鍋屋・勝にて~征臣視点~
更新が大変遅くなってしまい申し訳ございませんでした。
今回は、まだ話があまり動きませんが、
獅雪征臣の視点で進んでいきます。
――鍋屋・勝(side 獅雪 征臣)
「お~い、征臣。美味いもん食ってる時に、不機嫌な顔すんなよ」
「俺がどういう顔で飯を食おうと勝手だろうが」
つーか、さっさと職場(厨房)に戻れ、恵太。
深底仕様の椀に入っている鶏肉を奥歯で苛々と噛みしめながら、
俺はそれを胃の中に収めて、ビールを一気に煽った。
「はぁ~、本当荒れてんなぁ。
……ま、仕方ないっちゃ仕方ないか」
「征臣のお父さんも頑固だからね……。
昔的な考え方といえばそうなんだけど、ほのか達には大きな問題だよ」
俺の空になったグラスに、蒼が追加のビールを注ぎながら僅かな疲労の息を零した。
「一応言っておくけど、ほのかから夢を取り上げるような事を考えていたら……」
ギラリと、剣呑な視線が俺へと突き刺さる。
俺の親父が発した横暴すぎる要求に、妹を大切にしているこいつは、相当腹が立っているんだろう。
それは、俺だって同じ気持ちだ。
婚約発表と同時に、ほのかが大事にしている仕事を奪う? 俺の為に尽くせだと?
そんなの誰も頼んじゃいない。俺は、ほのかが大切に想う生き方を尊重してやりたいんだ。
アイツが楽しそうに子供達の事を話す笑顔、自分の仕事に対する熱意……。
それを知っている俺が、ほのかの夢を奪えるわけが……ない。
「安心しろ。俺だって黙って親父の言う通りにする気はない。
時間はかかるかもしれないが……、絶対に説得する」
「征臣の気持ちにブレがないなら、俺としてもほっとするよ。
だけど……、相当に手ごわそうだけど、大丈夫かい?」
「ほのかと結婚するのは親父じゃない。俺だ。
もし何度言っても頷かなければ……」
親父と縁を切ってでも、俺はほのかと一緒にいる事を選ぶ。
アイツが夢を失わないように、絶対に親父の要求に頷いたりはしない。
「征臣がほのかの事を想ってくれるのは有難いけれど、
さすがに、獅雪家と鈴城家の間に亀裂が入ると、父さん達にも迷惑がかかるからね。
その辺も踏まえて、説得に臨んでくれると助かるかな」
「善処はする」
「はぁ~、せっかく婚約ってとこまできたのになぁ。
まさか、征臣の親父さんが面倒な事言い出すとは……」
仕事中だろうに、恵太はいつの間にかビールを一杯飲み干し終わるところだった。
「お前、梓さんにしばかれるぞ……」
「あ、だいじょ~ぶ、だいじょ~ぶ。
最近人手が多く入ってくれてるからさ、少しくらいなら平気なんだよ。
……ってか、お前こそ、ほのかちゃんの傍に居なくていいのか?」
「それは言わないでやってくれるかな、恵太。
ほのかは、ウチの父さんが気分直しにどこかに連れてっちゃってるから、
征臣は蚊帳の外……」
「あぁ、なるほどな。それで、親父さんの事と合わせて、さらに機嫌が悪いわけか」
「別にそういうわけじゃない。ただ……」
確かに、婚約に関する話し合いが終わったら、
ほのかとどこかに出掛けようとは思っていた。
それなのに、あの馬鹿親父のせいで全部白紙になってしまう始末。
せめて、落ち込んでいるだろうアイツを励まそうと車に乗せようとした瞬間、
ほのかの親父さんからの横槍だ。
ダブル親父コンビに邪魔されまくった一日と言ってもいいだろう。
(俺がどれだけほのかと二人きりになりたいか、少しは考えろっ)
その後、俺は一度自宅に戻って親父と話をつけようとしたんだが、
一足先に取引先との急な用事が入ったとかで、どろん。
俺がこれ以上ないほどに荒れたのは言うまもでない。
勝手に言うだけ言って立ち去った挙句に、仕事に逃げてんじゃねぇ!!
思わず家の壁をめり込ませた俺を、琥春姉さんと母さんが宥めたわけだが、
親父のせいで芽生えた怒りの感情は、そう簡単には治まらなかった。
そんな時に、蒼が俺の家のインターホンを鳴らして強制的に外へと連れ出したと、
まぁ、そんなわけで、鍋屋・勝に来ることになった。
蒼め……、お前に連れ出される際に喰らった拳骨三発、いまだに鈍い痛みが頭頂部に残っている。
「ともかく、親父の事は俺がどうにかする。
だから、俺がいない時の、ほのかへのフォロー、頼むぞ……」
「勿論。大事な妹だからね」
一日でも早く親父を説得して、ほのかを安心させてやりたい。
アイツが大切に想う場所や存在を、この手で一緒に守って行けるように……。
その為なら、頑固親父が何を言おうと納得させるまで押しかけて話をさせて貰う。
「もし征臣のお父さんが納得せずに二人の結婚に反対したら、
縁を切ってウチの婿に入るのもいいかもね」
「最悪それも考えに入れときたいところだが、
俺は初めから諦めるのは性に合わないんでな。
それに、鈴城家に婿に入ったら、……面倒な小姑がいる事だしな?」
「蒼とひとつ屋根の下同居とかになったら、一年もつかもたないかだなぁ」
コポポと追加のビールを俺のコップに注いでいた恵太が苦笑いと共に自分で浮かべた想像にげんなりしている。
本当そうだよな……。ほのかと結婚すれば、蒼は俺の義兄になるわけで、
さらにもし、俺が鈴城家に婿入りし同居にんなんてなった日には……。
(いや、考えるな。そんなもしもの恐ろしい話は考えるな、俺っ)
妹を心の底から大事にしている魔王との同居生活なんぞ……考えたら鬱でしかない。
俺としては、結婚が決まれば新居を購入し、誰にも邪魔されずにほのかと過ごせる幸せの本拠地を構えようと思っている。
だから、間違っても蒼付きの新婚生活ルートなど、たとえ想像でも開通してはならないっ。
「死ぬ気で食い止めてやる……!」
「うおっ、征臣からすげー闘気が!!」
「当たり前だっ、蒼と同居なんてまっぴらごめんだからな!!
是が非でも親父を説得してやる!!」
「うんうん、蒼がいたんじゃ、ほのかちゃんとイチャイチャ出来ないもんなぁ。
邪魔者は極力遠ざけとくのが一番だな」
「征臣、恵太。本人目の前にして失礼な事言いすぎだよ、わかってるかな?
……恵太、メニューのこれとこれ、追加してきてくれる? 勿論、恵太のおごりで」
笑ってはいるが低められた冷たい声に、俺と恵太は一気に我に返った。
し、しまった……、つい、自分の思考に囚われて、心の声と決心が駄々漏れに……!!
恵太も口を両手でむぐっと変な声を漏らしながら押さえ、壁の方に一瞬で後退した。
「恵太、聞こえなかったかな? メニューの追加注文、……さっさと行ってきて?」
「喜んでー!!」
シュバッと立ち上がり、怯えた子犬レベルで半泣きになった恵太が、
蒼の背後から立ち昇る正体不明の黒いオーラに気圧されながらマッハで部屋を出て行った。
待て、お前がいなくなっちまったら俺一人で蒼の相手を……。
「征臣、恵太が戻ってくるまで……ちょっと一緒に学生時代を思い出しながら、遊ぼうか?」
――ブンブンブン!!!!!!!
俺は左右に全力で首を振る。
しかし、蒼……魔王はすでにこっちに回り込んでその腕を伸ばしてくる最中だった。
俺の左腕が、ギリリ……と嫌な痛みを覚えながら引き上げられる。
「蒼、お前、ちょっと落ち着け!!
いつもならこれぐらいじゃ怒らないだろうが!!」
「そんな気分の時もあるんだよ。さ、こっちにおいで」
「いやいやいや!! 笑いながら背負い投げの体勢にもっていこうとすんな!!
ってか、ここは飯を食う場所であって、暴れる場所じゃないって事を認識しろ!!」
「この部屋は奥にあるし、広いからね。
それに、恵太の店だし、大して問題はないよ」
問題大ありだこの馬鹿!! 叫んだところで蒼が止まるわけもなく、
俺の身体は宙へと放り出され、畳の上に勢いよく叩き付けられた。
この野郎……っ、絶対今日一日の面倒事で喰らったストレスを含めて俺に八つ当たりしてるだろう!!
俺の親父が勝手な要求を突きつけた時も、一気に気配が面倒なもんに変わってたからな……。
体よく息子の俺を投げる事で鬱憤を晴らそうとしている事は確実だ。
この理不尽大魔王め!!
だが、俺だってやられっぱなしでいる気はない。
足払いをかけ、バランスを崩して倒れかけた蒼の服の胸元に手をかけ、俺は一気に投げ飛ばした。
勿論、魔王の怒りを煽る行為でしかないが、こっちも毎回好きにされるのは気がすまないからな。
俺達は学生時代の再現のように、恵太が戻るまで畳の上に投げられ合った。
いい歳して……、本当何やってんだと思ったが……。
大抵、蒼とこういうやり取りをした後は、気分がすっきりしてる事が多い。
それが、どんなに理不尽な八つ当たりがきっかけで始まった事であったとしても、
身体を動かす事で余計な事を考えなくなるせいか、頭の中がクリアになっていく……。




