鍋屋にて男同士の会合~鈴城蒼視点~
ほのかの兄、鈴城蒼の視点で進みます。
――鍋屋・勝。 side 鈴城蒼。
「お~い……、この組み合わせ……ヤバくないか?」
運び込まれた鍋料理を俺を含めて五人で囲んでいる現在状況。
俺の隣では、この鍋屋・勝の主である恵太が頬を引き攣らせて、視線をきょろきょろと動かしている。
恵太から見て、右側の席には征臣が不機嫌さを眉間の青筋と一緒に同席させながら座っているし、
テーブルを挟んだ反対側の席には、秋葉家の三兄弟という、非常にシュールなこの状況。
来る前に事情を恵太に説明しておいたとはいえ、非常に気まずい席なんだろうね。
ちなみに、彼らを呼び出して鍋屋・勝に連れて来たのは俺だけど。
「征臣の奴、今にもキレて席立ちそうじゃね~か?」
「大丈夫だよ。さっき、『ちゃんと』言っておいたからね。
俺を困らせるような事は絶対に控えてくれって」
「……あ~、じゃあ、……大丈夫、か」
料理の運び込みが終わり、鍋の中のぐつぐつと煮える音だけが響く座敷内。
秋葉家の次男、悠希君が肉や野菜をどっさりと深皿の中にモリモリと掬い入れ、
「いただきます」
箸を持ち、一人だけ鍋を堪能し始めてしまった。
相変わらず、場の空気を読んでいないのか、読めていないのか……。
彼は、いつでもどこでもマイペースのようだ。
「蒼さん、この店の鍋……美味しいです。
前にも食べに来た事あるけど、何度食べても……美味しい」
「ふふ、それは良かったね。
さて、征臣も、そちらの秋葉家のご兄弟も、悠希君が全部食べて尽さない内に、どうぞ」
促しを込めて双方に声をかけると、秋葉家の長男と三男が小さく息を吐いて、食事を始めた。
征臣の方は……、動かないね。
「征臣?」
人がせっかく和やかな雰囲気にもっていこうとしてあげているのに、何だろね、その態度は。
不貞腐れた反抗期の中学生みたいなんだけど?
「こいつらと一緒にいて、飯が美味く感じられるかっ」
「はぁ……。あのね、征臣。俺の手を煩わせないでくれるかな?」
「こら、征臣!! お前が不機嫌だろうが何だろうが、俺の店の鍋はいつだって美味いんだからな!!」
「同席した相手によって変わんだよ!!」
「変わるわけないだろうが!!」
訂正しようかな。……中学生じゃない。小学生レベルだよ、この二人は。
でも、このままだと話を進められないしね……、止めるか。
征臣と秋葉家三兄弟を見渡せる真ん中の席に座っていた俺は、すっと立ち上がり征臣の許へと近づいた。
後ろから襟首を掴み、征臣がぎゃあぎゃあと騒ぐのを無視して、別室へと連れて行く。
――……十分後。
「さて、じゃあ、美味しい鍋物とビールを楽しみながら、話をしようか」
「……ほのかの『彼氏』、……なんで、頭にたんこぶ作ってるんですか?」
「悠希君、気にしないでいいからね」
別室で言う事を聞かせる為に、二、三発拳骨入れておいただけだから。
不貞腐れながらも、ちゃんと箸を動かし始めたしね。
「で、今日、俺達をここに呼んだのは、どういう理由からだ?」
箸を置き、鋭利な鷹を思わせる視線をこっちに向けた秋葉家の長男、昴さんに笑みを向ける。
「ほのかがいると、貴方達が落ち着いて話せないと思ったので。
単刀直入に言いますと、秋葉家側のほのかへの今後の対応についてお聞きしたいんですよ」
昴さんは、俺より年上の今年で三十歳だ。
年長者には敬語が必須だからね。相手を敬う姿勢をとりながら、話を切り出す。
「俺達の両親、秋葉家の社長夫妻は、いまだ熱も冷めず、鈴城の娘であるほのかとの縁談を望んでいるな」
「惚れ込んだらとことん一途なのが、俺達の両親ですからね」
「父さんと母さん……、諦め悪い、から」
それは俺も、両親から聞いて知っているけどね。
秋葉家の家系自体が一途で熱心、その熱意としつこさで今の大会社を築きあげたと言ってもいいだろう。
でも、問題は、秋葉家の社長夫妻の事じゃないんだよね。
「では、昴さん、悠希君、怜君の意志はどうなんですか?
俺としては、とても気になる部分なんですよね」
「おい、蒼っ。お前、何聞いてんだっ。
こいつらが、ほのかをどう思っていようと、俺とアイツには何の関係もないだろうがっ」
「征臣、ちょっと黙ってような~。蒼に締め倒されたかないだろ?」
「うっ」
征臣の口を手で押さえた恵太が、「気にせず続けてくれ」と促してくる。
「ほのかは……、俺にとって、大事な『友達』、だと、思う。
声が聞きたくて、笑った顔が見たくて、心に、いつも描いてる」
次男の悠希君が、幸せそうに笑みを浮かべてそう言うと、案の定、右側の方で口を塞がれた征臣が暴れ始めた。
恵太、その調子で猛獣を上手く押さえておいてね。
それにしても……、悠希君の方は、多分無自覚なんだろうね。
ほのかの事を友人と言っている割には、顔が恋する少年のそれだ。
「じゃあ、怜君の方はどうかな?」
「俺ですか? ……どうでしょうね。まだ、ほのかさんとは出会ったばかりですから。
正直言って、好感はありますが、恋愛感情はあまり。
俺よりも、兄さんの伴侶になって頂いて、義姉として敬う方がしっくりくるかと」
なるほど。三男の怜君は、長男の昴さんを後押しする応援型、か。
でも、その心の内も、ほのかと今後も関わる事になれば、油断できない何かを芽吹かせる可能性も、あるかもしれないな。
こういう真面目そうな子に限って、後で自覚して自問自答と葛藤を繰り返すんだよ、うん。
「では、昴さんの方は?」
「顔を合わせたのは、まだ三度ほどだが……。
正直に言わせてもらえば、……欲しい娘だな」
「――!!」
「痛ぁあああああああああああ!!」
昴さんの返答と同時に、恵太の手を思いきり噛んだ征臣が、鬼の形相を纏って立ち上がった。
相手が年上で、別の会社の重役である事さえ忘れている顔だ。
恵太が必死に足に縋って、昴さんの方に行こうとする征臣を引き止めている。
「テメェ……!! ほのかとは『友人』だって言ってただろうが!!」
「そういう関係で妥協しておかねば、あの娘は逃げるだろう?」
「アイツを騙したって事かよ!!」
「違うな。友人という関係から交流を深めて……、最後に手に入れるだけだ」
口端を上げ、余裕の表情で征臣を見上げている秋葉家の長男。
確かに、ほのかは情に脆いから、友人として関係を結んだ相手との接触を拒む事は出来ないだろう。
その純粋な気持ちに付け込んで、外堀から埋めていく、それが狙いか。
「征臣、ちょっと落ち着いてくれないかな。
今、昴さんは俺と話してるんだからね」
「こんな奴らと話しても、何も得る物なんかないだろうが!!
婚約者の俺を前にして、堂々とほのかを奪う宣言をしやがったんだからな!!」
「まだ、『仮』だろう? たとえ、婚約したとしても、あの娘の心を俺に引き寄せればいいだけだ」
「貴方のような短気で乱暴な人より、昴兄さんの方が何倍も有望株ですからね」
昴さんのお猪口にお酒を注いでいた怜君が、冷やかに征臣を睨み据えている。
もしかして彼、……長男大好きっ子なのかな?
それとも、征臣自体が気に喰わなくて毒を吐いているのか……。
いずれにせよ、征臣の足に縋り付いている恵太の方もそろそろ限界のようだ。
「んぐぐっ!! 征臣、短気はやめとけって!!
俺の店で暴力沙汰でも起こされたら、客足が減っちまうだろ!!」
「離せ恵太!! この陰険眼鏡兄弟に制裁を加えねぇと、俺の気が治まらないんだよ!!」
「お前を野放しにしたら、蒼にだって何されるかわかんねーんだぞ!!
いいから大人しくしてろぉおおおおお!!」
「言っておきますが、うちの昴兄さんは、腕にも自信があります。
貴方のような卑小な人間一人、敵ではありませんから」
世の中には、混ぜるな危険って言葉があるけれど、これはわかりやすいね。
征臣の怒りに油を注ぐように、怜君は辛辣な一言一言を、絶えず繰り出し続けている。
そうこうしているうちに、恵太の拘束を薙ぎ払った征臣が、左側の席へと大股で歩み寄った。
好き放題に貶してくれた怜君を胸倉を掴む姿は、真面目な学生を脅す悪者のようだ。
征臣って、髪の色素が薄いからね。お姉さんの琥春さんと一緒で、甘栗色に近いその髪色は、
光に当てれば金色のようにも見える。
その要素が、優等生と不良生徒みたいな光景を醸し出しているというかなんというか。
「蒼~っ、何とかしてくれよ~っ」
「そうだね……。悠希くーん、こっちの方においで」
鍋物をひたすらもぐもぐと味わっていた次男の悠希君を手招きし、俺達の方に避難させる。
さてと、面倒な人達を一度大人しくさせるとしようか……。
――……五分後。
「蒼さんて、本当にすごいね。
あの兄さんと怜が、……正座で謝ってる」
「年上相手にも容赦ねぇからな、アイツは……」
俺の『説得』で、どうにか落ち着いてくれた聞き分けの良い人達を前に、
今後の注意点について、説明を始める。
今日の俺の目的は、ほのかに対する今後のそれぞれの行動に対する牽制についてだからね。
「短気でどうしようもない男ですが、一応ほのかの正式な相手は征臣なんですよ。
だから、秋葉家の方々には手を引いてほしいんですけどね?」
「……生憎と、俺も自分が秋葉家の血筋を引いていると、強く実感しているところでな」
「婚約したからといって、それが解消されない保証はどこにもありませんしね」
「はぁ……、つまり、ほのかに関して諦める気はない、と?」
わかっていた事だけど、やはり引いてはくれない、か。
タンコブが増えた征臣が、ギロッと忌々しそうに秋葉家兄弟を睨み付けている。
やっと正式に婚約を交わして、ほのかを自分だけの存在に出来ると幸せを予感していたというのに……。
邪魔者達は、徹底的に婚約解消を目的に動く様子だ。
止めても無駄なんだろうな……。
「わかりました。では、幾つか約束してください。
貴方達がほのかに接触するのは止めませんが、絶対にほのかに無理強いをしない事。
想いを変えさせるのが目的だとしても、あの子を泣かせるような事があれば……」
――絶対に許さない。
本気と牽制を込めた眼差しを突きつけると、昴さんが溜息をひとつ漏らし、「わかった」と頷いてくれた。
「蒼、お前何考えてんだっ」
「俺がどんなに接触禁止だと言ったところで、この人達は、俺の見てないところで動くと思うよ。
なら、最初から絶対的な注意点を言い付けておいた方が、こちらとしては保険が出来る。
まぁ……、どこかの誰かさんみたいにやったら……、今度こそ俺も黙ってはいないけどね?」
「……っ」
秋葉家の長男は、征臣と違って短気には見えない。
大人の理性と、自分を律する常識性を兼ね備えている。
だから、ほのかに拒まれば、きっと無理強いはしないだろう。
念の為、約束を破った時に発生するペナルティについての契約書にも拇印を押さえておく。
「よし、じゃあ、話も片付いたところで、ゆっくりご飯でも食べようかな」
席に座り直し、鍋の中の美味しい具材を掬おうとすると……。
あれ? なんで……空になってるのかな?
「ご馳走様でした。美味しかったです」
「悠希君、早業だね……」
確かこの鍋、大人数用の大きな鍋だったはずなんだけど……。
どうやら、秋葉家の次男に完食されてしまったらしい。
「恵太……」
「へいへい。追加の鍋作ってくるわ」
俺の言いたい事がわかったんだろうね。
恵太は心得たように立ち上がると、追加の鍋を用意する為に、厨房へと足を向けた。




