両想いのお祝い
今回は、獅雪とほのかの両想い記念のお祝いで、鍋屋・勝に集まることに
なりました。
基本、ほのかの獅雪への想いのおさらい的な内容です。
「いやぁ、まさかこんなに早くデキるとは俺も思ってなかったよ~」
貸し切りにした鍋屋・勝のお座敷で、恵太さんが料理を並べながら笑っている。
仕事着ではなく、休日スタイルのラフな服装に身を包んでいる恵太さん。
私と獅雪さんが恋人同士になったことをお祝いするために、定休日を利用してお店の一部屋を特別に提供してくれたのだ。
御座敷の部屋には、私と獅雪さん、恵太さんと梓さん、そして蒼お兄ちゃんの計五人が座っている。
「俺も恵太に同意見かな。たった一ヶ月ぐらいで、よく両想いになれたよね?」
そう言って苦笑を漏らしたのは、梓さんに御酌をされていた蒼お兄ちゃんだ。
お見合いの日から数えて、一ヶ月と少し……。
当事者である私自身も、この短期間で獅雪さんとこんな風になったことを不思議に思うくらいだもの。
恵太さんも蒼お兄ちゃんも、二人で「何かの間違いじゃないのかな?」と獅雪さんをからかって遊んでいる。
「なぁなぁ蒼! もしかしてさ、柾臣の迫力の怖さに、恐怖を恋と勘違いしちゃった的な感じとかじゃねぇ?
ほら、よくあるじゃん。吊り橋効果!」
「あぁ、確かに。ほのかは柾臣に怯えてたからね。その可能性はあるかもね」
「お嬢ちゃん、もう一回よぉーく考えた方がいいぞ!」
「あ、あの……」
「お~ま~え~らぁ~! 本当に祝う気があるのか!!」
さすがに、蒼お兄ちゃんと恵太さんの物言いに獅雪さんが私の隣の席を立ち上がって二人の元に回り込んだ。
そして、恵太さんの胸倉を掴み上げ、ブンブンと力の限りに揺さぶり始めてしまった。
大学時代からの友人だからか、その行為に一切の容赦がない。
「梓さん、放っておいていいんでしょうか?」
「ふふ、大丈夫よ。男の人なんて集まればあんな風にじゃれ合うものだもの。
私達は、こっちの美味しい料理でも食べて見物してましょう」
「そうですね。あ、今日は私の好きな鶏だんごが入ってる」
「掬ってあげるわね。お肉もお野菜もいっぱい入ってるから、
どんどん食べてね」
「ありがとうございます」
梓さんによそってもらった深皿を受け取ると、私は大好きな鶏だんごを笑顔で食んだ。
他のお店で鍋物を食べることもあるけれど、恵太さんと梓さんのお店の鍋物はとても美味しい。
それは、店の主である恵太さんが妥協しない心根で素材を仕入れているのと、愛情を込めて調理しているからなのだろう。
獅雪さん達のじゃれ合いを忘れて、私と梓さんはお互いに感想を言い合いながら箸を進めていく。
「ほのかちゃん、好奇心で聞いちゃうんだけど、柾臣君のどこが良かったの?」
「んっ……、え、えっと……、どこが、と聞かれると……」
不意打ちのような問いかけに、少し食べていた物が喉に詰まった私は呼吸を整えてから思案してみた。
うーん……、改めて聞かれると、そう簡単には出てこない……。
なにせ、両想いに至るまでが急展開すぎたから、細部まで考えている暇もなかった。
私が答えるまで、梓さんは微笑ましそうに見守ってくれながら待ってくれていた。
「獅雪さんとは、お見合いで知り合ったんです」
「あら、そうだったの?」
「はい。あまりに私には勿体ような人でしたし、ちょっと怖いなって印象もあって、最初は断ったんです。
でも、獅雪さんはそれを許してくれなくて、気が付いたら一ヶ月追いかけられてました」
「それはまた、熱烈ねぇ」
「はは、でも、最初の時は自宅のチャイムが鳴る度に、ブルブル震えて怖がってたんですよ私。
米俵みたいに担がれたり、怒鳴られたり……。獅雪さんの意図がわからなくて、非常に困りました」
自宅に突撃ばかりしていた獅雪さんは、怯える私を不機嫌そうに観察しながら他愛ない話を交わしては帰っていく。
一体何がしたいの、と、それがわからなくて更に困惑したのも事実。
半月を過ぎた頃には、少しは半減した恐怖だったけれど、苦手なことには変わりがなくて……。
「そんな時、獅雪さんが私を車に押し込んで無理矢理外に出かけたんです」
「私の前では紳士的な感じだけど、意外に大胆な子ねぇ……。
でも、そんなことをされたら、さすがに怖くなかったの?」
「怖いっていうか、もう意味がわからない、って感じでしたね。
獅雪さんのお姉さんの衣装合わせの為に結婚式場に連れて行かれたんですけど、
そこでもまた、獅雪さんを怒らせちゃって……」
「ええっ……。だ、大丈夫だったの?」
大丈夫かと聞かれると、……あれは色々問題ありの大ピンチだったとしか言う他ない。
今思えば、獅雪さんは誤解したのかもしれない。
私は、獅雪さんにドレス姿を見られるのがなんだか気恥しくて、それで琥春お姉さんの後ろに隠れたのだけど……。
彼には、私が獅雪さんに怯えて避けた、ように見えたのだろう。
だから、……多分、内心傷付いて、衝動的にあんな行動に走ったのではないか。
そう、今では思っている。
「……ということがありまして、その後、泣きじゃくる私を獅雪さんが宥めてくれて……」
「なるほどねぇ……。柾臣君も若いというか、なんというか……」
「でも、その時……からですかね。
私を優しく気遣って、その後もずっと、獅雪さんは一日かけて楽しませようと頑張ってくれたんです」
元を辿れば獅雪さんが原因だけれど、それでも、涙を拭ってくれた優しい唇の感触や頭を撫でてくれた手の温もり……。
あの時から、私の中で何かが変わり始めた。
俺様獅子みたいな強引さで私を振り回すあの人が見せた、確かな優しさ。
……そして。
多分、私が泣いてしまったことで、獅雪さんが隠していた内面の一部を感じることが出来たからなんだと思う。
必死に私を慰めようと声を和らげて名を呼んでくれたあの時……。
まだ事情を知らなかった私は、獅雪さんの戸惑いや恐怖を、心で感じたのかもしれない。
獅雪さんの話では、いつ私に本気で拒絶されるか気が気じゃなかったと教えてもらったし……。
あの時も、私が泣いたことで内心は焦っていたんだろうな。本気で私に嫌われるかもしれないと。
「本当に、自分でも信じられませんけど、あの日を境に、獅雪さんに対して複雑な想いが芽生えてしまって……。
なんでこんなにドキドキするんだろう、とか、なんで頭の中にあの人のことが浮かぶんだろうとか、
獅雪さんの目的もわからないのに、この想いを育てていいのか、とか……。
色々悩んだんですけど、獅雪さんと恵太さんがこの前ここで話してるのを聞いてしまって」
「あぁ、もしかして、あの……、ほのかちゃんが顔を真っ赤にしちゃって、ウチで休んでいった時?」
「はい。あの時はご迷惑おかけしました。
まさか獅雪さんが私を本気で好きだなんて思ってなくて、予想外のことに慌ててしまって……」
「じゃあ、柾臣君の気持ちを知って、自分の気持ちにも気付いたって、ことかしら?」
「そうかもしれません。獅雪さんの想いを聞いて、私、すごくびっくりしましたけど……。
持て余して迷っていた私の気持ちが、獅雪さんに引っ張り上げられるように急速に存在を主張し始めて……。
だけど、それをどうしていいかわからなかったところに、先日の騒動がありまして」
まだ気持ちの整理も、今後どうしていいかもわからなかった私を、俺様獅子はそっとしておいてくれなかった。
私に好きな人がいるってわかった途端に、……あの怒り心頭なんだもの。
その傍若無人な振る舞いに、さすがの私もプッツンしちゃったというか……。
今思い出すと、すごく恥ずかしいことしたよね、私……。
獅雪さんの唇を奪って、怒り心頭で好きって告白しちゃったというありえないシチュエーション。
はい、反省してます。勢いで告白しました。うぅっ。
本当はもっとちゃんと考えてから方向性を決めようと思っていたのに……。
全部獅雪さんが悪いと思う。私の想いを強引に表に引き摺り出してくれちゃって……。
話し終わった私に、梓さんが微笑ましい笑みを零した。
「まぁ、遅かれ早かれ貴方達はくっついていたんでしょうし、そういうのも良いんじゃないかしら?
下手に悩んで、別の方向に逸れて問題が起こっても大変だしね。
でも、貴方の話に出て来た幼稚園の先生も可哀相ね。ちゃんと返事はしたの?」
「はい。週明けにきちんとお断りしました。
透先生には悪いと思ったんですけど、早い方がいいかなって」
「ちょっと待って。……今、『透』って言ったかしら?」
「え? は、はい……」
透先生の苗字を聞いた後、
急にお箸を置いて、物凄く残念そうな顔をした梓さんが「あの子は……まったく」と小さく呻いた。
ど、どうしたんだろう……。
透先生の名前を聞いて顔色を変えたということは、知り合いか何かなのだろうか。
「ごめんね。それ、……ウチの愚弟」
「は、はい!?」
「歳の離れた弟なのよ……。あぁ、あの子らしいというか……」
まさかのまさか!
透先生が梓さんの弟? 思いもしない展開に私もお箸を落としてしまった。
世の中は狭い、どこで繋がっているかわかりはしない。誰かがそう言っていた。
だけど、透先生が梓さんと血縁関係にあったなんて、良いのか悪いのか……。
だけど、梓さんは気にしないでいいと笑ってくれた。
「失恋で男は大きくなるものよ。だから、振ってくれてありがとうね。
でも、透と貴方がくっついていたら、私の義妹になっていたかと思うと……、
とても惜しいような気になるわ~」
「透先生には、園でも良くしてもらっています。
明るくて素直で、元気で……。
だから、なおさら……、申し訳なくて……」
告白を断った時、透先生は必死で涙を堪えるかのように唇を噛んだ後、
傷付いた自分を癒すよりも、私のことを気遣うかのように元気に笑ってくれたのだ。
私が本当に好きな人と一緒になれたなら、それが一番良いことだって……。
それからも、いつもと変わらず優しく接してくれている。
本当は、透先生が一番辛いのに、無理をさせてしまっている状態なのだ。
「いいのよ! あの子はそんなに弱くないわ。
めげないのが透の長所だもの。その内ケロッと復活してるわよ」
「でも……」
下を向いて俯いていると、梓さんが私の手をそっと包んだ。
「ほのかちゃんは、自分の気持ちに正直になっただけでしょう?
透だって、貴方の正直な気持ちを返事にしてもらえて、すっきりしてると思うわ」
「梓さん……」
「大丈夫。それに、貴方が笑顔でいる方が、透にとっても幸せなことだと思うから。
だから、すまないと思わないで、いつもどおりに接してあげて」
私に屈託なく笑いかけてくれた透先生。
その気持ちに、私はこの数日間、曖昧な笑顔でしか触れ合ってこなかった。
心のどこかに、申し訳ないという気持ちがあるから……。
でも、梓さんに言われて少し心が軽くなった気がする。
そうだね、本当の気持ちで返した答えを、後悔するような真似をしちゃいけないよね。
透先生の本気に、私も本気の想いで答えを返したのだから……。
「わかりました。もう、気にしないことにします。
また笑顔で、透先生に向き合えるように頑張ります」
「ふふ、それでいいわ。
さーて、そろそろ男性陣のじゃれ合いは終わったかしらね……。
って、あら?」
「はい?」
気分を変えるように梓さんが獅雪さん達の座っていた方を見やると、男性陣全員の視線がこっちに集中していた。
い、いつのから……?
まさか、今までの私と梓さんの会話を全部聞いていたとか言いませんよねっ。
もしそうだとしたら、私は一体どうすれば……!
三人の顔をそれぞれ見ていくと、獅雪さんと視線がピタッと交わった。
頬を仄かに赤く染めている獅雪さんが、サッと私の視線から逃げるように目線を逸らし、
次の瞬間、小さく「うっ」と呻いた。
獅雪さんの顔が、赤から青に変わるように顰められ、隣にいた蒼お兄ちゃんを睨んだ。
「蒼っ……、お前、ちょっと……落ち着け」
よく見てみれば、微笑んだままの蒼お兄ちゃんの右腕が獅雪さんの左腕に喰い込んでいる。
それを、獅雪さんが外させようと右腕を伸ばすけれど、蒼お兄ちゃんの力はビクともしない。
一体……なぜ?
「柾臣、ちょっと一緒に外に出ようか。ほのか達は気にしないで食べてて」
「あ、蒼お兄ちゃん?」
「ほら、柾臣行くよ」
「お前、目が笑ってねーぞ……っ。少しは人の言い分も聞けよっ」
「俺は、自分の把握している情報外のことについて聞きたいんだよ。
大人しくついてきなさい」
ぐっと獅雪さんを引っ張って立ち上がると、御座敷の入口に向かって二人は歩き出した。
本当に、急にどうしたんだろう。なんで蒼お兄ちゃんは獅雪さんを引き摺って行こうとしてるんだろう。
状況が把握出来ない私と梓さんに、恵太さんが「気にしないでいいから」と料理を勧めてくる。
マグロのお刺身を皿に載せて、「はい、食べて食べて」と、まるでごまかすように……。
「放せ!! この馬鹿力っ」
「往生際が悪いよ、柾臣。さっさと足を動かす」
「柾臣~、大人しくやられてこい。こっちは楽しくやっとくから!」
「恵太、テメェ!!!!!」
助けを求めて伸ばされた獅雪さんの手を掴む者は誰もいない。
恵太さんにまで見放されてしまった獅雪さんが障子の向こうに消えていく。
一体、蒼お兄ちゃんはどうしてしまったんだろう……。
最後まで理由のわからなかった私は、様子を窺いに行くことさえ恵太さんに阻まれてしまい、その場に留まるしかなかった。
押し倒したり、強引にキスをしたことは……、
蒼お兄ちゃんは知らなかったようです。
梓さんとほのかの会話を男三人で途中から聞いていて、
終わった瞬間に、魔王が降臨完了したようです(笑)




