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俺様獅子との猛愛エンゲージ!  作者: 古都助
~第二部・俺様獅子様の出張と婚約パニック!~
53/71

道を照らす光と、おばあさん

最初は、ほのかの視点。

後半は獅雪征臣の視点で進みます。


獅雪に時間を貰い、もう一度自分の学んでいた大学に足を向けたほのか。

恩師との再会、とあるバス停で降りた先で出会う一人の老婆。


 それは、私が獅雪さんに時間を下さいとお願いしてから、次の土曜日の事。

 私は以前通っていた大学の門を前に、もう自分が立ち入る事の出来ないかつての学び舎を眺めていた。本当は、中に入って色々と見てまわりたいところなんだけど、生憎と、今の私は部外者だからそれは出来ない。でも……、この門の前に立っているだけで、どうしようもなく胸が切なくなって、当時の事を思い出してしまう。

 幼馴染の幸希ちゃんと、幼稚園の先生になろうねと志を掲げて入学した場所。

 その道を、私は途中から……、一人で歩く事になった。

 携帯の通話口越しに、その夢を諦めなければならないと涙を滲ませた声で別れを告げた親友。

 あの時から、私は彼女の想いも一緒に自分が歩いて行こうと誓ったのだ。

 そして、夢は現実となり、大好きな子供達と楽しい毎日を過ごせている……。

 沢山勉強して、その道を歩き始めた自分。それを途切れさせるのも、続けられるのも、私次第。


「ふぅ……。どっちも大切で、どっちも欲しいだなんて、欲張りよね」


「おや、鈴城さんじゃないか。どうしたんだい? 母校が懐かしくてやって来たのかい?」


「あ……。玖珠月くすづき先生。ご無沙汰しています」


 門の向こうから誰か出て来るなと眺めていたら、それは大学時代にお世話になった講師の一人だった。少しふっくらとした体格と、人懐っこい愛想の良い笑顔。

 四十代前半の玖珠月先生は、大学時代に色々とお世話になった恩師でもある。

 

「来るなら連絡してくれれば良かったのにね~」


「いえ、もうこの大学の生徒じゃありませんから……。中に入るのは駄目かな、と思って。でも、先生がお元気そうで良かったです」


 私の背中を軽く歓迎の意味合いで叩いた玖珠月先生が、事務員さんに手続きを取って中へと入れてくれた。懐かしい……、あの頃の時間なんてもうここにはないはずなのに、大学の存在そのものが、まるで帰ってきた愛しい我が子をその両腕に抱くかのように、優しく私を出迎えてくれる。

 

「今日は、アンタの友達、月埜瀬は一緒じゃないのかい?」


「え?」


「どこに行くにも、あの子と一緒だっただろう? まぁ、あの子は途中で辞めざるをえなくなっちまって、アンタ一人で卒業を目指しただけだが……。ここに来るなら、あの子も一緒に来そうな気はしたんだけどねぇ」


 大勢の生徒がいても、先生達はそれぞれに私達の事をちゃんと見てくれていた。

 幸希ちゃんが大学を辞めて、海外に引っ越した時、暫く元気が出なくて講義にも身が入らなかった私を励ましてくれたのが、玖珠月先生……。

 仲間がいなくなって悲しいのはわかる。でも、それで私まで夢を叶えられなくなったら、悲しむのは自分と旅立った親友だと。

 夢を応援してくれた家族や友人、この学び舎で懸命に走り続けた自分。

 私の今は、その人達が傍で支えてくれていたからこそある今なのだ。


「それで? 最近はどうなんだい? 仕事は上手くいってるのかい?」


「あ、……はい。子供達は可愛いですし、少しヤンチャな子もいますけど、毎日が楽しいです」


 学び舎の一室に入り、講義を受ける教室内に懐かしさを覚えながら、またひとつ、思い出を浮かび上がらせる。今ではもう、一瞬の事であったかのように感じられる昔の自分。

 夢を目指す事は、楽しい事ばかりでは彩られず、その道の険しさに涙する時や心折れる事もある。

 それを乗り越えて……、今の私が在る。


「それにしちゃあ、ちょっと顔色が悪いね。また壁にでもぶつかってるのかい?」


「まぁ……、そんなところ、でしょうか。……あの、先生は確か、ご結婚されてましたよね?」


「ん? あぁ、旦那もいるし、子供も三人いるよ」


「先生は……、結婚する前からこのお仕事をしていたんですよね?」


 私の記憶が正しければ間違いない。

 けれど、先生は大学の講師をしながら今も働いている。

 三人の子供を育てながら、仕事と主婦を、両立している人……。

 玖珠月先生は室内の席に腰を下ろすと、私にも座るように手招いた。


「まぁね……。結婚する前からそうだったわけだけど、旦那と結婚する時はちょっと揉めもしたよ」


「お伺いしても、いいですか?」


「いいよ。アンタの顔色が冴えなかった理由もある程度読めたしね。……まぁ、私の話が参考になるかはわかんないけど、一応先輩って事で、ね」


 玖珠月先生は机に両手で頬杖を突いてそこに顎を乗せると、結婚を決めた当時の事を話してくれた。自分の結婚は三十前半の時で、その相手となった旦那様は普通の会社員だったそうだ。

 そして、旦那様のご両親は、所謂、古き良きを重んじる人達。

 当然、女性は結婚すれば家に入るのが当たり前だと思われていた。

 旦那様と結婚したいのなら、家に入り夫の家に尽くす女となれ……。

 征臣さんのお父さんが言っていた事と同じ。

 働いて稼ぎ家族を守るのは男の役目、女性は家を守るべき温かな懐となれ。

 そう突き付けられた玖珠月先生だったけど……。


「旦那から向こうの両親と顔合わせをさせられた時、そればっかりでねぇ……。いや、ある意味正しいんだよ。昔から、女は家に入るもんって決まってたようなもんだからね。それを最初の段階で突っぱねた私は、向こうから見りゃ、女じゃなかったんだろうさ」


「結婚しても、仕事を続けたいって、そう主張なさったって事ですよね?」


「あぁ。苦労してこの職に就いたんだ。思い入れも執着も強い。けど、旦那の両親からは容赦なく罵倒されたね。嫁になるって事は、夫や家族の為に生きるもんだーってさ。ははっ、まぁ、それが日本女性の在り方だったんだろうけど、私は頑固だったからね」


 向こうのご両親が望む嫁にはなれない。

 嫌われる事も、旦那様と一緒になれないかもしれない不安も、当時の玖珠月先生は全部呑み込んで自分の意見をわかって貰おうとしたそうだ。

 家庭も仕事も、絶対に諦めたくはない。そう答えた玖珠月先生に、ご両親はこう言った。


『お前はウチの息子よりも、仕事の方が大切なのか!!』


 仕事と大好きな人を天秤にかける真似だと、最初の顔合わせは最悪の結末を迎えたらしい。 

 自分達の息子を一番に考え尽くせない女などいらない。

 だから、すぐに別れろと玖珠月先生を罵倒し去って行った旦那様のご両親。

 今、同じ立場にいる私自身、それを聞いているだけで胸が痛む心地だ。

 仕事も大切、征臣さんの事も大切。でも、今の私には、どちらかしか選ぶ事を許されていない。

 

「比べられるもんじゃないんだけどねぇ……。旦那も好き、仕事も好き、でも、向こうはどちらかを捨てろと迫ってくる。正直、あの時は旦那と別れる事も覚悟したさ」


「玖珠月先生……」


「これでもいっぱい考えたんだよ。旦那の両親が妥協して一か月後まで待ってやるとか言ってきてさ。私に……、旦那か仕事、どっちを捨てるんだってプレッシャーかけてきて」


「それで……、今の先生はご結婚されているわけですし、許された、という事ですよね?」


 そんなに頑固なご両親を、一体どうやって玖珠月先生は説得したのか……。

 私なんて、征臣さんに面差しが似ていても、獅雪家のお父さんは怖く感じてしまうのに。

 どんなに話をしても受け入れて貰えない。根本から通じ合えない壁。

 それを乗り越えたくて、今必死に足掻いている自分。


「ん~……、一言で言うと、脅迫、かねぇ」


「はい?」


 今なんか、物凄く物騒な言葉が……。

 意味を掴み切れず目を瞬かせる私に、玖珠月先生はニカッと笑って話を続けてくれた。


「だってねぇ、どっちも好きなんだから、どっちも捨てられないだろ? 私は旦那も仕事も好きで、これからも両方掴んどきたい。旦那もそれをわかってたから、必死に向こうの親を説得しようと頑張ってくれてたんだよ。けど、なかなか頷いてくれなくてさ」


「はぁ……」


「一か月後に言っちまったんだよ。私はどっちも欲しい、ってね……。そんで、『私は旦那の事を心から愛してるし、旦那だってそうだ。仕事も家庭も、どっちも守り切る覚悟があるから、ちょっと私達に全部任せてみなよ!!』ってさ。まぁ、一番脅し的に感じただろう台詞は」


 愛する者同士を、仕事ひとつで引き裂いたら、不幸しか生まれないだろ!!

 それはもう、玖珠月先生の気の強さと溢れ出る自信が津波のようにご両親の前に叩きつけられたらしい。不可能、無謀なんて言葉は、全部チャレンジしてから吐け。

 私にはとても難しい啖呵の数々が、当時繰り広げられていたのだとか……。

 女だって、仕事を手に家庭を守れる! 玖珠月先生の揺らぐ事のない気迫に圧されたものの、それですぐに頷いてくれる旦那様のご両親ではなかったらしく……。


「それから何回も何回も大喧嘩の話し合いさ。向こうには向こうの、こっちにはこっちの譲れないもんがあったから、そうだねぇ……、丸一年は修羅場状態だったよ」


「す、凄い……」


「ははっ、そうでもしなきゃ、欲しいもん全部手に入らなかったからね。私の場合は、粘り勝ちみたいなもんだったんだよ」


 それでも、玖珠月先生は仕事も恋も捨てずに、全てを掴む事が出来た。

 私も、征臣さんのお父さんと話を続けて認めて貰いたいという気持ちはあったけれど、来年卒業する子達の見送りさえ許されず、新しい婚約者まで用意されかねない状況……。

 もうすでに、どちらかしか選べなくなっている私は、心の整理の為に大学を訪れたけれど。

 玖珠月先生の話を聞いて、夢を叶え続けたいという欲が胸の中に広がってしまって。


「私のケースでしかないけどね……。それでもやっぱり、苦労して手に入れた夢ってのは、なかなか諦められないもんだよ」


「はい……」


「我慢して、それを諦めて事が落ち着いたとしても、きっと、どこかで後悔しそうな気もする」


「……はい」


 自分の心が納得出来る着地点。それを手に出来なければ、どちらを選んでも後悔は避けられない。

 けれど、私が仕事を選べば、征臣さんがお父さんと絶縁状態になりかねない。

 それを防ぎ、よりより未来を選びとるには……。


「アンタは在学中から良い子だったからねぇ……。今もきっと、誰かの為に自分を押し殺そうとしてるんじゃないのかい?」


「それは……」


「物事はいつでもシンプルなもんだよ。好きなもんはずっと好きなんだ。ウダウダ考えるよりも、自分の心に正直になって、その通りに我を張ってみるのもいいもんだよ」


「でも先生……、それでも無理だったら。説得する為の時間が足りなくて、限られた時間の中でしか選べないとしたら」


 玖珠月先生に答えを求めても意味はない。

 たとえ似た経験をしていても、私は、私の心で、歩んでいく道を決めなくちゃいけない。

 それでも、誰かに頼りたい気持ちが抑えられなくて……。

 情けなく俯いていると、私の頭を玖珠月先生の温かな両腕が抱き寄せてくれた。


「アンタの詳しい事情はわかんないけど、私に言える事はひとつだけだよ……。たとえどんな結果になったとしても、自分に嘘をついた先に、幸せなんてない」


「玖珠月、先生……」


「アンタの相手だって、自分の好きな子が大切なものを犠牲にして一緒になってくれても、きっと後悔するだろうからね。ありのままの自分で……、結果を恐れずにぶつかってみな」


 時にはどうにもならない選択を強いられる時もあるだろう。

 最初から何もかも諦めて、相手の要求通りに従うお利口さん……。

 それを選べば、確かに全てが穏やかに何も起こらず時を進めてくれるかもしれない。

 けれど、もしも……、自分の願いを曲げずに頑張って足掻き続けたら、新しい光が見えてくるかもしれない。お母さんのような温かさに頭を撫でられながら、私の中で自然な答えが零れ落ちる。


「私は……、あの子達の先生でありたいんです。でも、その為に征臣さんを諦めるなんて選択も出来なくて、すごく……、欲張りなんですっ」


「欲張り上等だよ。たまにはうんと我儘になっちまいな。アンタがアンタでいられるように、頑張って足掻いてみるんだ」


 自分なりの我の張り方で、私は征臣さんに自分の素直な気持ちを伝えてみよう。

 何かを捨てる選択制の方法じゃなくて、大好きな全てをこの手につかみ取る為に……。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ――Side 獅雪征臣。



(はぁ……、まだバレてないよな?)


 車道を走るバスの中、一番前の席に乗っている鈴城ほのかを気付かれないように見つめる。

 グラサンにウィッグにと、変装用の小道具で何とかしたつもりだが、これが意外になかなか……。

 ほのかが俺に時間をくれと言ってから、次の土曜。

 蒼から連絡を受け、ほのかの母校訪問を影ながら見守ってきたわけだが、生憎と大学内には入れなかった。そりゃそうだ。関係者じゃないからな。

 だが、門から出て来たほのかの顔には、どこかスッキリとした気配があって……。

 お前、大学内で何を吹っ切ってきたんだ? と、思わず確認したくなって変装姿のまま近づきそうになった。迷いが晴れたのか……、それとも。

 バスに乗り込んだほのかを追って尾行を続けているが、とりあえず、親父のせいで与えた精神的ダメージはその影を潜めているようだ。

 俺は、結婚してもほのかに今の職を続けさせてやりたい。

 それがどうして駄目なのか、俺達なりに考えて自分達の家庭を作っていきたいと考えているというのに……、あの昔気質の朴念仁が!!

 ほのかに選択を迫った挙句、俺の新しい婚約者候補だ? ふざけんな!!

 俺がどれだけの苦労を越えて、ほのかとの見合いに漕ぎ着けたか……。

 あのクソ親父に蒼の拷問仕様の試練の日々を見せつけてやりたいもんだ。

 せっかく叶えたこの想いを、親父の過去のトラウマひとつで台無しにしてなるものか!!

 俺は、ほのかも、生まれてくる子供、全部守る!! 寂しい思いなんかさせやしない!!

 ほのかは反対するだろうが、いざとなれば獅雪の家を捨てる覚悟もある。

 これでも色々と伝手はあるからな。一家の大黒柱……、に、なる予定の男として、俺にも押し通す我というものがある。

 むしろ、強引に他の女と結婚でもさせようとした日には、本気で縁を切る気だ。

 愛のない結婚は、所詮崩壊の時が目に見えているもんだ。

 それがわからない親父じゃないだろうに、何故こうも女が家庭だけに従事する事を望むのか。

 自分の子供時代が寂しかったからといって、その我は行き過ぎているとしか見えなかった。


「……ん?」


 そろそろほのかの家の近くのバス停に到着するのだが、停止させる為のブザーが鳴らない。

 試しにブザーを押してみたが……、ん? ほのかが全く動かないぞ?

 誰も下りず、無情にも閉まる自動式のバス扉。

 まさかアイツ……。


(寝てんのか!!!!!!!)


 変装している手前、起こしにいくわけにもいかない。

 バスはほのかの自宅近くを通り過ぎ、道を進み続ける。

 一人、また一人……、乗客が減っていく。

 いや、まぁ、俺がここにいるんだから、いざとなれば出て行く気ではいるんだが……。

 やっぱりあれは寝てるんだよな? 山道に近い場所へと差し掛かったその時、ほのかがようやく目を覚ましブザーを押した。おい……、どこだよ、ここ。

 バスを降りていくほのかを追って、俺も料金を払いどことも知れない場所に降り立った。

 結構な場所まで来たもんだ……。『ささやきホーム』が近くにあるって看板に書かれてあるな。

 老人ホームの類か。それを眺めていると、何故かすぐ傍から注がれ始めた視線。

 ほのかが……、少し距離をおいた場所から、俺を探るように見つめている!!

 咳払いでほのかの注意を散らし、俺は別の道に向かうふりに入った。

 しかし……。駆け寄ってくる足音が聞こえ、コートの裾を引かれてしまう。


「征臣さん……、何やってるんですか?」


「――っ。ひ、人違いだ。俺は通りすがりの」


「征臣さんですよね」


 普通、こういう時は陰から見守るヒーローをサポートする為に、天然なヒロインは絶対に気付かないものだと、恵太が少女漫画を片手に力説していた気がする。

 それなのに、何故気付く!! 現実だからか!!


「いつから……、気付いてたんだ?」


「え? 家を出てからすぐですけど」


「……嘘だろ」


 おい、誰かこいつに天然ヒロインの補正をいれろ。でないと、俺が残念なヒーローになり下がる!! しかし、現実は決して少女漫画の世界などではなかった。うぅ……。

 ほのかは俺からウィッグやサングラスをひったくると、ありのままの状態に戻してしまった。


「様子を見に来てくれてたんですよね?」


「……まぁ、な」


「ありがとうございます。征臣さん……」


 嬉しそうに微笑んだほのかだが、それでも、まだ俺の差し出した手を取ってはくれない。

 どうせこんな所まで来てしまったんだからと、一緒に帰ろうという俺の気持ちをスルーし、ほのかは別の場所へと走って行ってしまう。……何だ?

 道路の少し向こう側で、蹲っている老人の姿が見える。助けに向かったのか。


「大丈夫ですか?」


「あ~、すみませんねぇ」


 女性と思わしき八十近くに見える老人が、ほのかの手を借りて道路に散らばってしまっている林檎を拾い集めている。駆け寄り、俺もその作業を手伝う。


「家はどこなんだ? 丁度暇だから送ってやるよ」


 礼を言いながら顔を上げた婆さんが、俺の顔を見るなり不思議そうに首を傾げた。

 

「外人さんかい?」


「いや、一応両親はどっちも日本人だ。もっと遡れば外の血も入ってるけどな」


 そこまであきらかな外人顔じゃないはずなんだが……。

 まぁ、どちらかといえば、ハーフに近いそれといえば、それだな。

 血は薄まってるはずだが、ほのか曰く、あまりに綺麗過ぎて最初の頃は直視出来ませんでした、というかなり面倒な顔だ。好きな女に直視する事を拒絶される顔になんか、何の価値もない。

 まぁ、そんなわけで見惚れてくる婆さんを背中に担ぎ、俺を含めた三人で近くにあるという老人ホームに向かう事が決定した。

 老人ホームから勝手に抜け出して来たのかと思ったが、婆さんは物言いはのほほんとしているが、認知症の気配もなくしっかりとしていた。

 どうやら、ホームの一室を買い、そこで自由気ままに暮らしているらしい。

 今日は天気も良かったとかで、暢気に散歩がてら買い物に出ていたとか……。

 ちっさい婆さんの体温を背に感じながら、老人ホームに着く頃には穏やかな寝息が聞こえていた。

 途中で聞こえた誰かの名前も、きっと家族のものだろうな。

 ほのかが先に入りホームのスタッフに説明をしていると、俺達は婆さんの部屋へと通された。

 雪島楓ゆきしまかえで……。それが、婆さんの名前か。

 部屋に入る前のプレートを確かめ中へと入ると、婆さんの趣味と思われる手編みの編みぐるみや折り鶴、温かな気配が部屋を包んでいた。

 

「有難うございました。帰りが遅いので迎えに行こうと思っていたところだったんです」


 ホームと買い物をしていたらしい店は、三十分もかからない場所にあるらしい。

 シャキシャキとよく動く婆さんは、ホームの老人達にも気を遣える世話焼きなのだとか……。

 なんか、ほのかが歳とったらこんな感じか? と、ベッドで眠る婆さんに微笑ましい音が零れる。


「お婆さん、よく眠ってますね」


「ホームに入ってるって事は、家族はいないのか? それとも、別れて暮らしてるのか」


 茶を出すと言って部屋を出て行ってしまったホームのスタッフが戻って来るのを待ちながら、俺達は室内を物珍しげに眺めてしまう。

 お、机の方に写真立てが幾つかあるな……。多分、これが息子や娘ってところか?

 孫らしき姿も映っており、それを手に取って眺めていると、写真立ての奥に……、写真が一枚だけ隠れていた。まるで、飾る事が憚られているかのように……。


「……」


「どうしました? 征臣さん」


「……いや、何でもない」


 映っていたのは、二十代後半程の男女が二人と、子供が一人。

 普通の、どこにでもある一般家庭の集合写真……。

 けれど、……俺は男の方に、見覚えがあった。

 写真を裏返し、それが撮影された年月日を確認する。……今から、五十年近く前のものだ。

 

「雪島、楓……、か」


 穏やかに眠る婆さんの穏やかな寝顔……。

 今の婆さんは満たされた幸せの中にいるのだろう。

 ホームで部屋を買い、日々を自由に生きる穏やかな日々。

 俺達に向けた笑顔も、決して嘘ではないはずだ。

 だが……、写真立ての奥に隠されていた一枚のそれが、何故だか婆さんの後悔の証のようにも思えるのだった。

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