俺様獅子の優しい看病
病院で点滴を受け、無事に自宅まで戻ってきたほのか。
兄、蒼と獅雪の会話から始まります。
「……すまないな。助かったよ……」
「いや、俺も仕事を早めに終わらせて来て良かった……」
「で?……今日は泊まっていくんだろう?」
「会社の方には連絡してあるから、そのつもりだ」
……再び意識を戻した私の耳に、蒼お兄ちゃんの声が聞こえてくる。
相手は……、獅雪さんの声だ……。
落ち着いている時の彼の声は、耳に心地よくて……密かに私の好きな部類の音だったりする。
ぼんやりとそんなことを考えていると、蒼お兄ちゃんが部屋から出て行く際に閉めた扉の音で、
私の意識は曖昧な眠りの中から目覚めた。
「ほのか、大丈夫か?」
「はい……。ん……」
一旦起き上がろうと身を起こそうとした私は、ふらっと襲ってきた眩暈に屈してまたベッドの中に逆戻りをしてしまった。
駄目だ、やっぱりまだ力が入らない……。
「無理すんなって言ってるだろう。
何か用があるなら俺に言え。出来る事ならしてやるから」
「獅雪さん、私のことなら大丈夫ですから……。
はぁ……お家に……」
「病人は黙って寝てろ。明日は休みだから、別にいいんだよ。
素直に看病されてろ」
嘘だ。……さっき、聞こえたもの。
会社に連絡したって……。私のためにお仕事を休むなんて駄目だよ……。
首を力なく振って、帰ってくれるようにお願いしたけれど、それで引く獅雪さんじゃなかった。
お母さんの持ってきてくれたお粥の入ったお盆を扉のところで受け取ると、
私の傍に座って、それをレンゲで掬って口元に運んで来てくれた。
「少しは食べておいたほうがいいからな」
「んっ……すみません」
「だから、謝るなって言ってるだろ。
次言ったら、押し倒すぞ」
お粥を口の中に入れてもらいながら、私は獅雪さんの冗談なのか本気なのかわからない言葉に小さく頷いた。
ふーふーと冷ましてくれたお粥は、口の中で僅かな塩味を感じさせながら喉の奥に消えていく。
こんなに綺麗な人に食べさせてもらっているというのに、私の思考は夢の中にいるみたいにぼーっとしている。
このくらいでもういいですと伝えると、獅雪さんがお粥の入った器をお盆に戻してそれを横に避けた。
「きついか?」
「ちょっとだけ……。気を抜いたらすぐ寝ちゃいそうです……」
「薬を飲んだら寝てもいいぞ。傍にいるから、安心して眠れ」
「……はい。ありがとうございます」
お水の入ったコップと薬を、私は少しだけ後ろに置いたクッションに背をもたせかけて、
獅雪さんに支えられながら嚥下した。
苦い……。粉薬も混じっていたせいか、その味に少々眉を顰めてしまう。
ゴクゴクと水を飲み干して、また横たわる。
「最近、嫌な風邪が流行ってるからな……。
充分に気を付けないと駄目だぞ」
「そうですね……。……」
「眠いか?」
「はい……。……あの、獅雪さん……」
「なんだ?」
「眠る前にひとつだけ、……聞いてもいいですか?」
今にも閉じてしまいそうな瞼を必死で支えて、私は獅雪さんに切りだした。
ずっと聞きたくて、まだ問いを投げる事が出来ていなかったこと……。
私の右手を両手で包み込むと、獅雪さんが「いいぞ」と答えてくれた。
「ずっと……、不思議、だったんです。……あの、お見合いのこと……」
「……」
「獅雪さんほどの人が、どうして……お見合いなんてしたんですか?
私にあるのなんて……、お父さんが社長ってこと……くらいですし……、
美人でも頭が良いわけでもない私と、どうして……」
「俺は、結婚相手の実家の財力なんて当てにしてない」
「蒼お兄ちゃんも、……そう、言ってました……。
だから……、不思議なんです……」
獅雪さんが、私と仮の婚約までした理由……。
その真意が知りたくて……、私は喋り続けた。
獅雪さんは黙って、私の言葉に耳を傾けてくれている。
「私は、どうしたらいいのか……、わからないんです……。
貴方に感じるこの気持ちがなんなのか……、
獅雪さんが、私に何を求めているのか……」
お互いの考えていることがわからなくて、私はこの想いに名前をつけることを恐れている。
もし自覚して、貴方にそれを告げたら……、その後どうなるのか……。
先の見えないこの想いに、私は翻弄されるしかない。
暫く、無言のままの時が部屋に流れた。
獅雪さん、答えては……くれないんだろうか。
そう諦めかけた時、獅雪さんがゆっくりと口を開いた。
「今話してもいいが……、
お前のことだ。どうせ風邪が治ったら忘れてるとか、そういうオチを持ってくるんだろう?
だから……、今はまだ、おあずけだ」
「そんな……意地悪ですよ……」
「俺が意地悪なのは、お前も知ってるだろう。
大体、病気で弱ってるとこに、さらに爆弾抱え込んでどうするんだ、ん?」
「爆弾って……、そんなに衝撃的な……何かが……あるんですか?」
「お前にとってはそうなるかもな。
下手に全部教えて、今の熱にプラス知恵熱まで抱えてもらったら、
さすがに俺が蒼にぶん殴られる。
……だから、今は勘弁しろよ」
困ったような表情を浮かべて、私の額を撫でる獅雪さん……。
教えてほしいのに……、意地悪で優しい貴方は、本音を隠して笑いかけてくる。
蒼お兄ちゃんとは同じようで違う、触れ合っている手の温もりがどうしようもなく熱くて切ない……。
私は、眠る直前、「治ったら、絶対……約束ですよ」と小さく呟いて、ストンと意識を手放した。
「本当は苦しめたくなんかないんだけどな……。
俺が抱え込んでたぶん、少しでもお前にそれを感じて欲しいなんて欲張ったせいか、
……無理をさせすぎたようだ」
無音になった部屋の中、獅雪さんの自嘲めいた呟きが零れ出た。
私の頬をなぞる指先が、ふいに温かな感触を肌に残し、名残惜しげに離れていく。
けだるい眠りの中にあった私には、見ることの出来なかった光景……。
だけど、その心地よい温もりは、夢の中の私の心を癒し、その眠りを穏やかなものへと変えてくれた。
ほのかが華麗に鈍感なので、獅雪の苦労は計りしれません。(滝汗)