俺様獅子のお説教
――獅雪家。
「あら? 征臣お帰りなさい。
さっき出たと思ったら、また慌ただしいわね~。
ほのかちゃんもいらっしゃい」
「こ、琥春さん! こんにちは!!」
獅雪さんが不機嫌MAXの運転でやって来たのは、まさかのご自宅だった。
右手を強く掴まれ、足音も荒く獅雪さんの自室がある二階に上っていく。
一階では、彼のお姉さんである琥春さんが、苦笑を浮かべながら止めるでもなく私達を見上げている。
――バタン!!
「……座れ」
「は、はい……」
獅雪さんの自室、ベッドのすぐ傍の絨毯を指差され、私は抵抗さえ恐ろしくて正座のスタイルに入った。
ううっ……、上から見下ろされるこの状況が、酷く心臓に悪いっ。
「ほのか、お前は男に無防備すぎる」
「そ、そうなんでしょうか……」
でも、獅雪さんの言うとおり、さっきの男性からのお誘いはお断りしましたよ?
悠希さんとだって、あれから二人きりにはなっていないし、約束は守っているはずだ。
「ふ、不可抗力というものがあると思うんです。
さっきのだって、急に幼稚園まで来られて誘われたわけですし、
私には断るのが精一杯だったというか、何故勤務先が知られていたのかとか、疑問もあるわけでっ」
「そこだ。何で昨日あっただけの奴が、お前の勤務先を知ってるんだ?
お前の事だから、ぺらぺら個人情報話したんじゃないのか?」
「なっ、そんな事してません!! ただ、一緒に迷子を保護して、
その後、少しお茶しただけで……、あ、でも!!
迷子の男の子のお母さんから貰ったカフェの無料券をご一緒しただけですよ!!
人目もありましたし、決して二人だけというわけでは!!」
「事情がどうあれ、お前自身に興味を与えるきっかけになったわけだろうが……」
「うっ……それは」
言われてみれば、そうなのかもしれない。
迷子をお母さんに帰した後に、すんなり別れていればお茶をする事もなかったし、
幼稚園での話をしたり、ケーキをご馳走になる事もなかった……。
悪気がなくても、……私自身のせいなのかもしれない。
「でも、別に変な意味で誘いに来たわけじゃないと思うんですが」
「はぁ~……、本当お前は鈍いな」
獅雪さんが私の前に座り込み、がしがしと自分の頭を掻くと大きな溜息を吐いた。
「誘いに来るってのは、当然興味があるからだ。
たとえその時に気がなくても、交流を深めれば面倒な事になるのは、お前でもわかるだろう」
「そ、それは……、でも、私なんかを、あんなに素敵な人が相手にするわけが」
「素敵な人……?」
ギロッと、獅雪さんが怖い顔で私を睨みましたっ。
だから、その美貌でそんな表情をしたら、大抵の人は怖くて震えあがっちゃいますよ!!
私はあまりの恐怖にビクッと身体を震わせ、涙目になって獅雪さんを見上げた。
すると、怒っていた顔が徐々に困惑の様相に変わり、またひとつ溜息を吐き出した。
「ほのか……、お前な。少しは自分がモテるって事を自覚しろ」
「なっ、何言ってるんですかっ」
私がモテる……? 幼い頃から男の子とはあまり話した事もなかったし、誰かに告白された事もない。
むしろ、小学校時代は遠巻きに見られていたような気さえする。
私が話しかけようとすると、男の子は一気に散らばるように猛スピードで逃げるぐらいに避けていた。
あとは、中学と高校は女子高だったし、男の子とはやっぱり無縁で……。
どう考えても、モテるなんて事、私にはあり得ない。
「獅雪さんみたいに凄い美形さんならわかりますけど……。
私じゃ無理ですよ。透先生に好きになって貰ったのだって、奇跡みたいな事だったんですから」
むしろ、今こうやって獅雪さんと恋人同士という関係になった事の方が、その上をいく奇跡だ。
だけど、そう言い返しても、獅雪さんは困った人を見るような顔で、さらに深く息を吐きだしている。
これは……もしかしなくても、呆れられているのかな。
私は事実しか言っていないはずだけど……。
―― side 獅雪征臣。
俺は何でこんな面倒な目に遭っているんだろうな?
面倒な出張を終えて、少し早めに日本に着いたのを幸いに、車でほのかを迎えに幼稚園へと向かった。
きっと仕事を終えて、幼稚園を出るタイミングに間に合うだろうと思ったんだが、
幼稚園の近くに車を停めてメールを送ったところ、何故か反応がない……。
怪訝に思った俺は、徒歩で幼稚園の門まで向かったんだが……。
帰国早々、見たくもない光景を目にして、本気で頭に血が上りかけた。
そのスーツ姿の眼鏡男は誰だ? 駆け寄って問い詰めたい衝動を抑えながら近づこうとすると、
見知らぬ男は、リムジンに乗って車道の先へと消えて行った。
で、その後、ほのかを連行して俺の部屋まで連れてきたわけだが……。
やっぱりこいつは、何もわかっちゃいなかった。
「(お前がモテないわけないだろうがっ。
大方、蒼が裏から手を回して、近付きそうな奴らを牽制していたに決まってるっ)」
妹を大切に守って来たあの男は、大学時代の友人である俺達にさえその存在を隠していた。
兄弟はいるのかと聞いた時の、あきらかなスルーっぷりと、卒業後にほのかと出会った俺への絶対零度の視線。
そんな、どこからどう見てもシスコン一直線の男が、みだりに妹に男を近付けるわけがない。
きっと、ほのかにアプローチしようとした奴らは全員、……地獄を見た事だろう。
まぁ、俺がほのかと出会うまでに犠牲になった奴らの事はどうでもいいんだが、
問題はこいつだ。自分がとても可愛らしい顔をしていて男にモテる女である事を自覚していない鈍感娘。
一体どう言えば自覚してくれるんだろうな……。
「ほのか、お前は否定するかもしれないが……。
お前は男にモテる顔と性格をしているんだ」
「し、獅雪さん、海外生活で疲労でも溜まってるんですか?
物凄く意味不明な事言ってますけどっ」
「うるさい。今すぐ自覚しろ。自己防衛力を高めろっ」
ほのかの両肩を掴み、俺は真顔で本気が伝わるように何度も容姿と性格の事を説明した。
連続して言い続ければ、少しは脳に刷り込まれるかもしれないからな。
―― side ほのか。
し、獅雪さんが……壊れた。
さっきから何度も、私の事を可愛いだのモテるのだと連呼して肩を揺さぶってくる。
「し、獅雪さんっ、落ち着いて、くださっい!」
「お前がちゃんと自覚したらやめてやる」
そんな事を言われたって、自分が可愛いだなんて話、信じられるわけがない!
だけど、このままじゃ獅雪さんが引き下がらないだろうし……。
「わ、わかりました! か、可愛いかはともかくとして、
次からは男の人とあまり接触しないようにしますから!!
だから、もうっ、揺さぶるのは、やめ……あ~」
あまりに何度も強く揺さぶられたものだから、私はぐるぐると目眩を起こし前へと倒れ込んだ。
「完全には信じられないが、……このくらいにしてやるか」
「あ、ありがとうございます……」
何でお礼言っちゃってるんだろう、私。
だけど、獅雪さんがぎゅっと強く抱き締めてくれるから、私は素直に身を預けていた。
急にお説教から始まった再会だけど、よく考えてみれば……二週間ぶりなんだ。
獅雪さんの好んでつけている香水の仄かな匂いも、この優しい体温も……。
「獅雪さん……」
「なんだ?」
「……お帰りなさい」
お説教のせいで言えずにいた言葉を、ゆっくりと顔を上げて彼に伝えた。
まだ少し困ったような表情は消えないものの、私の言葉を聞いて徐々に笑みが浮かんでくる。
「二週間……、大した事はない日数のはずなのに、
すぐにお前に会いに行けない距離は……結構きつかった」
「私もですよ……。連絡をとる事は出来ても、なんだか全然足りなくて……。
すごく……会いたかったんです」
本当はこんな風に、再会出来た事を素直に喜んで獅雪さんに抱き着きたかった。
想いを伝えるように抱き締め返して、もう一度会いたかったと私の声にのせる。
たった二週間だったけれど、特に病気をしたとか体重が減ったとか、そういう気配は感じない。
旅立つ前と変わらない腕の感触と温もりに安心する。
「お互いに、こうやって触れたかった……って事だな」
私の首筋に顔を埋め、獅雪さんが熱い吐息と共に私に囁く。
二週間分の時間を消すように、互いの腕に力がこもり強く抱き寄せ合う。
「ほのか、あまり俺を心配させるなよ……」
「うっ、それについては……ごめんなさい」
「俺が傍にいて、いつでもお前を守れればいいんだけどな。
生憎と、四六時中は無理だし、お前自身に気を付けて貰う以外方法がない」
「自分では……、自己防衛してるつもりなんですけどね」
「じゃあ、もう少し注意深く……頑張ってくれ」
私の頬に手を添えた獅雪さんが、ゆっくりと顔を近付けてくる。
二週間ぶりに重なり合った柔らかな感触に、幸せを感じながら目を閉じた。




