから、今日が終わったら……。


(もう、二度と……、悠希さんとは会わない)


 あの純粋で優しい人を、これ以上傷付けたくはないから。

 だから、私に出来る精一杯が、『別れ』という選択だった……。

 訪ねて来ても、連絡が来ても、彼の想いに火をつけるような真似をしない。

 そう固く決めて、私は集合場所へと戻った。

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