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俺様獅子との猛愛エンゲージ!  作者: 古都助
~第二部・俺様獅子様の出張と婚約パニック!~
30/71

スタジオ・古月

銀髪青年に連れ去られたほのか。

辿り着いたのは、商店街の中にあるスタジオで……。





銀髪の青年、月夜つきやさんに連れて来られたのは、

バスで三十分ほどの距離を走った所にある、商店街だった。

ここからさらに奥の通りに行くと、獅雪さんの友人である恵太さんのお店があるはず。

夕飯の買い物を終えて商店街の出口へと向かう人々を眺めながら、

私は月夜さんに手を引かれて、そこから外れるように路地へと入って行った。

薄暗い道を進み別の通りに抜けると、向こう側とは違う人通りの少ない場所に出た。




「こっち……」




建物の並びを何件か目にした後、黒い壁の前で止まった。

『スタジオ・古月こげつ』……。

そう書かれた看板を見上げると、貸しスタジオらしきその場所に、

月夜さんは躊躇いもせずに中に入っていく。




「おう、悠希ゆうき。またお忍びか?」




悠希? スタジオの受付のおじさんが月夜さんに愛想の良い笑みを浮かべ、そう呼んだ。




「少しの間、借りるから」



「奥の部屋が空いてるから好きに使いな。

 にしても……、女連れか?」



「えっと……、あの、初めまして」




月夜さんと一緒にいる私に目を向けたおじさんに、一応挨拶はしておいた方がいいかなと思い小さく会釈した。

その視線に嫌なものは感じない。むしろ、近所の年頃の子供をからかうかのような雰囲気の優しい声音。

叔父さんの問いにコクリと頷き、月夜さんは奥の部屋へと進んだ。

















――バタン。




「ここ、防音聞いてるから、安心していいよ」



「はい?」




個室に入ったかと思うと、月夜さんが意味不明な事を言って丸椅子に座った。

じっと……私を見上げてくる。

……えーと、……表情はあまり変わらないんだけど、

……何か、期待されているのかな? この視線は……。




「あの、私はどうすれば……」



「歌って」



「え?」



「幼稚園で、今日歌ってたよね。

 子供達と一緒に……」




ど、どういうことなんだろう。

知らない場所に連れて来られて、いきなりそんな歌えって言われても……。

確かに防音設備完備のこの場所なら、大声を出しても問題はないのかもしれない。

だけど、まだ出会って間もない人の前で気軽に歌なんて……。




「もう一回、君の歌が聞きたい……」




駄目? と小首を傾げられた。

なんだろう、目の前に大きなわんちゃんがいるような錯覚が起きる。




「ねぇ……、駄目?」



「うっ……」




トドメとばかりに放たれた、少し甘えているかのような声音に、

もうこれは歌うしか解放される道はないんじゃないかと覚悟した。

幸いな事に、この部屋にはキーボードがある。

アカペラだと色々恥ずかしいし、あれがあれば……。




「ば、伴奏付きでも……いいですか?」



「うん」



「じゃ、じゃあ…」




キーボードの前の椅子に座り、自分が知っている曲を指先で奏で始め、

私は恥ずかしさを押し隠して歌い始めた。

子供達と一緒に歌った童謡、耳に流れてくる伴奏を聞きながら歌っていたら、

いつのまにか羞恥心は消えて、自分の思うように歌うことが出来ていた。

月夜さんは何も言わない。

ただ、黙って私の声と伴奏を聞いている。






……。







「ふぅ……、終わりましたけど、これで、良かったんですか……、って、え?」




キーボードから手を離し、月夜さんに向き直ると、意外な姿がそこにあった。

あの無表情そのものだった月夜さんが……、すごく嬉しそうに微笑んでいる。

ど、どういうこと? 私の歌でそうなったとかじゃないですよね!?

ただの一般人である私の歌声が、プロである彼をそんな風にしてしまうわけがない。




「ありがとう。やっぱり君は良いね」



「はい?」



「君の声、話してるだけでも俺の耳に心地良い……。

 歌ったら、もっと綺麗に響いて、俺の好きな音になった」



「……あ、ありがとう、ございます」




本当に? 私の歌声でそんな風に思ってくれたの?

嘘の欠片も見えない微笑みに見つめられながら、私は顔を赤くしてお礼を述べた。

プロの人なら、もっと素敵な声の人に囲まれているはずなのに、不思議な人。




「じゃ、じゃあ、あの、私、用件も終わったみたいですし、帰りますね!」



「待って。……名前、聞いてもいい?」



「え? あ、そういえば、お互いに名乗ってませんでしたね。

 貴方は、月夜さん、でいいんですよね?」



「知ってるの?」



「はい、テレビで拝見しました」



「そっか……。でも、月夜はバンドでの名前、だから……、

 悠希、って、呼んで」



「悠希、さん?」



「うん、そう」




あ、また嬉しそうに笑った。

無表情なのが基本なのかなと思っていたけれど、

悠希さんはこんな風に優しい少年めいた可愛い笑みも浮かべるらしい。

私に名前を呼ばれた事を嬉しそうにしながら、




「君の名前も教えて? 俺も呼びたいから」



「は、はぁ……。えっと、ほのか、です。

 鈴城、ほのか……」



「ほのか……。ほのか?」



「はい?」



「可愛い名前。ほのか」




私の音を何度も繰り返す悠希さんは、やっぱりとても嬉しそう。

ただ、お互いの名前を知っただけなのに、それがとても大事な事であるかのように口にしている。




「ほのか、俺の名前、もう一回、呼んで?」



「え? あ、えと……、悠希、さん」



「ほのか」




何この物凄く恥ずかしいやり取りは!?

私が呼ぶと、同じように名前を呼び返す悠希さんの意図が読めず、

それから少しの間、名前の連呼を繰り返しは続いた。




「そ、そろそろ……帰ってもいいですか?」



「うん、そこまで送る」




スタジオを後にした私達は、路地を通り、商店街の入り口へと戻った。

悠希さんは今から仕事があるという事で、最後にもう一度挨拶をして別れる事にした。




「それじゃあ、失礼しますね」



「うん。気を付けて帰って。

 それと……、また、ほのかの声、聞かせて」



「え?」



「じゃあ、ね」







……。






あれ? 今、さりげに、次もまた会う事が確定してなかった、かな?

気のせい……かな? 

聞き返す暇もなくて、通りの向こうに消えた悠希さんを呆然と見送ってしまった。

本当に……不思議な人だったなぁ。

容姿もそうなんだけど、まるで絵物語から出て来た登場人物のように神秘的で、

それと……。




「(笑顔が可愛かった……)」




透先生も、少年のような面をもっている人だけど、

悠希さんのそれは、またどこか違う、大人と子供が同居しているかのような不思議さだった。

あれは、確実に印象に残る。うん。




「あ、もうこんな時間、急いで帰らないと蒼お兄ちゃんが心配す」



「ほのか先生ぇえええええええええええええええええ!!」



「え?」



悠希さんが消えた方角とは逆の道から、なぜか透先生の大声が聞こえて来た。

全速力ダッシュって言えばいいのかな。

物凄い速さで私に駆け寄って来た透先生が、私の肩を掴んで半狂乱になって揺さぶってきた。




「大丈夫だった!?

 変なことされてない!?

 俺、ちゃんと間に合った!?」



「と、透先生っ、揺さぶらないでくださっ、ああ~~っ」



「本当に無事で良かったよおおおおお!!」



「きゃあ!!」




透先生が、私をいきなり強く抱き締め、無事でよかったと繰り返す。

一体、何事? なんでそんなに感極まってるの!?

ぎゅうぎゅうに抱き締められているせいで、呼吸は苦しいし、身体は痛いしで、

もう何がなんなのか……。




「透君、ほのかが苦しがってるから、その辺でやめといてくれるかな?」



「あ、蒼お兄ちゃん!?」




意外な組み合わせ、というか、二人とも知り合いだったの!?

透先生の後ろから現れた蒼お兄ちゃんの姿にびっくり目を瞬いた。




「ほのかが変な男に連れて行かれたって連絡を貰ってね。

 透君と合流して探しに来たんだよ」



「ううっ、何もなくて良かったよ~っ」



「そ、そうだったんだ……。

 ごめんね、蒼お兄ちゃん、透先生……」



「とりあえず、恵太の店が近いから場所を移動しようか。

 俺達が来るまでに何があったのか、ちゃんと説明して貰わないといけないからね」



「うん」




まだ泣きじゃくって私から離れない透先生を、べりっと襟首を掴んで引き剥がした蒼お兄ちゃんと共に、

私達は夕食も兼ねて、恵太さんのお店へと向かう事になった。






その頃。

獅雪「――っ!! なんだ……。今、嫌な予感が……。

   くそっ、さっきから何回目が覚めるんだよ。

   いい加減安眠してぇ……」


その予感は、間違ってはいませんよ。俺様獅子よ!!(笑)

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