俺様獅子と式場へ!
泣く泣く連れて来られたのは、まさかの結婚式場!?
「これでも舐めて落ち着け」
ぽいっと放って寄こされたのは、子供が好みそうな丸い棒付きキャンディー……。
あの、私、……、もう二十四歳なんですけど……。
子供扱いに腹を立てるべきなのか、安心するべきなのか悩みつつ、
私はとりあえず、キャンディーの袋を破いてそれに口をつけた。
……甘い。苺味の食感に癒されながら、私はそれをペロペロと舐めていた。
子供っぽいことはわかっている。だけど、何もせずに黙って座っているのも耐えられなくて、
キャンディーを舐めることで現実逃避を図ろうとしたのだ。
「さて、じゃあまずは……、式場行くか」
「ぶっ、……げほっげほっ……。
なんでそうなるんですか!!車止めてください!!この誘拐犯!!」
いきなりのチョイスが、式場ってなんなの!?
今考えられる式場って、結婚式場しかないとしか思えず、私は盛大に咽た。
終わったはずのお見合いを、これ以上進行させるわけにはいかない。
お父さんもお母さんも、私が心底嫌だと涙ながらに訴えれば、きっとわかってくれる。
だから、……結婚式場なんて行ってたまるか!!
「降ろしてください!!絶対嫌で……ひぃいいっ」
全力で拒否反応を起こす私の目の前に、運転席から身を乗り出した獅雪さんの美麗なお顔が迫っていた。
怒ったような、眉根を寄せた複雑な表情が私の瞳を覗きこんでいる。
助手席のシートが、ギシッと音を立てた……。
「『ほのか』……黙らせてほしいか?」
「……ゴ、ゴメンナサイ……」
指先で唇をなぞられた私は、「喰われる!!」と涙ながらに内心悲鳴をあげた。
しかも、滅多に呼ばない私の名前を、そんな不意打ちで囁かれたら……、
容姿と独特の低音が破壊力抜群のために、私は食べられる寸前の命乞いよろしく謝った。
やっぱり獅雪さんは……肉食獣、いや、百獣の王様並みに怖いです!
「あとで美味いもんでも食わせてやるから、黙って俺の言うとおりにしてろ」
「は、はい……。じゃない!!式場ってなんなんですかっ。
そんなところに、大人しくついていけるわけ……」
「姉貴のだ」
「はい?」
「俺の姉貴の結婚式が近いんだよ。
で、今日はドレスの試着をするとかで、どうせならお前も連れて来てツーショットで
写真を撮りたいんだと」
「へ、へぇ……」
な、なんだ……。獅雪さんのお姉さんの……。
よ、良かった~!もしかしたら、無理やり結婚式場予約してそのままなし崩し的に結婚させられちゃうんじゃないかと思った。
まぁ、そんな酷い事、さすがに獅雪さんでもしないよね。……多分。
スポーツカーが車道を暫く走り続け、私はキャンディーを食べながら外の風景に視線を移した。
本当は逃げたいけど、檻の鍵は閉められたまま。万が一逃げ出せたとしても、すぐに捕まってしまうだろう。
非常に不本意だけれど、私は大人しく座って外に意識を向けることにした。
高そうなスポーツカーだけあって、景色はすごい速さで私の前を移り変わっていく。
ちなみに、獅雪さんはご自分のお父さんの会社で重要な役職に就いているエリートさんで、
ぶっちゃけ、すごく大金持ちのご子息さんで、跡取りだったりします。
お見合いの席で拝見したけど、獅雪さんのご両親もお姉さんも、すっごくスペックの高そうな美家族様でした……。
対する私の家族は、一応大会社を経営している家柄ではあるけれど、
獅雪さんの家の人達に、そこまでの美麗スペックは持っていない。
むしろ、お見合いの席で対面した私にとっては、別次元の神様でも見ているような心地だったので、
あれはもう、規格外の美麗家族だと納得している。
「おい、ぼーっとしてんな。降りるぞ」
「は、はい」
獅雪さんにドアを開けられて、膝の裏と背中に手を差し入れられたかと思うと、
また……米俵にされていた……。
「ちょっ、歩けますから!!下ろして!!」
「お前は行動が小動物っぽいから、安心できねぇんだよ。
姉貴のいる階まで運んだら下ろしてやるから、じっとしてろ」
出来るわけがない!
大きな格式高い結婚式場の中には、礼儀正しい接客のプロの皆様が頭を下げて私達を出迎えてくれた。
……米俵ですよ!米俵!!そんな担ぎ方をされた客が乗り込んで来てもツッコミのひとつも入れないなんて……、
さすがプロ!表情ひとつ変えてない!!
感心するところはそこじゃないとわかっているけれど、こうも徹底されると……。少し悲しい。
獅雪さんが、式場のスタッフの女性に用件を伝え、お姉さんのいる階と部屋を確認すると、エレベーターに乗り込んだ。
幸か不幸か、エレベーターの中には誰もいなくて、私達二人だけの密室状態の出来あがり。
無言が重たい……。
「獅雪さん……」
「なんだ?」
「もういいんじゃないですか?ここまで来たら私も逃げる気力なんてありませんし、
下ろしましょうよ。ね?」
「……」
「無言でお尻揉むの止めてくださいよ!!びっくりするじゃないですか!!」
下ろしてくれという頼みには答えず、獅雪さんは黙って私のお尻を小さく揉んでくる。
この人……、まさか……、
「獅雪さん……、お尻フェチなんですか?」
―ベチーン!!
「痛ぁああああああああ!」
素直に思った疑問を見つけただけなのに……!
また人のお尻を叩いた!!この鬼畜!!
あまりに腹が立って、私は獅雪さんの腕の中で猛抗議の意を込めて暴れ出してやった。
いつまでも大人しくしてると思ったら、大間違いなんだから!!
こうなったら、意地でも地面に下りてやる!
「こらっ、暴れるなっ、危ないだろうが!」
「いやっ、下ろして!!下ろしてぇえええええ!!」
「ちっ……、わかった。……これでいいか?」
ストンと地面に足を着いた私は、自分の背よりも高い位置に視線を上げ涙目で睨んだ。
それを、真っ向から逸らすことなく高身長が見下ろしてくる。
……。
「はぁ……」
「な、なんですか!そのため息!!吐きたいのは私の方ですよ!!
強引に拉致してきたくせに、態度でかすぎますよ!!」
なんで被害者の私が呆れられるように嘆息されなきゃいけないのっ。
せっかくの休日をぶっ潰されて、車に放り込まれて……、ため息吐きたいのも怒りたいのも私の方だと思う。
なのに、獅雪さんは私の手をとると、離すまいとするかのようにぎゅぅっと強く握り込んで来た。
意味がわからない……。
本心では逃げたいけど、こんな場所から自宅に帰るには徒歩ではきついし、一応逃げる気はないのに……。
触れ合った温かい手の温度に、私はその手をなぜか振り払うことが出来なかった。
暫くお互い無言で、エレベーターが目的の階に辿り着いた事を知らせる音と共に、開いたドアを潜った。
真っ赤な絨毯が敷かれた空間を、二人で歩く。
壁には、今までにここで式を挙げた人達の幸せそうなツーショットが映った写真が立派な額縁に収まって飾られている。
「姉さん、ほのかを連れてきたよ」
獅雪さんがお姉さんのいる部屋に辿り着くと、私を連れて中に入った。
何人かのスタッフさんにドレスの調整をしてもらっているらしきお姉さんが振り返り、
私達の元に駆け寄ってくる。
お見合いの時以来だから、そろそろ一ヶ月になるだろうか。
名前は、獅雪琥春。年齢は……確か二十代後半ぐらいだった、かな。
獅雪家の、超人遺伝子を貰って生まれて来ただけあって、
その柔らかなウェーブを描く甘栗色の長い髪と、目の下のほくろがチャームポイントの美しい人だ。
今日は真っ白なウエディングドレスを身に纏っているからか、さらに魅力が増して、まるで女神様のようだ。
「ほのかちゃん、いらっしゃ~い!
あぁん、もうっ、相変わらず可愛いわね~!!
お姉ちゃん、ぎゅっとしちゃう!!」
「わぷっ、ちょっ、琥春さんっ、やめてくださぃっ」
私を見た瞬間、瞳をキラキラと輝かせ、女神は両手を広げて私を胸に抱き込んでしまった。
むぎゅむぎゅと柔らかな膨らみに窒息しそうになるぐらいに抱擁を受けてしまう。
だけど、それは少しの間のことで、背後にいた獅雪さんががばっと私の腰を引き寄せて救出してくれた。
でも今度は、獅雪さんに痛いくらいに抱え込まれて身動きがとれない。
「……独り占めはよくないと思うわよ?弟ちゃん」
「こいつは、姉さんの玩具じゃないんでね。
ほどほどにしておいて貰えると助かる」
「可愛い存在は皆で愛でるべきでしょう。
……寄こしなさい?」
「嫌だね……」
バチバチバチバチバチ……!
いきなり目の前で静かな姉弟喧嘩を始めないで~!!
スタッフの皆さんも私と同じ思いのようで、一気に絶対零度の気温に下がっていきそうな部屋の空気に怯えてしまう。
肉食獣の身内は、やっぱり同類ってことなのかな……。
琥春お姉さんの怯まない視線が、彼女の背後にトラを思わせるかのように怖い。
獅雪さんの方も、牙を剥き出しにした獅子よろしく、その冷たい眼差しの背後に以下略……。
あぁ……、帰りたい。
「あ、あの~……。試着の方を進めたいんですが……」
「!あら、いけない。そうだったわね。
じゃあ、さっき話した通り、この子にもドレスをお願いするわね」
「かしこまりました」
わらわらとスタッフさん達に取り囲まれた私は、獅雪さんの緩んだ腕の中からあっという間に連れ出された。
奥の衣装部屋へと放り込まれ、あれよあれよという間に着替えさせられてしまう。
まさに、着せ替え人形の人間版みたいな扱いだ。
肩を出す感じになる、少し可愛らしい感じの真っ白なドレスを着せられメイクまで施されてしまう。
私はあくまでおまけなんですよ……。こんなことしてもらう必要なんて……。
けれどその声は、やる気に満ちたスタッフの皆さんによって封殺されてしまうのでした……。
「ねぇ、柾臣~」
「なんだよ?」
「アンタ、今日あの子のこと、無理やり連れてきたでしょう?」
私が試着の用意をされている間、カーテンの向こうでは二人の姉弟が静かに探り合うように会話をしていた。
勿論、私の方に聞こえてくることなんてなくて、その余裕もなかったのだけれど……。
「強引さは時に女にとって魅力的に映ることもあるけれど、
やりすぎは駄目よ?怖がらせて嫌われてちゃ世話ないんだから」
「俺には俺のやり方がある。姉さんには関係ない」
「頑固ねぇ……。その俺様気質、なんとかしないと、……本当に逃げられるわよ?」
「……」
「お姉ちゃんから言ってあげられるのは、ひとつだけね。
もう少し、あの子のこと考えてあげなさい。恋は一人でするものじゃない。
二人で紡ぎ合って作っていくものなんだから……」
―シャーッ……。
「獅雪様、お嬢様の方のお支度整いました~」
スタッフの一人が、衣裳部屋のカーテンを開けて私を外へと促した。
肩の出たドレスのせいか、少しスースーして落ち着かない……。
いつもは背に流している黒髪も、きちんと結い上げられてアップにされてしまっている。
極めつけは施された化粧だ。ナチュラルメイクの私にはちょっと派手なんじゃないかってくらい、
気恥ずかしい装いになってしまっている。
「あの……、琥春さん……。私、こういうの似合わないと思うんですけど……」
弱気になりながらチラッと琥春さんと獅雪さんを見上げると、
二人は言葉も忘れて、その場に立ちつくしていた。
……なぜ?あ、衣装が似合ってないから?化粧が濃いから?
しかし、次の瞬間、とろけるような笑みに満ち溢れた琥春さんが一気に距離を詰めて来て、
私の身体をこれ以上ないぐらいに腕の中で抱きしめた。
「いやぁぁん!!すっごく可愛い!!可愛すぎてもう、萌え死んじゃうぐらいよぉおおおお!!」
「ぐぅっ、琥春さんっ、やめっ、ぎぶぎぶっ」
「……」
再びの熱烈すぎる抱擁に、私の酸素は今にも尽きてしまいそうだ。
その上、さっきは助けてくれた獅雪さんがいまだ動かず、じーっと視線を外すことなく私を見つめている。
助けて……、突っ立ってないで早く!
右手を前に伸ばして助けを訴えると、ハッと我に返った獅雪さんがその手を掴んで無理やり琥春さんから引き剥がしてくれた。
ドレスを整えるようにパンパンとはたき、ヘアースタイルが乱れていないか確認してくれる。
「姉さん、貴方の胸はある意味凶器だから……。
ほのかが窒息死したらどうしてくれるんだ」
「失礼ね!そんなことしないわよ!!」
「はぁ……。ほのか、痛いところはないか?」
「……え、あ、あぁ……はい」
自分は車の助手席に私を容赦なく放り込んだくせに、今は心底心配そうに私に声をかけてくる。
米俵にしたりするくせに……、急にどうしたんだろう。
私は獅雪さんに確認するように触れられていた手から離れ、琥春さんの後ろに隠れた。
なんか……、恥ずかしい……。
「ほのかちゃん?どうしたの?」
「……」
「ほのか、こっちに来い」
ぎゅっと琥春さんのドレスを掴んで、私はさらに身を小さくした。
今は、……獅雪さんの顔を見たくない。というか、この姿を見られたくない。
あの自信に満ちた瞳に、自分を映したくない……。
だけど、私の態度に焦れた獅雪さんがピクッと青筋を立ててズカズカとこっちに歩み寄って来た。
……ピタリと、足が私の横で止まったかと思うと、獅雪さんの両手が私の腰を掴んで一気に上へと持ち上げた。
「きゃあああああ!!」
「ちょっ、柾臣!!何してるの!!」
真っ白なウエディングドレスのフリルが宙に舞い、ここに来た時と同様に米俵スタイルに担ぎ上げられてしまった。
肌に感じるほどの獅雪さんの怒ったような不機嫌なオーラが、グサグサとこっちに伝わってくる。
私が琥春お姉さんの背中に隠れたからだろうか。何も答えず獅臣さんのところに行かなかったから?
「すみません。これ、衣装ごとメイク代や付属品も込みで払いますから、
あとよろしく」
「獅雪さん、何言って!!下ろしてください!!」
「……柾臣、さっき私が言ってたこと聞いてたの!?
そういうことするから、ほのかちゃんが怯えて……、こらあああああああああ!!」
言うだけ言って、獅雪さんは部屋を後にした。
琥春お姉さんの大声が扉の向こうにパタンと封じ込められてしまう。
エレベーターに乗り込んで、怒気だけを放ちながら私を外へと連れ出す。
結婚式場の自動ドアを出て、駐車場に停めてあったスポーツカーの後ろの席を開けて私を放り込むと、
バタンと乱暴にドアを閉めて鍵をロックすると、私の上に覆い被さってきた。
両腕を私の顔のサイドに着き、苛立ったように言葉を吐いた。
「お前は、本当に俺が怖いんだな……。
姉貴の後ろに隠れるほど、俺が嫌か?この姿を見られたくないか?ん?」
「獅雪さんっ、どいてください……。重いっ」
「答えろ。……そんなに俺が……拒絶するぐらい嫌いか?」
「……それは……」
お見合いの席では、こんな超絶美形が本当に存在するとは……と半ば怯えと共に感心したものだけど、
自分には不釣り合いだし、態度もでかいし俺様だし、私には手が負えないと思ったから断った。
別の世界の人、関わることなんてこの先一生ないだろうと思ったのに……。
焦ったように余裕もなく、私の家に乗り込んできた獅雪さんの凄むような気迫に、
……恐怖と別の何かが鼓動を大きく跳ねさせたのを覚えている。
人の言うことは聞かないし、自分のやりたいことだけを押し付けてくる俺様男。
そんな人を、どこをどうすれば好きになれるのか……、今でもわからないままだ。
だけど……、こうやって触れられることに、不思議と嫌悪感はない。
ただ、落ち着かなくて、怖いって気持ちと一緒に、心の中を掻き乱すような熱が渦巻いて……。
「獅雪さん、お願いですから……離して……っ」
ついに、獅雪さんの射抜くような視線に耐えられなくなって、私は泣いてしまった。
子供みたいに零れ落ちてくるこの涙はなんだろう。
怖いから?組み敷かれているから?……だけど、それだけじゃない……。
泣きじゃくる私に、獅雪さんが顔を近づけて、目元に浮かんだ涙をちゅっと音を立てて拭っていく。
「泣くな……」と辛そうに囁かれて、それでも泣き止まない私の涙を追いかけるようにキスを落とす獅雪さん。
「俺が悪かった……。怖がらせたいんじゃない……。
……だから、……泣かないでくれ」
「ひっく……うぅっ……」
「ほのか……、泣くな……」
暗い車内の中、獅雪さんの懇願するような声音だけが私の耳に響いた。
怖いのに……、彼の唇が触れた痕が熱くてしょうがない……。
強引な肉食獣の慰めるような仕草に、私は逃げ出す事も考えずその行為を受け入れていた。
獅雪と琥春お姉さんは、基本仲が良いです。
でも、ヒロインが絡むと火花を散らしそうです。