休日の訪問者
ゆっくりと休める休日、ほのかと蒼は仲良く朝の時間を過ごしておりました。
しかし、そこに訪問者が……!!
――ピンポーン……。
今日は日曜日。
幼稚園はお休みで、有意義な一日を過ごす為にリビングで予定を考えているところだった。
「俺が出るよ」と言った蒼お兄ちゃんを留めて、カフェオレの入ったカップをテーブルに置き、
私は玄関ホールへと向かう。
「は~い、どちら様ですか?」
大きな扉の向こうに声をかけると、予想外な人の縋り付くような大声が響いた。
「ほのか先生~!! 助けて~~!!」
「え? ……透先生?」
なんだか緊急事態にも感じられる透先生の訪問に、
私は急いで鍵を外し、扉を開いた。
すると……、両腕を大きく広げた透先生が私に抱き着いてきた。
「きゃあっ!! ど、どうしたんですか!?」
「うわ~ん!! ほのか先生、マジ助けて~~!!
俺の背中の『これ』引き剥がして~!!」
「背中の……?」
むぎゅううっと助けを求めるように抱き締めらた私は、
意味がわからず聞き返した。
すると、透先生が一旦私から離れ、くるっと背中を見せた。
……。
透先生の背中に、銀髪の青年が、まるでどこぞの妖怪のように張り付いている……。
「な……なんでっ」
特徴的な長い銀髪と、こちらをちらりと振り向いた綺麗な横顔。
間違いない……、ロックバンドの歌手・悠希さんだ。
なんで透先生の背中に張り付いてるんだろう。
ストンと背中から下りると、私を見て嬉しそうに微笑んだ。
「幼稚園に行ったら、いなかったから……。
このお兄さんに連れて来てもらった」
「え? あの、今日は日曜日だから、幼稚園は休みなんですが……。
というか、どこで透先生と会ったんですか?」
「それがさ~、来週のお遊戯会の準備が間に合ってなくて、
重い物を運ぶ作業は男の方がいいだろうって事で、
高戸先生から、一時間だけ出勤命令が出ちゃってさ~……。
そしたら、この人がいて、ほのか先生のとこに連れてけって張り付かれちゃって」
つまり、半ば無理矢理道案内をさせられたというわけなんでしょうか?
背中にべったり張り付かれたものだから逃げられなかったのだと、
透先生は涙ながら説明してくれた。
「それは……、私のせいですみませんでした。
あ、中に入ってください。お茶をお出ししますので」
「うん。お邪魔します」
「って、何涼しげな顔して、普通にお邪魔してんだ、アンタ~!!」
「だって、ほのかが中に入っていいって……」
「透先生、大丈夫ですよ。
今両親もいませんし、蒼お兄ちゃんがいるぐらいですから」
「でも、ほのか先生~」
せっかくこんな所まで訪ねて来てくれたのだ。
このまま追い返すわけにはいかない。
私は気にしないで下さいと微笑んで、中へと案内した。
リビングへと向かうと、蒼お兄ちゃんが先を読んでいたかのように、
来客二人分のカフェオレを用意してくれているところだった。
「あ、蒼さん、おはようございます!
こんな朝早くからお邪魔しちゃって、すみませんっ」
「いいよ。それに、もう十一時だしね」
「お邪魔します……」
「そっちの彼とは初対面だね?
初めまして、ほのかの兄で、鈴城蒼です。
ソファーへどうぞ」
「……秋葉、悠希、です」
蒼お兄ちゃんの優しい声音に、透先生は恐縮し、悠希さんもどこか居住まいを正して挨拶をした。
年上の人がいたから、緊張しちゃったのかな?
だけど、それよりも……。
悠希さんの挨拶に、蒼お兄ちゃんが小さく「秋葉……」と呟いたのが気になった。
「蒼お兄ちゃん、悠希さんの事知ってるの?」
「あ、いや。知っている、というか……。
悠希君、君のお家はもしかして、和楽器の製造販売で有名な、あの大会社かな?」
「多分……。俺はあんまり関わってないんで……関係ないですけど」
「やっぱりか。秋葉さんのところは三人兄弟だよね?」
「はい……」
確認するように、ひとつひとつ、蒼お兄ちゃんが悠希さんの目を見て聞いていく。
秋葉……、その名前には私も聞き覚えがある。
確か先月、秋葉さん家のパーティーに呼ばれて、家族揃って出席したような……。
その時には、悠希さんはいなかったはず。
「念の為に聞いておくけど、お見合いの話とか聞いてないかな?」
「……確か、この前実家に帰った時に、見合いがどうとか言われましたけど、
結婚する気はなかったんで、断りました」
「なるほどね……」
「蒼お兄ちゃん、どうしたの?」
「ちょっと気になってた事が判明したってところかな?
だけど……という事は……どういう事なんだろう」
小さく呟いた蒼お兄ちゃんの言葉の内容は聞こえてこない。
だけど、不思議そうに腕を組んで悠希さんを見ている。
悠希さんも同じように意味がわからず視線を返していた。
「ところで、悠希さん、今日は何か用事でもあったんでしょうか?」
「うん……。ほのかに会いたかったから、来た」
「えっと……」
「ちょっと銀髪君!! ほのか先生にはこわ~い彼氏さんがいるんだよ!!
そんな不用意な発言しちゃったらまずいって!!」
「彼氏……? それが何か関係あるの?」
「のぉおおおおおおん!! 意味が通じてない!!」
私に特定の人がいるとわかっても、悠希さんは表情ひとつ変えない。
むしろ、私と会う事に何か問題でも? と涼しげな顔だ。
それを見て、透先生が頭を抱え、蒼お兄ちゃんはぷっと笑いを小さく噴き出していた。
獅雪さんには、もう悠希さんと会ってはいけないと言われたのだけれど、
押しかけて来られた場合は、どうなるのだろう?
……やっぱりまた怒られちゃうのかな?
いや、だけど、二人きりじゃないし、皆もいるし、セーフじゃないかなぁ……。
「ふふ……、これはまた征臣にとっては手強そうな子だね。
一応聞いておくけど、悠希君は、ほのかに興味があるのかい?」
蒼お兄ちゃんの問いに、悠希さんは小さく頷いた。
「ほのかと一緒にいると、心が安らぐ……から、
たまに会ってくれると……嬉しい、です」
「それは、友達として? それとも、恋愛感情?」
「……多分、……友達……だと、思います」
迷うように蒼お兄ちゃんから視線を逸らすと、悠希さんは子犬ような目をして私をじっと見つめてきた。
というか……、なんでいきなりそんな質問をしているの、蒼お兄ちゃん!
出会ってからそれほど月日も過ぎていないというのに、そこに恋愛感情があるわけないじゃないっ。
もしここに獅雪さんがいたら、物凄く怒り心頭で怒りだすと思うのだけど!
「そっか。友達としてなら、まぁ、二人きりじゃなければ会うのを許可してあげられるかな?」
「二人だと……駄目、なんですか?」
「ほのかの彼氏が気にするから、それはちょっとね。
だから、誰か他に人がいる時にした方がいい。
たとえば、そこの透君同伴とかね?」
「え? 俺!?」
「同じ職場に勤務しているし、見張り番としては適役だろう?
期待してるから、頑張ってね? 透君」
急に新たな任務を投げられてしまった透先生が、ぽかんと絶句した後、大声で絶叫してしまった。
だけどそれも少しの間の事で、すぐに復活を見せ拳を握りこんで顔の前に掲げた。
「なんか、すごく大変そうだけど、俺、頑張ります!
大好きなほのか先生のため! 征臣さんのため!!
全力で二人きりにならないように見張り役に徹します!!」
「うんうん、頼もしくて何よりだね」
「あ、蒼お兄ちゃん、いくらなんでも、透先生に失礼じゃ……」
「やる気に満ちているから大丈夫だよ」
「ほのかと二人きり……駄目、なのか……」
透先生の闘志溢れる姿の左で、悠希さんがしょんぼりと寂しそうに肩を落としていた。
うーん、本当に良いのかな? なんだか、私の意思に関係なく話が進んじゃってるけど……。
とりあえず、私は悠希さんにとってお友達対象というのがわかって、ほっと一安心、かな?
お友達なら、一緒に話したり遊んでも不思議はないし、
獅雪さんも……多分、許してくれる、はず。
透先生は背中に悠希をおぶったまま、ほのかの家にダッシュしてきました(遠い目)




