参加者の中には……。
「きゃぁ~ん!! 今日はよろしくお願いしまぁ~す!!」
「「「よろしくお願いしま~す!!」」」
「よ、よろしく、お願い、します……」
遊園地内に響く甲高い女性の声に吃驚しながらも、私はぺこりと彼らに頭を下げた。
有名アーティストとして華々しい活躍を展開している、悠希さんこと、ボーカル月夜さんの率いるビジュアルバンドの面々。
その周囲には私を含めた年若い女性達が彼らを取り囲み、我先にと挨拶をしている。
さらに、そんな私達を今回の『企画』スタッフ達が見守っているという構図だ。
事前に抽選で選ばれていたという月夜さん達のファンを招待しての、交流企画。
この遊園地を舞台に、月夜さん達バンドメンバーと楽しく過ごしましょうというテレビ局の企画らしいのだけど……、なんか、私は場違いな気がしてならない。
(皆、着飾った可愛い人や綺麗な人ばっかり……、本当にこの中にいていいのかなぁ)
特に、今悠希さんにべったりと張り付いて自分アピールをしている一番テンションの高い女性、いや、まだ女の子と呼んだ方がしっくり来るギャル系の子に、私や他のファンの女性達はその勢いに気圧されてしまっている。
進藤夏実さん。そう、彼女が名乗る音が聞こえた。
その声に、聞き覚えがあると思ったのは、間違いない……。
「今日のイベント、すっごく楽しみにしてたんですよぉ~!! アタシ、月夜さんの事が一番好きで~!!」
「そう、有難う。今日はよろしく」
……夏実さんの熱烈アピールもなんのその。
悠希さんは月夜さんモードで当たり障りなくかわしながら、企画スタッフの方に最終確認をすると言って彼女の傍を離れてしまった。
心なしか、悠希さんがお疲れ気味に見えるのは、まぁ、仕方ないかもしれない。
夏実さんは一人だけテンションが凄くて、私も他のファンの皆さんも耳を塞ぎたいという顔をしているのだから。
正直、帰りたい。今すぐに休日をやり直したい。でも、それが出来ない一日の始まり……。
こっそりと溜息を吐きながら立っていると、鋭い敵意の込められた視線を感じ取った。
ちらり……。
(夏実さん……)
殺意さえ感じるようなその視線を受け止めれば、悠希さんに対してとは全然違う彼女の顔を見てしまった。
けれど、それはほんの僅かの事で、夏実さんはすぐに愛想たっぷりの笑顔を浮かべると、ファンの人達にも挨拶を交わしてゆく。
「今日は一緒に楽しみましょうね~!!」
擬音がつくとしたら、確実にあれだと思う。……『きゃるん!』的な。
どう考えても死語な気がするけれど、それが一番当てはまるような子だ。
彼女は一人一人に握手を求めて挨拶を繰り返すと、最後に私の方へと寄ってきた。
「初めまして~!! アタシ、進藤夏実って言いますぅ~!! お名前なんて言うんですかぁ~?」
お願いします、出来れば貴女に関わらないでいられる人生を歩ませてください。
そう心の中でげんなりと零した私だったけれど、差し出された手に応えるしかなかった。
「す、鈴城ほのか、です……。今日はよろしくお願いします」
笑っているけれど、彼女の瞳の奥には凄まじい敵意の気配が渦巻いている。
握ったその手に、とんでもない力が籠り……、私は小さく声を漏らして眉を顰めた。
「ホント……、今日は一緒に、……楽しみましょうねぇ?」
「は、はい」
痛い痛い痛い!! こ、この子っ、なんて馬鹿力をぉおおっ!!
手の骨をバキバキにやられてしまうんじゃないかってくらいに握り締められて、ようやく彼女が離れてくれた時には、私の右手はジンジンと辛い痛みに絶叫をあげそうになっていた。
(わ、わかりやすい子……っ)
右手を労わりながら、ファンの人達の中に紛れ込んだ夏実さんの背中を見つめる。
今回の『企画』……、これに参加するようにと悠希さんから言われているけれど、あの子と一日一緒、か。
征臣さんが事前に言っていた通り、大変な一日になりそうな予感が凄い。
あの進藤夏実さんが……、私に対しての嫌がらせを繰り返していた女の子。
一声聞いただけですぐにわかった。それに、あの目を見れば、嫌でも自分に対して何を思っているのかが丸わかりだもの。
(大丈夫……、征臣さんと約束したもの。最後まで頑張る、信じる、って)
だから、多少の嫌がらせを受けたとしても、最後まで耐え抜いてみせる。
それに、私だってただ敵意を向けられ続けて、それを受け止めるだけの立場でいる事には耐えられない。
(真っ向から……、立ち向かう。絶対に負けたりなんかしないっ)
と、決意を込めて一歩踏み出した、その瞬間。
「すみませ~ん!! 遅くなりました~!!」
「え?」
ここにいるはずのないその声に振り返ると、遊園地の入り口から走ってくる一人の女性の姿があった。少し幼めの、可愛らしいけれど、確かな美しさを兼ね備えた黒髪の……。
「ゆ、幸希ちゃん!?」
「遅くなってすみませんでした! 今日皆さんと一緒に参加させて頂く、月埜瀬幸希です。どうぞよろしくお願いしますね」
なんでここに幸希ちゃんが!?
ふんわりと愛想良く微笑んだ親友が、流れるような動きで私の隣へと収まった。
「ゆ、幸希ちゃんっ、なんでここにっ!?」
「蒼お兄さんから連絡を貰ったの。ほのかちゃん一人じゃ、……悪魔の犠牲になっちゃうから、って」
「あ、悪魔……」
「ふふ、事情は全部聞いてるから大丈夫だよ。今日一日、頑張ってほのかちゃんを守るからね!!」
そう言って自信満々に微笑んだ親友の視線が、ぎろりとある人物に向いたのを見てしまった私は……、だらだらと冷や汗を流しながら今日一日の始まりに息を呑むのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
――Side 獅雪征臣。
「あのクソガキ……っ、マジいっぺん絞めこ」
「はい、カット。気持ちはわかるけど、今は我慢だよ、征臣」
ほのかと駐車場で別れた後、俺と蒼は遊園地のパンフレットと企画で巡るコースを確認しながらすでに園内でスタンバっていた。
企画参加メンバーを遠くから隠れて見守りながらの行動になるが、すでに序盤から腸が煮えくり返りそうで堪らない。
ほのかにわざとらしく近付き挨拶をしたかと思えば、――なんだ、あの横着極まりない嫌がらせは!! ほのかの手の骨が折れでもしていたら、どう責任を取るつもりだ!!
「悠希君が協力してくれたお陰でスムーズに進んでるし、あの夏実って子も……、これから天国じゃなくて地獄に直行だとは、思ってないだろうしねぇ」
元々、今日の企画は秋葉家の次男が所属しているバンド絡みのもんだが、それを利用する事になったのは、あの進藤夏実をおびき出す為だ。
相当入れ込んでるみたいだからな……。絶対に出てくるとは踏んでたが。
(予想以上のクソガキだったな。しかも、かなりウザいタイプの)
秋葉家次男への執着も相当だが、ファンの枠を超えたあの態度には、周りが見事にドン引いている。あきらかに日本人顔だが、長いウェーブかかった髪を金髪に染めたそれを頭の両サイドでツインテールにしているその女は、所謂ギャル系の派手な服装に身を包んでいた。
かなりの厚化粧で、付け睫毛は倍盛り。カラコンを入れているのか、瞳の色は青。
ついでにこの真冬でもミニスカという最強装備……、腰冷えるぞ。
滅多な事では他人相手に嫌な顔をしないだろうほのかも、若干口の端が引き攣っている程だ。
「ほのかまで参加してくるとは思わなかったんだろうね……。どんな嫌がらせで苦しめようか、絶対企んでる顔だよ、あれは」
「それを見越して、ほのかの友達を呼んでおいたんだろ? まさかあの子が参加してくるとは思わなかったが、凄いな……、進藤夏実を喰い殺すような気配が静かに滲み出してるぞ」
企画参加メンバーの許に遅れてやって来た黒髪の子。
それは、俺が前に一度会った事のある、ほのかの幼馴染であり、親友の月埜瀬幸希という女性だ。
本当ならもう日本を出ているはずだったんだが、彼女の気が変わって良かった。
蒼からの協力を無条件に受け入れた彼女は、少しでもほのかの負担が減るようにと、この場に駆け付けてくれたのだ。……なんか、凄ぇ怖いけど。
「ほのかの傍にいてくれるだけでいいってお願いしたんだけどね……。うん、幸希ちゃんは海外に行って色々変わったなぁ。昔はもっと大人しい感じの子だったのに」
「けど、頼もしいよな」
「うん。俺達が動く必要がないくらいに……、気配だけで進藤夏実を地獄に叩き落しそうだね」
その調子で、俺のほのかを守ってやってくれ!!
駆け付けた救世主の頼もしさに惚れ惚れとしていると、蒼の携帯が着信を知らせてきた。
「はい、……あぁ、はい、そうですか。じゃあ、そのまま分かれて行動で、ええ、お願いします」
通話を切った蒼に視線で問いかければ、準備に不備がない事を意味する頷きが返ってくる。
今日一日、自分達の休みを潰してでも決行する事にした計画と準備を、絶対に無駄にしたりはしない。
「一応、幸希ちゃんにはある程度まででお願いしてあるから支障はないだろうけど、……タイミングをミスったら全部無駄に終わってしまう。心してかかるよ、征臣」
「あぁ……。今日であのクソガキに関わる全部、終わりにしてやるよ」
たとえガキ相手でも、もう容赦をしてやれる寛容さは、俺と蒼の中にはない。
散々警告を与え、見逃してやってもいいという時期は過ぎたんだ……。
園内にある自販機の陰から企画参加メンバー達に紛れてはしゃいでいる進藤夏実に視線を据えながら、俺達はその後を追って行った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
――Side 鈴城ほのか
「は~い!! それじゃあまず最初は~、コーヒーカップ行きますよ~!! さっき引いて貰った同じクジ色の人とパーティーを組んでくださいね~!!」
今日の企画司会進行役の男性がコーヒーカップ乗り場の前でそう言うと、私は同じクジ色のそれを持った悠希さんに手招かれ、恐る恐る傍に寄って行った。
銀長髪のウィッグを着けている悠希さんは、私が目の前に立つと、嬉しそうに笑みを浮かべてくれる。けれど、その微かに嬉々とした表情を以前のように受け止める事は出来ず、さっと視線を逸らしてしまった。
ホテルの一室でされた告白が、まだ尾を引いているというか……。
悠希さんの私に対する感情が男女間における好意だと知ってしまったから、だから。
「ほのか……」
こんな所で名前を呼ぶのは不味い。そうこっそり注意しようとした矢先、音もなく私の横に幸希ちゃんが並んできたのに気付いた。
険しげな視線で睨んでいるその先には……、夏実さんの姿がある。
夏実さんは拳を震わせながら幸希ちゃんを、違う、その横にいる私に、敵意の視線を向けているのだ。
「進藤さん、月夜さん、ほのかちゃん、よろしくお願いします」
「あぁ、よろしく」
「……ふふ、月夜さぁ~ん!! アタシぃ~、月夜さんの隣がいいで~す!! えいっ!!」
男性の前ではなんとやら。
夏実さんはまたまた恋する女の子の顔に豹変すると、悠希さんの左腕にがばりとしがみついてきた。悠希さんと幸希ちゃんから、一気に不機嫌のオーラが溢れ出すけれど、それにも怯まない夏実さんは相当の猛者だと思う。
「進藤さんは、本当に月夜さんが好きなんですね」
ぼそり、つい口から素直な感想が零れてしまった。
それを耳にした夏実さんが、ぎろりと私を睨んだのと同時に、にんまりと満面の笑顔になる。
「はい!! 三年前からずぅ~っと、ずぅ~っと好きだったんですよ~!! 他の誰にも負けないぐらい、好きで、好きで」
お前とはファンとしても、一人の恋する女の子としても、格が違うんだよ。
なんだかそう言われているような気がした。
きっと、私の存在がなければ……、彼女は純粋なファンの女の子として、あんな真似をしたりはしなかったはず。私が、悠希さんと出会わなければ。
「だ~か~ら~、今日の抽選に当たって、本当に、本当に嬉しかったんです!! ふふ、さぁ、行きましょう~!!」
悠希さんの腕を引っ張ってコーヒーカップに乗り込んで行く二人の姿を見送りながら、私はぼんやりと立ちつくす。
夏実さんは、ファンとしても、一人の女の子としても、悠希さんの事が大好きなのだろう。
ううん、彼女だけじゃなくて、悠希さんを、月夜さんを慕うファンは多い。
そこに私みたいな存在が現れたら、やっぱり、そんな彼女達を不安にさせたり、嫌な思いをさせてしまう事は確実なわけで……。
(ちゃんと考えるべきだった。悠希さんの立場や、自分の立場を、ちゃんと……)
悠希さんは不思議な人で、寂しがらせちゃ駄目だって、本気で拒んではいけないって、そう思ってしまう事が多くて、ついズルズルと……、友人関係ではあっても、関わり続けてしまった私にも責任がある。
その結果、悠希さんは私に対して恋愛感情を抱いてしまい、こんな事になっているのだから。
溜息を小さく吐き出しながら立ち止まっている私の肩に、ぽんと、優しい温もりが添えられてきた。
「ほのかちゃん、行こう」
「幸希ちゃん……、うん」
自己嫌悪に陥っていた私を励ますように、昔からの親友の温もり。
彼女は私が今何を考えていたのか、朧気ながらも感じ取ってくれたのかもしれない。
昔から、ずっとそうだったね……。幸希ちゃんは私が一人で泣いていると、どこからか現れて寄り添ってくれる。
再びその温もりに励まされた私は、これからに向き合う決意を固めた。
終わった事を考えても仕方がない。私に出来るのは、これからを変えていく事だけ。
親友と繋いだその手の温もりに励まされながら、―― 一歩、踏み出して行った。




