出張二日目
獅雪が外国へと旅立ちました。
獅雪さんが外国に旅立って、……二日目か。
幼稚園の仕事があるから、さすがにお見送りには行けなかったけれど、
蒼お兄ちゃんに車内での出来事を目撃されたショックもあって、
おやすみと別れの挨拶もせずに離れてしまった……。
「(獅雪さん……、今頃どうしてるかなぁ)」
子供達が積み木で遊んでいるのを視界に映し、一緒に手伝いながらそれを完成へともっていく。
三角や四角の小さな積み木が、様々な形を作っては子供達の笑い声に包まれる。
「ほのかせんせ~、できた~!」
「あ、頑張ったね。これは、お城かな?」
「うん! おひめさまと、おうじさまがすんでるの~!」
「ほのかせんせ~、こっちもできた~!!」
続々と、教室のあちらこちらで出来上がる積み木の作品を、
ひとつひとつしっかりと見て回る。
子供は無限大の想像力をもっているから、どれも皆の個性が出ていて目に楽しい。
――ガララッ。
「ほのか先生~、こっちに黄色の絵具残ってませんか~?」
「あ、透先生」
子供達の頭を撫で褒めていると、教室の横開きの硝子戸が開いて、
隣の組の透先生が困ったように顔を出した。
前に透先生の告白をお断りしてから、まだあまり時は経っていないけれど、
告白前と変わらず私に優しく元気に接してくれている。
梓さんの言うとおり、透先生は芯の強い人だった。
「はい、どうぞ」
「ありがとう~! あとちょっとで完成だったんだけど、
黄色だけなくてさ~、助かったよ!! ありがとう、ほのか先生!!」
透先生の組では、一枚の大きな紙いっぱいにお花の絵を描いて、
それを皆で色塗りをしていたらしい。
「完成したら見に来てね!!」と人懐っこい笑顔を浮かべる透先生に、はいと頷いた。
前と変わらない、穏やかで楽しい時間だ。
子供達の笑顔と、透先生の元気な姿に、獅雪さんと離れている寂しさがスゥッと消えていくように癒される。
積み木と、隣の組のお絵かきの時間が終わって一時間後。
子供達を遊ばせるために教室を出て、皆が怪我をしないように注意深く見守っていると、
ふと……、園の外に、子供達を眺める人影が見えた。
背中に楽器を収納した大きなケースを背の持っているその青年は……。
「(あの派手な銀髪の人は……)」
見覚えのあるその姿に、私は幼稚園を囲むフェンスへと駆け寄った。
展示会場と水族館で出会った不思議な雰囲気の人、あの青年に違いない。
「あの、この前の方ですよね?」
私が声をかけると、銀髪の青年はぼんやりとしながらも、こちらに視線を向けた。
「君は……、あ……おしるこの子」
「はい! 珈琲、有難うございました!
こんな所でお会いするなんて、びっくりしました」
思い出してくれた青年に笑みを向けると、彼が首をフルフルと振った。
「俺がぶつかったせいだから、お礼はいらない。
君は、この園の先生?」
敷地内で遊びまわる子供達と私を交互に見て、青年が問いかける。
それに頷けば、「そう……」と静かに答えて、また子供達に意識を集中し始めてしまった。
子供を見るのが好きなのかな? 確かに見ているとこちらも楽しくなってくる様子だけれど……。
「ほのか先生~!」
その様子を観察していると、後ろから透先生の声がして、私はハッと我に返った。
いけない、子供達の事をちゃんと見ておかないと!
「じゃあ、私戻りますね!」
「うん……、お仕事、頑張って」
バイバイと手を小さく振ってくれた青年に頭を下げて、私は子供達の元へと戻った。
その後も、フェンスの方を見ると、まだ子供達を見つめる青年の姿が暫くそこに在り続けていた。
途中で透先生が、「あれ不審者じゃない!? 髪がめっちゃシルバーだし!!」
と、子供達をむぎゅっと腕の中に閉じ込めて青年の方に指を差した透先生に苦笑を漏らすしかなかった。
見た目は、どこかバンドでもやってそうな感じなんだよね。髪も染めているし……。
だけど、不審者というのは当てはまらない気がした。
なんていうか、あの人の子供を見る瞳は、すごく優しい表情を宿しているように感じたから。
――鈴城邸・夜。
「ほのか、ココアが入ったよ」
「ありがとう、蒼お兄ちゃん」
お風呂上がりにソファーに座ってテレビをつけた私の前に、
蒼お兄ちゃんが温かいココアを淹れたマグカップを置いてくれた。
甘い香りに、それを手にとって口に含む。
一日の疲れを癒すように広がるココアの味に、ほっと一息。
テレビリモコンのスイッチを押した蒼お兄ちゃんが、ニュースに見入る。
世間では日々色んな事が起こっているんだよね。
今日は何があったのかな。
痛ましい事件や、県や市で催されたイベントのニュースが流れ、
蒼お兄ちゃんと共に私も発信されてくる情報に耳を傾けた。
「あれ……」
流れる映像が、芸能系のニュースに変わったと思うと、私はテレビの中に違和感を感じた。
今注目の人気バンドの大規模ライブ会場の様子……。
オリコン連続一位の記録を叩き出し、他の追随を許さないと報道されているそのバンドのメンバー達。
私はあまり芸能系に興味はなかったから、そのバンドの事もあまり知らなかった。
だけど、その中に……一人、どうしても既視感を覚える人がいる。
銀の流れる長髪、前髪の一部分だけが青メッシュの入ったその人は……。
「ほのか、どうしたんだい?」
「蒼お兄ちゃん……、あの銀髪の人って……」
「ん? ……あぁ、快進撃を続ける注目バンドのボーカルさんみたいだね。
もしかして気になるのかい?」
バンドのボーカル……、『月夜』と表示されている名前と彼の顔を見比べる。
多分、間違いないとは思うのだけど……。
「この前ね。獅雪さんとお出掛けした時に会った人にそっくりなの。
今日も、幼稚園のフェンスの所にいたし……」
「有名バンドのボーカル君がお忍びでもしてたって事かな?
だけど、幼稚園にまでって……、声はかけたのかい?」
「うん、挨拶したらちゃんと返してくれたし。
私はすぐに戻らなきゃいけなかったんだけど、
その後もずっと子供達の事を見ていたようなの」
ただ無邪気に遊びまわる子供達を見ていたかったのか、
それとも他に何か目的があって観察していたのか、それはわからないけれど……。
どちらにせよ、有名バンドのボーカルさんが何故幼稚園の前にいたのかは不明だ。
だけどまさか、芸能界で名のある人だったなんてびっくり。
―― ~~♪
テレビから流れてくる彼の歌声に聞き入っていると、
蒼お兄ちゃんの方からスマホの着信音が聞こえてきた。
通話オンの部分をタップした蒼お兄ちゃんが耳にそれをあてる。
テレビの音、消しておかないと……。
「……はいはい、ほのかならお風呂上がりでまだリビングだよ。
え? あぁ、わかったよ、すぐに部屋に戻らせる」
短い会話の後、通話終了をタップした蒼お兄ちゃんが私に向き直った。
「ほのか、スマホを部屋に置いたままだろう?
征臣が通話に出ないって、拗ねてるよ。
五分ぐらいしたら、お前のスマホにかけ直すって言ってたから、
戻ってあげたら?」
「え? 嘘っ、……あぁ、そうだった。
まだバッグに入れっぱなし。有難う、蒼お兄ちゃん!」
急いでソファーから立ち上がると、私は二階の自室に向かって階段を駆け上がった。
バッグからスマホを取り出して、ちょこんとベッドの上に座って連絡を待つ。
まだかな……。
日曜日から二日くらいしか経っていないのに、もう獅雪さんの声が聞きたくなっている。
幼稚園にいる間は、子供達と触れ合う事で薄れていた寂しさが、
獅雪さんと話せる時を待ち望んで期待と喜びに変わり、鼓動を早く打ち始める。
―― ~♪
「はい! ほのかです!!」
『ぷっ……、そんなに勢いよく出なくてもいいだろう』
「あ……、だ、だって……」
『そんなに俺の声が聴きたかったのか?』
通話口の向こうで、獅雪さんが面白がるように笑う気配がする。
「し、獅雪さんだって、私が通話に出なかったからって、
す、拗ねてるって蒼お兄ちゃんが言ってましたよ!!」
『……』
「獅雪さん?」
『……仕方ないだろう。
お前の声を……、仕事前に早く聴きたかったんだ』
少しだけ黙り込んだ後、聞こえてきたのは、獅雪さんの拗ねたような気恥ずかしい声音。
おそらく、獅雪さんがいる外国は、今はこちらの時間帯とは反対なんだろう。
通話の向こうでは、人が行き交う賑やかな声と車の走る音が聞こえてくる。
道を歩いているのか、それともオープンテラスで朝食でも食べていたのか。
それよりも、今はただ、獅雪さんの反応が愛しくてしょうがない。
「獅雪さん……。ふふ……可愛い」
『なっ……! 大の男を捉まえて可愛いってなんだっ。
くそっ……、言うんじゃなかった』
「私は獅雪さんの気持ちが聞けて嬉しいですよ?
それに……私も貴方の声が聞けて、とても嬉しいです」
『……』
あれ? また無言になっちゃった。
何度か獅雪さんの名前を呼びかけてみると、
『……お前は、俺をどうしたいんだっ』
「はい?」
『そんな可愛い事を言われたら、今すぐに抱き締めに帰りたくなるだろうが!』
「え、え、ええええええええ!?」
大声で響き渡った獅雪さんの爆弾発言に、私もこれ以上ないくらいに驚いて反応を返す。
か、可愛いって……、抱き締めたいって……。
獅雪さん、何を言ってるの!?
『あー、もう……。
こういうのを生殺しって言うんだぞ……っ。
くそっ、出張が憎いっ、心底憎いっ。
帰ったら、俺に出張を押し付けたクソ親父をボコボコにっ』
「し、獅雪さん、お、落ち着いてください!!
なんか段々物騒な事言い出してますよっ」
『そうだ、元はと言えば、俺を誘惑するお前が悪い!』
「はい!?」
いきなりまた何を言い出すの、この人は!!
人に八つ当たりするように捲し立ててくる獅雪さんに、私は意味がわからず疑問を返すばかりだ。
誘惑って……、私そんな事してないです!!
しかも、人の事を、『この天然小悪魔が……』とか言っちゃってくれてるし!!
「獅雪さん、いい加減にしてください!!
そんな事ばっかり言ってると、通話切りますからね!!」
『ほおー……、勝手に通話を切ったら、ペナルティ付けるが、いいんだな?』
「ぺ、ペナルティーってなんですかっ」
『聞きたいか?』
いえ、凄く聞きたくないです!
でも、これからもそのペナルティとやらが勝手に加算されるかもしれないと考えると、
中身を知らずにいるわけにはいかない。
『そうだな……、ペナルティが三つ貯まったら、
俺が帰国次第、お前を腕に抱き締めて、キスの嵐の刑にしてやろう』
「なっ、なななななな、何言ってるんですか!!
獅雪さんの馬鹿!!」
『恋人同士なんだから問題ないだろう。
まさか嫌とは言わないよな、お前は』
「嫌です!!」
『――!?』
私の即答に、獅雪さんが驚愕と共に息を呑む気配がした。
たとえ恋人同士でも、そ、そんな恥ずかしい事……っ!!
獅雪さんが平気でも、私には耐えられないもの!!
「そ、そんなことされたら……っ、
獅雪さんしか見えなくなっちゃうじゃないですか!!」
『――っ!!』
「それに、恥ずかしいですし、絶対おかしくなっちゃいますよっ」
『ほのか……』
「な、なんですかっ」
『仕事放置で帰ってもいいか』
「だ、駄目に決まってるじゃないですか!!
もう、そろそろお仕事なんでしょう?
そろそろ切りますからね!!」
本当はもう少し声を聴いていたいけれど、
獅雪さんが物凄く切なそうな声音でおかしなことを言い出したので、
私は通話を強制的に終わらせることにした。
その際、獅雪さんが『ペナルティ追加だな』と含み笑いが聞こえたような気がするけれど、
多分……聞き間違い、だよね?
後半がバカップル過ぎて、正直この二人ドウシヨウとか思いました。(マテ)




