帰宅後、兄妹のひととき。
お疲れ様でした。
長いようで短い一日が終わり、ほのかは自宅に帰ってきました。
玄関ホールでは、兄がソファーに座って待っていてくれたようです。
「お帰り、ほのか。デートは楽しかったかい?」
獅雪さんに車で自宅まで送ってもらうと、玄関の扉を開けた先に蒼お兄ちゃんの姿があった。
玄関を入って、すぐのホールにはソファーがあって、そこで本を読んでいたようだ。
私を待っていてくれたのかもしれない。
「ただいま……。って、デートじゃないよ!!
ただ、一緒にお出かけしたってだけで!!」
「でも、扉を開けた時のお前は、どこか楽しそうな笑みを浮かべていたけど?」
「えっ……」
蒼お兄ちゃんの眼鏡の奥の瞳が微笑ましそうに和んでいる。
楽しそう……、そんな風に見えた……?
靴を脱いでスリッパに履き替えると、私は蒼お兄ちゃんの座るソファーに自分もぽふんと腰かけた。
「柾臣は、やり方は強引だけど、あれで結構一途だよ?」
「……」
「俺はオススメ物件だと思うけどな」
蒼お兄ちゃんが本に栞を挟んで、それを横に置く。
ギッとソファーが音を立てたと思ったら、お兄ちゃんの手が私の肩に添えられていた。
無言のままの私の顔を窺うように覗き込んでくる。
「やっぱり、アイツのことがまだ怖い?」
「今は……、多分、そんなには……」
今日一日という長い時間を獅雪さんと過して、確かに恐れは軽減されたとは思う。
途中、本気で怖いと感じた瞬間はあったけど……、
それを補うように気を遣ってくれた獅雪さんの優しさに、徐々に心の強張りは解けていった。
一緒にご飯を食べて、動物園で楽しい時間を過して……。
帰りの車内では、獅雪さんのことを時折チラチラと見てしまう自分がいることに気付いた。
別れ際、道の向こうに遠くなっていく車の姿に、少し寂しさのようなものを感じた自分。
「どうなんだろう……。
性格はちょっと強引だけど、悪い人じゃない、とは……思う」
「それだけわかってれば充分だよ。
じゃあ……、もうちょっと近付いてやれるんじゃないかな?」
「獅雪さんに?」
「そう。今まではアイツが頑張って、ほのかの壁を壊しにかかってたけどさ、
今度は、ほのかが、その壁を叩いてごらん。
見えなかったものを知る良い機会だ」
「……壁」
獅雪さんを怖がって、ずっと殻に篭もって怯えていた私。
だけど、獅雪さんはそんなことお構いなしにその殻をこじ開けてきた……。
今思えば、最初の日、お見合いの続行を断ったあの日。
私の家まで乗り込んで来た獅雪さんは、なんて言ってたっけ……。
電話一本寄こして云々とかなんとか怒ってて……、
『お前は、俺の何を知ってる?まだ少し話しただけで、……なんですぐに逃げるっ』
そうだ。酷く真剣な様子でそう凄まれて……。
絶対納得なんかしないって憤りながら、私を怒鳴り付けた。
私の両親に頭を下げて、どうしてもこのままお見合いを続行したいって頼みこんだ獅雪さん。
気付いたら、上手く二人を丸めこんで仮・婚約状態にまで持ち込んでいたんだった。
何度も嫌だって反抗したけど、お父さんが、仮なんだから後でも無かった事に出来るって言って……。
「ねぇ、蒼お兄ちゃん。獅雪さんって、なんでお見合いなんてしたの?
あんなに美形でお金も地位もある人なのに、変だよね」
「それは、柾臣に聞いた方が良いんじゃないかな?
なんでお前をここまで追いかけるのか、よく考えてごらん」
「お見合いで私みたいなのに、速攻断られてプライド傷つけちゃった……から、とか?」
「柾臣は、そんなことぐらいで怒らないよ。
そんな事言ったら、アイツに逆に怒鳴られる」
「じゃあ、お家のためにウチの会社と手を組みたいから、とか?」
「女性の家の力を借りるとか、死んでも嫌がるだろうな」
柾臣は、自分自身の力で上を目指すタイプだからと、蒼お兄ちゃんが苦笑した。
だとすると……、まさか、本気で私を?
あんなハイスペックな人が、自分をなんて……。
トクンと跳ねた鼓動をごまかすように、私はないないと首を振った。
きっと、意地になってしまっているからに違いないだろう。
仮の婚約だって、きっと本気じゃない……はず。
「さ、お風呂に入っておいで。
夕食は食べて来てるだろうから、あとはゆっくりおやすみ」
「うん……。ありがとう、蒼お兄ちゃん」
その言葉に応えるように、蒼お兄ちゃんの手がぽんぽんと私の頭を軽く撫でて離れていった。
今日はもう考えることがいっぱいで、お風呂から上がった私はベッドに倒れ込み、夢の中へと吸い込まれていった。
兄の蒼さんは、現在27歳です。獅雪さんも同じ歳です。