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俺様獅子との猛愛エンゲージ!  作者: 古都助
~第二部・俺様獅子様の出張と婚約パニック!~
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俺様獅子のマンションへ

二か月も更新できず、本当に申し訳ありませんでしたっ。(土下座連打)

今回は、旅館で一拍を終えたほのかが、獅雪のマンションへと向かいます。

最初は、ほのか視点。後半は獅雪視点です。

後半はひたすらに獅雪が幸せで、最後に地獄に突き落とされるそうです。


「着いたぞ、ほのか」


 旅館での一夜を明かした私は、征臣さんのお友達である涼鷹さんと、その恋人である結音さんと別れ、今日からお世話になる場所へとやって来た。

 まだ闇も晴れていない早朝の時間帯、町から少し離れた山に近い場所に立つ高層マンション。

 空まで届きそうに見えてしまうのは、私が駐車場の一角でぽかんとしながら見上げているせいだと思う。征臣さんがそんな私の頭を軽く小突き、手を引いて歩き出す。


「あの、本当にいいんでしょうか……」


「何がだよ」


「その……、このマンションは、征臣さんのプライベート用なんでしょう? それなのに、私がお世話になってもいいのかな、と」


 その日の気分によって帰る家を変えていると征臣さんは言っていたけれど、仕事が終わってゆっくり出来る場所に私がいたのでは、きっと何かと気を遣ってしまうはず。

 それに、私と悠希さんの件に何も心配がなくなるまでお世話になるというのも……。

 おずおずと、やっぱり自宅の鈴城家に戻った方が……と申し出る私に、征臣さんはマンションのエントランスホールの真ん中で立ち止まり、今度はその指先で私の額を弾いた。


「変な気をまわすなって言っただろ?」


「で、でも……」


「その内ここがお前の家になるんだ。今から慣れておいた方がいいだろ」


「え?」


「そこで間抜けな顔寄越すなよ……」


 首を傾げる私に、征臣さんは本気で困っているようだ。

 がしがしと自分の色素の薄い髪を掻き回したかと思うと、むすっとした不機嫌顔で私の腰を引き寄せた。持っていたお互いの荷物がエントランスの床に落ちてしまったけれど、征臣さんはそれを無視して私をその両腕に強く抱き締める。


「結婚……、する気あるんだろ?」


「そ、それは……、勿論、です」


「だったら、俺に余計な気なんか使うな……。お前が傍にいてくれた方が、俺は嬉しい」


「征臣さん……」


 征臣さんの優しい声音が、その熱が私の耳朶を擽る……。

 そう遠くはない『結婚』の日を……、この人がどれだけ心底待ち望んでくれているのか、それを知っているだけに、私の胸は悲しみと共に痛んでしまう。

 結婚しても幼稚園の仕事を続けたいという私の我儘のせいで、恋人同士という関係さえも危うくなるかもしれないというのに……。


(征臣さんの事を大切にしたいのに……、駄目だなぁ、私)

 

 全部捨てて、大好きなこの人の胸に飛び込めればいいのに……。

 そうは思っても、私の頭の中には幼稚園の子供達の笑顔が絶えずそこに在る。

 幼い頃からの夢、幼稚園の先生になる為に、私は必死になってその道を駆け上がって来た。

 大学時代は、一緒にその夢を追いかけていた親友の幸希ちゃんがいなくなってしまい、彼女の分まで頑張ろうと思って、夢を掴む為に勉強を重ね続けた……。

 そして、念願が叶った時の喜びは、言葉では表しきれないほどのものだった。

 だからこそ……、私は諦めきれないのだろう。この手に掴んだ、かけがえのない……、大切な『夢』を。


「あの、征臣……さん」


「ん? どうした。まだ何か遠慮する気なのか?」


「えっと……、いいえ、何でもありません」


 この事は、もう迷わないと決めたはずだ。征臣さんが、絶対に自分の『夢』を諦めるなと言ってくれたのだから、私は何が何でも征臣さんのお父さんを説得する。

 それが、私を大切に想ってくれる人への精いっぱいの応え方だ。

 私の顔を覗き込んだ征臣さんが、「また一人で何か悩んでんのか?」と不機嫌な視線を向けてくるのに対し、ゆるく首を振って否定する。


「ちょっとだけ悩んだのは本当ですけど……、頑張るって、そう、決めたので」


「そうか……、ならいい。さてと、そろそろ部屋に行くか」


「はい……。そういえば、征臣さんのお部屋って何階なんですか?」


 荷物を手に持ち直した征臣さんの後を追いかけて行くと、エントランスから各階に続く中に入るための番号を打ち込んでいる姿が目に入った。番号と指紋照合の二段階仕様のセキュリティーになっているらしい。背中越しに「最上階だ」と返した征臣さんが開いた自動ドアに視線を流し、私を手招きする。最上階か……、きっとベランダからの眺めは格別なんだろうなぁ。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「ほのか、着替えは後で蒼が持ってくるだろうから、好きに寛いでろ」


「は、はいっ……。えっと、あの、じゃあ……お邪魔、します」


 初めて入る……、実家の獅雪家とは違う、征臣さんのプライベートなお部屋。

 先に奥へと向かった征臣さんの後をゆっくりと追いながら、私は室内をキョロキョロと見回す。

 定期的に帰っているのだろう。掃除も行き届いているようだし、明かりの点けられたリビングらしき空間には、ゆったりと寛げる大きな茶色のソファーと、大画面のテレビがある。

 

「征臣さんって……、結構几帳面なのかな」


 以前お邪魔した征臣さんの実家のお部屋も、確かに綺麗に片付いてはいたけれど……。

 何だか、定期的に掃除をしてくれるような人がいるのではと思えるぐらいに、このマンションの一室は『片付き過ぎている』。

 キッチンでお湯を沸かし、二人分の珈琲を淹れてくれた征臣さんが、立ち尽くしている私へと声をかけた。


「どうした?」


「いえ……、あの、男性の部屋にしては、綺麗に……片付いてるな、と」


 促されソファーに座ると、征臣さんがテーブルに珈琲を置いて、私の隣に腰を下ろした。

 一応……、目の前にも同じソファーがあるのだけど、征臣さんは私にぴったりと密着し、ずいっと俯いている私の顔を覗き込んでくる。


「何だ? ここに誰か自分以外の女が出入りしてるとでも勘ぐったのか?」


「ち、違いますよっ。ただ……、征臣さんのご実家の部屋よりも掃除が行き届いているというか」


 あっちの方も片付いてはいたけれど、車の関連雑誌や、生活感を感じさせる許容範囲の『乱れ』がちゃんとそこに存在していたのだ。だけど、この一室は……、プロのお仕事のように無駄がなく、綺麗過ぎる。そう話すと、征臣さんはクスリと笑って横に座りなおした。


「正解だ。丁度数日前に専門の業者に掃除を依頼しといたからな。片付いてんのは当たり前なんだよ」


「そうだったんですか……」


 どおりで綺麗すぎるわけだ……。別に征臣さんが私以外の女性と浮気しているとか、そんな心配をしていたわけではないけれど、「この部屋に入った事があるのはお前だけだから安心しろ」と、征臣さんから耳元で甘く囁かれて、びくりと肩を震わせてしまう。

 ギシリとソファーに彼の重みが乗せられ、その左手が私の首筋へと伸びてくる。 

 私はそれを避けて横にずれると、野生の獣を前に怯える子ウサギのように逃げ場所を求めて視線を彷徨わせてしまう。昨夜は、征臣さんがお友達の涼鷹さんと一緒の部屋で寝る事になったから、私は結音さんと二人で仲良くお喋りをしながらぐっすりと眠る事が出来た。

 征臣さんと二人であの部屋に泊まると聞いた時は流石に焦ったものだけど、もしもあのまま、同じ部屋で眠る事になっていたら……、果たして私の心臓は朝までもったのだろうか。

 私の心の準備が出来るまで待つと言ってくれた征臣さんは、決してその先を強引に進めたりはしない、心の優しい人。だから、今すぐにどうこうされるとは思っていないけれど、……昨夜の温泉での出来事や、触れられた時に落ち着かなくなってしまう自分の鼓動を思うと、距離を取らずにはいられない。――付き合う前の強引さも、多少は……、トラウマになっているのだけど。


「ほのか、逃げるな」


 その声音は、咎めるような怒ったものではなくて、むしろ微笑ましそうな気配を滲ませている。

 

「お前は、付き合う前も、今も、ちっさな兎みたいなのは変わらないな」


「ご、ごめんなさい。早く慣れないと、とは思ってるんですけど」


 正直言って、自分と征臣さんが恋人同士という事実が、長い夢を見ているんじゃないかと思うぐらいに、時々不安定な感覚を伴って私を不安に陥れる。

 お見合いの場所で顔を合わせたあの日、どうしてこんなハイスペック過ぎる美形男子様が私とのお見合いを望んだのか……、断っても追いかけて来たのか、何度聞いても、答えは同じ。

 私がまだ思い出せていない、二人の『初めての出会い』。

 そこに答えがあるらしいのだけど、自力で思い出せと言われている為、謎はいまだに過去の中。

 けれど、何度記憶の底を手探りしてみても、何も出て来ない。


「まぁ、あまりお前を攻めすぎると、蒼からどやされるからな……。ゆっくり慣らすとするか」


「はい、ゆっくりの方が、有難いです……」


「そうしとく。それに、せっかく手に入れたお前に逃げられたら、また追うのに苦労するからな」


 冷めない内にと促され、私は珈琲を手に取り口に含む。

 征臣さんの方はブラックだったけど、私の分には黒の水面に白いミルクが気まぐれな絵を描きながら、甘い砂糖の味と珈琲の苦味をほどよく奏でていた。

 言葉が消えて、二人でそれぞれの味を楽しみながら早朝の時間を過ごす。

 幼稚園に出勤するまではまだ時間があるし、……あ、そうだ。


「征臣さん、冷蔵庫に食材って……、あります、か?」


「一応買い揃えといたはずだが……、どうしたんだ?」


「えっと……、ちょ、朝食をですね……、作らせていただけないかな、って」


 図々しいだろうかと思ったものの、横目で征臣さんを窺うと……、あれ、目をぱちぱちと瞬いて固まってしまっている。整い過ぎている端正な美貌故か、間抜けには見えないのがまた凄い。

 私がもう一度声をかけると、征臣さんは足元に珈琲の入ったカップを落としてしまい、その熱と黒が絨毯と衣服に染みを作った。


「ま、征臣さんっ、大丈夫ですか!?」


「……あ、あぁ」


 征臣さんはカップを拾い上げると、ズボンに広がった染みと熱を気にした様子もなく、私の方をちらりと横目で窺ってきた。ほんのりと、薄桃色に染まったその頬は何?

 どこか嬉しそうにも見えるその表情も気になるけれど、冷蔵庫の物は好きに使っていいと許可を得られたので、私はキッチンへと向かった。

 その間に、征臣さんは着替えと絨毯の染みを取る作業に移っていく。

 えーと、冷蔵の中は……、卵と、ベーコンと、お味噌汁も作ろうかな。

 朝食用の食材を取り出し、調理器具を探し始めていると、何故か横からピンクのフリルエプロンが差し出された。横を向けば征臣さんが照れた表情でそれを手に持っていて……。


「征臣……さん?」


「料理するんなら……、いる、だろ?」


「征臣さん……、こういうエプロンを着けて料理する習慣が?」


 ピンクのフリルエプロンを身に纏い、一人夕食作りなどに励む征臣さんを想像してしまった私は、「可愛いご趣味ですね」と、何だか見当違いの感想を漏らしてしまった。

 大丈夫ですよ、征臣さん。たとえ可愛い物に興味があっても、ギャップがあって良いと思います。

 内心で微笑ましくそう思った事がバレたのだろう。征臣さんがじろりと私を睨んだ。


「お前な……、俺がこんなのを着けるわけがないだろ?」


「じゃあ……、も、元カノさんの……とか」


「アホか!! お前のだお前の!!」


 ガオーッ! と怒鳴られた私は目を白黒とさせながらそれを受け取った。

 自宅にも何着かエプロンを持ってはいるけれど、……これは私の物じゃない。

 よくよく見れば新品のようだし、確かに他の人が使った形跡はないみたいだけど……。

 あれ、という事は……、征臣さんがこれをお店で買った、という事なのだろうか?

 高身長で、女性の目を寄せ付けやすい、この威力のあり過ぎる美形男子様が?

 ピンクのフリルエプロンを手に、好奇の視線を浴びながらレジへと向かう征臣さん……。


「征臣さん……、勇気がありますね」


「蒼にも言われた。つーか、その場を目撃された挙句、散々な目にも遭った……」


「あは……、はは。見られちゃったんですか」


 平気だったわけではなく、征臣さんなりに、かなりの勇気を出してレジに向かったらしい。

 私に似合うと思って、いつか結婚したらそれとなくエプロンの類に混ぜておく気だったらしいのだけど、結果的には今が必要な時なのだと判断し、私の手の中へ。

 付き合ってみて徐々にわかり始めた事だけど、征臣さんって……、意外に、乙女的な物を選ぶ傾向にあるような……。贈り物として貰ったコートや、小物類も、うん、乙女系だった。

 

「征臣さんって、可愛い物が好き……、なんですか?」


「は? べ、別に……、そういうわけじゃないが。まぁ、何というか、お前が……、どっちかと言えば、可愛いタイプだからな。好きと言えば、好き、なんだろうな」


「か、可愛いって……、私は平平凡凡なタイプだと思いますけど。でも、これ、有難うございます。早速使わせて頂きますね」


「またお前は……、自分の事をわかってない発言を。はぁ、もういい。じゃあ、俺は着替えと染み取りに励むとするか」


「はい、頑張ってください」


 恥ずかしい思いをしたというのに、私の為にこれを買って来てくれた事が嬉しい。

 征臣さんは、いつだって私の事を大切に想ってくれる……、私の人生において、もう二度と現れる事はないだろう、勿体ないほどに優しい人。

 彼から贈られたエプロンを身に纏い、お互いに頑張りましょうねと笑顔を向けると、また征臣さんが嬉しそうに笑ってくれた。


(本当に……、恵まれてるなぁ、私)


 こんなにも大事に、想われている幸福を胸に……、私は朝食作りを進めていく。

 征臣さんに比べれば、私が彼の愛情や思い遣りに返せているものは、とても少ない。

 私だけが満たされていていいのだろうかと考えながら、卵を割る。

 征臣さんがしてくれたように、何か私も彼に贈り物をしてみようかな……。

 でも、征臣さんって……、何が好きなんだろう。

 車やゲームセンターのクレーンゲームが好きなのは知っているけれど、それ以外は……。


(私……、もしかしなくても、征臣さんの事、あんまり知らない?)


 瞬間、頭から足元にかけて駆け降りた冷たい戦慄。

 自分の大切な恋人の好みを……、彼女であるというのに把握出来ていない?

 むしろ、色々話をしているつもりでも、肝心なところはノーサーチ!?

 婚約を目前に、征臣さんの奥さんになる予定の立場であるくせに、知っている事が少なすぎる!

 フライパンに掻き混ぜた卵を溶かし込み、じゅうじゅうと焼きながら、私は意識を飛ばしかけた。

 征臣さんの好きな食べ物は? 飲み物は? 色は? 音楽は?

 

(私……、本当に最悪だわ)


 あまりに自分が情けなさ過ぎて、私はぷるぷると腕を震わせながら涙ぐんだ。

 征臣さんは、いつだって私の事を思い遣ってくれているのに、その半分も私は出来ていない。

 

(い、今からでも、征臣さんサーチを始めないと!!)


 付き合えばそれでいいというものでもない。

 初めて覚えた、特別な男性への恋心……。それに振り回されて恥ずかしがっている場合じゃなかったのだ。手早く着替えを終えて出てきた征臣さんに、私は勢いのある視線を投げる。


「征臣さん!! 薄味と濃味、どっちが好きですか!?」


「は? あー……、別にお前の好きに料理してくれれば」


「どっちですか!!」


「……好み的には、薄味よりは、濃味、だな」


「有難うございます!!」


「お、おう……」


 私の気迫のこもった声に、征臣さんがびくりと震え、こちらを気にしながらフキンを手にテーブルの下にしゃがみ込む。征臣さんは、薄味よりも、濃味派……。

 じゃあ、お味噌汁もそっちの味付けで統一するとして、あとは……。


「征臣さん、朝は、牛乳と珈琲、どっち派ですか!?」


「珈琲だが……」


「有難うございます!!」


 だからお前はさっきから一体どうしたんだ……。

 そう言いたそうな視線に気づいたけれど、私は構わずに食事を一品一品完成させていく。

 征臣さんにはお菓子の類を作って贈った事はあるけれど、食事の類はまだだったから……。

 好きな人の為に、心を込めて料理を作る。それだけの事なのに、何だか心の奥が温かい。

 まだまだ私には征臣さんの愛情に対して返せるものが少ないけれど、ひとつ、ひとつ、愛情を込めて、返していけるといいな。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 ――Side 獅雪征臣


「あぁ、蒼か? ほのかは無事に俺のマンションに移した。これから朝飯を食ったら幼稚園まで送り届ける」


『有難う。ほのかの事……、くれぐれも頼んだよ』


 絨毯の染み取りを終え、バスルームの脱衣所にやって来た俺は、ほのかの兄である蒼に連絡をとっていた。パパラッチからは、その後、まだ何の連絡もないらしい。

 逆にまだ行動に出ていない所が不気味なんだが……、接触するか、用件を伝えない限り、パパラッチの類が得をする事はないはずだ。いや、気が変わって、スキャンダルとして売り出す可能性がないわけでもないが……。ともかく、この件は蒼に任せている為、俺はほのかの現状だけを逐一報告する役目に徹する事にした。


「……それと、あのな、実はほのかが」


『ん?』


「ほのかが……、俺の食の好みについて聞いてくれたんだ」


『そう、良かったね。で?』


「その上、朝食には牛乳と珈琲のどっちがいい? とか、フリルエプロン着ながら言ってくれたんだ」


『……へぇ』


 恥ずかしい思いを乗り越えて、蒼からのいじりにも耐えた俺に、神は最高の褒美を与えてくれた。

 俺の部屋でフリルエプロンに身を包み、キッチンに立つほのか……。

 ずっとそんな日が早く来るようにと願っていた、念願の甘々新婚家庭の光景!!

 しかもそれだけじゃない。ほのかが積極的に俺の好みを知ろうとしてくれるなんて、あぁ……、今日ほど生まれて来て良かったと思えた日はない。神様、本当に有難う!

 惚気全開の俺の喋りを聞いていた蒼が、徐々にその気配を冷たく凍り付くようなものへと変えた事にも気づかずに……。


「お前の鬼畜すぎる試練にも耐えた甲斐があったよな、本当……。最初は俺に怯えまくってたあのほのかが、俺に笑いかけて、朝食まで……。夢じゃないよな、これ、現実だよな」


『……ふぅん』


「しかも、今日から毎日……、ほのかとこの部屋で暮らせるんだぞ? 今までは見れなかった朝のほのかと、夜のほのかの姿を」


『意味ありげな下心満載の発言はやめてくれるかな? 俺の可愛い妹が穢れる』


 絶対零度の低い音に、蒼の機嫌が非常に不味い事になっているのを悟った俺は、それがすでに手遅れだということを同時に悟った。通話が容赦なく切られ、自分の幸せな状況が一転、何か危険極まり事が起こりそうな予感を覚える。


「いや、流石にこう遠くまで離れてちゃ、蒼が今すぐに何かを仕掛けてくる事は……」


 スマホを着替えたばかりの部屋着ズボンのポケットに仕舞い、リビングに戻る。

 大丈夫だ、蒼だっていい歳をした大人なんだ。妹が赤の他人である男の嫁になる事は、早い段階で諦めもついている事だろう。今は機嫌を損ねていても、きっとすぐに落ち着くはずだ。


「ほのか、朝食出来たか?」


「あ、あの……、ま、征臣……さん」


「ん? どうした」


 リビングに戻ると、朝食の準備を終えたほのかが、ソファーに座ってぷるぷるとわかりやすく震えていた。その手には桜色の模様入りカバーに包まれたスマホがある。

 俺はほのかの横に腰を下ろすと、その華奢な肩を抱いて顔を覗き込んだ。

 ……何で、真っ赤になってるんだ、こいつ。ちらりとスマホに視線を落としてみるが、スリープ機能が働いているのだろう、画面は真っ暗だ。


「ほのか、何があった?」


「あ、あの、今……、蒼お兄ちゃんからメールが……来まして」


「それで?」


「画像が……、添付、されてたんです、けど」


 なんだ、この猛烈に本能に訴えてくる危険な予感は……。

 ほのかがスリープ機能を解除し、……『それ』を俺の前に晒す。


「――な、何でこれが!?」


「ご、ごめんなさいっ、み、見たいとか私は言ってないんです!! だけど、蒼お兄ちゃんが、面白い物でも見てリラックスしてごらんって、メールにっ」


「あの鬼畜野郎ぉおおおおおおおお!! ほのか、今すぐにデータを削除しろ!!」


 そこに映っていたのは、俺の大学時代に刻んだ『黒歴史』。

 蒼と恵太から無理矢理着せられたそれは、俺のような男そのもののタイプには羞恥でしかない罰ゲームまがいの服装だった。白いフリルカチューシャ、ヒラヒラエプロンと黒のメイド服……。

 刻んだ、というよりは、某神聖な踏み絵を泣きながら踏まされたかのような処刑執行の末に刻まされた遠い過去の『黒歴史』だ。あの時俺は、心底この世から消えたいと涙ながらに敗北を感じた。

 顔を羞恥に染め、悔し涙を流しながら撮られた一枚……。


(あの鬼畜大魔王がああああああ!! 何もほのかに見せる事はないだろうが!!)


 俺の荒ぶる反応に戸惑うほのかが、どうしたものかとスマホを手に視線を迷わせている。

 何故削除の項目をタップしないんだ、お前は!!

 

「ほのか、消せって言ってるだろうがっ」


「あ、あの……、で、でも、その、き、貴重な……、征臣さんの思い出の一枚、ですし」


「貴重でも何でもない!! 俺の黒歴史そのものだ!! 早く消せ!!」


 お前が消せないなら俺が消してやる!! スマホをほのかの手から奪い取ろうとすると、さっと横にずれたほのかが、全力で首を振った。だから何でだ!!

 強く胸にスマホを抱き締め、涙目になって俺を上目遣いに見つめるその顔は反則極まりないが、今は駄目だ。俺の人生の汚点をこの世から消し去るのが最優先事項だ。


「ほのか! 寄越せ!!」


「ご、ごめんなさいっ、征臣さん!! 私、この画像、……消したく、ない、です」


「男が女装した気持ち悪いこの画像をか!?」


 流石にこれには驚いた。そんな心臓と精神領域に多大なダメージしか与えない画像の何がいいんだ。俺だったら見た瞬間に削除するぞ。それとも何か? 俺に対して弱味の道具として使うつもりか? もしそうだったとしたらいい度胸だ。全力で返り討ちにしてやる。

 しかし、ほのかは俺の思っているような事を考えているわけではないらしく、いやいやと首を振りながら小さく訴えてくる。


「私は、征臣さんの学生時代を知らないので……、出来れば、持っていたいな、と」


「何もその画像じゃなくてもいいだろ!! そんなモン持ってたら、連日悪夢だぞ!!」


「で、でも、征臣さんの学生時代の一ページには変わりないんですよね? 誰にも見せませんから、私にも……、共有、させてくれませんか?」


「うっ……!!」


 だから、そのオネダリ全開の目はやめろおおおおおおお!!

 ほのかの無自覚な可愛さにうっかり頷いたら俺は終わりだ!!

 俺は襲いくる罪悪感と戦いながら、ほのかの手からスマホを強引に奪って削除の項目をタップした。横で上がるほのかの悲痛な叫び。悪いな、ほのか……、お前をあの腹黒大魔王の手のひらの上で遊ばせるわけにはいかないんだ。


「あぁ……、貴重な、征臣さんのワンシーンが」


「お前……、本気で残念そうな顔すんのやめろよな」


「だ、だって……、征臣さんの学生時代がっ」


「あの黒歴史を俺の学生時代の一部に含めるな!!」


 むしろ、何年も前の画像を蒼がいまだに持っていた事の方が恐ろしい。

 使える物は余さず利用し、敵を陥れる為の材料としろ……か。

 そういや、蒼が大学時代に言ってたな……。『人は歩んできた過去の中に、ひとつやふたつ、恥ずかしかったり後ろめたい事があるものだ』と。

 その時には役に立たなくても、いつか使える日が来るかもしれない。

 あの鈴城蒼という男は、妹であるほのかと違い、どこまでも容赦がない男だ。

 目に見えてわかりやすく落ち込んだほのかの背中を軽く叩き、俺は溜息を吐く。


「そう落ち込むな……。今度アルバムの類を見せてやるから」


「ほ、本当、ですかっ!?」


「あぁ。幼い頃から今までの、好きなだけ見ていけ」


「征臣さん……!!」


 ほのかの頭にピンっと勢いよく犬耳が見えたような気がしたが、確実に幻だろう。

 俺の思い出を収めたアルバムを見る許可を得られて喜んだほのかが、嬉々として食事用のテーブルに向って行く。俺の昔なんて、見ても面白い事は何もないんだがな?

 でもまぁ、それはお互い様なのかもしれない。好きな奴の、自分が見る事の出来なかった過去を覗ける、貴重な機会だ。俺が蒼からほのかのアルバムを見せられた時のように、ほのかも俺と同じ気持ちを抱いてくれている……。もう、追いかけていた頃の俺だけが抱いていた想いだけじゃない。

 俺を受け入れてくれた子兎は、求める事を始めてくれたのだ。


「なんか……、ちょっと感動するな。こういうのも」


 表情を和ませて、食事用のテーブルに向かおうとした瞬間、オルゴールの音が聞こえたと思ったら、ほのかのスマホにメールが届いているのが見えた。

 勝手に見るわけにはいかない……、いかないん、だが。

 何でだろうな? 蒼からの気配がぷんぷんと……。


「ほのか、あとでこれにきたメールが蒼からだったら、開く前に俺に見せろ」


「え? それは、はい。別にいいですけど」


 また黒歴史第二弾をやられても困るからな。

 美味そうな匂いを感じながら食卓についた俺は、ほのかの作ってくれた朝食を噛み締めながら、背後のソファーに置かれてあるスマホのせいで、完全にはそれを味わいきれなかった。

 とりあえず、次に会った時は全力で蒼の胸ぐらを掴んで怒鳴ってやろう。

現時点で、二人が直面する今後の問題点の纏めは以下になります。


1:獅雪の父親の説得。

2:パパラッチ? に撮られた写真と、送り主の正体と目的。

3:秋葉家次男、悠希の今後の動向。


次回は、獅雪の父親がほのかに接触してくる予定です。

獅雪父の考えとしては、

今就いている職への未練を断ち切り、安心して自分の息子の子供を産んでほしい、

という、一応、純粋な親としての願いのようです。

子供が出来たから仕事を辞める、のではなく、

最初から子供と夫の為に生きてほしい。そんな頑固な獅雪父です。


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