緊急連絡~透視点~
銀髪バンドマン系男子に連れて行かれたほのか。
その光景を教諭室から見ていた、
咲坂透先生の視点でお送りします。
――カラン……。
「(ほ、ほのか先生が、見知らぬ男に連れてかれた!!)」
教諭室の窓側にある俺の席から、謎の銀髪男にどこかに連れてかれるほのか先生の姿が映った。
早く助けに行かねば!! と席を立ち外に飛び出そうとした俺だったけど、
「まだ仕事が残ってるでしょう!! サボリは許しませんよ!!」
「うわああっ、高戸先生、すとっぷ!!
今それどころじゃないんですよぉおぉおお!!」
「だ・め・で・す!! 私が頼んだ仕事が半分も残っていないんですよ!?
いい加減、真面目にやりなさい!!」
「ちょっ、無理ですって!! ほのか先生を助けに行かなきゃ~!!」
俺の叫びも虚しく、年配の女性教諭、高戸先生に首根っこを掴まれて引き摺られていく。
ほのか先生が、ほのか先生が誘拐されたっていうのにー!!
しかし、哀しい哉、俺はしがない新人教諭。お局様に逆らえるパワーなどありはしないのだった。
――幼稚園・教諭専用トイレ。
ようやく雑務から解放された俺は、トイレに籠ってある人に連絡をとっていた。
何度か呼び出しコールが聞こえたかと思うと、気だるげで苛々とした男の声が通話に出た。
『人の安眠邪魔してんじゃねぇよ……』
「あ、征臣さん!! 良かった~、出なかったらどうしようかと思ったよ」
通話の相手は、どうやら寝起きらしい。
ほのか先生の恋人兼婚約者の、獅雪征臣さん。
え? なんで恋のライバルだった征臣さんの連絡を知ってるかって?
それは、……遡る事一か月前。
ほのか先生を目の前で征臣さんに攫われた俺は、
彼女から週明けにフラれて、一度は物わかりの良い態度をとったものの……。
あんな怖そうな男じゃほのか先生を幸せになんか出来ないって思って、
なんとか征臣さんと一度話そうと決心して行動に移った。
ほのか先生を迎えに来たらしき征臣さんを、彼女より先に捕まえて短い時間で決闘を申し込んだ。
その際に自分の番号とメルアドを書いた紙も押し付けた。
そしたら……、一週間後ぐらいに連絡がきて会う日取りが決まったんだけど、
なぜか、俺の姉である梓姉さんの嫁ぎ先の店に連れて行かれた。
『透、アンタね、男なら潔くきっぱり彼女の事は諦めなさい。
征臣君に勝とうなんて百年早いんだから』
『そうだぞ~、征臣は怒らせない方がいいぞ~。
あと、ほのかちゃんのバックには魔王がいるから、
お前じゃちょっと荷が重いわ』
姉と義兄に真顔で諭され、皆で鍋を囲むはめになってしまったのだ。
しかも、俺の恋のライバルが、どこぞの大会社の御曹司で、
尚且つ義兄の大学時代の友人……。さらに、追加要素にイケメンレベルMAX値フルオーバー。
俺は悔しくて、どこか勝てるところはないかと勝負を挑んだところ、
だだっ広い宴会場の和室で、背負い投げ一本で畳の上に転がされる始末。
何度挑戦しても、ドタン! バタン! の俺の負けの繰り返し。
完全敗北だったなぁ……。
でも、本当に負けたと思ったのは、征臣さんのほのか先生に対する想いを聞かされた時だった。
その眼差しは、真剣過ぎるほどに深い愛情を彼女に抱いていることがわかって、
最終的には泣きながらほのか先生の事は諦めた。
「(で、その後、酒飲んで和解して、
梓姉さんに、仲を取り持たれて征臣さんの番号とメルアド交換しちゃったんだよなぁ)」
あの一晩だけで、男としては憧れるしかない要素をもってた人だから、
俺としても、なんか羨望みたいなもんを持っちゃって、結果的に懐いちゃったし。
梓姉さんには、『アンタって、本当わんこみたいよねぇ』としみじみ言われた。
なんか……切ない。
『おい、用がないなら切るぞ。俺は眠いんだよ』
「ああ! 待って!! 切らないでよ~!!
ほのか先生が大変なんだって!!」
『ほのかが……?』
急に声のトーンが覚醒したように緊迫感を含んだものに変わった。
そうそう、仮眠なんかよりも大事なほのか先生の事だよな。
「そうなんだよ!! なんか、変な銀髪の奴に連れてかれちゃったんだよ!!」
『はあっ!? なんだそれ!!』
征臣さんがベッドからギシッと飛び起きるような音がする。
「すぐ追いかけようと思ったんだけど、
俺もお局様に捕まっちゃってさ!!
なんか、無理やりっていうより、仕方なく付いて行く感じではあったんだけど……」
『誘拐なら悲鳴ぐらい上げるだろうしな……。
まぁいい。他にその男の特徴とかは?』
特徴か……。
俺はさっき見た記憶を手繰ると、銀髪の男が背中に楽器ケースを担いでいたのを思い出した。
恰好からしても、どっかのバンドマンぽかったしな。
「でっかい楽器ケースと、容姿からして、ビジュアル系的なバンドマンに見えたかな」
『ちっ、また思いきり変なのに連れてかれたわけか。
わかった。蒼の方に連絡を入れとくから、お前は仕事に戻れ』
「蒼って、ほのか先生のお兄さんだっけ
でも、それだけでいいの?」
『蒼はな、妹の事に関しては徹底してんだよ。
万が一がないように、発信機を仕込んでる……』
「ええええええ!?」
しかも、妹に無断で発信機を仕込んでいると聞いて、
さすがにそれどうなの? と思わずにはいられない。
いくら可愛い妹が心配だからって……、内緒で発信機を仕込むのはルール違反じゃないかなぁ。
まぁ、何か起こった時は便利だけどさ。
というか、ほのか先生のお兄さんって一体どんな人なんだ……。
『しかし……、同じ職場に勤めているのに、
お前はなんで毎回、ほのかの危機に間に合わないんだろうな?』
「いや! 征臣さんの時は、ちゃんと駆け付けたじゃん!!
連れ戻されたり、有無を言わさず、ほのか先生をもってかれたのは事実だけども!!」
『もうちょっと器用に立ち回れるようになれよ、この犬っころ』
なんだろうね!!
人がせっかく連絡してあげたのに、この酷い扱いは!!
征臣さんって、本当に俺様っていうか、自分主義っていうか、
ほのか先生も、なんで俺より征臣さんがいいんだよ~、ううっ。
「……ってか、この時間に寝てるとか、普通に仕事の日じゃないの?」
『アメリカに出張に来てんだよ。
だから、そっちとは時差がある』
なるほどね。だから、こんな時間から寝ちゃってるわけか。
どおりで不機嫌極まりない通話第一声だったわけだ。
ちょっと悪い事したかなーと思いつつも、ほのか先生のピンチに時差など意味はなーい!
と、俺は自分を納得させて、征臣さんにくれぐれもほのか先生の事を頼む。
『蒼には俺から連絡をとるが、お前の方にも連絡が行くと思うから、準備しとけよ』
「はいはい! 了解でーす!!」
じゃあ、早いとこ帰り支度してお兄さんをお待ちしますかね!!
ほのか先生、頼むから無事でいてくれよ!!
ほのかの知らないところで、交流をもっていたようです。




