友人との再会
長らく更新が滞ってしまい、大変申し訳ありませんでした。
もう月日が経ちすぎていて、何が何だか~という事になっていると思いますので、
簡易的な説明を入れさせて頂きます。
☆獅雪と両想いになったほのかは、秋葉家の三兄弟と出会う。
三男の悠希には純粋無垢な心根で懐かれ、
長男の昴には、女性として目をつけられ、
次男の怜は長男の味方とばかりに、ほのかの前へと現れては交流を図っていく。
ほのかの心は自分に在る、と安心しつつも警戒をする獅雪だが、
正式な婚約の日を迎えたその時、
父親から、婚約に際しほのかに仕事を辞めさせるようにと命じられてしまう。
幼稚園の先生の職を愛し、子供達を大切にしているほのかの心を守る為、
断固抗おうとする獅雪だが……。
と、その続きからとなります。
どうぞよろしくお願いいたします。
――二週間後の日曜日。
Side 鈴城ほのか
――バタン……。
「「はぁ……」」
車内に乗り込んだ私と獅雪さんは、もう何度目かもわからない疲労の溜息を響かせた。
今日も休日の朝を利用して、結婚後も私が幼稚園の先生を続けられるように、獅雪さんのお父さんにお願いしに来たのだけど……二時間粘っても良い返事は貰えずじまい。
獅雪家の嫁になる為には、仕事を辞めて一生を獅雪さんと子供に捧げ、尽し続ける女性になる覚悟を持つ事。
それが出来ないのであれば、身を引き自分の好きなように人生を生きればいいと……何度も冷たく突き放され、私と獅雪さんの言葉が届く事はなかった。
「悪いな、ほのか。……あの頑固親父のせいで、嫌な思いをさせちまって」
「いいえ。獅雪さんのお父さんが仰っている事は……正しい事、ですから。
……やっぱり私、どうにか、今受け持っている子供達が卒園するまでを条件に許して貰えないか、
そっちの方面でお願いし直してみる事にしようかなって思います」
「お前が妥協する事ないだろ……。
俺はお前にそんな思いをさせて結婚を許して貰ったって、全然嬉しくねぇし……。
なにより、お前が心に抱いてる大事な夢や想いを、捨てさせたくなんかない」
「獅雪さん……、でも」
「俺が獅雪の家を、会社を継ぐのもまだまだ先の話だ。
結婚しても、俺はお前と二人きりの時間を楽しみたいしな……。
子供は、二人で相談して、時期がきたら作ればいい。
だから……、お前も自分の大切な仕事を、想いを捨てるような真似はするな」
運転席の背にぬくもりを預け、獅雪さんは一歩も引かない力強い眼差しで私を見つめている。
二人が本当に望む未来を、心の片隅に後悔の根を張らせないように、と。
「ありがとうございます……獅雪さん」
「礼なんか言うな。それに、これは俺の願いでもあるからな。
親父の過去には同情するが、だからといって、俺とお前が築く未来の在り方にまで口を出されたくない」
獅雪さんのお父さんが過ごした悲しい子供時代……。
仕事を優先させる事を選んだお母様に対する複雑な感情からくる今回の一件については、獅雪さんのお父さんは何も悪くない。
生まれてくる子供が自分と同じ辛い思いをせずに済むように、仕事に人生を縛られる大事な息子である獅雪さんを支える片翼となる女性を妻と出来るように、そう……心を配っているだけなのだから。
「説得はこれからも続ける。親父が頷くまで、何度、いや、何十回でも何百回でも粘るからな」
「……はい。私も、獅雪さんのお父さんにわかって貰えるように、もっと頑張ります」
「その意気だ。じゃ、そろそろ昼食でも食いに行くか。
友達との待ち合わせまでにはまだ時間があったよな?」
「はい。一時からなので、昼食は獅雪さんとご一緒出来ますよ」
「ん~……、何にすっかなぁ……。
中華、和食、洋食……、インド料理……、ほのか、何が食いたい?」
ハンドルに手をかけ、車のキーを差し込んだ獅雪さんが、気分を変えるように昼食のメニューを何にするか意見を求めてくる。
そうだなぁ……、獅雪さんのお父さんを説得するのに緊張しすぎたせいか、気分的にはお味噌汁やお魚、和系の料理が食べたい気分かもしれない。
「和食が良いです。
友達との待ち合わせ場所にしてあるデパートの二階に美味しいお店があるんですけど、
あそこなら、獅雪さんと時間いっぱいまで、ゆっくり一緒に過ごす事も出来ますし」
「なるほどな。了解。ついでに、夜七時からの俺との約束だが、
友達と話がはずんで別れがたくなったら、メールいれろ。そっちの方を優先して良いからな」
「ありがとうございます。いざとなったら、連絡入れますね」
本当は、私と夜まで離れる事を寂しがってくれている事に気付いてはいるけれど、獅雪さんの思い遣りを無駄にしたくなくて、私は素直に頷いておいた。
――某デパート・一階入り口前。
Side 獅雪征臣
ほのかと昼食を終えた俺は、デパートの一階入り口付近に訪れていた。
これから現れるというほのかの友人に、ほのかの恋人として一応挨拶をしておこうという目的もあるが、ほのかがこんなに喜んで待ち望む友人とやらがどんな人物なのか、それにも興味があるからだ。
大勢の入店者が行き交う場所で壁に背を預け、ほのかと他愛のない雑談をしていると、遠くからほのかの名を呼ぶ凛とした響きをもった印象に残る声が響いて来た。
その人物は、長く柔らかな黒髪を靡かせ、俺達の許へと駆け寄ってくる。
「ほのかちゃん!! お久しぶり!!」
「幸希ちゃん!! 元気だった!?」
二人は人目も気にせずしっかりと抱き締め合い、俺の存在などポイッと場外に捨てられたかのように、感動の再会に酔いしれている。
女友達だとわかってはいるが……、こいつら、仲が良すぎないか?
親友と聞かされてはいたが、むしろ双子の姉妹ででもあるかのように感じられる親密さだ。
「前に会ったのは、確か半年ぐらい前だったよね?
ごめんね、なかなか帰って来れなくて……」
「ううん、海外で暮らしてるんだから仕方ないよ。
でも、前と変わらず元気そうで本当に良かった……!!」
「ほのかちゃん……!!」
……そしてまた、飽きずにしっかりと抱擁を交わす二人。
ははっ……、本当に俺の事をすっかり忘れてんな、ほのか。
とりあえず、飽きるまでやらせとくか……。って、ん?
その時、入り口の扉の影から、俺達の方を窺って来る影が見えた。
「……何だ、あれ」
多分外人の類なんだろうが……、長い銀髪を首許でひとつに束ねているサングラスを掛けている男が一人と、その傍に首下までの黒髪と、同じくサングラス装備の男が立っている。
ついでにもうひとつ、その二人からは少し離れた位置にいるが、銀髪サングラス男がもう一人、こちらの様子を窺っていた。
「……不審者か?」
どう観察してみても、俺……というよりは、ほのかとその女友達をじっと見つめている。
「ほのか、感動の再会中悪いが、ちょっといいか?」
はしゃぎながら再会を喜んでいるほのかの肩を掴み、俺の方に意識を戻させる。
それに促されるように、女友達も俺の方を向く。
「あ、えっと……、ほのかちゃん、こちらの方は?」
長身の俺を戸惑いながら見上げるほのかの女友達を安心させる為に、余所行きの笑みを浮かべた俺は、第一印象が肝心だと心を引き締めた。
「初めまして。ほのかさんとお付き合いをさせて頂いております、獅雪征臣です。
今日は彼女の大切な友人である貴女に御挨拶をさせて頂こうと思い、
一緒に待たせて貰っていました」
「ほのかちゃんの……。
ご挨拶が遅れてすみませんでした。
初めまして、月埜瀬幸希です。
ほのかちゃんとは、幼稚園の頃からの幼馴染で、仲良くさせて頂いています」
そうにっこりと微笑んだ彼女は、どこか、ほのかと同じような優しい気配を湛えていて……。
似た者同士、と言えばいいだろうか。親友というよりは、本当に双子のように感じられる二人だ。
俺が彼女に握手を求めると、躊躇いなく温もりが重ねられる。
「ほのかちゃん、素敵な人と出会えたんだね。
ふふっ、羨ましいなぁ……」
「有難う、幸希ちゃん。
私には勿体ないくらいの人なんだけどね。
いつもお世話になってばかりで、本当、夢じゃないかって思うほどだもの」
「ほのか……」
俺を見上げ、そんな風に言うほのかの頭を軽く小突くと、「それは俺の台詞だ」と、小さく笑って返した。
あの鬼畜な大魔王……鈴城蒼の試練を乗り越えて、やっと両想いになれた相手だからな。
もうその苦労の期間を考えると……、俺の方がこの現実を夢なんじゃないかって不安になる。
「ふふ、本当に仲が良いんですね……。
獅雪さん、ほのかちゃんの事、これからもどうかよろしくお願いしますね?
彼女、頑張り屋さんで一人で抱え込む時もあるので、どうか気を付けてあげてください」
「はい……。ところで、幸希さん」
「はい?」
俺は彼女と手を離し、デパートの入り口で待機している不審者を指差した。
「あの方々は……お知り合いですか?」
「え……」
くるっと後ろを振り返った彼女が、……不審者達を見た瞬間、動きを止める。
「もし全然知らない相手なら、ストーカーとか不審者の可能性もあると思うんですが」
と、気を遣って警察に連絡しようかと提案すると、彼女は俺達の方に振り返り、……曇りのない笑みを浮かべた。
「すみません。ちょっと……言い聞かせて来ますので」
「ゆ、幸希ちゃん?」
スタスタと三人の不審者の許に向かった彼女は、物陰に隠れる様に移動してしまった。
やっぱり知り合いなのか。
「あの人達は確か……」
「ん? ほのかは知ってるのか?」
「はい。幸希ちゃんと半年前に会った時も、陰にこっそり隠れて付いて来てましたよ。
でも、害はないようなので、幸希ちゃんが放置で大丈夫だと言ってました」
……過保護な保護者の類か何かなのか?
まぁ、ほのかと彼女に害がないなら別にどうでもいいが。お、戻って来た。
「すみません。私の事が心配だったみたいで……。
もう絶対に付いて来ないようにと、『お願い』してきましたから」
ひと仕事終えた彼女の姿には……、何だ? どこぞの大魔王が仕置きを与えて来る時と同じような黒いオーラが……微かに。
「本当に良いの、幸希ちゃん?
親しい人なら、ご一緒しても……」
「それだと、ほのかちゃんが遠慮しちゃうでしょう?
私は、ほのかちゃんと沢山お喋りしたい事もあるし、ね?」
「幸希ちゃん……。うん! じゃあ、今日は色々お話してね!!」
「勿論!!」
そしてまたまた、友情に満ち溢れた抱擁を交わし合う二人……。
さっきの不審者達がどうなったのかは不明だが、この子……、意外に強そうだな。
だがまぁ、久しぶりに会った友達同士の時間に、他人が関わってくると遠慮させてしまうのは本当の話だ。
俺もこの辺で去るとするか……。
「あ、待ってください、獅雪さん!!
もしよろしかったら、ほのかちゃんとのお話、聞かせて頂けませんか?」
「……は?」
気が付けば、俺のコートの端をがっしりと掴まれており、久しぶりの女友達同士の時間に何故か同席を許されてしまった。
挨拶だけ済ませてどっかに行った方が邪魔にならなくて良いと思っていたんだが、案外気さくな子だな。
「俺は構いませんが……、二人の方が良いんじゃ」
「私、時々しか戻って来れないので、ほのかちゃんを幸せにしてくれる方がどんな人か……。
二人がどんな風に出会って、どんな時を過ごして結ばれたのか、聞いてみたいんです。
あ、勿論、ご迷惑だったら無理にとは言いませんのでっ」
「幸希ちゃんたら……」
可愛らしく頬を染め、彼女と一緒に俺のコートの裾を握ってくるほのか……。
誰かに俺達の出会いや付き合うまでの流れを話すってのは……正直、勘弁してくれと言いたいところだが。
「私、す、少しだけ恥ずかしいですけど、
幸希ちゃんに獅雪さんの事を、知ってほしいと……思います。
獅雪さん、一緒に来て貰うのは……駄目、でしょうか?」
「うっ……」
ほのかがこんな風に、俺に対して『お願い』をしてくる事は滅多にない事だ。
それも、自分の友達に恋人としての俺を知ってほしい……とは。
何だ? 今日はご褒美タイムか何かの日か? 今すぐほのかを抱き締めたくて仕方がないっ。
だがしかし、公共の場でそれは出来ない。
俺はぐっと理性を総動員し、二人の時間に同席する事を承諾した。
どの店に入るのかを決めた後、俺は二人を先に中へと促し、少しだけ席を外すと伝えデパートの外に出た。
「はぁ……。俺とほのかの出会い、か」
正確に言えば、まだほのかは思い出していないようだが、俺がアイツと出会ったのは、卒業した大学のサークルに手伝いで駆り出され、ある出し物に付き合った時の事だ。
身体中包帯でグルグル巻きの仮装をしていた俺が、うっかり怪我をしたのが始まりで……、丁度大学の文化祭を見に来ていたほのかと出会い、手当てをして貰った。
それから少しだけ言葉を交わし、気が付けば、ほのかの名前を聞いていたのを良く覚えている。
その苗字を知った時は、流石に絶望という二文字を感じずにはいられなかったんだがな……。
まさか、俺の悪友である鈴城蒼の妹だった、とは……。
それを知っても諦められなかったのは、あの僅かな時間で、俺の心がほのかという存在に強く惹き付けられてしまったからなのだろう。
蒼という大魔王に抹殺される危険性さえ厭わず、ほのかと関わる為の許可を求め、この頭を下げた。
そりゃあもう、何度も何度も何度も何度も……以下延々。
「本当……奇跡だよな」
蒼の試練を乗り越えた後も、ほのかには何故か怖がられるし、危険人物扱いで逃げられまくるし……。
ふっ、当時は本気で泣きそうな目に遭ったもんだ。
そのほのかが……、今では俺を恋人として友人に紹介し、俺を大切に想ってくれている。
幸せ過ぎて、本気で怖くなる時がある。
――ガコンッ。
外に出た俺は、自販機で珈琲を買い、それを手にすると、……物陰に座り込む影を見付けた。
座り込んでいたのは、さっき目にした不審者……じゃない、ほのかの友人である幸希という女性の知人だ。
何故か体育座りで膝を抱え、長い銀髪の男と黒髪の男が顔を伏せてしまっている。
もう一人の方は、壁に背を預け「はぁ……」と、疲労の滲んだ溜息をひとつ。
まだ帰ってなかったのか……。
「おい、お前達……。
いい加減に立て。そこでいつまでも落ち込んでいると、ユキに迷惑がかかるだろう」
「うるせぇ……。お前に俺達の気持ちなんかっ」
「今は静かに放っておいてくれ……。ユキに必要とされない俺など」
……何なんだ、こいつらは。
絶望を背負い込んだかのように落ち込む二人が、「ユキ……」と繰り返している。
まるで、……飼い主に放置された犬のようだ。
壁に背を預けている男の方は平然としているようだが、……一体彼女とどういう関係なのか。
全く読めない関係性に口許を引き攣らせた俺は、関わるべきか、放置するべきかで悩む。
けれど、俺が声をかける決断をするよりも早く、連れらしき存在二人が駆け寄って来た。
「あ~あぁ……。やっぱり姫ちゃんに怒られたな、こりゃ」
「付いて来ないようにって、あれだけ念を押されたのにねー」
「いい所に来た。お前達、この馬鹿二人を連れて帰るぞ。手を貸せ」
「仕方ないねぇ……。はぁ、二人共駄目だよー。
こんな所で座り込んでたら、他のお客さんの迷惑だからね」
一見して爽やかそうな雰囲気の……『青髪』の男が、黒髪を強引に担いでその場を離れ始める。
座り込んでる銀髪の方は、帽子を被ってはいるが、隙間から見える『紅髪』の背の低い高校生ぐらいの子供に引き摺られていく。
……ここ、日本だよな? あの髪色は一体何なんだ!?
いや、カラー染めした可能性もあるが、やけに顔に馴染んでるというか、自然過ぎるっ。
俺は声をかける事も出来ないまま、珈琲を手に不審者達が去って行くのを見守る事しか出来ない。
あの幸希という女性は……、一体どれだけの変わり者集団を囲っているんだ!?
あれ絶対に日本人じゃないだろう!! 素性が不明過ぎてツッコミきれねぇっ!!
と、猛烈に疑問をぶつけたい気持ちを抱えつつ眺めていると、平静さを纏っていた銀髪の男が俺の方を振り向き、……何だ? 今、ニヤッと余裕綽々の笑みを寄越したぞ!?
「な、何なんだ……本当に」
――ガコンッ。
「あ、ほのかの『彼氏』さんだ……」
完全にフリーズしていた俺の背に、聞いた事のある抑揚のない低い声音が響いた。
自販機からホットココアの缶を取り出し、眠そうな目で俺を眺めながら缶のプルトップを開けている。
秋葉家次男……、秋葉悠希、か。
こいつもカラー染めで長い髪を銀に染めている奴だが、さっき見た奴らよりはまだ普通に見えるから不思議だよな。
「……ほのかは?」
「本当お前って奴は……、ほのかに懐いてんな」
「うん。ほのか……好き」
ピシリ……。
それは本当に友情的な意味での好きなのか?
真意を探る様に秋葉家次男を警戒と共に睨むと、ココアの缶に口を付けた奴がゴクリ……。
……ゴク、ゴク、ゴク。
「ほのかは?」
「またそれか!! ほのかはいねぇよ!! ってか、いい加減、アイツから離れろ!!
芸能界とやらを住処にしてんなら、幾らでも女なんかいるだろうが!!」
こいつ本当にマイペースだよな!! 頭が痛くなる!!
俺に怒鳴られても全く動じず、キョロキョロと辺りを見回している。
ほのかを探している事がまるわかりだっ。
「ほのか……いない」
しょんぼり……じゃねぇよ!!
飼い主に捨てられた犬か、お前は!!
というか、そんな無防備に町中に出て来ていいのか? 芸能人だろう!?
サングラスさえ装備しているその姿に、いつ面倒な騒ぎに巻き込まれるかと胃が痛くなるわ!!
「ほのかいないなら、いい……。じゃ」
そして、どこまでもマイペースだ!!
ココアを手にどこかへと去って行く秋葉家次男を疲弊しながら見送った俺は、どうかデパートの中には入ってくれるなよと念じながら溜息を吐いた。
ほのかに懐いている無害な犬……のようにも見えるが、秋葉家三兄弟の中で俺が一番危険視しているのは、長男でも三男でもなく……あの次男だ。
俺に対し敵意を向けるでもなく、ただただ一途にほのかを慕い懐くその姿は、いつ豹変するかわからない類の危うさを俺に感じさせる。
「頼むからこれ以上……、面倒なのは勘弁してくれよ」
親父が婚約に関する捻くれた条件を出している事だけでも頭が痛いというのに、秋葉家にまで気を配らないとならない今の状況は……正直きつい。
ほのかが他の誰かに心を移すような女じゃないのはわかっている。
だが、あの馬鹿共が強硬手段に出て来る事態を想定すると……うっ、胃がっ。
頭の中で面倒事を振り返っていた俺が胃を押さえて壁に手を着いていると、不意にズボンのポケットに入れていたスマホが着信を知らせた。
「……何だよ」
着信の相手は、ほのかの兄である蒼だ。
疲労困憊している俺にこれ以上何の試練を課す気だと剣呑な声音で問いかけると、蒼は茶化す様子もなく『それ』を俺に告げた。
――これ以上の災難も面倒も御免だ。
そう……いるかいないかわからない神にも祈っていたというのに。
「ふざ……けん、な、よっ!!」
ダンッ!! と、デパートの壁を渾身の力を持って殴りつけた俺は、苛立ちと共に奥歯を噛み締めた。
ほのかの友人・幸希。
四年前に海外へと渡ったほのかの大切な幼馴染であり親友の女性。
ほのかとは本物の姉妹のように仲が良い。




